1D6 帰還

 僕がクリミナルメイズから出た後は大変だった。


 町中の知り合いに僕が居なくなったという話が広がっており、既に陽が落ちているにも関わらず大捜索が行われている最中だったのだ。そのせいで人通りのある場所に出た途端、大勢の人たちに囲まれてあれやこれやと質問される。


 驚きはしたものの、皆一様に僕を心配してくれているのがわかった。嬉しい気持ちになりながらも、クリミナルメイズでの出来事は正直に話すわけにはいかないと、ちょっとした罪悪感も感じていた。


 しばらくすると衛士が来る、それに少し遅れる形で両親が駆けつけてきた。父さんも母さんも大泣きしながら僕を抱きしめてくる。それを見て、なぜか僕の目にも涙があふれてきてしまい、しばらく家族そろって泣きはらした。



 その後、落ち着くのを待って衛士から簡単な聴取を受け、当たり障りのない返答をしていく。気づいたら麻袋のようなものに入れられて、どこかへ運ばれた。しばらくすると騒がしい音がして、またどこかへ運ばれた。少し意識を失って、気が付いた時には裏路地の一角にこの姿で放り出されていた。という感じの説明だ。


 衛士はそれを聞いて難しい顔をしていたものの、最後に「無事でよかった」と僕の頭をなでて解放となった。


 クリミナルメイズで手に入れた魔道具や鍵は小さかったのもあって、上手く隠し通せたようで衛士に気付かれることはなかった。



 家に着くと、母さんに改めて抱きしめられた。


「よかった…本当に無事でよかった!」

「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんなさい」

「いいのよ。それより本当にケガはないの?どこか具合の悪いところはない?」


 そう言って今度は僕の手や足を見たり、額に手を当てたりして確認してくる。服の下には魔道具が隠してあるので、申し訳ないが早くどこかへ隠しておきたかった。


「どこも痛くないよ。それよりお腹がすいたかな」

「あぁ!そうよね?すぐにご飯を作るから、その間にお風呂に入っちゃいなさい」

「うん、わかった」

「あなた!ヴェルンをお風呂に入れてあげて」

「わかったわかった。それじゃヴェルン、お父さんと一緒にお風呂へ行こうか」

「はーい。…あっ、先に着替えを取ってこないと」

「ああ、そうだな。先に部屋へ行こうか」

「うん」


 そうして上手く部屋に戻るように誘導できた。隠す場所は最初から決めているので、少し走って父さんよりも先に部屋へ入る。

 部屋には僕の宝物を入れておくための鍵付きの小箱がある。父さんが部屋に来る前に素早く箱を開けて鍵と魔道具を納めて、小箱の鍵を閉めておく。ドスやチャックと戦った時よりも素早い動きで箱を元の場所へと戻し、今度は怪しまれないよう洋服箪笥の前に移動して服を取り出していく。


 そこで丁度良く父さんが部屋に入ってきた。


「ヴェルン、危ないから廊下は走っちゃダメだろう?」

「ごめんなさい」

「わかればいいんだ。着替えの準備は…できてるみたいだね。私の分は…これでいいか」


 父さんは目についた自分の服を適当に取り、今度こそ風呂場へと向かう。


 僕はお風呂が好きだ。家に風呂がある家庭は少ないらしく、ほとんどの友達の家にはお風呂が無いらしい。どうもある程度裕福な家でないと持つのは難しいみたいだ。できれば毎日入りたいけれど、触っても冷たくない水を用意するのはなかなか大変で、僕の家では三日に一度くらいしか入れなかった。


 冒険者さんから聞いた話だと貴族様のお屋敷ならお湯を作る魔道具を使って、温かいお湯に浸かったりできるらしい。一度でいいから僕もそんなお風呂に入ってみたいものだと思う。…チャックのところにあった沢山の魔道具の中にそういうのが無いかな?今度行ったとき調べてみよう。


 そんな事を考えながらお風呂を済ませて、母さんの所へ戻る。さすがにまだ食事はできておらず、少しばかりのんびりする。気が緩んだせいか一気に眠気が襲ってきた。空腹と睡魔の間でしばらく思考が揺れたものの、結局睡魔が勝利を納めて僕の意識は心地よいまどろみに沈んだ。




