み、緑の………

真相究明へ

人通りの多い大通りを避けて、入り組んだ小道に入って歩く。その方が、緑の草みたいなアレを見ずに済む。同類であるが、さすがにアレは引くレベルだ。笑顔で緑の草みたいなアレの服を着て、元気よく跳ね回る緑の草みたいなアレにリードを付けて散歩する女の子を見た時点で、大通りから王宮へ行く選択肢は消えた。

…………正直アタリメを神の部屋に行かせないようするのを、どうでもいいと思っている。

すんなり神の話を信じることができたのには理由がある。それは、神の部屋の時間がこちら側の時間よりも早いということを覚えていたからだ。

何よりも、この状況では、是が非でも真相を究明せねばならないだろう。

「………着いた」

衛兵から王宮に住む人々まで、誰も俺に気がつく事はなかった。何事もなく王の間まで辿り着くと、そこには………。


「では失礼します、王よ。………んだよあのイカが。調子乗ってんのか干物の分際で。今度あいつらを誘って水に浸して柔らかくしてからあえて干す無限ループに陥れてやる」

「………聞こえているぞ」

「やべっ」


なんというか、仲間を見つけた気分だ。

驚いたのはそれだけではない。


「………いつまでそこにいるつもりだ?忌々しき緑の草みたいなアレよ。それとも、今は真名を言うべきかな?バ–−−」

「お前、俺が見えるのか!?」


真名とか言ってたが、たぶんこの世界のいつものアレだろう。今は、あのイカが俺を確認できたことに注目するべきだ。

「単刀直入に聞く。お前はどこまでできる」

「ふん、あのフラフラした神から聞いたぞ草よ。貴様、一度神を経験しておきながら、この我を陥れ、皇帝の地位に就いておきながら………それを降りた、とな。後半は我の透視の力だが、貴様。一体何が目的だ」

それを聞きたいのは俺なんだがな。

「何が目的だ、と。俺はそれだけが知りたい。もしかして、お前は緑の草みたいなアレの概念ごと変化してしまったことに何か心当たりがあるのか」

そう言うと、玉座の上に置かれていた両手の平に収まるサイズのアタリメは、玉座の上で地面に垂直に立ち上がった。あの細い面積で自重を支えられるというのか。どういう原理だ。

「その話をする前に貴様は現状を理解するべきだ。勘違いを正そう–−−今の貴様には、何の力も無い。我が手に入れた神の力によって概念ごとねじ伏せたからな」

「………どういうことだ?」

アタリメは踏ん反り返って語る。俺の方が十五倍くらい身長が高いから全く迫力に欠けるが。

「我はな。かつて、ここの人間にイタズラで玉座に置かれた。それがいけなかった。に玉座が反応してしまったのだ。我に神に等しい力を与えたのは、世界の支配構造そのものだった。我は意志を持った。その我は、この力を活かせるように我の国を造ることにした。そのあしがけにするために、この国の民に洗脳をかけた」

「だからお前が国王になってたのか………」

これに納得している自分が怖い。

とはいえ同じ無機物同士。あ、アタリメは無機物じゃないか。

通じるところがないわけじゃないが、アタリメなら大人しく食われてろと思う。

「だが、そこに現れたのが貴様だった。貴様は我のように神の力もつ者ではない………神そのものだったのだ。それゆえ、我の洗脳は捻じ曲げられてしまった………だが。貴様は神の力の前に無防備すぎたッ!」

