約束を果たすために、この世界で

秋鳴鹿

第1話promise/in my heart

昔。

冬の雪が幻想的に舞う夜の事。

何かを斃す力も。護る力も。変える力も。何も無かった頃。


最近、家を空けがちだった自分の唯一無二とも言える親と呼べる存在が久しぶりに帰ってきた。


その女は家に帰ってくるなり、腹減ったーなんて叫びながら玄関で倒れたのだった。

きっと。その時の俺はいい笑顔をしながら彼女に“こんなところで寝るなよー”なんて頰を膨らませて、怒ったフリをしながら、彼女にそう言って嗜めた筈だ。


彼女は『疲れたし仕方ないじゃーん』とか言って立ち上がってリビングに行くと席について一言。


『暖かいモノが食べたい』


だいたい彼女がそういう時はシチューを欲している時と長年の経験から察して、台所でシチューを作り始める。


作ってる間、何の話をしていたか、思い出せないがきっとくだらない会話に花を咲かせていたのだろう。


シチューが完成し、皿一杯に掬って少し硬くなったパンを一緒に彼女に出すと、一瞬で消えていく。鍋が空になった頃。彼女は『満たされたー』とか何とか叫んで目の端を拭った。

そして、息を吸ってひとこと。


『たぶん、明日で私は死ぬから。』


俺は何も返せない。


『この世界を護って死ぬよ。』


俺は言う

“そんな事は無理だ”、と。

彼女はそれを聞いて笑って

『私が不可能と無理を可能にするのは一番知ってるだろ?』


俺はそんな事は分かっていた。でも

“知らない、認めない”、と言う。


彼女は、やっぱり笑って


『いーや、絶対に救ってみせるさ。』


という、それを聞いて俺は

“連れてってくれ”、と言った。


彼女は悲しそうな顔をして


『確かに私が教えたからお前はそれなりに力はあるがまだ、護れる程じゃない。護られる側だ。何よりお前はまだ何も知らない。』


俺は

“じゃあ、どうすれば連れてってくれるの”、と。

そう聞いた。


『愛する人を、大切なものを、自分の居場所を護れる力を付けたらかな?』


という。

俺はそれを聞いて、

“それなら今は無理。でもいつか付いていってみせるから。”、とそう言った。

そして、“コレは約束だよ”とも。


彼女はわしゃわしゃと俺の頭を撫でて言う。


『それを聞いて安心した。お前はまだまだ強くなれるさ。その約束、守れよ。』


力強く、うん。と答えた。

でも、本当は“だから、そうなれるまで待って”、と見届けて欲しいと言いたかった。でも、彼女の顔を見たら言えなくなった。だから、俺も決意した。彼女を笑顔で見送ると。


『私が死んだらヴァースを頼れ。あいつの下で存分に成長しろ。』


そう言って、急に彼女は涙をながす。笑ったいたのに急に泣き出すから驚いたし、それに彼女の涙を見るのは救ってくれた時以来だ。慣れてない。だから、俺は

“泣かないで、笑ってよ!”、と頼んだ


『そうか、そうだな、涙は似合わないよな!笑って別れるのが一番だよな。うん。分かってるとも。』


そう言い、彼女はニカッと笑う。

それだけで、俺は充分だったのだ。

そうして、彼女は玄関に向かう。

靴を履き、荷物を持って。

最後に俺の頭を掴む様にゴシゴシと、乱雑だが、愛情を感じる撫で方をしながら言う


『命を無駄にするなよ、さっきの約束。守れよ。』


俺は

“分かってるよ。”と答える

彼女は


『いい男になれよ。ジーク。愛してるよ。』


そう、おでこにキスして言ってきた。

驚いたし、照れた。彼女はそれをみて笑ってドアへ手をかける。


俺は、焦って

“愛してるよ、いってらっしゃい。母さん。”

と、笑顔で言う。でも笑顔の筈なのに勝手に涙が溢れてくる。


彼女はそれを聞いて。顔を見て。一歩外に踏み出してから、振り返って。満面の笑みを俺に見せて


『いってきます。』


ーーそう言って、雪の止んだ街へと真っ直ぐと踏み出していった。


その一週間後にある小さな王国と一人の女を代償にこの世界は延命された。



そして、それと同時にある男の生き様も確定した。

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