ハンモック

小説初心者

第1話ハンモック

ハンモックとは「雲」の意味を持つ寝具である。


私は幼少の時よりあの寝具のどこか浮世離れした浮遊に憧れていた。

それは只今の私にも変わりはない。

しかし、今日の私と幼少の私とが隔絶しているのは、

今や私の一存でその夢を叶えることができるという点である。


私は前々より、初給料にあの「雲」に手を伸ばそうと決めていた。

そして自分で買いに行くのも風情がないので、通販に依ろうとも決めていた。

そして本日、予定どうりならば件の物品が届く手筈である。


私がアパートの自室でくつろぎを決めていると急に呼び鈴が鳴った。

私の胸は鈴の音に踊った。

短な廊下を跨ぐように越し、勢いそのままに玄関を開いた。

外には、くすんだ色の作業服の輸送員が有った。

彼は地べたに降ろしたダンボールを拾い上げると、業務を行った後、

物品を私に託した。

ダンボールは雲のように軽かった。

私にとってその重さは如何にも理想的であった。

それ故に、この重さが私の腕の内に籠っている実感は丁度幸福であった。

私は幸福そのままに玄関を閉じ直し自室に戻っていった。


私の部屋は無論、金なし若人の住居であるから狭かった。

しかし、金なしが幸いに部屋を圧迫する物品も目立たない中肉中背な部屋である。

私は部屋のフローリングの上に物品を降ろした。

すると、直ちに部屋には異物感が生じた。

ダンボールと云う品は生活の場には似合わない。

私は脳裏の内にその不快を感じたためなのか、手早くダンボールを崩しに掛かった。


継ぎ目の目立つ箱はいとも容易く解けた。

四面の側面は開花のように私の部屋に寝ている。

その中央には未だにビニール膜に覆われた「雲」が鎮座している。

私にはビニールから透ける、「雲」の白布の残像が一種の御伽の様に感じられた。

その子供ぽい閃のせいなのか、私は急に幼少を思い出した。

あの叶わなかった願いの日々を。

親に否定され、仮装され、勝手に満足された、私のハンモックへの焦思を。

永かった、何度も諦めそうになった。

しかし、空の雲を見る度に私の焦思は再生された。

青空に浮かぶ雲を、夕空に流れる雲を、夜星を隠す雲を。

思えば、ハンモックとは私の象徴であった。

私はこの寝具の為に、度々に父と母、どころか自分自身の性質さえとも戦闘をしていた。

そうした十数年の戦闘の歴史が一挙に私の内に流れ込んできた。

私は一気に疲労した、貧しくなった。

私はパンドラの匣を開けてしまったのだろうか?

私は嫌になってベットに這入った。


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