そう言ったアタリメは、興奮しているのか、少しだけ震えている。分かりにくいわ。

「『神の鉄鎚』」

-……アタリメお前自信満々に言ってるけど、それロクでもないのしかないねぇぞ。

アタリメの言葉があってからしばらくすると、俺の目の前に数人の男女が現れ、口論し始める。

『第八世界の神よ、どうなんです!?不倫は本当なんですか!?神ホテルから五十三世界の神と手を繋いででてくる場面が写真に残っているんですよ!?』

『いえ………彼とは旧知の仲ですので、決してそんな事はございません。ほんとに、マジですので。そんな、指輪とかもらってないので』


地雷踏みにきたぞ第八世界。というか、これは例の神の不倫のスクープとやらじゃねぇか。


『第八世界の神よ、あなたの問題のせいで被害総額は三億神ドルにまで登るとの計算です!どう責任を取るつもりなんですか!?』


第八世界の神は頰を赤らめて身体をひねりながら答える。というか、神の世界の貨幣もドルなのか。


『いやですよもう〜。そんな、責任なんか、取ってもらったに決まっているじゃないですかやだー!』


完全にアウトだった。

そこで鉄鎚が終わったのか、その場にいた人間は消えてしまった。

俺とアタリメの間に微妙な雰囲気が流れる。アタリメなんか、あまりに予想外すぎてクルクル丸くなってるし。だからどうやってるんだよ。

「………ど、どうだ!我の神の鉄鎚は!恐れ入ったか!?情けなくて見ていられなくなるだろうっ」

「いや、さすがにそれは苦しいだろ」

クルクルから、ゴムが戻るようにピン!と元に戻ったアタリメは、「ともかくっ!」と強引に話を戻す。

哀れよ、アタリメ。

「わ、我はついに神に昇華したのだ!これで、今すぐにでも神の部屋に行ける!」

………なるほど、ここで未来の俺はアタリメをあそこに行かせてしまうのか。正直どうでもいいのだが、こいつのせいで王国内は地獄絵図だ。自分で言うのもなんだが、あれではあまりに国民が浮かばれない。

「なぁ。お前の神の鉄鎚とやら、本当にそれだけか?そんなんで神とか言ってて………虚しいわぁ」

神にこだわるコイツのことだ、すぐに食いついてくると思ったのだが。

「っは、はぁ?べ、べべべべべべ別に虚しくねぇし!?我の鉄鎚はできる子だしぃ!?もっとす、すすすすすすごいのあ、ああああああるしぃ!?」

テンパりかたが尋常ではない。

「なら見せてくれよ。神の力」

明らかな煽りであるにも関わらず、アタリメはアホみたいにクルッ!ピン!クルッ!ピン!を繰り返していた。

「ったくしょうがねぇなぁ!いいぜ、見せてやるよ!『神の鉄鎚』っ!」

喜色満面(アタリメの色が茶色から少しピンク色になっている。もはやこいつは一生食べられることがないだろう)のアタリメが叫ぶが、特に変わった様子もなく数十秒が経過しても何も起こらない。

「あっ、ああああああああれぇ?」

さっきと同じようにクルッ!ピン!をやりだしたアタリメは、慌てているのだろう。感情表現の少なさである。いや、アタリメで感情表現ができる時点で度を越しているのだが。そもそもアタリメは感情表現しない。

するアタリメを目に俺は、その鉄槌が何かに気がついていた。

「………ったくしょうがねぇなぁ!いいぜ、見せてやるよ!『神の鉄鎚』っ!」

無かったことにしたアタリメの頭上には、ブラックホールのような真っ黒な円形の空間が形成されていた。そして、その中から、ずもも……!と三角形の先がゆっくりと出てきている。茶色がかったその三角形は、生物みたいにうねって光っていた。それは明らかに神の鉄鎚であり、何かを召還しているようである。神の鉄鎚である以上、ロクでもないに違いないな。

「………アタリメ、上」

「え?」

瞬間。

ボトボトホド!

ベチャベチャベチャ!

「えっ、えっ?な、何だこいつら!?」

そこには、一メートルサイズの生きたイカが五匹、水飛沫をバシャバシャ飛ばしながら地面で跳ねているという光景が広がっていた。

それに続くように今度は、パチュンパチュンと触手を地面に叩きつけ、盛大に水飛沫を飛ばず七匹のタコが召還された。真っ赤で湿っぽい、一メートル級の七匹のタコ。

五も七もロクでもないだろうが。

「………」

完全に黙りきってしまったアタリメが哀れに見える。こんな神の鉄鎚を作ったやつはきっと頭がおかしい。と思ったらあの神だったか。自分で作った神の鉄鎚に自分の不倫報道を入れるなよ。

「き、貴様には消えてもらわねばならないのだ!だからお願いしますお引き取り下さい!」

最終的にアタリメは必死になって頭を下げて懇願してくる。まぁ、頭というより上半分というべきなのだろうが。

しかし当然、応じる義理はない。このイカれた状況をなんとかしなければならないからな。………イカだけに。

「そんなことより王国の緑の草みたいなアレをどうにかしてくれよ。あれは見てられないぞ」

「それは無理な相談だな!なぜなら、アタリメである我が、貴様に玉座を退けられた我が、神の力を持った我が、概念を捻じ曲げたのだ!この我が死なない限り………!」

アタリメが言い終わらないうちに、五匹のイカのうち、一番激しく動いているのが触手を伸ばし、アタリメを絡め取ってしまった。

「え?ちょっと待ってまだ話が………あっ、やめてくれ!イカには!イカにだけはっ!!」

パクっ。

モグモグ。

ごっくん。

「………」

食べられるために作られたアタリメが頑なに食べられることを避け続け、圧倒的なフラグ回収の速さでイカに食べられる。これいかに。

「あー、あっと………」

アタリメを食べたイカ以外のイカとタコは、アタリメが食べられたからすぐ消え去ってしまった。

代わりに、残ったイカが神の力を手に入れたというのか?

