ボゴン

武論斗

ボゴン

――ボゴン!



 ハッ!

 何をしてたんだ、俺は?

 狭い台所、ガスコンロ脇、魔法瓶の前。

 名前を出すのもアレなんで、仮に“とく子”、と呼ぼう。

 何故、とく子の前に??

 俺がとく子の前に行く理由と云えば…

 湯を入れる。

 それだけ。


 なんだ、この空腹感…

 圧倒的、絶望的、悪魔的、虚無的空腹感。


 あっ!

 そうだ。

 カップ焼きそば喰おう!

 名前を出すのもアレなんで、仮に“一平”、と呼ぼう。

 パッケージを剥がし、中蓋を明示された処迄引っ剥がし、調味料を取り出し、湯を注ぐ。

 タイマーをかけ、3分待つ。

 待つ間、読み込みの遅いネット動画を開いておく。

 こうしておけば、出来上がったタイミングで動画も見れ、一平も喰える。

 俺、賢い。


――ピピピピッ、ピピピピッ!


 よっしゃ、3分経った。

 ま、正確には、2分半。

 固めの麵が好物なんで、敢えて時間短縮。

 何故かって?

 湯切りしてる間に柔らかくなっちまうから!

 え?

 小麦は熱を入れた方が美味い?

 うっせー!

 触感だよ、触感!

 小麦の美味さより触感。

 小麦本来の美味さ云々なんざ、インスタントに求めんじゃねーよ!

 一気に湯切り出来ないんで、そのタイムラグを考慮。

 その為の早めの湯切り。

 そーすっと、いい塩梅!

 俺、賢い。


 湯切り口のシートを剥がす。

 中蓋が開かないように手を添え、シンクに湯を捨てる。

 不意に、湯切りしているその湯が指にかかる。

 ――あつッ!


 刹那。



――ボゴン!



 ……ハッ!

 何をしてたんだ、俺は?

 狭い台所、ガスコンロ脇、とく子の前。


 空腹で腹が捩れそう。

 一平でも喰うか。


 あっ!

 繰り返してる!

 なんだコレ?

 気のせい?

 嘘だろ!?

 夢?

 ドッキリ?


 いやいや、確実に戻ってる。

 一平を作ってた筈。

 で、湯切りした湯が指にかかって、熱い思いをしたって実感がある。

 確か、熱湯でシンクがベコンと音を立てた気がする。

 なのに、目の前には、パッケージを解いてない新品の一平が。


――こ、これは…


 試す!

 一平に湯を注ぎ、タイマーセット。

 そして、暫し、待つ。

 これが思いの外、長い。

 グッと堪える。


――ピピピピッ!


 よっしゃ!

 止める!

 んで、湯切りする。

 サッと。

 あっ!

 焦って湯が指に。

 ――アッツ!



――ボゴン!



 …………ハッ!

 台所、とく子の前。

 目の前には新品の一平が。


 きたっ!


 きたよ、コレ。

 これ、絶対ループしてるわ!

 なんか知らんけど、凄くね?

 超自然現象、っつ~か、神秘体験?

 もしかして、俺、すげぇ~能力かなんかを手に入れたんじゃね?

 これって異世界?

 いやいや、異世界に行ったんなら、こんな見慣れた小汚ねぇー狭い台所な訳がない。

 この現象、っつーか能力に、なんか名前でもつけるか?

 やっぱ、バンド名だよな、洋楽の!

 あっ!

 俺、洋楽知らねーや。

 つーか、そもそもバンドも全然知らねーや。

 しょーがねーから、仮に“でんぱ組.inc”、と呼ぼう。

 それにしても。

 これ利用したら、結構、色んな事できんじゃねーか?

 時間戻せるんだぞ!

 リセマラできんぞ、リアルで!

 これって、すげーよな?

 俺、凄い。


 よっしゃ、具体的に試してみよう。


 冷蔵庫を開ける。

 色々と食材は入っているが、取り敢えず、サラミと生ハム、ビールを出す。

 兎に角、腹が減ってるんで、食い物喰ってループの結果どうなるかを試してみる。

 こいつをループ出来る時間範囲内、つまり、一平に湯を注いでから湯切りする迄に喰ってみよう。

 体感として残る訳だから、いけんじゃね?


