喫茶モノローグで会いましょう

篠岡遼佳

まずは僕らの話

 カランカランカラン。

 ドアを開くといつもの鈴音が僕を迎えた。

「やあ、そろそろ来る頃だと思ってたよ。1週間と……7日かな」

「旦那様、難しいことを言おうとして普通のことを言っていますよ」

「む、これは失態」

「これではヴェティ様に笑われてしまいます」

 ついでに、いつもの二人が僕にそう話しかける。

 ここは喫茶店「モノローグ」。

 彼らはここの店主と店員で、旦那様と呼ばれた方が店主だ。

 僕は帽子を脱いで胸前に当てつつ、

「お久しぶりです、店主に……レーナさん」

「はい、レーナはお待ちしておりました。旦那様の相手ばかりしていると、なんだか知能指数が下がる気がするんです。ヴェティさんはいつもしっかりなさってますね」

 レーナさん……彼女がそう言って微笑むと、なんだか周りが明るくなるようだ。比喩じゃない。僕は実際にそう感じているのだから、恋とはどうしようもないものだ。

「はいはい、じゃれつくのはいいから、今日は何を持ってきたんだい?」

 顎髭をもてあそびながら、店主が興味深げに僕の抱えている包みを見た。

「今日は、『あっち側』から取り寄せた紅茶です。アッサムなんで、できればミルクティにして下さい」

「うむ、あいわかった」

 店主は僕からつつみを受け取ると、ケトルで湯を沸かしはじめた。

 ここは喫茶店ではあるものの、食べ物も飲み物もすべて持ち込み制という、店主のやる気のなさがうかがえる商売をしている。まあ、ここの立地から言って仕方が無いのだが。

「それにしても、今回はずいぶん長旅でいらっしゃいましたね。レーナはヴェティさんが来ないとずっと本を読んでいますから、ちょっぴり寂しかったです」

 なんと! レーナさんが僕を待っていてくれたということか!?

 自分が真っ赤になるのがわかる。そう、僕は何を隠そうレーナさんに非常な恋心を抱いているのだ。あれ、さっきも言ったっけ?

 そんなことはどうでもいい、早くレーナさんにお土産をあげなければ。

「レーナさん、お土産です。銀河色の首飾りを見つけたので、よければ受け取って下さい」

 受け取ってくれ受け取ってくれ、そう念じながら何気ない振りでそれを取り出す。

 銀河色というのは本当だ。これを取ってくるために、今回は結構な長旅をしてきたのだ。

 レーナさんはそれを手袋の手で受け止めると、花がほころぶように微笑んだ。

「まあ、レーナにこれをくださるんですね。うれしいです。この銀河色は、やっぱり『あっち側』のものなんでしょうか」

「うん、そうだね。少し苦労したけど、レーナさんがよろこんでくれるなら、もう苦労とかややこしかったとかどうでも良いや! 付けてみてくれる?」

「はい、では」

 レーナさんは静かな手つきでそれを頭上に掲げると、ゆっくりと首に提げた。

 彼女の衣装――ゴシックロリータと言うらしい、ひらひらでフリルのいっぱい付いた薄紫の服に、よく映える。

 やっぱり、取ってきてよかった。仲間に散々冷やかされたが、そんなのどうでもいい。レーナさんの笑顔が一番だ。

「レーナさんは、調子よかった? 何かあれば、また治すけど?」

「はい、レーナはここ2週間は退屈以外何もありませんでした。それとも、念のため調べますか?」

 レーナさんがよいしょ、と腕を外して尋ねる。

 機械の断面、精緻な関節部と、淡く蛍色に光る人工筋肉。

 そう、レーナさんは機械人形……正式には、自律式超緻密機械人形なのである。

 物静かに本を読んでいるときなど、その絹のような金髪と、深い藍色の瞳が相まって、本当に人形のように見えるときもある。それは人工人形差別なので、そんな風に言ってはいけないのだが、それでも美しいものは美しい。恋しいものは恋しい。

