第2話 マッチ全部買ってみた


雪がコンコンと降る夜、すれ違う人たちに見慣れない女子高校生の私服の格好を不思議に思われ、じろじろと見られてるのが分かった。

その視線が少し気がかりだったが、とにかくマッチ売りの少女を探すことになった。


どこにいるんだろうと立ちすくんでいると刹那、聞き覚えのあるフレーズが耳に入ってくる。

「マッチはいかがですか?マッチはいかがですか?」

私は声のした方を振り向き人が行き交う中、目だけで少女探すとすぐに見つかった。

その少女の姿は周りの人々と比較すると、それはそれは貧相な格好だった。

赤いボロい頭巾、薄汚れた白シャツ、雪が一部積もった茶色い靴、鞄は藁っぽいものでできおり中には何箱ものマッチがあるのだろう。


少女はまっすぐに続くこの道の端で、目の前を通る人々に「マッチはいかがてすか?」と声をかけていた。しかし、その呼びかけに反応すらしない民衆。

見てられなくなった私は止めていた足を動かし、彼女の元へ早歩きで駆け寄った。


「マッチはいかがですか?マッチは...」

「ねぇねぇ」

客の呼びかけ中を中断させてしまい申し訳ない気持ちになるが、それでも私は話しかけずにはいられなかった。


「あ、マッチ1箱いかがですか?」

この私の格好を見てもなんとも思ってなさそうだった。もしかしたら人を外見だけで判断しない人の象徴なのかもしれない。いや、考えすぎかも。

「えっとーじゃあ...」

確かこの子ってマッチが全部売れなきゃお家に入れてもらえないんだったよね?と頭の中でマッチ売りの少女のストーリーを思い出す。だったら...

「その箱の中にあるやつぜーーーーんぶくださいな!」

私は両手を大きく広げることによって買う量を表すと、二ヒヒと笑顔を見せた。

「え、え!?全部ですか!?」

目を大きく見開かせ口をぽかんと開けるその姿は、まさに驚顔の典型的と言っていいだろう。

「うん!全部!」

「ひゃ、120クローネになります」

あ...

改めて自分のバカさに気付かされる。

お金がいるじゃないか!

ちなみにクローネとはこの国(デンマーク)の通貨だそうだ。

「あーえっとー...」

この状況をどうやって打破するかその場で顎を手に添え考えるポーズを取ると、なんともまぁ私らしい作戦が思いつく。

「ちょっと待っててね!」

と言って少女は首を傾げると、私はキョロキョロと周りに行き交う人々を見始めた。

よし!あの子に決めた!