 明けて翌朝、どうやら両親は僕を起こさなかったらしい。母さんは僕を抱きしめたまま眠っており、父さんもすぐ近くで眠っていた。せっかく用意してくれたであろう夕食を食べられなかったのは申し訳なく思う。


 かなり早くに目が覚めてしまったらしく、まだ薄暗い。眠気はもうないが、今動くと母さんが起きてしまうかもしれない。目が覚めたとき、また僕が居なかったら無用な不安を与えてしまうかもしれないし、父さんか母さんのどちらかが目覚めるまでは大人しくしていた方がいいだろう。


 とはいえ何もせずに時間を過ごすのは辛い。時間をつぶすのにいいものがないか考えていて思いついた。クリミナルメイズで見た魔道具による魔法だ。


 魔法を使うために必要な魔力。その存在は早い段階で知識として知っていた。最初こそ僕の身体を覆うように存在する『謎の力』が魔力だと思っていたが、力の制御を練習している途中で、それとは別の力が体の中にある事に気付いたのだ。


 力の出力を変えたりする以外に使えない『謎の力』と、意識すれば体の中や外に動かせる『何か』、そのどちらが魔力なのか判別するのには少し時間を要した。


 今までは力の出力を調整することに注力していたが、地下で魔法を見たことで改めて僕も魔法を使ってみたいと思えたのだ。


 とはいえ、いきなり魔法を使うのは危険だ。以前父さんの伝手で読ませてもらった魔法の本にも、魔法を使用するにはまず高い魔力制御の技能が必要だと書いてあった。


 本を読んでからすぐに魔力制御をやってみたが、『謎の力』よりも『魔力』の方が扱いが難しい事もあって後回しにしていたのだ。もちろん周囲の人に自分の異常性を隠すためには『謎の力』の制御が急務だったというのも大きい。


 魔力制御の方法は単純で、魔力を自由に動かす事だ。魔力を体外に出して広げたり、逆に圧縮して小さくしたり、圧縮して小さくした魔力を手や足など任意の場所に移動させたりする。習熟すると魔力が視認できるようになる事もあるらしく、そうなると意図的に形を変えたり色を付けたりなどもできるようになるらしい。


 それができたからと言って、すぐに魔法が使えるわけではないが、魔法を使用する際の事故が起こりにくくなり、魔力のロスも少なくなるのだそうだ。


 というわけで、この時間を利用して魔力操作の練習をすることにした。既に魔力がどういったものなのかは把握しているので、あとはそれを自分の意思で如何にスムーズに動かせるようになるかだ。


 体外に出すとすぐ横で寝ている母さんが気づいてしまうかもしれない。なので、魔力は圧縮するように小さくなるよう念じる。魔力は思い通りとまではいかないまでも少しずつ小さくなっていくのを感じた。


 最初はゆっくりと、できるだけ小さくする。これ以上は難しいと感じたところで今度は大きさを元に戻す。圧縮して小さくした魔力を再び大きくするだけだと言うのに、こちらの方が難易度が高いと感じる。

 少しでも気を抜くと、圧縮した魔力が一気に大きくなろうとしてくるのだ。それを何とか元の大きさまで戻すと、そこでいったん休憩を取る。


 精神的な疲労から額には汗が滲む。だが時間的にはまだ余裕がありそうだったので、継続することにした。

 それから二度ほど同じ方法でやってみた所、魔力の圧縮とそのまま元に戻すというものであればある程度スムーズに行えるようになった。かなり集中力を必要とするが、今後も繰り返し訓練すればもっと楽になるはずだ。


 しっかりと訓練の成果を実感しつつ、披露した精神を休めるために目を閉じる。日は既に昇り始めているが、仮眠程度ならできるだろう。



「…ルン、ごはんよ。起きなさい」

「……ん」


 母さんの声で目が覚める。どうやら寝入ってしまったらしい。

 すでに身支度を整えている母さんが目の前で微笑んでいるのが見えた。


「おはようヴェルン」

「うん、おはよう」


 近くで寝ていたはずの父の姿もすでにない。のそのそと体を起こしてベッドから出ると、朝の肌寒い空気が少しだけ意識の覚醒を促した。

 寝起き独特の気怠さを感じながら、母さんが用意してくれていた服に着替えて、簡単に身支度を整えた後、母さんと一緒に食卓へと向かう。


 朝食を済ませてから、いつも通り出かけようとした所…母さんに捕まった。


「昨日あんなことがあったばかりなのに、外に出るなんて危ないでしょ?」


 そう言われてしまえば僕は何も言えず、その場は母さんの言う通り家に居ることになった。


 こうなるとやれる事は限られる。家にある本を読むか、鍛錬をするか。家にある本はほぼ全部読んでしまっている。内容に関しても一度読めば覚えられるので改めて読む必要性は感じない。

