非炎魔術師と空白の世界地図

胃詰 瓜見

第1話 地質調査隊

 始めに断言しておこう

 この世界には、世界を恐怖に陥れる魔王は存在しない

 なので、絶対な力を持つ勇者や英雄は夢物語

 伝奇にある幻獣、フェンリルやらピポグリフなどは今の所、僅かな痕跡が見つかるだけ

 あ、でも、翼竜ドラゴンは今まさに、我が物顔で空を飛んでいるか

 これといった機械技術も(私の知る限り)空を飛ぶのが精一杯、ドラゴンに撃墜されるの待ったなしだけど

 洞窟や遺跡には古代の失われた文明もあったりする

 異世界から人が来たりしない。そもそも異世界の存在自体が定かじゃない

 私の様ないち少女が世界の崩落を止める方法を探す旅に出たりはしません

 むしろ、この世界は王都を中心に始まったばかりなのです

 その始まったばかりの、空白な世界地図を作成するのが……


 *


「――聞いた話だと、この時間に地質調査員が来る筈なんだけどなぁ……」

「だからそれ、私です」

「どう見ても子供だけど、この子な訳ないし……」

「子供じゃないっ!―—ですし、私が事前に連絡したクォーツと言う者で――って、話聞いてるんですか!」

 森の入り口で門番の男に軽くあしらわれている少女は男の背丈の半分程度の背丈で、子供扱いも当然だった。

 しかし、少女の腰には左右それぞれ二対についのポーチ。右のポーチに至ってはリボルバー式拳銃の持ち手がはみ出ている。

 ポーチとは別に、腰と胴に弾丸が収納されているベルト。銃の使い手なら市販の鉛弾ではない事に気付ける。

 ……が、門番の男には少女の子供としか言いようのない体型しか見ていない。

「――あれだ。君みたいな子が、そんなおもちゃみたいな銃を持って入るにはちょっと危ないから、怪我する前に帰りなさい」

 男が言い聞かせる様に諭したが、逆にそれが少女の反感を買った様で、

「もうっ!本っっ当に子供扱いしてっ!こうなったら……」

 怒りに震えながらも少女は右腰のポーチの中を漁って、一つの手帳を取り出した。

「何度も言いますが、地質調査員のノルスタジア・クォーツです!事前に連絡した通りこの森の定期調査に来ましたっ!」


 ――また子供扱いされた……

 木漏れ日と言うには強い日差しの中。そう言いつつも少女、ノルスタジアは風通しの悪く踏み均されている道を地図片手に歩く。

 彼女の恰好は白いワンピースの上に体格より大き目な調査員のジャケット。橙色の髪は鬱陶しくならない様、左に纏められている。


 確かに彼女は十四歳。それで調査員という仕事をするには本来、幼い過ぎるのだ。

 そう、ノルスタジア・クォーツは世界最年少の地質調査員である。


 *


 地質調査員が現地でする仕事は五つ。

 仕事1。土壌と水質の調査、採取し分析

 ――とりあえずは持参した瓶と水を詰めて持ち帰るだけ。

 仕事2。樹木又は植物、小動物のスケッチ。標本の回収と保存

 ――草木を瓶に移し替える。私が絵とか、正気の沙汰じゃない。

 仕事3。冒険者協会に提供する地図の制作、更新

 ――作成済みだから書き足しと修正をして、っと。

 仕事4。マナの樹の調査、研究

 ――今回は必要なし


 新種(だと思いたい)植物を土ごと瓶詰めして、神と瓶だらけな左ポーチに詰め込む。

 ポーチの右は魔術関連と私物、左は仕事用に分けている。どっちも中身は「私さえ分かってればいい」状態だけど……

 ……私の事は置いといて。これだけ聞けば調査員は土いじりしたり絵とか地図を描いたりするだけの簡単なお仕事に聞こえるけど――いや、そんなに簡単であって欲しいなぁ……

 ――ん?

 小さいけど草むらが揺れる音がした。それと同時、反射的に銃に手をかける。

「…………」

 狼……かな?

 スライムであって欲しいんだけど狼、熊、小鳥しか生息してない筈だし……

 熊の縄張りからも遠く――いや、熊だったら大きさで気付くよ!

