第2話虚ろな朝1

ーーー古い夢を見た。


大切な人との約束の夢。

自分自身の生きる意味。そして戦う意味。

久しぶりに見る情景。


お陰で朝、目が覚めてから3分もこうやって天井を見つめている。


『ふぁぁー…はぁ』


大きな欠伸をして起き上がる。

寝ぼけた頭で今日の予定を思い出す。

確か、今日はヴァースに呼ばれいた筈だ。新しい任務があるとかなんとかだったか。


『(ったく。昨日の夜まで二徹で任務に就かせといて、また任務かよ、鬼畜め)』


そんな事を考えながら、朝の仕度をする。

ヴァース=アベルは10歳で家族と呼べる人物をなくした俺を七年間、放任ながらも育ててくれた人物であり、そして、今の自分に戦える、何かを成せるだけの力をくれた。感謝はしているが、口に出すのは恥ずかしい。本当の親を知らない自分にとっては上司であり、師匠であり、父親とも言える人物である。


『冷たっ』


虚ろな思考を真冬の冷水が冷ましてくれる。

とりあえず、朝の仕度を急ごう。

取り敢えず、顔を洗って頭を濡らした。

あとはパパッと着替えてヴァースの所に行こう。


昨晩帰って。適当に脱ぎ捨てた軍服を取って、広げると案の定、シワになってたので急いで広げる。まぁ、無駄なのは分かってるが。

時間もないし、程々で諦めて着た。


『ヨシ!』


パンパンと頰を叩いて気分を変えると、玄関に置いてある愛刀を帯びて、玄関に掛かった外套を羽織り玄関を開ける。


『うん。今日も寒い。』


そう、呟いて将官用の一人暮らしには何分広すぎるから自宅から出て、軍の庁舎を目指す。


そういえば、昨日の夜は細々とだが降っていた雪も止んで、少し道端に積もって名残があるぐらいだった。

ーあぁ、そういえば、あの夜も雪が降っていたか。


昨日の夜は嫌に成る程、綺麗で澄んだ夜だったから感傷的になって、あんな夢を見てしまったのだろう。


でも、 俺は、あの約束を守るつもりは無い。

だって、彼女を失ったのならば、もう愛する人は居ないのだから。


(『おっと、また感傷的になってたかな?』)


何かがおかしい。モヤモヤする。今日はこれから任務を受領するのに全然、冴えない。切り替えてこう。そう思って頰を叩くも、全然頭は攻めてくれない。


そうしてる内に、庁舎の門前に着き、衛兵にご苦労様〜と声を掛けて、少し長い庁舎の玄関までの道を歩きながら、クソ暑い室内に備えて外套を脱ぐ、庁舎内の自分の部屋に外套を掛けてからヴァースの部屋に行く事にしよう。


重い扉を開き、ホールを歩いてると


『ひっ…』


と、横から聞こえた。


『ん?』


と、言って声の主を見ると、新兵が見えた。


『どうかしたか?』


声を掛ける。


『い、いえ、すいません。その、軍服に返り血が付いていらしたので、まだ血にそこまで慣れていなくて…ホントに申し訳ありません!』


逃げてしまった。

言われてから自分の軍服を見ると、確かに返り血で上半身が紅く染まっていた。


『マジかぁー』


目立つなぁコリャ。

まぁ変えるのメンドいし今日はこのままでいいか。というか、今日はそんな事に気付かないとかマジでダメだな。あの夢のせいで調子狂ったか。


そう、決心したものの、血濡れだと目立つので人に見つからないように足早に階段を登り、3階の自分の部屋に行く。机の上に外套を置き、同じ階にある、ヴァースの部屋へ急ぐ。


『ジーク様!おはようございます。ヴァースにご用意ですか?』


と真面目そうな茶髪の男が言う。


『と、ところでその返り血はどうしたのですか?』


と、もう一人の気弱そうな黒髪の男が言う。


『おはよう、二人とも。朝からご苦労様。朝から真面目にありがとう、まぁヴァースに用だ。』


そう言うと、この真面目な男は


『ヴァース様を何と呼んでいるのですか!いくら付き合いが長いとは言え、そのような呼び方はしてはいけません!』


ピシャリと言う。

やっぱ、こいつ真面目だわ。いつも、呆れてため息を吐く。


『ジーク様!!』


あーメンドくさいなぁもー


『はいはい。ヴァース近衛師団長様でしたね。

分かってますよー。ブレージはホント真面目だなぉ』


嫌味を含めて言っておく。それにムッと…はせずに、嬉しそうな顔で


『はい!それだけが取り柄なので!』


とか、言ってくる。こいつ純粋なのか…もしかして。


『じゃあ、そう言う訳でここ通るから。あと、この返り血には触れないでくれ、ダニー。』


無視されると思ってたのか、ダニーはビクッとした後に


『り、了解しました。』


と、震えて一言。さっきの新兵と同じ反応かよ。

まぁ、戯れはここまでにしてそろそろ部屋に入ろう。


『おい、ヴァー…じゃなくて』

後ろから、厳しい視線を感じた気がしたので仕切り直そう。


『ヴァース近衛師団長。ジーク=アインハルト近衛大佐です。朝早くから失礼します。入ってもよろしいでしょうか!』


生真面目に挨拶をする。


『は、は、入って、良いぞ。』


震えてやがる。あいつ、絶対笑ってるな。


『失礼します。』


と、最後まで気を抜かずに礼を通して扉をそっと開けて入る。で、ちゃんとドアを丁寧に締める。

うん。これならブレージも文句言えないだろ。


まぁ、そっちは良いが、人が珍しく真面目に入ってきてやったのに大爆笑してる目の前のこいつはどうしてやろう。


『おい!何、腹抱えて笑ってんだよ!』


カハハと大きく笑いながらこいつは


『いやいや、口の悪くて今までマトモに軍人らしく部屋に入らなかった奴が急に『近衛師団長』とか言ってくるからツボって仕方ねぇ、ちょいと収まるまで待ってくれ。ク、カハハ。』


こ、このやろう。そんな面白かったか?