「い、いいから、だいじょうぶ、元に戻して?」

 そう言うとレーナさんその美しい腕の節ははすんなりと人工皮膚に紛れた。

 実際、彼女の裸を見る(という想像)より、内部を見る方もドキドキしてしまう僕は、多分ちょっとアレなんだと思う。

「あーあ、毎日レーナさんが、僕の家で待っててくれたらなあ」

 ここに来る度言っている台詞を、今日も言ってみる。

 レーナさんは長い髪を揺らして、

「だめですよ、ヴェティさん、お仕事をおろそかにしてはいけません」

「でも、僕、レーナさんのこと一生幸せにするよ?」

「仮にもそんなことを言ってはいけませんよ。この喫茶店が、『どこでもないここ』に存在する理由がなくなってしまうではありませんか」

「うーん、それもそうだな」

「おい、こら、レーナを口説くのはいいから、アッサムミルクティー、できたぞ」

 おっと、いつの間にか紅茶が入ったようだ。

 僕は礼を言いつつ、店主に皿を要求して、もう一つの包みからスコーンを取り出してならべた。

「レーナさん、一緒に食べよう、旦那もどうぞ」

「はい、ヴェティさん、いただきます」

「いただくとする」

 3人で同じものを同じように食べる。

 こういう瞬間は、仕事をしているとなかなか得られないものだ。人と物を一緒に食べるというのは、思っているよりも心の緊張が緩むものだ。

 仕事上、食事も何もかもすべて一人で行うことが多いから、ここでの時間は貴重に思える。

 僕の仕事は、時空を回ってほころびや歪みを監視する仕事だ。

 セカイは複数存在する。平行世界ももちろんそうだが、それ以前に違う世界というのは存在している。

 その世界たち同士がぶつかったり、近づきすぎたりするのを、僕らは監視し、制御し、たまにはセカイそのものに立ち寄る。

 そんな中、この喫茶店はセカイに属さず、『とある一点』にしか存在できないという不思議な性質がある。

 よって、他の世界はすべて『あっち側』というわけだ。

 僕はこの生活を長く続けているが、この「モノローグ」にたどり着くのは運とそれなりの資質がいるらしい。僕以外の仲間は入り口も見つけられないという。

 僕はそれに感謝している。レーナさんを誰かに横取りされるのは嫌だし、この喫茶店自体を気に入っているからだ。店主は何を持ってきても最高の味に仕上げてくれるし、時々ご相伴にあずかる晩ご飯もなかなかである。

「ごちそうさまでした。店主、なかなか良い香りだったでしょう」

「ふん、他の世界の匂いがちょこちょこついてて、淹れるのは手間だったぞ」

「ありがとうございます」

 ヴーッヴーッ

 休憩時間は終わりだよ、というように、僕の携帯端末が震えた。次の仕事だ。

「ヴェティさん、もう行ってしまわれるのですね。今回はお話が短かったです」

 レーナさんがなんだか悲しそうに、そんなことを言った。いつもは普通に笑って送り出してくれるのに、どうしたんだろう。

「僕がいないと、寂しいですか」

「レーナは、寂しいとかまだわかりません。成長中なので。でも、この首飾りを見たら、ヴェティさんを思い出します。それはたぶん、寂しいに近い気持ちなんじゃないかと思うんです」

 なんてことだ! 知能も感情もまだ成長中の自律式超緻密機械人形が、僕を思って寂しいだなんて!!

 三百年かけてでも口説こうと思っていたのが、どうやら三十年くらいで済むかもしれない。いやいや、でもでも、いや、でも。

 僕は言った。

「レーナさん、では、僕を待っていて下さい。来るのを楽しみにしていて下さい。僕は約束は破らない」

「はい、これを見て、待っています」

 首から提げた、複雑な青と銀の混ざったペンダントトップを、そっと握る。

「食べてなくしてしまったら、気持ちも少しは軽くなるでしょうか」

「噛んじゃだめだよ? 歯が傷ついてしまう」

「……はい、レーナはこれを大事にして、待っています」

 ヴーッヴーッ

 再度端末が鳴る。もう行かなければ。

 僕は喫茶店の扉を開けて、巨大な『元の姿』に戻った。

 ――いってらっしゃいませ、どうかお気を付けて。

 レーナさんがそういうのを見届けて、ヒトでは接触も視認もできない、時空間の渦へとその翼を広げた。

 今度のお土産は、退屈を紛らわす、何かの本にしよう。

 そしてレーナさんと一緒に読んで、感想を言い合うんだ。

 今度は店主の淹れてくれたコーヒーと、サンドイッチを食べながら。

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喫茶モノローグで会いましょう 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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