お願いだから迎えに来ないで

如月 仁成

お願いだから迎えに来ないで


「お願いだから、明日からは迎えに来ないで」


 これが君と僕との、朝の挨拶。

 僕はいつものように、彼女の言葉を笑顔で受け止めた。


 肩にした黒いカーディガンが軋む門扉をかすめると、彼女は無言のまま歩き出す。

 僕は長い黒髪を追いながら、数か月にわたる関係に意気地の無さを痛感した。




 家は出る。

 でも登校しない。

 そんな形の不登校問題児。


 春の夕べ、朱に焼けた公園で、僕はそんな彼女に焦がれて落ちたのだ。




 彼女が逃げないよう、こうして迎えに来るようになってずいぶん久しい。

 靴に絡む葉を噛む音が、冬の近さを物語る。


 始めの頃は、彼女が先に家を出ようとするものだから、早起き合戦になったこともあった。

 今ではこうして僕を迎えてくれるけど。


 ……溜息と共に迎えてくれるけど。


「私は、好きな人を毎朝迎えに行くのが夢なの。あなたは私より先にそんな体験をしているのよ? わかる?」

「あはは……。なんか、ごめん……」

「これだからドSは質が悪い。私もSなの。相性悪いんじゃない?」

「ごめん。意味が分からない」


 僕がSなんてことはない。

 なのに彼女は、いつもそう言う。


 そんな彼女が、不意に落としたトーンでぽつりと呟いた。


「昨日、クラスの子に告白されてたでしょ」


 え? 何でそれを……。


「……付き合うの?」


 答えられるはず無い。


「……他に、好きな子でもいるの?」


 僕の表情が、きっとすべてを語っていることだろう。


「ふーん……。やっぱりそういうこと、なんだ」


 見抜かれてしまった。

 思い切って顔を上げたら、随分後ろに立ち尽くす彼女にようやく気が付いた。


 そんな彼女の口が開く。


 お願いだ。


 僕の想いを、受け止めてくれないか?




「明日は来ないで」




 ……やっぱり、そう上手くは行かなかったか。




「絶対に、迎えに来ないで」




 辛辣な言葉を残して、家の方へ走り出した彼女。

 僕の初恋は、乾いた木枯らしの調べと共に、儚く消えた。




 ……

 …………

 ………………




 これは、どういうことだろう。

 眠れない夜を明かした朝、玄関前に彼女が立っていた。

 髪を短く切った、彼女が立っていた。


「どうしてあなたは、ずっと私の願いを拒んできたの?」

「ごめん。意味が分からない」

「これだからドSは質が悪い。私もSなの。相性悪いんじゃない?」


 そう言って微笑む彼女が、いつもの言葉を口にする。

 いつからだろう、僕がずっと勘違いし続けた言葉を口にする。


「お願いだから、明日からは迎えに来ないで」


 僕はいつものように、彼女の言葉を笑顔で受け止めた。


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