まぁ良い。今度、愛用してる煙草でも水に浸してやろう。まぁ、そんな事しても懲りないだろうが。と、自分の中では決着をつけて、流石に収まってるだろうと思い、前を見る。


『く、くぅ、カハハ』


まだ、笑ってやがる。腹立ってきたなぁ

それから1分ぐらい経ってようやく収まった。

うーん腹立つ。


『はぁ、はぁ、朝から笑わせてくれて、ありがとな。』


開口一番それか。


『そんなに面白かったならブレージに昼飯でも奢ってやれ。近衛師団長様を尊敬しろーって五月蝿いしな。いつも。』

ヴァースはウンウンと首を縦に振り

『そうか、いつも通りあいつが注意したのか。成る程なぁ、クソ真面目だなぁ。まぁ、笑わせて貰ったし、奢ってやろう。』


呆れた。本気で奢るとのか…


『あ、そう』


もう良いや。


『けど、いつも注意されてるけど、なんで今日は言う事聞いたんだ?いつもはジト目されてもガン無視してるだろ?どうせ。』


確かに、なんで今日は言う事聞いたんだろーか。普段は突っぱねてるのに。今日は何だか叱られた気がしたのだ。なので、ついつい聞いてしまった。

あーまだ、夢、引きずってんのか、俺。本気で調子狂ってるなぁ。


『…今日は調子、良くないんだよ。』


ヴァースは煙草に火をつけて一度『フー』と吐いて


『一体、どうしたんだ?らしくないぞ』


と、心配って顔をして問いかけてくる。

そう心配されると俺は弱い。ヴァースは親の代わりみたいなもんだ。正直、頼りたい。でも、これは原因がヴァースにとっても聞いて心地いい事じゃないと思う。きっと言わない方が良いんだろうとは思う。でも。


『実は、夢を見たんだ。』


ああ、甘えてしまった。

こういう時に自分がまだ、大人になりきれて無いのを実感させられる。


いや、この事だけに関しては、俺は成長出来ないのだろう。七年前から何も変わっていない。そして、これからも成長出来ないのだろう。たとえ、他がいくら大人になれていたとしても、だ。


『そうか。どんな夢を?』


分かってるのに聞く。

昔からそうだ。俺が強くなる事以外でヴァースに質問する事はこれぐらいだったと思う。

だから、こいつは聞くんだろう。

俺が思いを吐き出せるように、甘えられるように。まるで『頼っていいぞ』と、言うように。


『…昔と同じだよ。最後の夜の夢を見たんだよ。』


ヴァースは煙草をふかして


『そうか。』


と、一言。昔からこの一言は変わらない。

素っ気ない一言だが、それだけで俺は安心出来た。


今も、この一言だけで安心出来る。

そうか。そう言う事か。

俺は、今朝から不安だったのか…やっと解った。


今朝の不調はそういう事だったのか。

ブレージの小言を聴いて叱られてる気がしたのも、きっと、そういう事だ。

今朝の俺は『子供』だったワケだ。親に叱られて言うことを聴く。


でも、コレで普段の俺に戻れるだろう。

感謝の言葉は口にしないが、煙草を水でつけるのはやめてやろう。


『で、任務ってなんだ?』


と、しんみりとした雰囲気を打ち切って問う。


『ああ、そうそう。それなんだが、今回は要人の護衛だ。』


珍しい任務だ。いつもとは違って血生臭くない。…まぁ、何もなければ、ではあるが。


『で、誰なんだ?』


『気になるよなぁ、でも、その前に導入を入れる。お前、最近トリスヴェン王国北部最大の都市のステンヒュールが陥落したのは知ってるな?』


あぁ、奇襲によって落ちた都市の事か。

分かってる、と首を縦に振る。


『分かってるなら良い。で、そこにさ、七年前の決戦で巻き込まれて滅びたジラード王国の王女がそこにいたんだ。端的に言うと【亡国の姫君】というやつだな。』


ジラード王国、か。


『…俺とは少し縁が深いワケだ。あいつが護ったモノなら、俺は全力を尽くして護ってやるよ。』


『あぁ、頼んだ、今、その姫は数少ない生き残り達と一緒にステンヒュールから少し南下した所にある村に居るらしい。相手方の侵攻の速度も分からないから、出来るだけ急いでくれ。あと、資料はこの筒の中入ってるから移動中にでも読め。とトリスヴェンの国境関には話は通してある。あとあの国はステンヒュールの攻防戦で消耗で軍が機能してない。野党とかに気をつけて進め。て訳で頼んだ。』


まぁ、情報は筒に入って居るならそれで問題無いだろう


『分かった。任せろ。』


『じゃあ、行ってこい。』


『行ってくる』


その場から去ろうとドアに手をかけると、後ろから


『そういえば、なんでお前、返り血つけたままなの?』


『今更だよ!』


最初に気づけよ…

まぁ、これが俺とヴァースの関係性だから。

きっと、軍人らしく硬くやるよりもよっぽど良い。


さぁ飛ばしてこうじゃないか。亡国の姫君とやらを護りに、極北の地へ。




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約束を果たすために、この世界で 秋鳴鹿 @Sieg0322

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