第一章「冒険者が多すぎる③」

「ううー、全身がぬるぬるします。お風呂に入りたいですねえ」


「まったくね。だぁれかさんのせいでひどい目にあったわぁ」


「まー、今回はにゃーたちが悪いにゃ。次からはもうちょっと考えて行動するにゃ」


「とりあえずやってみようと言ったのはあなたよ、このおバァカさん」


「過ぎたことは仕方ないにゃー」


「あはは……でも、これって、わたしたちが迷宮をめてたってこと、なんですよね」


「セージにゃんがいなければ、マジで全滅してたからにゃあ……にゃーもちょっと、油断しすぎてたにゃあ」


「そうねぇ……もう少しで、本当に、あのぬるぬるがくせになるところだったわぁ。今、思い出しても……いけない気分に、ふふっ──」


「アルリアナにゃんだけ反省するところがなんか違ってねーかにゃ」


「スライムをペットにしたら、いつでもあのぬるぬるを楽しめるのよねぇ」


「……スライムローションをおけいっぱいにめたスライム風呂で我慢しとけにゃ」


「それも楽しそうねえ」


「沸いた、ぞ、湯、が」


 スライムを捕獲したティルムたちは休憩をとることにした。

 さすがに、スライムの粘液にまみれたままたんさくを続けたくはない。粘液を洗い流すのは無理でも、布で拭いて身を清める程度はしたいと女性陣の意見が一致したからだ。

 丁度、二刻石が一つ消え、休憩には良いタイミングだったというのもある。


「ありがとうございますセージさん。これでやっと体が拭けますよ」


「わかってると思うけれど、のぞいたらダメよぅLVレベル七」


「むしろ金を取るにゃー」


「あはは。セージさんはそんなことしませんよ。ねえ」


「……」


 ふい、と、セージがティルムたちに背中を向ける。


「怒ったにゃ?」


「いえ、あれは面倒くさくなったか、照れてるだけかなって」


 迷宮内で休憩を行う場合は、周囲に魔物がいないことを確認し、他のPTパーテイの邪魔にならないよう壁際に寄るのがマナーである。


「さすがに脱ぐ、のは、あれですね」


「それなりに人通りがあるものねぇ」


「安心するにゃ。脱がずに体を拭く方法を教えてあげるにゃー」


「わあ、それは助かります」


「女冒険者は助け合いにゃ。アレとかコレとか女にしかない問題もあるからにゃあ」


「それにしてもぉ、地下一階でこれじゃあ深層だとどうなるのかしらねぇ。日帰りは無理だしぃ、何日もお風呂に入らずに過ごすのよねぇ」


「深層になると逆に人目がないからいろいろと楽だったりもするのにゃーよ。珍しいタイプの冒険商人に、深層専門の移動風呂屋なんてのもいるにゃ」


「へー、迷宮の中でお風呂ですか」


「カートにおけと水と大量のまきを積んで迷宮深層までもぐれる優秀PTパーテイにゃー。すっげえ高いからにゃーは使わねーにゃ」


 などと雑談をしながら、ティルムたちはえりもとや裾から手を入れ、服を脱ぐことなく、露出を最小限にとどめ、体を拭いた。

 もしのぞきがいたとしても、その鉄壁の防備にみするしかなかっただろう。


せんだつの女性冒険者に感謝ですね」


「にゃはは。ついでに、このままお昼ごはんにするにゃ?」


「そうねぇ。少し早いけれどお昼時だものねぇ」


 そういうことになった。

 それぞれが昼食の用意をする/各自で持ち込んだ食事を取り出す。を囲むようにして腰を下ろす。


「冒険者って普段はどんなお昼ごはんを食べてるんですか? わたし、とりあえずお弁当を作ってきたんですけど」


「冒険者の宿で売ってるお弁当か、軽くて保存の効く携帯食糧にゃ。にゃーは仕入れの売れ残りを食べる場合も多いにゃーね」


「私は携帯食糧にしたわよぅ。余計な荷物は持ちたくなかったもの」


「なるほど。じゃあ、いただきます」


 と、ティルムが手を合わせ、昼食が始まった。

 彼女はリュックから取り出した大き目の弁当箱を開ける。

 中には野菜を挟んだパンと、花がえるの肉を一口大に切り、揚げたものが詰めてあった。品数は少ないが、量が多い。そしてどれも丁寧に作られている。


「ティルムにゃん。意外とがっつり食べるにゃーね」


「あはは。動き回るから、おなかくかなと思って」


「正しい、判断、だ。空腹は、判断と、動きを、鈍らせる」


 そう言うセージは、腰のポーチから取り出した干し肉のかたまりを小刀で薄くぎながら食べていた。合間合間に、干しどうも口に運んでいる。

 ククリカは冒険者の宿で売っている弁当だ。メニューこそティルムの手作り弁当にそっくりだが全体的に、べちゃっと、しなっとしている。


「うにゃー、宿弁当ばっかり食べてる身にはティルムにゃんのお弁当が目に毒にゃーね」


「良かったら少し食べますか?」


「催促したみたいで悪いにゃー、じゃ、遠慮なくこのから揚げを……む、いにゃ」


「ふぅん」


 アルリアナが横目でちらりと、ティルムの手作り弁当を見た。美味くもなさそうにぽりぽりと棒状の携帯食糧をかじる。


「ありがとうございます。良かったら、お二人もどうぞ」


「いらないわぁ。おひとしの施しなんてお断りよぅ」


「……もらおう」


 セージがから揚げを口に運ぶ。二、三度しやくし飲み込みうなずく。


「美味い、な。下味が、効いている」


「揚げたてなら下味が薄くてもしいんですけどね。かえる肉は淡白ですから、お弁当にするなら、こっちの方が、時間がっても美味しく食べられます。パンに挟んでも美味しいですから、試してみてください」


