Mの証言
――Hについて知っていることを教えて欲しい。あの日、君たちは何をしていたんだ?
私はMに問い掛けた。普段明るい彼女の表情が今は冴えない。顔色は悪く、蒼白である。心なしか痩せてしまったように思える。
Mが重い口を開いた。
「詳しいことは申し上げられませんが……あの日、私たち五人はHくんの車で出掛けたんです。午後十一時頃から街中の……を回りました」
――そんな遅い時間にどこに?
「すみません……噂話のある場所です。都市伝説とか、幽霊とか、そういう類の……」
私は思わず、どうして、そんな馬鹿馬鹿しいことを大学生にもなってしようと思ったのか、と叱りつけたくなったが、平静さを保つように努めた。
――どうして、君たちはそんな場所に行こうだなんて考えたんだ?
「SくんとHくんに、夏休みにちょっとした肝試し的なことをしないか?――と誘われたんです。軽い気持ちで行くことにしてしまって」
――誘われたのは君だけ?
「誘われましたのは、私と中野さんです。でも、中野さんは二日前になって、やっぱり怖くなった、と言いだして行くのをやめました。さすがにひとりで行くのは怖いので…………それで私は真瀬さんに声をかけたんです。彼女には私がどうしても、と頼み込んで来てもらいました」
私は、彼女らが経験したとされる事実を淡々と聞き続けた。Mは落ち着いているように見えたが、時々言い淀み、何かについて話すのを躊躇していた。
「あの日、運転していたのはHくんで、私は助手席に座っていました。後部座席に三人が座っていました。あの場所に行くまでは楽しかったです。みんなでご飯を食べたり、夜景を見に行ったり……あそこで終わりにしていたらよかった」
いつのまにか彼女は涙を浮かべていた。恐怖で、というよりも楽しかった思い出がまったく別のものに変わってしまったことを対する後悔や怒りからきたようだった。
Mの精神状態を考慮すると、ここで聞き取りを終えることが正しいことのように思えてくる。だが、残りの二人が正直に話してくれるかどうかもわからない今は少しでも情報が欲しい、というのが私の本音であった。
もう一歩踏み込むかどうか躊躇した私の脳裏に、Hの怯えきった生気のない顔がよぎった。
――Hが引きこもったのは、何かを見たから、とSが教えてくれたんだが、君も見たのか?一体何を見たんだ。
Mは、私の追及にびくっと体を震わせた。
「言いたくありません」
俯いたMは抑揚のない声で拒否した。
――質問を変えよう。見たものについては答えなくていい。その時のことを答えられる範囲で教えてくれないか。
「みんなで食事して、ドライブして、夜景を見て楽しんだ私たちは計画通りいくつかの場所を回ることにしました。墓地や廃墟と化した病院跡、貯水湖近くの地蔵群など、学生の間でいわくつきの場所を回ったのです」
俯いたままのMの表情は見えてはいなかったが、口調が急にキツくなったことに私は驚いた。
「Sくんは――自分以外の全員が見ている――と思っているようですが、それは間違いです。あの時、叫び声を上げたのは私とHくんだけでした。あんなものを見て……あんなものを見て、声ひとつ上げないなんて考えられません。後部座席の三人は絶対に見ていない」
Mの話とSの認識には齟齬がある。これは一体どういうことなのか。そして、Hの証言とも一致しないのは何故だ。誰かが嘘をついているのか?
腑に落ちないという顔を隠さず考えを巡らせていた私にMはぼそりと呟いた。
「深入りしない方がいいですよ。先生が知りたいことは多分二人とも話さないから」
――どうしてそう思うんだい?
Mは、失礼します、と言い残して足早にこの場を去った。
私が学部長から命じられたのは、この件について学生達からヒアリングを行い報告書にまとめることだが、私の興味はHがどうして変わってしまったのかということと、六人目を探すことだった。
2620 南野 智 @satoshi18
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。2620の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます