第5話
外へ出ると、大輝がほっと息をついた。まだ青い顔で、「何で今日だけ鍵空いてんだよこの家……」とか何とかぶつぶつ言っている。幽霊とかは苦手なのかもしれなかった。そんな大輝を横目に、千華は口を開いた。
「ねえ、大輝」
呼びかけると、大輝がこちらを向くのがわかった。
「大輝……私、好きな人がいたんだ」
「……ああ」
千華の突然の言葉に、けれど大輝は怒らずにうなずいてくれた。
「大好きだった。でも、もうその人はいない。その人は、死んでしまったから」
「……」
「私は、大輝のこと好きだよ。でも、その人のことも忘れられない。その人と大輝どっちが好きかって聞かれても、私には答えられない。その人の存在はいつまでも私の中に残って、大輝の存在はそれを超えられないかもしれない。――でも、それでも私は大輝を大切にしようと思う。大輝のことを、愛そうと思う。私はもう、いつまでも止まってるわけにはいかないから、大輝のことを好きな気持ちに、嘘なんかないから……だからっ」
息を吸い込む。次のセリフを言うには、随分と勇気が必要だった。そして、まだ残る、胸の痛みも。
「大輝は、私の迎え火を、受け取ってくれる……?」
過去のための火ではなく、未来を照らす灯火を。きっと、そうでなくてはならない。
千華は、恐らくこの先ずっと、せいのことを忘れることはできないだろう。彼のことを好きじゃなくなる日も、来ないだろう。
でも、それでも前へ進もうと思った。過去を捨てられなくても、今誰かと生きていくことはできるのだから。
「当たり前だろ」
大輝の、短くて強い返事。
「俺でいいなら、お前の未来になってやる」
迷うことなく彼は言った。その顔を直視できず、千華はうつむく。ありがとう、と泣きそうな声でつぶやいた。やっぱり、いつだって大輝は真っ直ぐだった。本当に、反則なぐらい。
「お盆祭り、行こうか」
うつむいたまま千華は言う。少し間があった。
「いいのか、約束は」
大輝の問いに、千華は、うん、とうなずいた。
「いいんだ。約束、もう守らないよ。私……もう、待たないよ」
涙をぐっとこらえて、千華は大輝を真っ直ぐに見上げる。するとその直後、千華の手元でぽっと軽い音がした。二人で同時に覗き込むと、驚いたことに、千華の持つ提灯に小さな火が灯っていた。――今の今まで、何もついていなかったはずだというのに。
二人で思わず目を見合わせる。大輝は一瞬ぎょっとした顔をしていたが、諦めたようにすぐに笑顔になった。
そんな彼の隣に千華は並ぶ。大輝が懐中電灯の光を消して、やがて二人はゆっくりと歩き出す。灯火がゆらゆらと揺れた。
二人の足下を、やわらかな提灯の火と月明かりが、静かにそっと照らしていた。
(終)
迎え火の照らす先 井槻世菜 @sena_ituki
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