 バウッ!

 あれこれ考えてる間に草むらから何かが飛び出して来た!

「狼っ……!」

 ――仕事5。魔物の生息域と特徴の調査

 遭遇と偵察を繰り返し、分布図を作成。更に外見の特徴やブレスの有無、弱点までも調査する。

 ――図鑑を作る図書館さんに提供するからとはいえ、後半のは冒険者のやる事にしか思えない……

 とか思ったけど、ブレスを吐かない上に弱点を看破している敵と一対一だから何とかなるかも……

「……」

 一触即発の睨み合いをしながら、右ポーチからはみ出している銃を手に、真正面の狼に構える。

 引っ掻かれたら痛いし血が出るし、首筋を噛まれたら結構な確率で、死ぬ。

 だからられる前に撃つやる


 カチッ、カチカチッ

 そんな音が出るだけで、何回引き金を引いたって音が出ない……

「ふぇ……?あ、弾が……」

 そもそも弾を装填してなかった!装填しないと……

 狼との間合いを取りながら弾を二発ずつ手に取ってシリンダーに込める。距離によってはそのまま逃走!

 二発……四発……

 ――ピキッ

 乾いた枝を踏み抜いていた。ここ数日、日照りだったからなぁ……じゃなくて!

 枝を踏んだ事実を理解した時には狼が一直線に走ってきた!

 噛まれたらパニックになる!というか既にパニック!ええい、撃って怯ませる!とりあえず当たるまで撃て撃て!


 バババンッ!

 青、緑、水色の魔法弾三発の内、緑色の弾が狼の前足を貫通して転倒させた。

 弾を二発無駄にしちゃったのは勿体ないなぁ――とか思ってる辺り、落ち着いたかも……

 で、次の一発が雷魔法。あまり効かないと思う……あ、狼と目が合った。

 殺意むき出しで怪我をしていない残り三本の脚で立ち上がろうとしながら噛みつこうと首を伸ばし、爪を向けられる。

「ごめんね……かわいそうだけど、人の為だから……」

 狼の鼻先に銃口を近付け、引き金を引く。弾が銃口で電気に変換され、小さな稲妻が一直線に突き進む。効きにくいとはいえ効かない訳じゃないし、これだけの距離ならっ!


 戦った後はメモ帳と地図とを交互ににらめっこする事になる。

「……今のがユグドウルフだっけ。顔真っ黒焦げ……」

 メモ帳には描きかけの狼のデッサン(の様な何か)、地図は魔物の分布図。

「――あれ?いつの間に縄張りに入ってたんだろ……縄張りが大きくなったのか、移動したのか……うーん……」

 魔物の縄張り情報の新発見か更新すれば、冒険者協会を経由して追加報酬が入る。それはそれで嬉しいけど……狼はもう少し奥からが縄張りだった記憶がある。いつも通り、一人を良い事に隠れ気味に調査するだけだけど……嫌な予感がする。

 ――そんな事よりも絵をなんとかしないと。

 自らの手で焦がした亡骸を見つめるのはちょっと苦痛。だからって生かしてれば描き終わるまで攻撃して来ないとは限らないし。

 で、今書いているのは記録用の物。だからって真面目にやらないとやり直しを食らう。

「犬ってヤツだこれ……」

 ……だからって狼を描こうとして北国で発見されている四足歩行で哺乳類の生物、犬(酒に酔った上司が細かく説明してくるから覚えている)を描いてもやり直し食らうけども。

「絵の才能、なんでこんなにないんだろ」

 細かい所は安全な場所に帰ってからでいいや。後から来た人と自然の為に狼の亡骸を茂みの奥に投げ捨てて、っと。

『この狼の肉は筋が硬くて食べられない』冒険者情報。


 茂みの中に隠れながら進み、狼の縄張り(地図時点)の中に来る。

 隠れて進むにつれて狼が少なくなってゆく(狼が近付くたびに息を潜めてやりすごしていた)。ど真ん中(以前)まで来ると狼の気配すらなくなった。

 違和感を感じた私は草むらから出て周囲を確認する。迂闊うかつかもと思っても多分、狼は出ない。

「縄張りがずれてる?」

 そう考えるのが適切かと感じた。熊の縄張りが広がった結果、狼の縄張りが追いやられたのか……ん?熊の縄張り?

