音のないサイレン

メイ

第1話

教室。

男子が数人で話している。


佐藤「でさ、今度の連休キャンプ行かね?2泊3日!」

山岡「いいじゃんいいじゃん。ちょっと遠くとか行っちゃう?」

川浪「連休で2泊3日って……。次の日学校だからあんま遠くはいけないよね。近場にあったっけ?」

山岡「馬鹿あるわけねえだろ! 電車で2時間くらいの所に良い感じの所あるんだぜ」

佐藤「お前らも行くよな! って遊李?」

遊李「え? あ、ああ、俺はどうしようかな」

佐藤「んだよノリ悪いなあ。行くよな?」

遊李「ええと……。悪い、ちょっと考えさせてくれない? 家のこともあるし、次の日学校だしさ」

山岡「まあ、とりあえず数に入れといていいよな?」

遊李「えっ、あー……まあ、いいかな」

佐藤「それで来ないとか言ったらノリ悪すぎだよな」

山岡「言えてるじゃん!」

遊李「ははは……。ごめん、ちょっとトイレ」

佐藤「漏らすなよー!」


 教室から出る遊李。


佐藤「あいついっつもあんな感じだけどなんだかんだで来るんだよなあ」

山岡「わかる! 最初は否定的なんだけど、結局来てる」

川浪「まあ、断りづらいし……」

佐藤「違うだろ! あいつが来たくて来てんの!」

遊李「……はあ。あの雰囲気は慣れないなあ。お前らみたいにポンポンお金使えないっての……」

湊 「ドアの前で立ち止まるな。入れないだろうが」

遊李「あっ、ごめ……。ああ、湊か」

湊 「俺ならどかなくていいと?」

遊李「いやいや、そういうわけじゃなくて。ごめん、避けるよ」

湊 「お前、友だちと話すならもうちょっと楽しそうに話せ。空気が悪くなったのわからなかったか?」

遊李「……クラス委員長だからって人の交友関係に踏み込んでいいの?」

湊 「話したくないなら別のグループと仲良くするとか方法はあるだろう」

遊李「……トイレ、間に合わなくなるから」


 湊の横を通り袖へ。


湊 「はあ……」

初音「はあ……、じゃないでしょ。なに被害者面してるのさコワモテ委員長」

湊 「うるさい」

初音「幼馴染相手にうるさいはないでしょ、うるさいはー! それに、幼馴染相手に説教もないよ」

湊 「なんだ聞いてたのか。……あれはあいつが悪いだろう。いたくないグループならさっさと抜ければいいのに、辛気臭い顔をずっとされていたら見てる方もいい気分じゃない」

初音「湊は完璧超人だし、自分一人で生きていけるタイプだからわからないだろうけど、遊李はそうじゃないの。常にどこかのグループに所属して自分の居場所が欲しいってのが普通の学生なの」