 早速。

 湯を注ぐ。

 んで、部屋に戻って、ネットの生放送を再生しつつ、ビールをあおり、つまみを喰う。


 うまい!

 腹減ってたから一気に喰っちまった。

 1本じゃ足りないから、もう1本ビール飲もう!


 戻って生放送を見る。


「8日未明、東京都三鷹市内で二十代の女性が自宅で単身死しているのが確認されました…

 …発見された時、女性の体重は20キロ代しかなかった事が確認され…

 …警察は、女性が過度のダイエットを行った可能性もあるとみて、事故と自殺の両面で捜査しています」


 はぁ~、怖いね~。

 餓死、ってやつかね?

 断食でもしたのかな?

 それにしても、自殺はないだろ。

 断食で自殺なんて、堪えられないだろ。

 即神仏だっけか?

 あれって、よっぽど徳の高いお坊さんの荒行だろ?

 普通の人間じゃ、どーやったって無理だ。

 なんかの事故だろ、コレ。


 あれ?

 なんか、忘れてるような?

 ――そうだっ!


 一平!

 でんぱ組.inc!

 そうだ、ループだ、ループ。

 あっぶねぇ~!

 完全に忘れてた。

 酒飲んでる場合じゃね~よ。

 俺は、馬鹿か?


 うむ。

 気を取り直して、湯を切りに行こう。



――あっ!



 麵が湯を吸って、中の湯全部なくなっちまった。

 シンクに捨てる湯がない。

 これじゃ、でんぱ組.incできねーじゃね~か!

 つ~か、でんぱ組.incってなんだよ!

 ま、それはそれとして。

 ちと時間経ち過ぎた。

 俺、なにやってんだよ。


 でも、つまみと酒で空腹感は紛れた。

 腹減ってたし、丁度いいか。

 ……。


――さて、と。


 この一平、どうすっかな?

 ふやけて巨大化した麵が容器にぎっしり。

 とてもじゃないが、喰えたもんじゃない。

 うーん。

 捨てよう。

 勿体ないけど、しゃーない。

 三角コーナーの生ゴミ入れに容器を逆さにして麵を捨てる。

 そりゃ!



――ボドン!



 ………………ハッ!

 何をしてたんだ、俺は?

 台所コンロ脇、とく子の前。

 そして、新品の一平が置かれている。


 空腹!

 しくしくと痛みを感じる程の空腹。

 なんか喰った気がするんだが、すげ~腹が減ってる。

 腹が減って死にそうだ!

 口の中がパサついてる。

 なんか様子がおかしい。


 トイレに駆け込み、鏡を見る。

 ――なんだ、こりゃ!?

 やつれた俺がそこに写ってる。

 やつれた、なんてもんじゃない。

 ゲッソリしてるじゃねーか!

 一日、二日喰ってない、ってもんじゃねーぞ、この痩せ方は!?

 減量中のボクサーじゃね~んだから。


 マズい!

 なんか、途轍もなくマズイ気がする。


 何か喰わなきゃ!


 冷蔵庫。

 そうだ、冷蔵庫の中には、そのまま喰えるモノ、つまみがあるはず。

 サラミと生ハム。

 よし、これならそのまま喰える。

 取り敢えず、腹の中に何かを入れとかねーとマズイ。

 サラミと生ハムを掴み出し、勢いよく冷蔵庫を閉める。



――バダン!



 ……………………ハッ!

 何をしてんだ、俺?

 台所。


 腹減った。

 究極、腹減った。

 目眩がする。

 ふらふらする。

 立ってられない。


 あっ!

 倒れるっ。



――ゴドン!



 ……………。

 ……く、繰り返す。

 だ、誰か……。

 たす……。

 ……けて。



   ※   ※   ※



「本当、迷惑な話よね~」


「死因は、餓死、ですってよ」


「お金に困ってたのかしら?」


「なんでも、部屋には食材が結構あったって聞いたわ」


「それじゃ、自殺?」


「自殺で餓死って、ないんじゃない?」


「どこかの宗教かなにかにはまってたのかも?」


「あの部屋、いつもドタンバタンうるさかったから、変な儀式とか、そんな感じだったのかも?」


「あら、いやだ」


「ドタバタうるさい処があったら要注意ね!」


「ドタバタじゃないですよ」


「え?」


「ボゴン、ですよ」


「……どちら様?」


「――」


「?」



――ボゴン!

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