ハッピー・ボックス

嘉田 まりこ

早起きは三文以上の徳

 いつもよりアラームの時間を早くした。

 まだまだ眠い頭と体。

 うっかりしたら二度寝しちゃいそう。


 気合いを入れて洗面所へ。

 髪を後ろで一つに纏め、ヘアバンドでおでこを出す。

 蛇口から流れる水は最初から結構冷たくて、両手で集めてみたけれど一瞬だけ躊躇ためらった。


 指先でなぞった額も頬もツルンとしてる。

 よし、肌の調子もいいぞ。


 タオルから香る新しい柔軟剤の匂いでさらにテンションがあがる。


 キッチンからご飯の炊ける音が聞こえてくる。予約していた時間まであと少し。

 エプロンの紐を結びながら『ちゃんと働いてくれてありがとう』なんて炊飯器にもお礼した。


 ブロッコリーを茹でながら、ヘタを取ったミニトマトを洗う。


 シュウマイはチンするだけだけど肉巻きは上手く出来た気がする。

 人参もいんげんもちゃんと下茹でしてあるし、綺麗に巻けたし、焼き色も絶妙。


 格子模様を入れたウインナー。

 ちょっとお値段高めを選んだからか焼くとパリッとして、いい匂い。



 さて次はいよいよ――。



 熱を逃がしたら蓋をして、忘れないように鮭ふりかけの小袋を乗せる。

 手にしたケースの中でお箸もカチャカチャと騒いだ。


『これでよし』と思ったはずなのに、心配になりもう一度開けてみたりして。


 赤、緑、茶色と白、そして黄色。

『よしっ!』

 なかなか上出来、きっと大丈夫。


 持っているお弁当包みの中で誰にも見せたことがない柄を選ぶ。

 紺地に赤い丸、実はトマト柄で可愛いの。

 気合いを入れて丁寧に包んだ。



 いつもより二本も早い電車に乗って出社した。二本早いからといって劇的に人が少ない訳ではないけれど、エントランスにもエレベーター内にも顔見知りはいない。



 社内恋愛特有の『コソコソ』に頬が緩んだ。



「あれ!?倉科さん、お弁当ですか?」

「……あ、あぁ」

「彼女出来たんですか!?」

「……ま、まぁ」

「「えーーー!!」」


 みんなに冷やかされた彼は、一瞬の隙を見て私に特別な微笑みをくれた。


 もし誰かが私のお弁当箱の中身を見たとしても、彼のと同じだなんて気が付かないと思う。

 だって私のは肉巻きじゃなくてミートボールを入れたし、可愛いピックも沢山さしてある。



 ――でもね。



『これ、めちゃくちゃ旨い!』



 前におつまみとして作ってあげた『だし巻き玉子』は彼の大好物になっていた。


 卵を二つ割ったボウルに、だし汁とお砂糖。刻んだネギも少し。


 ただ、それだけ。

 その一品ひとしなだけでも。


 食べてる本人たちだけが『同じ』だと分かる。――それって素敵でしょ?

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