湊 「そうだな、俺にはわからん」

初音「おいおい……」

湊 「だから、俺の代わりにお前が面倒を見てやってくれ。俺とあいつじゃ、考え方も道も違いすぎる」


 そのまま教室に入る湊。


初音「ちょっと! はあ~~~、本当不器用なんだから……。でも遊李、本当に大丈夫かな」


 暗転。


遊李「ただい」

母 「大体あなたはいつもそう! なんで一回言ったことをすぐに直さないの!」

父 「最初の一回くらいでそんなに目くじらを立てることか? 全く、これだから器量の小さい女は……」

母 「い、い、え! 初めてじゃありませんよこれは。前から、何年も前から何度も言ってますから! それなのにあなたは本当に……!」

父 「何度言っても響かないお前の言葉が悪いんじゃないか?」

母 「私のせいだって言うんですか……? どうしてそんな」

風花「ちょっと! お父さんもお母さんも落ち着いて? ほら、遊李も帰ってきたみたいだしご飯に」

父 「うるさい! 俺たちの話に入ってくるんじゃない!」

母 「あなたの話ならあとで聞いてあげるから、今はあっち行ってて」

風花「瑞樹だって怯えてるので、せめてあまり大声で喧嘩するのは……」

父 「昔からお前はそうだな風花。ロクに就職もしてない癖に偉そうに俺たちに意見か?」

母 「文句があるなら出ていきなさい。財布と口座にあるお金で生活できるなら、だけど」

父 「はあ……。働いて帰って来てからもこんな風じゃ休める場所がないな……」

風花「ご、ごめん……なさい……。でも、私、二人に喧嘩を、やめてほし」

母 「泣けばいいと思ってると思ったら大間違いです! あなたの考えなんて聞いてません!」

風花「痛っ! うう……ごめ、ごめ……」

父 「行ったか……。全く、誰に似たんだか」


 両親、袖へ。

隅に座っていた瑞樹出てくる。


遊李「……ただいま」

瑞樹「おかえり」

遊李「また痣増えてるね。姉さん?」

瑞樹「姉さんは、悪くないから。責めないであげて」

遊李「瑞樹、ごめんな。僕がもっとハッキリ言え」

瑞樹「それでも変わらないよ。兄さんが今まで何かできたことあった? 見てるだけじゃ、変わらないよ」

遊李「それ、は……」

風花「瑞樹ちょっとこっちへ来て。”話”を聞いてほしいの」

瑞樹「……はーい。すぐ行くから、姉さん」

  「兄さんもたらればじゃなくて、今、出来ることを考えたら?」


 瑞樹、袖へ。


遊李「なん、だよ……。全部僕が悪いってのかよ……。なんで……なんで……!!」

  「僕は……何もして……ないじゃないか……」

  「クラスメイトも……湊も、父さんも、母さんも、姉さんも、瑞樹も……!! 全部、僕が背負わなくちゃダメなのかよ!!」

  「違うだろ……、俺じゃなくて、俺じゃないだろうよ……! 誰でもいいならなんで僕が……! 僕が……!」

  「ダメだ……、このままじゃ……このままじゃ……!」

ユウリ 「壊れるだろうなあ、お前は」

遊李「は……? お前、湊……?」

ユウリ 「湊の姿に見えてるのか、お前には。俺はお前の頭の中の最後のシェルター、とでも言っておこうか。お前が壊れないようにするための最後の防御手段だ」

遊李「おいおい、幻覚に幻聴っていよいよ僕はダメなのかよ……」

ユウリ 「ちょっと落ち着けよ、水でも飲むか?」

遊李「いいよ……。で、なんなのお前? どうしたら消える? 寝れば消える?」

ユウリ 「お前の中の問題が解決する頃には消えてるよ。で、俺の話、聞く?」

遊李「で? もなにもないでしょ。俺疲れてるんだけど」

ユウリ 「人間関係の悩みを解消する一番の方法って知ってるか?」

遊李「知らないよ。知ってたらこんなことになってない」

ユウリ 「だろうな。じゃあ、教えてやろう。暴力だよ」

遊李「は……?」

ユウリ 「人間ってのは暴力に勝てない訳。どんなに偉い人だろうと、どんなに強い人間だろうと、どんなに精神力の強い生き物だろうと、自分よりも圧倒的な暴力の前には屈服するんだよ」