「わかった」


 言われたとおり、セージはパンの間に、揚げ肉を挟む。

 パン、野菜、から揚げ、野菜、パンの構造だ。覆面の口元を押し下げ、かじりつく。


「なるほど、合う。この、野菜、酢漬けだな」


「はい。口の中がさっぱりします」


「パンも、だ、焼いて、時間が経っているのに、しっとりとしている」


「あはは、それはパン屋さんで買ったんですけどね」


「良いものを見抜く、目も、腕のうちだ」


「ありがとうございます」


「もう一つ、良いか」


「どうぞどうぞ、沢山ありますから」


 ぐっぎゅーるるるるー。

 そのとき、すごい音がした。

 誰かの腹が鳴る音だった。

 一同の視線が、音の方向/アルリアナに向く。

 アルリアナは何事もなかったかのような顔をしているが、わずかにほおが赤い。素焼きのコップに入れたお湯を一口含み、銀色の髪を揺らすように首を振る。


「気のせいよぅ」


 携帯食糧は生地にハーブ、ドライフルーツなどを練りこみ棒状にして硬く焼き上げたものだ。みずれを防ぐ油紙に包まれて四本一セットで売られている。

 軽量で栄養価に優れ保存も効くが、食事としてはあまりに味気なく満足感に欠ける。


「……何が、気のせい、なん、だ? 鳴った、おまえの、腹だ、間違い、ない」


「気のせいと言っているでしょう。だから気のせいよ」


「にゃはは。素直になれにゃー。携帯食糧なんかで我慢できるはずがないにゃー。こっちにはしいごはんがあるにゃーよ。美味しいにゃー、美味しいにゃー」


「やめなさい、私を誘惑するのは!」


「あはは……誘惑って認めた時点でアルリアナさんの負けじゃないですかね」


「くっ!」


「それに、食事は三食ちゃんと食べないとだめですよ。特にアルリアナさんはまだ小さいんですから。ちゃんと食べないと大きくなれません」


「お母さんみたいなことを言うのねぇ、新米騎士のくせにぃ」


「あはは。ママですよー。甘えても良いんですよー」


「皮肉よぅ」


「ママー、にゃーの人生つらいことばっかりにゃー、甘えさせて欲しいにゃー」


「ひどい二十歳児ねぇ。まあ、そこまで言うなら食べてあげるわぁ。けれど、私をけできるなんて思わないことね。ちつじよ神に愛された天才神官の名にかけて──」


 すっ、と、ティルムの弁当箱からパンをつかむ。

 口調は変わらず、からかうように、だが、瞳にわずか力を込めてアルリアナは言う。


「絶対に、美味しいごはんになんか負けたりはしないわぁ」


 ぱくぱく、もぐもぐ、ごくん。


「おかわりぃ!」


「速攻で負けてるじゃねーかにゃ」


「あはは。どうぞ、まだまだ沢山ありますから」


「愚かね。これは自制した上で、あえて、食欲に負けているだけよぅ」


「苦しい言い訳にゃー。まったく、口を開けば皮肉しか言わない邪悪神官のくせに、かわいいところあるにゃーねえ」


「ふふっ、さすが商人ねぇ。下手なお世辞がお上手だことぉ」


「そんなこともないと、思いますけど」


「おひとしの言葉を真に受けるほど馬鹿じゃないわぁ」


「セージさんはどう思います」


「…………宝に、たい、して、獲物を、狙う、ミミクリーぐらいに、かわいい、ぞ」


「いやそれどういうたとえにゃ」


「まったく、どうしようもないわねぇ。ここは私が大人になって譲ってあげるぅ」


