冒険者世界も不景気です 世界最強の人見知りと魔物が消えそうな黄昏迷宮/葉村哲
MF文庫J編集部
序章「世界の終わりは目に見えない」
「迷宮こそが無限の宝物庫である」 ──冒険王ローゼンガルド一世──
牛を育てるのではなく迷宮に巣食う
麦を育てるのではなく迷宮に生息するはじけ麦を収穫する。
鉄を掘るのではなく迷宮に生息する生きた鉄を解体する。
迷宮と魔物と冒険者に
新暦九九七年。
ローゼンガルド帝国/『
それはこの帝都ローゼリア近郊に位置する
大陸に七つ存在する大迷宮/未踏破迷宮の一つであり、帝都ローゼリアで消費する魔物素材の一大産地、手に入らない魔物素材はないとすら称されている。
地下/アヴィリディア内部へと続く階段の隣には冒険者ギルドの出張所があり、
「地下三階でとれた新鮮な花
「おなじみアイム武具修理店はこちら! ゴーレム鉄とオルトロス革なら在庫あるよ!」
「ペンにインク、ペンにインクはいらんかねー。書き味
「青空神殿でーす! 《
「冒険者ギルドです! 探索許可証の発行はこちらの列にお並びください! 申請には冒険者カードをお忘れなく! 冒険者ギルドです! 順序よく並んでください!」
そんな、熱気と
「あわわわわ! ど、どこですかー! セージさーん! セージさああああああん!」
名前はティルム・ディード。
手に白い旗を持ち、飾り気のない長剣を腰に差し、背に小さなリュックと中型の
首元には、これだけは随分と派手な、鮮やかな赤色のスカーフを巻いていた。
防御力と素早さを両立させたバランスの良い/平均的な前衛の戦士らしい装備だ。
しかし、一目見てわかるほど似合っていない。武具の重さに体が
ティルムは迷宮
「ようこそ冒険者ギルドへ。迷宮探索許可証の発行には冒険者カードが必要です。カードをお持ちですか」
ギルド制服を着た受付の少女が、いっそ
ティルムは、慌てた様子で
受付の少女はちらとカードを眺め、手元の書類にかりかりと何かを素早く書き込む。
「結構です。探索許可証のない迷宮探索は迷宮法違反であり、発覚した場合は冒険者カードの停止──つまり冒険者資格の停止もあります」
恐らくこれも決まり文句なのであろう警告の言葉と共に探索許可証が渡される。
ティルムはやはり後ろから押されるようにして受付の前から
そして、出張所を出て、やっと一息つく。
「は、はうう。ぼ、冒険者って、朝から大変ですねえ」
迷宮に
視線の先には、多くの冒険者を飲み込んでは吐き出すギルド出張所が建っている。
そのせわしなさはそのまま帝国内の冒険者がいかに多いかを/迷宮の重要さを/魔物素材がどれほど日常に密着したものであるかを示している。
もしも、その魔物素材が、消えてしまったならば。
迷宮が決して、無限の宝物庫などでなかったならば。
迷宮は枯れつつあり、魔物が滅びつつあるとしたならば──
「……『
「ふふっ、やっと見つけたわぁ。その白い旗。あなたが私の仕事仲間なのね」
銀髪の、ひどくアンバランスな印象を与える少女だ。年の頃は十二か、十三か、はっきりと幼い。女性としても小柄なティルムよりさらに小柄だ。
しかしその唇は
語尾を延ばした、からかっているような口調で彼女は名乗った。
「アルリアナ・デイジーコート。神に愛された天才神官よぅ。よろしくぅ」
銀髪の
これは確かに典型的な神官の服装だ。しかし、彼女が、秩序神の神官らしく見えるかといえば見えないだろう。
ティルムは少し困ったような愛想笑いを浮かべて口を開く。
「……ええと、あなたも、その、あの『計画』に?」
「ふふっ、神殿からの命令でなければ薄汚い冒険者の
「冒険者はきちんとした仕事だと思いますよ。けど、まずは会えてよかったです。わたし、ティルム・ディードって言います──」
「騎士団から派遣されたのね。貧乏くじを引かされた新米騎士さん」
「あはは……騎士ってわかりますか」
「おバァカさん。騎士は必ず、センスのないスカーフを巻いているじゃないの」
アルリアナが指摘したとおり、赤いスカーフはローゼンガルド帝国騎士団員のトレードマークである。さらに言えば、ティルムの装備は全て騎士団の支給品だ。
「まだあるわよぅ。あなた──ティルムは見るからに
アルリアナは
ティルムは
「当たりです。昨日入団したばかりなんですよね」
「ふふっ、お互い運がないわねぇ。入団したばかりで貧乏くじを引かされたんだもの」
皮肉にほんの
ティルムは小さく首を振った。
「でも、誰かがやらないといけないことですから」
「あら、お
「あはは、よく言われます」
愛想笑いではない笑顔を、ティルムは浮かべた。
ふふっ、と、アルリアナも
「でも、私はお人好しってだぁい嫌い」
「あはは……そうだ自己紹介、冒険者カードの交換、しましょうか」
アルリアナの暴言が聞こえなかったふりをして──反応に困ったというのもあるが──ティルムは冒険者カードを取り出した。
冒険者カードはギルドが発行する冒険者の身分証明書である。
同時に、数値化された冒険者としてのステータス/
冒険者カードは、はるか過去に滅びた古代文明の遺産を利用して発行されている。原理は未だ不明のままだが、『冒険者の国』ローゼンガルドに存在する膨大な数の冒険者を管理するためには絶対に必要なものでもあった。