私はモンスターボールを投げる時に放つお決まりのセリフのごとく唱えると、向こうがわの端辺りで左から右に横切る少年を目で捉える。

人を避けながらもなんとか少年の元にたどり着くと、私は彼の目の前で立ち道を塞ぐ。

17歳くらいだろうか。私と年が近そうな少年は少し疲れた表情で目の前に立ちはだかる私を見た。

「あのー...邪魔なんだけど?どいてもらえません?」

「ちょっと来てもらえる?」

私はそう言って彼の返事も待たずに腕を引っ張った。

「え?ちょ!おい!」


再びマッチ売りの少女の元に今度は少年を連れて戻るとまた客を呼びかけしていたようで、それをやめた。

「ただいま!あなたのマッチこの人が全部買うから!」

「は!?いやおい!ちょっと待て!」

横からガミガミどういうことだと私に怒鳴るがそれを気にせず彼女と話す。

「ほ、ほんとうですか!?ありがとうございます!」

少女は先程の驚きの表情ではなく喜びの表情を見せると一礼をする。

「あ、いや、俺はまだ買うとは言ってねーぞ?」

「え...?買ってくれないんですか?」

少女の目に涙を浮かべると今度は悲しい表情をみせる。この数分で私は少女の4つの顔を見れた。

「あーあー、女の子泣かしちゃった」

この魔の言葉は私が小学生の時に流行った言葉で、よく男子が女子を泣かせた時に使っていた。だいだいの男子はこれで負ける。

「ちょ、おい泣かないでくれよ...てかお前なんなの?」

前半は少女に掛けた慰めの言葉だが、後半は明らか私に向けられた言葉だった。

「私?明やけど」

「いや、名前聞いてんじゃねーよ、なんで俺が払わなきゃいけないわけ?お前が払えばいい話じゃねーか」

「だって私お金ないねんもんー」

「だからってなんで俺...」

「話しやすそうやったから」

私達が言い争うをしていると少女が間に入ってきて

「け、喧嘩は辞めてください!大丈夫ですよ?買ってもらえなくてもただ私は家に帰れないだけですから...ただそれだけのことです...」と涙をポロリと流した。

「...わかったわかった!買えばいいんだろ!?買えば!」

ようやく心が折れた少年は買うことを決心した。

少女の顔はまた一変し涙を浮かべた笑顔になる。

「あ、ありがとうございます!全部で120クローネになります!」

「ひゃ、120クローネ!?...ほらよ」

120クローネが一体日本ではいくらなのかは知る術はなかった。少年の驚きからすると120円ではなさそうだ。

少年がポケットの中から小さな小袋を出し、さらにその中からこの国の通貨を出した。

「お買い上げありがとうございます!これで...これでお家に帰れる...」

余程嬉しいのだろう、さっきより涙が増していた。

「では、私はこれで失礼します」

少女はペコリと頭を下げると人混みに紛れ去っていった。

「ばいばーーーい」

私が少女の去る背中を見送りながら手を振る。しばらくして姿が見えなくなると

「やっぱり私の見込んだ通り優しい男だったね、あんた」

「あのまま買わなかったらお前俺の金盗んでまで買ってただろ」

「まーね」

「まーねって!...てかなんでこんなにマッチが必要なんだ?」

少年は袋に入った大量のマッチ箱を覗きながら聞いてきた。

「マッチは必要じゃないねん、必要なのは全部買ってあげること、そうしないとあの子家に帰れないんや」

「ってことはもしかしてこれからも買い続けるってことか?」

「え?そのつもりやけど?」

「はぁー...そんなことしてたらキリがねーよ、親自体を説得させなきゃ意味がない」

我ながらアホな私は呆れた様子の少年が教えてくれて、今初めて気づいた。

「それ先言わんかい!ほら!はよ行くで!」

私は少年の腕をグイッと引っ張り走り出すとおいっ!と声が聞こえたが無視をする。



少女が去っていた道を辿り必死で探したが、分かれ道が多すぎて少女の行方は分からなかった。

自分で走れると言って腕を振り払って一緒に探してくれた少年が「もう諦めよう、家を特定するのは無理だ」と言ったが、私はそれでも必死に探した。探さなければならなかった。少女を助けないと本の世界から出れないと理由もあるが、一番は彼女を単純に助けたかったからだ。

何やかんやで一緒に探してくれている少年を背後に連れて走り探していると、前方の左端当たりで人が集まりざわざわとしていた。

私達は足を止めた。

「いったいなんの騒ぎだ?」

「わ、わかれへん、とりあえず行ってみよ」

止めていた足を再び動かせると数秒後でそこに辿り着く。



集まる人々の中の中年男性同士の会話が聞こえてくる。

「ひでぇな...盗賊の仕業だってよ」

「まだ小さな女の子なのにな、金のためならそんなの関係ないってか」

嫌な予感が走る。いや、まさかね。

どうやら路地裏で殺人事件があったらしい。

現場を覗く人たちの間をすり抜けていき路地裏の中に入ると、さっき私達と話していたあの女の子、マッチ売りの少女が地面に血を流しながら悲惨な姿で倒れていた。持っていたカバンはどこにも無くおそらくその盗賊とやらが持っていったのだろう。

遅れて私を追ってやって来た少年は「え」と漏らしただけであとは何も発しなかった。

「な、なんで...」

これは恐怖だろうか。それは私を麻痺させた。その刹那、視界が白色に光り始める。

それはやがて視野全体に広がり気づいた時には違う場所に移動させられていた。いや、戻ってきたんだ。一回見たことあるこの景色。初めてここにやってきた時あの場所に私はまた立っていた。



周りをキョロキョロを見渡すとさっき見た人たちとすれ違っていく。

その状況に半ば驚いていると聞こえてくる。

「マッチはいかがですか?マッチはいかがですか?」

少女を見て改めて気づく。彼女を助けるまでこれが永遠に続くと。

私は再びマッチ売りの少女の元へ歩み出した。





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マッチ売りのマリア 池田蕉陽 @haruya5370

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