 ティルムの手作りサンドイッチを食べながら、アルリアナは少し笑った。


「ありがとう、うれしいわぁ」


「……」


 皮肉なのか本心なのかは、ちょっとばかり、判断が出来なかった。



 昼食を終え、PTパーテイは迷宮たんさくを再開する。

 次の獲物/捕獲対象はゴブリンだ。


「ゴブリンってどんな魔物なんですか」


「金にならねーにゃ。肝が薬の材料になるぐらいで肉は売れない、骨もダメ。そのくせ迷宮きのこやヒカリゴケを持ってく商売敵にゃ。数が多かったり、挟まれたりしたら、ちょっと面倒くさいかにゃ」


「捕まえるのは簡単そうねぇ。見つけることさえ出来ればだけれど」


「にゃはは。まあ、魔法使いがいれば《眠り》の魔法とかで一網打尽にゃー。いないけど、にゃーの魔銃でせんこう弾ぶっ放せば、楽に制圧できると思うにゃ」


 新しい二刻石のあかりに照らされたどうくつは、変わらず、どこかひんやりとしていた。

 昼前と同じように、何度か、冒険者たちとすれ違った。

 中には冒険の成果/氷魔法で固めたスライムのねんえきや、迷宮キノコ、ヒカリゴケなどを背負いカゴいっぱいにし引き返すPTもあった。

 同じぐらいに、まだ満足な成果がなく、ぴりぴりしたPTもいた。

 ゴブリンらしき声を聞いたが、行ってみれば既に倒されていたこともあった。

 そうこうするうちに、二刻石の灯りが消えた。


「思った以上に、魔物と会えませんね」


「にゃー。地下一階でもまともに回ると一日つぶれるぐらい広いにゃー。魔物もまだ結構いるにゃー。でも、それ以上に冒険者が多くて駆け出しには本当に厳しい時代にゃ」


「スライムも全然いないわねぇ。ペットに一匹欲しいのだけれどぉ」


「にゃはは……え、マジで飼う気にゃ」


「冗談よぅ。でも、『計画』って要するにそういうことよねぇ」


「──!」


 そんな会話の最中、セージがいきなり、土の上に、腹ばいで寝転んだ。


「ど、どうしたんですかセージさん! 土下座ならぬ土下寝ですか!」


「……複数の足音。一箇所で固まって、激しく動いている。この足音の軽さは…………間違いない、ゴブリンだ。ゴブリンの群れが何かと戦っている。こっちだ」


 セージの瞳には再びやいばの鋭さが宿っていた。セージが走り出す。

 ヒュン、ヒュン、ヒュン、と影が地面を切るようなセージの走りはさして力をこめているようには見えず、そのくせ、驚くほどに速い。

 ティルムたちは引き離されぬようほとんど全力で走らなければならなかった。

 どうくつを駆け抜け、角を五つも回ったか。


「ここだ」


 ぴたり、足を止めた。セージがわずかに顔を出して角の向こうをのぞいている。

 遅れて追いついたPTパーテイも、同じように角の向こうを覗いた。

 戦闘が繰り広げられていた。


「ゴブッ! ゴブゴブゴブー!」


「やれやれ、こんな大群に会うのは久しぶりだな!」


のくせに、数だけは、本当に多いんだから──きゃっ!」


「くそっ、あと、何体いるんだよ! 危ない、そこ後ろだ!」


 浅黒い肌の青年剣士、こんぼうを手にした神官の女性、二人より少し年下であろう少年盗賊の三人PTのようだ。装備はしっかりと使い込まれており、一人一人の動きも良い。一人前/中堅か、それに準ずるLVレベルのPTだ。

