民俗譚
山深く隔絶したその里には、森の神に供物を捧げる者が選ばれた。神の場とされる空間が森林に一画あり、ここにそなえると供物は腐敗しやがて植物の苗床として覆われながら土に還った。供物となるのは主に鹿や猪あるいはイタチであったが、里が飢饉や疫病などの危機に襲われたときなどは里の者を殺す場合もあった。
ここに立ち入るのは先に述べた供物を捧げる者ひとりに限られた。神の場は里人にはたしかに神聖な空間であり、その神聖さゆえに選ばれた者しか訪れることは許されないと考えることもできた。採取された説明からはそういう意見もあったのは確かだ。しかし、神秘的なものという恍惚の情感より、畏怖というよりは恐怖の念が色濃く反映しているように思われた。さらには選ばれた者の扱いも聖職者というよりも下賤な者、穢れた者のような差別的な扱いを受けていた。その選ばれた者との接触も試みようとしたが、里人によって許されず、結局その姿を見ることさえかなわなかった。
この神の場は神に供物を捧げる空間であると同時に、神からの恵みをうける場でもあった。人里ではもちろん森のなかでもこの神の場でのみ自生する種の草本があり、これがつくった実は里人の主食であった。どうやらこの草は獣肉について育つらしい。
あるとき里人の眼をぬすんで森のなかに神聖な場を探索し、発見したのだが記憶が遠く、詳細を記述することができない。ひとつ明らかなのは、その空間には例の植物の微小な種が舞っていて、その種が育つ環境は死肉に限らないということだ。
物語の種帳 湿原工房 @shizuki
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