 ガサガサッ

「ひうっ!?」

 草むらと地面を揺らす気配に驚いて、声を出して飛び上がる。危機感知能力が前よりなまった(詳しくは面白くない話だから省略)とは言え、油断していた。

 ……恐る恐る、気配の主を見ると……


 でかい、黒い、鋭く太い爪、獣臭い……くまさん

 じゃなかった、熊!この森の王者!ユグドベア!

「えと――」

 立ち上がった姿が、爪が私を間合いに入れていた。


「――うわぁぁぁぁぁぁっ!逃げなきゃ!」

 爪だけで私の胴体並の太さ!そんなので引っ掻かれたら一発で死ぬってば!

 来た道を全速力で引き返す。それと同じ速度で追いかけて来るベア。


「……ぜぇ……ぜぇ……まだ、来る……!」

 狼が自分から避けてくれるから良いものの、私の体力が底を突いて来た。熊も相当気が立っているらしく、追い付かれたら余裕で殺される。

 追い付かれる前に銃でせめて足止めをしたい、弱点は狼と同じく風……あ、まずは装填しないと……

 ベルトから使えそうな弾を――

「……ああっ!」

 二……じゃない、三番目に強い魔法弾が手元からこぼれ落ちた……一つ作るのも大変なのに……

 ビュン!

「わぁぁっ!」

 爪を振るった風圧で前に吹き飛ばされる。体勢を立て直しながら後ろを見る。

 巨大な三本線の爪痕で大地が抉れていた。これを恐れず、耐えれる人は人間の形をした何かだと認識している。

 私の見解はこの際どうでもいいから、攻撃して怯ませる為の銃弾を取り出そうと……

 ――よし、弾取れた!

 やたらと魔術式を書き込んである(手書き)緑色、しかも風属性の……

「……ギガブロウ(私発明、命名)……失敗作だ……」

 名前の通り、この熊の弱点である『猛烈な強風』を発生させる術。ただ……風圧が強過ぎて、銃口から放つと体重の軽い❝自身も吹き飛ぶ❞不良品――

「……それだ!何での持ち歩いてたのか分かんないけど、やるっきゃない!」

 上司から叩き込まれた高速装填技術で弾を込めながらベアと向き合う!


「吹き飛べっ!」

 恐らく無駄だけどベアの目に照準を合わせて引き金を引く。ついでに銃を死んでも離さない程強く握って、舌を噛まない様に歯を食いしばる。

 銃口から銃弾の代わりに小さな台風と大差ない突風が発射され、ベアの巨体を押し出す。それ以上に私の体が銃に押し出され、次の瞬間にはこの森林帯を見下ろしていた。

(恐らく人類初の)生身での飛行を果たした喜びなんかなく……

「落ちる落ちる落ちる落ちる――!」

 全身で風を受け止めつつ、近付く地面にただ恐怖するしかなかった――


「…………」

 意識、覚醒

「えっと……生きてる……?」

 怪我を覚悟していたけど運よく草が生い茂っている場所に着地したらしく、これといった怪我がなかった。気絶はしてたけど。

 辺りを見渡すと森林帯の外、草原だった。ドラゴンが近くを飛んでなくてよかった、結構な距離飛んだなぁ……とか呑気な事を考えつつ、

「はっ、持ち物!」

 銃、手放してない!

 ポーチ、有る!

 中身……無事!

「良かったぁ……」

 ついつい安堵の声が出る。

「…………うっぷ……」

 安心したら吐き気が……それに……目も回って……、どこか、日陰は……!


 ……草原から木陰を発見して移動した頃には吐き気が治まった。十四歳の、女の子だから人目の有無にかかわらずそんなヘマはしない。いや、してたまるか。

「……暫くは馬車酔いしないかも」

 自由落下の経験は馬車でも味わえないと思う。だからって「また味わいたいか」と訊かれたら速攻で「いいえ」だけど。

「今日はもう帰ろうかな……走り過ぎて足痛いし、打った体も痛いし……」

 太陽が大分傾いている。帰るには十分な時間だ。森林帯の場所と太陽の向きから現在地を特定(調査員は最低限必修)し、迷う事なく街道に出た。ここからもうじき来るであろう馬車に乗って太陽が沈む方向……西に帰る。


 ――馬車が来ない。

 暑い。

 暑い。

 暑い暑いっ!