 対するゴブリン──『子鬼』の別名に相応ふさわしい、人間の子供ほどの大きさの魔物──は二十匹近くいる。いずれも、拾った/奪ったのだろう粗末な武器を手にしている。

 七倍近い数の差があるが、それでも、正面から戦えば冒険者側が優勢だったであろう。

 ただし、現在のような、前衛と後衛が入り乱れた乱戦ではその限りではない。


「そこだ!」


「ゴブッ! ゴブ…………」


「ゴブッ!」


「ぐあっ!」


 青年剣士の一撃でゴブリンが倒れる。同時に、ゴブリンが背後から盗賊の少年を刺す。

 てつさびに似た血の匂いが、洞窟の冷たい空気に乗って、ティルムたちにも届いた。


「うっ……ど、どうしましょう、これ」


「嫌な臭いねぇ」


 思わずティルムが口元を押さえた。アルリアナがけんしわを寄せる。さすがにセージとククリカは慣れた様子で顔色一つ変えない。


「これなら地力の差で冒険者側が勝つにゃーね。その前に、一人ぐらいは死ぬかにゃ?」


「あ、あの、助けに入ったり、はしないんですか?」


「横から手を出さないのが冒険者のマナーにゃ。横取りがどうのとめるからにゃあ」


「そんな!」


「要は、あいつらを助けて、ゴブリンも捕まえれば良い。簡単なことだ」


 セージが言った。


せんこう弾を一発、あいつらのど真ん中にちこめ。あとは、おれがくやる」



 ──そして。


「あの、大丈夫ですか?」


「うっ、ううん……おれたちは、確か、ゴブリンに不意打ちされて…………」


 ティルムが、浅黒い肌をした青年剣士を揺り動かした。

 青年剣士が頭を振りながら目を開け、ティルムを見た。


「お嬢さんが、おれを迎えに来た天使かい?」


「あはは。ここはまだ地上で、わたしはただの冒険者です」


 ティルムの後ろには、アルリアナ、ククリカ、そして青年剣士の仲間の女神官と盗賊少年もいる。

 女神官はあきれたように首を振り、青年剣士に言う。


「あんたそれいつも言ってるけど、気取り過ぎてダサいからね」


「やれやれ、うちの天使はいつもこうだ。真面目に話をすると、おれたちが、きみたちに助けられたってことかな?」


「そういうことよぅ。サービスで《》の魔法をかけておいてあげたわ」


「ありがとう。不意打ちとはいえ、まさか、ゴブリンにやられるとはね。これだから迷宮は怖い」


「そこそこ良い装備にゃーね。ちゃんと使い込んでもいる。LVレベル三ぐらいにゃ?」


「ああ、ぼくとそっちの彼女がLV三で、そっちの盗賊がLV二さ」


 浅黒い肌の青年剣士は立ち上がり、改めてティルムたちに頭を下げる。


「普段は地下六階、二層の上で狩りをしてる」


「不思議な話ねぇ。地下六階で通用するPTパーテイが地下一階で狩りをしているなんて」


 アルリアナが言うと、青年剣士はティルムたちを見て肩をすくめた。


「そのネコミミ、LV六の『歩く銀行』ククリカ・テンセルだろ? きみたちが地下一階にいるほうが驚きさ。ま、ぼくたちはちょっと、仲間が一人、厄介な呪いを受けてね。普段と同じ調子で狩りをするのは難しいから安全策をとっているんだ」


