番外編ー隣の導火線
春野美帆と斎藤透が駅のホームで会った頃、俺、
路線閉鎖部隊の役割はシンプルな様でなかなかにテクニカルだ。
基本的には駅に向かう人に電車一本分を遅らせてもらえる様にとお願いするだけなのだが、
万一にも彼らの告白が失敗する事を考えて、余計な噂が広まらない様にと、俺たちはその事情を話すことなく人を追い返す必要があった。
「だから、おじいちゃん!ゴメン!!電車一本待って!」
「いやじゃー!!わしゃ急いどるんじゃ!」
これまで大抵の人間は奏の制止で止まっていた。
ひいき目無しにも奏は美人だ。
俺にとって彼女は二つ下の後輩になるというのに、身長はあまり差が無い。
すらっとした手足に大人びた顔立ちは中学生とは思えず、モデルの様に完成している。
性格はハキハキとして誰からもよく好かれるタイプなのだが、今回ばかりはそれも通じない様だ。
「まぁまぁおじさん、いや、オニイサン?そんなに急がれてどこへ行くのです?」
「むっ……」
無理も大無理で口にした俺のお兄さんという言葉が老人の何かにかかったのか、いや、恐らくは北風と太陽の様なものだろう。
奏と言い争って熱を蒔いたところに冷静な横風が入れば誰でも対応が遅れて一歩下がるものだ。
実を言うと僕にとって春野美帆の恋愛事情はクラスメイトとして応援こそしているもののそこまで重要なことでは無い。
だが、この恋愛の結末は俺の告白の計画にとって最高の演出になる。
俺は奏が好きだ。
そして今日の告白が成功した時、俺はここでそれを奏と祝うことが出来る。
俺の告白のシュチュエーションとしてこんなに良い場面は他にないだろう。
だから、その為に、俺はこの役を買って出たのだ。
「忙しい時にほど落ち着いて行動しろ……去年亡くなったウチの祖母の言葉です。良かったら少し僕とお話をしませんか?」
出来るだけ爽やかな笑顔を装って俺が言う。
隣では奏が怪訝な顔で俺を見ているが、それも無理はない。
彼女は先週、俺の家で祖母とプロ野球チーム《半身タイガーズ》をテレビ越しに応援して盛り上がっていた。
口にせずとも伝わる。
彼女の目線が《嘘つき》と俺をつついていたが、今はやむおえないだろう。
「えぇい!!」
「おっと!?ふぅ……なにをそんなに急いでるんですか!?」
突然に老人が強行突破を試みるのを見て俺がそれを正面から遮った。
老人からは先にも増して切迫したものを感じる。
もしかして俺たちは本当に急いでる人を引き止めているのではないだろうか。今更ながらそんな罪悪感が浮かぶ。それはどうやら奏も同じらしい。
「そんなに……急ぐ用事なんですか?」
「当たり前じゃ!わしの孫の一大事なんじゃぞ!?」
これはいよいよ本当に引き止めてはいけないのではと思ったその時、追い打ちとばかりに老人がまくしたてる。
「早く、早くえーてーえむに100万円を入れないとわしの孫が!孫がおれおれと電話してきたんじゃー!!」
「……」
「……」
俺と奏はお互いの顔を見合わせた後、一呼吸置いてから、叫んだ。
「それはわりかしマジで待てぇ!!」
…………
「ふぅ…」
大物を解決して思わず大きなため息をついた。
「お疲れ様……ノブがいて助かったわ!私だけじゃ止められなかった」
「いや、あれは大物過ぎだよ。仕方ないさ」
俺は興奮する老人にとある詐欺の手口を説明、お孫さんの電話番号を知らない老人に代わって親族から辿り本人に事情を確認、お孫さんの危機が虚実であることを突き止め、ようやく老人を納得させるに至ったのだった。
思いの外激務となった封鎖部隊の仕事だったが、それを最後に電車は走り出し、役割は完全に終了した。
後は彼らの告白が成功した時の電話を待つだけ。そして、俺の本番が始まるはずだった。
だが、電車常駐班からは一向に連絡が入らない。
「おかしいな……そろそろ終電まで着いちゃうんじゃないか?」
ヘタレの斎藤の事だ。
もしかすると本当に告白をしていないのかもしれない。
(いや、いくらあいつでもそれは無いかな……あいつ、マジで春野さんにベタ惚れだし……)
俺は斎藤と遊んだ時に聞いた春野さんの話しを思い出して思わず笑みをこぼす。
「どうしたの?」
「あぁ、ちょっと斎藤の事で思い出し笑いをさ……」
何をするでも無くなった待ち時間、俺は奏に斎藤の話を聞かせてやった。
斎藤が春野さんにどれだけ惚れているか、それにその話を聞いた連中まで春野さんを好きになって春野ファンクラブができてしまった事や、それを斎藤がめちゃめちゃ後悔している話し、奏はそんな話しを聞きながら目元に涙を溜めるほど笑っていた。
(あぁ、本当に美人だな……美人?違うかな。でも、彼女の笑顔は俺だけじゃ無い、みんなを幸せにするのは間違いない……)
「それにしても、連絡遅いな……」
告白のタイミングを待つ俺はそれがどうにも待ちきれ無いが、連絡は一向に降りてこない。
「あ!!」
そんな時だった。
奏が何かに気づいた様に携帯を見る。
まさか、メールでの連絡だろうか、もし、そうなら次の奏の台詞の後が、
俺の告白の番だ。
ヘタレの斎藤を笑えないくらいに心臓が高鳴るのを感じた。
告白、改めて考えればそれはなんとも恐ろしい事で、告白というそのたった2文字はきっと一瞬で、劇的に、二人もの人間の人生を大きく変えてしまう。
そんな恐怖と期待と、興奮をもって俺は奏の言葉を促した。
「どうした!?」
「そ……それが……」
「それが……」
気まずそうな奏、まさか、本当に失敗なのか?
「よく考えたら……」
「よ、よく考えたら?」
思わぬ言葉に俺は首をかしげた。
「終電の近くって……圏外」
「圏……外?……え?」
「えぇー………」
俺がその時どんな顔をしていたのかは思い出せないが、事情を知らない奏が異常に落ち込んだ俺の肩を揺すりながら何度も何度も励ましてくれたのは内心少し、いや、かなり嬉しくもあった。
とはいえ計画は台無しだ。
やむ終えまい、今日はあまり運がよく無いという事らしい。
そうして告白を諦めた俺はぼんやりと考えた。
(今度、厄払いにでも行こう。確か帰り道に神社があったな……)
きっと何かのきっかけにぐらいにはなるだろう……。
君の導火線 不適合作家エコー @echo777
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