「このままじゃ日焼けしちゃう……」

 森生まれ森育ちの私に直射日光は少し堪える。そうでなくても今は七の月、二十二日。これから更に気温が上がると思うとうんざりする。

 水は手元にあるけど、行きの時点で半分程飲んでいた。

「我慢したらダメだ、干からびる前に飲まなきゃ」と水不足の経験から躊躇ためらいなく水袋のぬるい水を飲む。

 ……本当にぬるい。森で冷たい湧き水を汲んでおけば良かったかも。


 水筒の中身がちょうど空になった辺りで西方向から馬車が来る。

 馬車を操る気前の良さそうなおっちゃんさん(初対面)が私の前に馬車を停めた。

 わざわざ私一人の為に停めてくれたのは良いけど、目的地は……

「そこのちっこいの。大変だろ、乗ってくかい?」

「ちっちゃい言わないで下さいっ!それに……西に行きたいので……」

 目的の調査隊支部、もとい寝床とは明後日の方向になる。

「正反対だな……暑いから気ぃ付けろよ」

 そう言い残しておっちゃんさんが操る馬車は陽炎に揺れながら地平線の彼方へ消えて行った。


 それから十分程。大気中のマナを取り込んで、属性魔術を作り出す携帯変換機(昔作った)を汗流しながら組み立てていた。

 それで出来る水は魔術的で、人体には毒だし泥水並の不味さ。でも私は耐性があるし薬だって毒の一つだし……ぶつぶつ……

 暑さで無意識に呟きながら変換機を呟きながら組み立てていて、私の前で停まっている馬車に気付けないでいた。

「お嬢ちゃん!乗るのかい!乗らないのかい!」

「ふぇ!?ごっ、ごめんなさい!ユグド行きなら乗ります!」

 馬の手綱を握る屈強そうな肉体のお兄さん(これも初対面)が不機嫌そうに私を睨んでいた。魔物に襲われてもおかしくない道を往復するからか一般の人より鍛えられていて(酒場の冒険者には及ばないけど)、脇に剣が置かれている。

「そうか。お代はいいから早く乗りな」

 お兄さんがアゴで荷車を示す。

「は、はい!」

 中途半端に組み立てた状態の変換機を抱えて荷車に乗り込む。


 私以外の乗客は林檎と干し肉、藁で大切に包まれた卵が入った木箱達……ダメ元で調べても水は無かった。林檎には水分が含まれている、今ならこっそり……

「いや、盗もうとは思わないから。帰るまで我慢……」

 喉の渇きを我慢しつつ、お尻を痛めない様に敷いてある(本来は食品の乾燥防止かと)敷き藁ゴザの上に座る。

 ガタゴト揺れてて座り心地が悪く、お世辞にも涼しいとは言えない。そもそも私お世辞言えないし。

 でも、さっきの体験の後だと大きな揺れが心地よく感じる……疲れてるし寝ちゃおうかな……


 *


「なぁ、嬢ちゃん。そこの林檎、勝手に――」

 手綱を握る男が荷車の中にいる小柄な少女に釘を刺そうとして、何かを片付ける音がなくなった事に違和感を感じた。気になった男が後ろ、もとい荷車の中を見渡す。

「くぅ……くぅ……」

 林檎が詰められた木箱に寄り掛かりながら、規則正しい寝息を立てて少女、ノルは眠っていた。


 地質調査員は世界地図が完成されていない現在には重要視されていて、それだけ未知かつ危険な仕事である。戦闘だって避けられず、大人でも音をあげかねない。

 十四歳の、ましてや自他共に認める運動音痴の少女には厳しい仕事だ。


 ――そんな彼女の寝顔は夢心地とは言い難いものだった。

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非炎魔術師と空白の世界地図 胃詰 瓜見 @Itumi-Urimi

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