「呪いですか大変ですね……あれ、《かいじゆ》は百ケイルじゃありませんでした?」


 せいより高い、ということで少し話題になったのを彼女は思い出した。


「ぼくたちもそう思ってたよ。ただあれは最低料金らしくてね、簡単な呪いならともかく……うちの仲間みたいに厄介な呪いだと一気に跳ね上がるんだ」


「《せい》だったら五十ケイルですむのににゃー」


「いっそ死んだほうがまし、と言いたいけれど、生き返っても呪いが解けるわけじゃないからね。しかし本当にまいったな、許可証なしで成果もなしじゃ笑い話だ」


「待ちなさい。迷宮法第三条、迷宮の安全と保全に関する法で許可証なしのたんさくは禁じられているはずよぅ。罰則は三十日以上の冒険者資格の停止ねぇ」


「は? ああ……」


 青年剣士は、アルリアナの胸の聖印/ちつじよ神の象徴であるてんびんを見て苦笑した。


「そりゃ悪いことだけどね。それじゃあ生活できないんだから仕方ないだろ。誰でもやってるし、ギルドの上はともかく、現場は黙認さ。それこそよっぽど派手にやらなきゃね」


「だから、法を破っても許されると?」


「じゃあ、法を守って仲間を見殺しにしろと? 冗談じゃない」


 青年は目で、仲間の女神官と少年盗賊に合図をする。


「ぼくたちはそろそろ行くよ。明日は法を守れるようにもう少し獲物を探してみる」


「お世話になりました」


「あばよ、この借りは、いつか返すぜ」


 ゴブリンと戦っていた三人PTパーテイが立ち去った。

 彼らがいなくなると、何もない場所から浮かび上がるように、セージが姿を現す。


く、行った、ようだな」


せんこう弾をんで、その隙に冒険者とゴブリンを全部気絶させるとかちやちやにゃ」


 完全にあきれた声で言い、ククリカは首の鈴を揺らして肩をすくめた。

 ティルムは、青年剣士たちのPTが去って行ったほうを向いたままぽつりとつぶやく。


「……ちょっと悪いことしましたかね。大変な状況みたいですし」


「ふふっ、迷宮のかつが進むはずねぇ。肝心のギルドが冒険者の違法を黙認しているんですもの。自分で自分の首を絞めるなんて、馬鹿馬鹿しくて面白いわぁ」


「みんなの利益と自分の利益が対立してるんだから仕方ねーにゃ。それを上手に調整するのが国の仕事にゃ。ま、思いっきり失敗してるみたいだけどにゃー」


 また、ククリカが、鈴を揺らして肩をすくめた。


「……魔物の取り合いで、冒険者同士が、戦闘になった、話も、ある。無許可、探索ぐらい、まだ、マシだ」


 ぼそぼそとセージが言う。


「そういうことが、なくなるように、するのが、おれたちの、仕事だ」


「そうですよね!」


 ぱああっと、ティルムが明るい、感動に近い笑顔を浮かべる。


「にゃはは、セージにゃん良いこと言うにゃー」


「おひとしが、ここにもう一人いたようね。バァカみたい」


「……しやべり、過ぎ、た。体、が震え、る。吐きそう、だ。帰り、たい。もう、嫌、だ」


「さっきまでかっこ良かったのにもうこれですよ、このひと!」


「戦闘中、なら、いくら、でも、喋れ、る、んだ」


「あなたもうずっと戦ってなさいな」


「おれ、も、そう、したい。いっ、そ、迷宮、に、住み、たい、ぐらい、だ」


「何言ってるにゃこいつ」


「おれは、迷宮が、好きだ。一番、落ち着く」


「もはや病理を感じるにゃ」


「あはは……そ、そうだ、ゴブリンを捕まえて、今日は帰りましょう。そうしましょう」


「そうだ、な。ゴブリン、は、ここだ」


 セージが、迷宮の壁に近寄る。壁の下の方に、よく見なければわからない程度の、人間の子供がやっと通れるぐらいの穴が開いている。ゴブリンの巣穴だ。

 恐らく、群れが巣穴を出たところで冒険者たちと鉢合わせたのだろう。

 冒険者たちを気絶させ、ゴブリンたちを巣穴に押し込み、一芝居打ったのだ。

 呼びかけると、巣穴から一匹のゴブリンが姿を見せた。


「……ゴブゥ?」


 ゴブリンは先程の戦闘で傷を負ったらしく血を流している。武器こそ持ってないが、警戒しているのは雰囲気から見て取れた。


「おれたちは、味方だ。今のところ。話がある。聞け」


「……ごぶぅ?」


「…………おい、誰か、ゴブリン語を話せるやつはいないか」


「ゴブリン語なんてあるんですか?」


「んなもん、本職の学者ぐらいしか知らねーにゃ」


「要するに、敵意がないと伝わればいいのよねぇ」


 アルリアナが銀色の髪をかき上げた。ちつじよ神の聖印に触れ、胸の前で手を組む/祈る。


「──いやすは神の輝き、神よ苦しみをゆるしたまえ──《》」


 祈りがささげられる/神の奇跡を再現する神聖魔法が発動する。

 ゴブリンが淡く優しい輝きに包まれ、脇腹の傷がえた。


「良いのか、秩序神の神官」


