ファンレター

西木 草成

13:27

 まず私について話すのならば、私は古書店の店長だ。


 なんのことはない、しがない町のしがない古書店で細々と人生を浪費しているただの老いぼれに過ぎない。


 古い本独特のツンとした臭いは昔から苦手だったが、それでもこの仕事は五十年近くは続けていて、それでもそれなりに気に入っている職だ。


 ある日の昼下がりのことだ。


 全くもって客のいない、がらんとした店をぼんやりと眺めながら茶を啜るのが日課だ、そのほとんど変化しないその風景にため息をついていると、奥の古い入り口の引き戸が開かれる音がした。


 いらっしゃいと軽く声をかけ、変わらずに茶をすすっている。なに、こんな店に来る用事なんざ、どうせいたずらに本を触りに来てなにも買わないやつだろう。


 だが予想は違った。一人の若い男がなにやら大きい紙袋を抱えてこちらに向かってくるのが見えた。


 なんだ、本の査定か。


 少しめんどくさいが久しぶりに行うものだ。さて、今日来るのは『芥川』か『夏目』か、はたまた新しい何かか。


 数十分後


 買い取った額は合計21冊で、1000円弱と言ったところか、何しろ文庫本が多いし、何より老舗の古書店が出すには随分と新しすぎる上に、内容がいかんせんよくわからん。


 男は帰り、また伽藍堂の古書店へと戻ったわけだが、さて、この机の上に重なった文庫本の束は一体どうしてくれようか、100円均一にして野ざらしにするのが一番いいだろう。


 そうして、先ほど買い取った文庫本をもう一回整理するとだ。なにやら妙に肌の露出した女の子らしき絵の描かれた表紙がある文庫本があった。


 たまにあるのだ、こういうものを買い取ってくれないかという客が。


 そういう場合は買い取れないと言って断るのだが、今回は自分がミスで見逃してしまったらしい。


 全く、らしくないこともするようになった。


 こんなものを店頭に置いておくわけにはいかない、さてどうすればいいのやら・・・と思いつつ。今まで本を読んできた自分が、知らない世界を見ずにしてはたして、古書店の主人を名乗る。そんなことができるのかと


 だが、こういうのは肌に合わないんだよなと思いながら、その文庫本に手を伸ばす。


『異世界に召喚された俺がチートからも女神からも見放された件について』


 なんてふざけた題名だろうか。


 なぜ題名を文章にするのだろうか、古き良い小説というものはたいてい一文で済ますものなのだ『心』にしかり『みだれ髪』しかり『舞姫』しかりだ。


 私だったらこう名付けるはずだ。



『件』



 どうだ、いかにも古風な名作な雰囲気を出しているだろう。


 作者名、これまたふざけてる


『著 マカダミアナッツ』


 もはや人名ですらない。昨今ではこんな小説が売れるのかと、日本の文学が廃れてゆくのがよくわかる。


 中身を一通り目を通したがまるで文章になっておらん。そして内容も勧善懲悪の安っぽい冒険物だ、私がまだ少年時代だった頃に読んだ『少年探偵団』とかの方がまだ興奮できる。



 しかし



 こんな文章で、日本文学の一部になってしまうのか? こんな浅はかな内容で売れてしまうというのなら



 私が書いても売れてしまうのではないか?



・・・・・・・・・・・・・・・・5年後・・・・・・・・・・・・・・・・


「それでは、今回。ライトノベル界に新風を巻き起こした『怪』の作者『仁志じんし そう』さんに来ていただきましたっ! 大きな拍手でお迎え下さいっ!」


 目の前には大勢の人と、大勢の報道機関、あの本からの出会いにより私は書いた小説を出版社に送り返事を待ったところ、どうやら本にしたいという旨の返事が返ってきた。


 そして出版したところ、売れ行きは右肩上がり。果ては映像化の話まで出ている。なんでこんなにも売れたのか、私にもよくわからないが時代がそういう娯楽を求めているのだと思うと呆れを通り越して、もはや微笑ましい。


「どうも、皆さん」


「それでは、仁志さん。年齢は80歳間近ということで、執筆に至った経緯は?」


 隣に座っているのはどこかのアナウンサーなのだろうか、若い女性がマイクをこちらに向けて座っている。


「何、古本屋でその・・・ライトノベル? と言うのを売りつけられて、こんなものでも出版できるんだったら、私が書いてやる。って思ったのが始まりですかねぇ」


「は、はぁ。仁志さんの書かれる文体は、まるで昭和の雰囲気漂う古風で独特な文体でそれでもって内容が現代風といったそのギャップに読者の皆さんが惹きつけられているそうです」


 確かに、あの後そういったものを一部のみ勉強で読んだが、ほとんどは自分の店に置いている古書たちから学んだ。


「すでに次回作については考えられているのでしょうか?」


「いや、最初は小遣い稼ぎのつもりでやっていたものでね。それにもう年を考えれば余生を〆切なんかに追われない生き方をしたい」


「ということは・・・デビューをもってして引退をすると?」


「そうなるね」


 これから先、ずるずると作家稼業に追われるようではたまらん。古書で食ってくにもちょっと懐が寒かったし。まぁ本がこれだけ売れれば、死ぬまでには十分だろう。


「そ、そうですか。では最後に、読者やこれから作家を目指される方に一言お願いします」


「一言ねぇ・・・『温故知新』とでも言っておこうか」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「やれやれ、またか・・・」


 昼下がりの午後1時を回った頃


 これで本日14件目の買取だ、しかもライトノベルとやらの。古書店という看板が見えないのかあいつらには・・・


 さて、また100円均一の棚を増やさなくては。


 そう思い、外に出て扉を開けると、玄関についているポストに郵便が挟まっている、これも毎日の日課だ、以前売れた小説のファンレターとやらがたくさん届く。昔は一日に50通など軽く超えたが今では二日に1通程度だ。


 


 さてさて、今回は誰からかな。



 添削をして送り返す、これも新しい彼の日課になった。

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