遊李「それが解決法? あいつら殴って全部解決って? 無理無理、俺みたいなひ弱な人間が殴りかかっても返り討ちに会うだけだよ。まあ、姉さんとかなら勝てるかもだけど」

ユウリ 「そもそもそんな力があるなら人間関係で悩んでないってことになるだろ? 違うんだよ、お前は肉体的に強くなる必要なんて全くない」

  「強くなるのは心の方さ」

遊李「僕、あんまり精神論って好きじゃないんだけど」

ユウリ 「いやいや、思い込みの力を馬鹿にしない方が良いぞ。自分は強いんだと思い込むことが自己改革の第一歩だ」

  「お前さ、ゴリラって素手で殺せると思う?」

遊李「ゴリ……。いや、無理でしょ。人間にあの腕力にかなうわけがない」

ユウリ 「じゃあお前の見えてる俺の姿、湊には勝てる?」

遊李「厳しいだろうな。体格もだけど、身体能力が違いすぎる」

ユウリ 「じゃあクラスメイトの佐藤くんには? あいつとはそんなに身長差もないだろう」

遊李「身長差はそんなにだろうけど、あいつサッカーしてるんだぞ。フィジカルで帰宅部の僕が勝てるかよ」

ユウリ 「じゃあ素手の佐藤相手にバットを持っていたら?」

遊李「不意打ちで一発入れてそのあと殴打すれば勝てる……?」

ユウリ 「一対一じゃなくて、相手が帰宅時にその後ろから襲い掛かるシチュエーションなら?」

遊李「それなら……勝てるな」

ユウリ 「そう! そういうことだよ! 『この条件なら俺は勝てる』! それが大事!」

遊李「え、ああ……。そういうことか。『俺があいつに勝てる』その結果だけがわかればいいのか」

ユウリ 「そう、円滑な人間関係は『お前、偉そうなこと言ってるけど俺は3分もあればお前を殺せるからな!』、そういう精神的マウンティングから始まるんだよ」

  「クラスの佐藤たちとのくだらない上に低俗な会話にもさ、『断ってあとから文句言われるの嫌だなー』じゃなくて『断ってあとから文句言われようもんなら殴り殺してやるから気にすることないや』って気持ちなら楽だろ?」

遊李「それってさ……やばい人間じゃないか?」

ユウリ 「え、やばいよ? だってそりゃそうさ、お前の今の状態を考えるとここまで回復手段のレベルを下げなくちゃ救えないんだよ」

  「とは言えだよ。実際に相手を殺さなくちゃいけない程じゃないだけマシだよ? まだ精神論で解決が図れるんだからさ」

  「てことでさ、早速一人、マウント取って見る?」

遊李「え?」


 袖から風花


風花「あれ、まだ居間にいたんですか。また喧嘩に巻き込まれますよ」

遊李「え? ああ、時間は経過してたのか……」

風花「時間が? どうしました、疲れてるんですか?」

遊李「ああ、いやなんでもない。……というか、その手の怪我、どうしたの」

風花「怪我? あー……なんでも、ないです。この前擦り剝いちゃって」

遊李「いや、それ結構新しい傷だよね。また、瑞樹殴ったの?」

風花「あなたには、関係ないでしょ」

遊李「関係、ないわけないだろ……。ここは僕の家でもあるんだぞ」

風花「疲れてるんじゃないですか? 早く、寝なさい」


 照明赤くなる。

近くにあったバットを持つ遊李。


遊李「おい」

風花「え? 痛っ! ちょっと、なにを」

遊李「お前も被害者なのは知ってるよ……。けどそれは新しい被害者を! 瑞樹に暴力をふるっていい理由には全くならないだろ!」

  「手を取り合えよ!! 両親からの迫害の被害者なら! 俺たち3人で協力して対策を取れたかもしれないのになんでしねえんだよ!!」

  「もしくは父さんと母さんのことなんて関係なくてお前が就職できない怒りを瑞樹にぶつけたかっただけじゃないのか!!」

  「お前は! 被害者の皮を被ったあいつらの同類だよ!! 死ねよ!! 俺と! 瑞樹の! 平穏のために死ねよ!!!1」


 なんでもバットで殴打する遊李。

抵抗をしていた風花もやがて動かなくなる。

それでも殴り続ける遊李。


ユウリ 「おーい」

遊李「クソッ!! クソッ!!」

ユウリ 「そんだけやれば死ぬって。加減知らないやつだな、THE現代っ子かよ」

遊李「はあ……はあ……」

ユウリ 「どうよ、初めて人を殺した感覚は?」

遊李「さいっていな気分だよ……。今にも吐きそうだ」

ユウリ 「ククク……。それがさあ、最低な気分の人間のする笑顔(かお)かよ」

遊李「え……?」


 照明戻る。

暗くなった隙にさっきまでと同じような状態に戻る2人の立ち位置。


風花「またあの二人が喧嘩しないうちに風呂も入りなさいよ」

遊李「うん、おやすみ。姉さん」


 暗転

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音のないサイレン メイ @may010

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