「お人好しのごとよ。今回限り」


 つん、と、アルリアナは薄い胸の前で腕を組み、そっぽを向いた。


「あはは。とにかく、これで話が……身振り手振りで伝わりますかね?」


 腰の剣をセージに預け、ティルムは非武装をアピールして一歩前に出た。

 ゴブリンは傷があった場所を、信じられないといった顔ででている。


「わたしたちは、魔物を保護する活動をしています。一緒に、来て、くれませんか」


「……ゴブゥ」


「……伝わりましたかね」


「…………ハナシ、ワカッタ」


しやべったああああああああああ!」


 ゴブリンの口から、片言の大陸共通語が漏れたことに驚きの声を上げる。

 アルリアナもククリカもだ。セージだけは平然としている。


「共通語を喋るゴブリンか、久しぶりに、見た、な」


「オレ、カシコイ。ダカラ、ニンゲン、コトバ、ワカル。ダカラ、フシギ」


 ゴブリンがじっとティルムを見た。意外にれいな目をしていると彼女は思った。

 ゴブリンが問う。


「ニンゲン、オレタチ、タクサン、コロシタ。ナノニ、コンドハ、オレタチ、マモルイウ。ニンゲン、ナニヲ、カンガエテイル?」


「あはは……」


 生きるために魔物を殺し続けて、生き残るために魔物を保護しようとしている。

 そして、その保護すらも、最終的には人工迷宮を築き──魔物を狩るためのものだ。

 皮肉と言えば、これ以上ない皮肉。

 身勝手と言えば、これ以上ない身勝手。

 ゴブリンの素朴な言葉に、誰も、何も言えなかった。



 地下一階での迷宮たんさく/魔物捕獲を終了したPTパーテイは地上に戻った。

 既に日は傾き、空は夕焼け色に染まっていた。

 PTは地上で待機していた魔物移送PTに捕獲したスライムとゴブリンを引き渡す。


「確認しました。後日、規定の報酬が皆さんの口座に支払われます」


「はい、よろしくおねがいします」


 通常の冒険者のように魔物素材の収入が見込めないティルムたちには、魔物を引き渡すたびに報酬が払われることになっていた。



「それじゃあ、今日はお疲れさまでした」


「……」


「お疲れさま、と、一応言っておくわ」


「ばいばいにゃー」


 引渡しが終わると、迷宮広場でPTは解散した。

 普通のPTなら酒場に繰り出して打ち上げでもするのだろうが、あいにく、彼らは普通のPTパーテイではない。ティルムやアルリアナに至っては本当の意味での冒険者ですらない。

 ティルムは今夜の晩ごはんは何にしようかなとつぶやき帝都への道を歩き出す。ククリカは何か商売の話でもあるのか、がらがらとカートを引いてギルドの出張所に向かう。


「あなた……セージ。この後、時間はあるかしら」


「ある、ぞ。なん、だ」


「冒険者のたまり場に案内してもらいたいのよ。詳しいでしょう?」


「冒険者の宿、か……ローション、スライムのなら、売ってない、ぞ」


「それはまた別の機会に聞くわ。今日は法とちつじよつかさどる秩序神に愛された神官としての仕事をしに行くのよ。たとえ、仲間の呪いを解くためであっても違法は違法だもの」


「……」


「仲間は売れない? 冒険者にも仲間意識なんてものがあるのねぇ。ふふっ、バァカみたいに薄汚くて、だぁいっ嫌い」


 幼いアルリアナは大人びた仕草で銀色の髪をかきあげる。


「『秩序神の神官にとって最も大事な仕事は罪を裁くことではない。罪が犯される前に手を差し伸べることである』──自慢するけれど、私は秩序神に愛された天才神官よ。帝都にだって私より優秀な神官は少ない。私の《かいじゆ》が通用しないなら、それはもう治せない病ということよぅ」


「おまえが、治すのか」


「そうすれば、あの冒険者たちは罪を犯すことはない。秩序神のこころにもかなう。もちろん、規定の寄付金はいただくわ。私を通してきちんと神殿に収める。違うのは、相手の経済状況を考慮して分割払いを認める点かしら」


「……そう、か」


「ふふっ、覆面で顔を隠していてもわかるわよぅ。言いたいことがあるなら言ってごらんなさぁい。大抵の悪口にはなれているわ。才能があると無能の嫉妬を受けて大変なのぉ」


「おまえが、今日、一番の、おひとしだ、な」


「斬新な悪口だこと。初めて聞いたわ。どういう意味なのかさっぱりわからない」


「行く、ぞ。冒険者の宿は、多い。探すのは、大変、だ、ろう」


「あらそう」


 二人が歩き出した。

 夕焼けに照らされて、銀色の髪が、きらきらとあかねいろに輝いていた。



「ところでぇ、本当に、スライムって飼えないのかしらぁ?」


「……やめておけ、さすがに」


「つまんないわねぇ」


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