『んっ、んー!あー、あー。こちらイカ、こちらイカ。聞こえますかー?』

「………なんでイカが触手だけで立っ、ああいや、今さらそんなことはどうでもいいか。それより、何でお前の声がイカの中からするんだ?」

触手で直立するイカの腹からは、あの神の声が聞こえていた。

『いやぁ、ご苦労だったね!キミがアタリメを倒してくれたおかげで神の部屋のも消えたし、まぁそのせいでボクは神の部屋に戻ってきたんだけど。さて、ボクの力なら君の望み通り緑の草みたいなアレを元どおり、隅っこの存在に戻すのなんて造作もないよ。ただ、そうするとキミはこの世界から消えちゃうんだよね』

「ずいぶんと急なんだな。それで、何で俺が消える?………ああ、俺はもう神でもなんでもなくなっちまったってことか」

イカが触手をピン!と立てる。

『ご名答!それで、キミはどうしたい?』

………俺にはもう存在理由がないんだよな。

元々この世界には必要とされてこなかったわけだし、戻っても扱いの酷さは折り紙つきだしな。それなら、元の世界に戻って、緑の草みたいなアレとして、弁当箱の中での一生に戻るのがいちばんだろう。

俺らしい最後だ。誰にも見届けられない、一人の寂しい最後。

「………俺を、神になる前の状態に戻してくれ。あの、ゴミ箱の中に」

そういうとイカ(神)は意外そうな声で言った。実際、触手も踊るようにうねっていた。それは意外がっているのか。嬉しそうに見えるが。

『いいの!?いいんだね!?じゃあ、キミの望み通り、緑の草みたいなアレの概念を戻し、キミの存在も元どおりにしてあげよう!今までお疲れだったね。キミのおかげでボクはこうして五番ちゃんと胸踊る熱い恋ができた訳だし。ああもちろん、八番ちゃんのことも大好きだよ?』

こいつさては何股もしてるな。やめておけばいいものを。というか、やっぱり嬉しそうである。

『キミにはボクをここに戻るまでの間、この世界を観ていてくれた礼をしなくちゃいけない。帰ったら驚くだろうね。それじゃ、お別れだ』

そう言うとイカは、触手で手を振ってくる。つられて俺も振り返すが、この光景のシュールさはなんなのだろうか。

『じゃあね!』

言うと、俺の体はだんだんと薄くなっていく。これが、元の世界に戻っていく感覚なのだろう。久しぶりに味わった、神の部屋からこの世界へ来たときの感覚に似ていた。

………これで、戻るんだなぁ。

走馬灯のように思い浮かぶのは、仲間との楽し………くなかったな。王国での忙し………くなかった。連合国代表としてみんなのた………めには戦わなかった。帝国をさらなる国にはっ………てんさせてない。

あれっ?俺この世界で何してたんだ?

困惑と疑問で頭がいっぱいの俺の耳にかすかに最後、神の声でこう聞こえた気がした。


『またね………バラン』




静かなる終わり

………眼を覚ますと、暗闇だった。それはそうだ、何せ、ここはゴミ箱の中なのだから。それは俺に、否応無しにその事実を伝えてくれる。だが、戻ってきたという感慨よりも早く、俺はあることに気づいた。

なんか、干物の甘い匂いがするな。というか、俺なんで匂いが分かって色々考えられてるんだ?

ゴミ箱の中にしてはカサカサ過ぎる肌触りに、鼻腔をくすぐる甘い匂い。それはまるで、最後みたあのイカのおつまみのようで………。

まさかとは思うが。

ここ何年かしていたように、声を出してみる。

「なあお前アタリメか?」

「………まさか我の下の硬い感触は袋ではなく、貴様だというのか?」

………あの神。ふざけやがって。

「今どこにいるか分かるか?」

すると、アタリメは絶望と自嘲を混ぜ合わせた声で告げる。

「ここは、モンスターを狩ることで生計を立てるハンターたちが暮らす世界の………武器屋だ。俺たちは、その武器とともに、二メートルサイズになって、袋に梱包されて並んでる。自分で言うのも何だが………詰んだ」

「………」


あの神ふざけんな。


こうして俺の物語は終わりを告げる。死線をくぐり抜けるハンターたちに一生選ばれることなく、ずっと静かに、アタリメと共に。

なんだこれ。



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サクセス・グリーンライフ! 音愛 @ayf0114

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