 それなら鍛錬しかない。とはいえ鍛錬も冒険者さんたちから教わった戦闘技術と斥候の技術、薬師の人から教わった薬剤知識と調合技術、他にもいろいろと種類がある。とりあえず木剣を使って剣術の訓練をしよう。昨日の経験を踏まえて行えば多少有意義なものになるかもしれない。


 結局、疲れて動けなくなるまで剣を振り続けた。記憶にある仮想敵を相手に素の身体能力で戦い続けたのだ。最後は程度にはなったが、確実に勝てるようになるにはもう少しかかりそうだった。


 体は疲れているが、時刻はまだ昼を少し過ぎた程度、ただ寝転がっているだけというのも面白くないので、朝と同じように魔力操作の練習も行うことにした。最初は朝と同じく圧縮と、それを元に戻すだけに集中する。

 慎重に行わなければ危うかったものが、回数を追う毎に危うさが無くなっていく。同じように精神への負担もかなり軽減され、大した苦労もしなくなった頃合で圧縮した魔力を任意の場所へ移動させる訓練を開始した。


 魔力の移動は、圧縮した魔力を開放するよりも楽なものだった。多少気を遣う必要があったが、本当に少しだけだ。感覚的に体のどこに圧縮した魔力があるのかわかるので、それを意識して動かしたい場所へ誘導していけばその通りに動いた。


 今度は動かした先でも圧縮の解放を行ってみたが、こちらは難易度が高いのか途端に制御が格段に難しくなる。それでもなんとか破裂しそうになる魔力を抑え込んで事なきを得た。

 さすがに連続で挑むほどの気力は残っておらず、今日の訓練はここでおしまいにした。


 夕食の時間までのんびりと過ごして体と精神を回復させた僕は、母さんと一緒に食事の用意をして、珍しく早く帰ってきた父さんと一日ぶりの家族団らんの時間を過ごした後、汚れた体を洗い、就寝した。



 ―そうして深夜。


 僕はひとり起きて、母さんたちに気付かれないようにベッドからそっと出る。そして宝箱から鍵を取り出して、冒険者さんから教わった斥候技術を駆使して家族に気付かれることなく家を抜け出した。


 誰にも気づかれないよう、ほとんど物音をさせず能力全開で街を駆け抜ける。体に纏わりつく風を切るように駆け抜け、到着したのはクリミナルメイズの入り口だ。


 記憶を頼りに入り組んだ道を進み、途中で出会うガラの悪い連中に絡まれれば即座に意識を刈り取ってその場に放置する。しばらく進むと僕を見ても襲ってこないどころかペコペコと頭を下げ、愛想笑いまで浮かべる連中が増え始めた。少し気になったので確認してみることにした。


「おじさんたち、僕の事知ってるの?」

「え?えぇ、も、もちろんでさ。親分からヴェルン坊ちゃんにはぜってぇ手を出すなと言われてます」

「親分?もしかしてドスのこと?」

「そうです、そうです」

「そっか、わかった。教えてくれてありがとう」

「いえいえ、気にしねぇでくだせぇ。あ、もし迷っているなら案内しましょうか?」

「覚えてるから大丈夫だよ。それじゃ」

「お、覚えたって?え?」


 聞きたいことも聞けたので、目的地へと急ぐ。母さんたちが気付く前に帰らなければいけないのであまり時間がないのだ。しばらく進むと見覚えのある扉が見えてくる。僕がここに連れてこられて一番最初に突撃した場所、ドスの部屋だ。


