だれだれさんはなになにっ!

いましん

だれだれさんはなになにっ!


僕は集寺院 康太。どこにでもいる高校生だ。

突然だが僕には憧れの人がいる。それが……



「うわぁー!すごーい!だれだれさん!!」

「だれだれさんって何でも出来るのね!!」

「だれだれさんが居れば百人力だよ!!」



そう、だれだれさんだ。

頭脳明晰、容姿端麗、誰からも好かれる性格で、生徒会長をやっている。しかも家はお金持ちで、運動だって出来るんだ。



もちろん、僕みたいなモブキャラには高嶺の花なんだけど……

実は、この前だれだれさんの知られざる一面を見てしまったのだ。








それは……いつかは忘れたけどだれだれさんがなにかしてる時だった。


「あわわわわわわ」

「え、だれだれさんっ!?」


確か仕事かなにかしていたんだと思う。生徒会室の前をたまたま通った僕は、なにかに慌てているだれだれさんに思わずを声をかけたんだ。


「大丈夫?だれだれさん。」

「はい……もう大丈夫です……」

「にしても、だれだれさんがこんなに取り乱すなんて一体何が……」

「……違うんです。」

「え?」

「実は私、元からなになになんです!!」


衝撃だった。まさかあのだれだれさんがなになにだなんて。


「このことは、私を信頼してくれている学校のみんなには絶対内緒にしてください!!」

「わかったよ、だれだれさん。」


こうして、だれだれさんの秘密を唯一知る僕は、だれだれさんがなになににならないように頑張る事を決めたのだった。

















「ねぇ、これは何を書きたかったワケ?」


目の前の担当者は、32枚のネームの最初の8ページを恐ろしいスピードで読み切り、残りは机に伏せて僕に訊いた。


「えっと、なんか最近のラブコメってこんなの多いなって思って。」


「真似した……と。」


「まぁ……端的に言っちゃえばそうです。」


昨日必死に書き上げて来たばかりで、ペンダコが残る右手を擦りながら答える。持ち込みに来た編集社ビルの冷房が効きすぎているのもあったかもしれない。


「はぁーーーっっ……………………」


「……何かダメでしたか……?」


深い溜め息を吐く編集に耐え切れなくなり質問してしまった。淀みを含んだ目でこちらを見てくる。


「あのね、読者は流行を追いかけたい訳じゃないの。面白いマンガを読みたいんだよ。分かる?」


「は、はい。」


「分かってたらコレは書いてこないんだよなぁ……」


そう漏らして、またしても盛大に溜め息を吐かれた。ビクビクしながら聞き返す。


「あの、どうすれば良かったんでしょうか……?」


「全部ダメだね。まだ全部読んでないけど。」


「ぜ、全部ですか?」


「9割の読者はここまでで脱落してるね。俺はこれが仕事だから全部読んでアドバイスはするけどね。」


と言いつつ、早速続きを手に取っている。パラパラと捲ってはいるが、つまらなさそうな顔だ。


「あー、はいはい。やっぱりな。やっぱりなとしか言えないわこれはさ。」


一通り読み終えて、バサッと無造作に原稿を置くと、怒りの混じった声で話し始めた。


「そもそもさ、なんでこの題名にしようと思ったの?当ててみようか、良いタイトルが浮かばなかっただろう?違う?」


「全くもってその通りです。」


「でしょ?だからそのまんまなタイトルを付けて、読者に予めこんな内容ですよ、読んでくださいね、って伝えようとする気持ちは分かる。気持ちは分かるけどそうじゃないんだよそうじゃ。」


話に熱が篭もりだし、頭をくしゃくしゃと掻きながら担当編集は続ける。


「読めちゃうの。展開が。しかも1話がこの長さのギャグモノ。毎回オチは同じ。誰が読むのこんなの。」


「……はい。」


「なにも虐めたいわけじゃないんだけどね。最近この手のが多くて多くて……要するに、自分でタイトルすらまともに考えられない輩が増えてきたのかねぇ。」


そこで水を一口飲み、質問を挟んできた。


「君さ、持ち込み何回目だっけ。」


「5回目です。」


「そうか、そんなもんか。でさ、最初に持ってきたやつあったじゃん?あれなんかオリジナリティあって、コレよりは100倍マシだったよ?」


ぜんぜん面白くなかったけど、とは忘れるずに付け足された。


「だからさ、もっと自分の世界を作っていきなよ。君には君にしか作れない世界があるんだからさ。後はとにかく……おっと失礼。」


けたたましく鳴る携帯を懐から取り出し、そそくさと席を立った。


「ま、懲りずにまた来てね。そんじゃ、……あご苦労様です……どうですか進捗の方は、え、まだベタも終わってない……ってマジですか……」


話しながらどこかへ行ってしまった編集をよそに、ネームを掻き集めて鞄に入れ、ビルを後にした。


「自分の世界、か……。」


熱い言葉で、久しぶりに子供心をくすぐられた気がした。


ふと気付けば、空にはヒーローが飛んでいて、街を大怪獣が襲っている。

マンホールから小人が出てきたと思えば、雲に糸を括りつけて歩いているおじさんとすれ違う。

高い木には忍者が隠れていて、風に乗って飛んでいる小さな妖精は、ティラノサウルスから逃げている。


ふふっ、と笑った。


「よし、描こうか。」


ペンダコの痛みなんて、すっかり無くなっていた。

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