 僕が以前乱暴に開けてしまったので、いかにも応急処置をした感じの扉。軽くノックをして声をかけると、ドスの応答があったので中に入る。


「おう、昨日の今日でどうした?」

「昨日のチャックって人、どうなったかなって」

「わざわざここまでそれを聞きに来たのか?」

「ほかにもやりたい事はあるんだけど、とりあえずそこからかなって」

「なるほど、まぁいい。チャックの奴なら死んじまったよ。たぶん依頼主だった貴族の誰かに口封じでもされたんじゃねぇかな?って事で、もうお前の前にヤツが現れる事はねぇな」

「そうなんだ。じゃあ今からあの部屋を調べたとしても、僕を攫おうとしてた貴族が誰かとかはわからないか」

「…だろうな。財宝やらはある程度持ち出したが、ヤツの顧客に関する情報だのは後回しにしてたからな。もしかしたら残ってるかもしれんし、調べておいてやる」

「ありがとう。それに関してはよろしく頼むよ」

「おう」


 そこまで話すと、ドスが楽しそうな表情を浮かべて口を開いた。


「それで、それ以外の目的ってのは何なんだ?」

「昨日聞いた話だと、昨日の『ブロブ』ってやつ以外にもいろいろ悪さしてる奴らがいるんだよね?」

「ああ、そうだな」


 ドスから聞いた話では『キクロプス』や『ブロブ』以外にもハザールでいろいろ悪いことをしている集団がいくつかあるらしい。犯罪者の集団ということならば、僕の戦闘訓練に利用したとしても誰にも文句は言われないという事だ。さらに都合の良いことに、ここならば多少派手に暴れても大丈夫だということ。僕の事についても顔さえ隠してしまえば、昨日のドスのように戦闘能力を見て「人間の子供」ではなく「小人」だと勘違いしてくれる可能性の方が高いだろう。種族を勘違いすれば僕の正体に気付く可能性は限りなく低くなる。


 日常の脅威を排除できる上、戦闘経験を積める。ついでにクリミナルメイズが安全になれば、僕の秘密基地としても利用できるのだ。これだけの広さがあればいろいろな実験ができるだろう。そういえばチャックが貯め込んでいた資産はかなりのものだったらしいし、犯罪者たちが持っている資産を利用すれば鍛冶施設や調合用の資材の調達だってできるかもしれない。


 そう考えると、とてもワクワクしてきた。本で読んだ知識でしかなかった物を実践できるかもしれないのだ。資金を調達する方法さえ確立できれば、貴重な素材だって手に入れられるようになるかもしれない。特にこのハザールであれば、各国の様々な品物が集まってくるのだから。


「ドス、また案内してくれないかな?」

「またか。まあいい、それで誰のところに行くつもりなんだ?」

「一番近いところ…より先に、一番街の人に迷惑をかけてるところかな」

「また曖昧な。そうだな…それなら『フェイスレス』か『セイレーン』辺りだろうな。『フェイスレス』はおおまかには詐欺師の集まりだな。他人の財産やらを騙し取るのが得意な奴らだ。そんで『セイレーン』は表向きただの娼館だが、裏では薬をばら撒いてる」

「『フェイスレス』はわかるけど、『セイレーン』はよくわからないな。娼館って何?それに薬を売ってるなら悪い事じゃないんじゃないの?」

「あー、そうか。あまりにも普通に話すから忘れるが、まだガキなんだったな。娼館は…あー説明がめんどくせぇ!とりあえず娼館は男が女を買う場所だ」

「女の人の奴隷専門の店って事?」

「ちげぇ…いや、完全に間違ってるわけでもねぇけど、違う。説明が難しいんだ。ひとまず娼館に関しては今のところお前には関係ない場所だから忘れろ。それで薬の事だが、奴らが売ってるのは医者が使うような体を治すのに使う薬じゃなくて…くそっ、なんて説明すりゃいいんだ。か、体にわりぃ薬なんだよ」

「体に悪いのにお金を出して買う人がいるの?」

「あー、なんだ、その薬ってのは使うと一時的に気持ちよくなれるんだ。そんで、その気持ちよさを忘れられなくなった奴が薬を買うんだよ」

「へー…変なの。まぁいいや、そんな薬が沢山街にあって、何かの間違いで食べちゃったりしたら大変だし今日はその『セイレーン』のところに連れて行ってよ」

「そりゃ無い…とは言い切れねぇが…まぁお前の思う通りにすりゃいいさ。連れて行ってやるよ」


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異世界RP~何面ダイスで振れるんですか?~ 朽木リケ @vistydesk

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