互いにカードを確認する。
●ティルム・ディード/十六歳
騎士/
総合LV:四
冒険技能:戦士四・学士LV四
生活技能:貴族礼法LV三・法学(帝国法)LV三
戦闘特技:
●アルリアナ・デイジーコート/十三歳
神官/
総合LV:五
冒険技能:神官(
生活技能:神学LV五・法学(帝国法)LV五
戦闘特技:魔法拡大・秩序神の祝福・秩序神の加護
「十三歳でLV五の神官なんですか!」
「LV四のダブルスキル、ね。驚いたわ。LV一か、高くて二だと思ってたものぉ」
「……あはは、高等学院でがんばったら、LV四になってました」
「これも私が神に愛されている
たとえばろくに訓練を受けていない場合はLV〇となる。最低限の訓練を受けた駆け出し冒険者がLV一、迷宮を
高等学院や神学校で高度な訓練を受けたとしても、卒業時はLV二が精々である。
その基準から考えれば、ティルムとアルリアナは
十三歳の
「悪くないわぁ。騎士なら、少しはまともな人間でしょうし」
「ありがとうございます……で、良いんですかね?」
「残りは二人ねぇ。商人組合と冒険者ギルドの貧乏くじ仲間が楽しみぃ。私、冒険者と商人がだぁい嫌いなの。もちろん、子供じゃないのだから仕事中は我慢はするわよぅ」
「……
「所詮は商人に冒険者でしょう。案外、面倒になって投げ出したのかもぉ?」
「失礼にゃー、他の商人はともかく、にゃーは約束守るにゃーよー。『取るものは絶対に取るけれど、必要以上には絶対取らない』がにゃーの
素っ頓狂な口調の
頭の上のネコミミ飾りと、美しい緑の瞳が特徴的な女だ。
にこにこと人好きのする、だが、どこか偽物めいた張り付いた笑顔を浮かべている。
首には鈴の飾り/音は出ない。手首などの急所を革で補強した服。腰に古代文明時代の武器──魔銃/拳銃の入ったホルスターを下げ、背に大型魔銃/長銃を背負っている。
ネコミミ女は二人に
「こんにちにゃー。冒険商人のククリカ・テンセルにゃ。商人組合から
「よ、よろしくお願いします。ところで、冒険商人って何でしょうか?」
「冒険者以外には
軽く、緑色の瞳の商人/ククリカは腰のホルスターを
「──腕には、自信があるにゃ」
撫でたと思った、次の瞬間には、魔銃が抜かれていた。
その動きの早さを、ティルムは目でとらえることが出来なかった。
アルリアナも、恐らくは同じだろう。
「これ、にゃーの冒険者カードにゃ!」
逆の手で彼女は冒険者カードを出す。
三人は冒険者カードを交換し、各々のステータスを確認する。
「うにゃ!
●ククリカ・テンセル/二十歳
商人/
総合LV:六
冒険技能:魔銃使いLV六・
生活技能:取引LV六・鑑定(価格)LV六・算術LV五・経営学LV五
戦闘特技:抜き
「……LV六、しかも、技能の種類がすごい」
「にゃはは、一人で迷宮に
「
「昔は商人仲間で
ククリカが、肩を落とす。
「男二人、女三人の五人PTだったにゃー……PT内でカップルが二組できて二組とも妊娠結婚引退にゃ、それから、ずっと単独にゃ………………にゃあ」
「ばぁかみたい。二十歳の大人がネコミミつけてにゃーにゃー言ってるせいよねぇ」
「ああ、これは商売上のキャラクター作りです」
ククリカはネコミミを外すと、真顔になり歳相応の口調となって答えた。
「わたしのような単独商人はまず名前を覚えて
ティルムとアルリアナの二人は、ククリカの変貌にぽかんとしていた。
ククリカが再びネコミミをつける。また、張り付いたような
「確か四人
「冒険者になんて、なにも期待しないわよぅ」
「セージさんは……悪い人じゃないと思います。ちょっと変わってますけど」
ティルムは、何か思い出したのか、少しおかしそうに言った。
「案外、もう、わたしたちの近くにいるかもしれません」
「……
声がした。
声だけがした。
ティルムの隣に、何もないところから浮かび上がるように、声の主は現れた。
「おはようございます、セージさん」
「……」
黒い男だった。暗闇を人間の形にしたように、頭の上から爪先まで全てが黒かった。
黒い革製のつなぎに身を包み、腰に黒い
覆面の隙間から
その姿は、さながら死神の如く、不吉と死を想起させる。
「………………おはよう」
挨拶の言葉を思い出すような長い間を置いて、不気味な黒い男/セージはそう
「……な、なにぃ、こ、この男…………本当に、人間…………なのよ、ね?」
「……な、なんにゃ、こいつ何を、したにゃ。姿も、足音も、気配もなかったにゃ」
「……」
セージは無言だ。ティルムがとりなすように口を挟む。
「セージ・トーラストさんです。冒険者で、盗賊で、特技がさっきみたいに見えなくなることだそうです。何でも、気配を消して意識の死角に
「簡単に言ってるけどそれ
「挨拶ぐらいしたらどうなのぉ。ああ、冒険者に礼儀を期待するだけ無駄かしらぁ」
驚かされた仕返しとばかりに、アルリアナは皮肉な目でセージを見上げ言葉でなじる。
セージは無言のまま答えず、ふい、と視線を
慌てた様子で、ティルムがぱたぱたと両腕を振りながら二人の間に入る。
「あ、あはは。セージさんはずっと
「なによぅ、つまんなぁい」
「にゃー? アルリアナちゃん、冒険者のこと嫌いにゃ?」
「冒険者なんてだぁい嫌い。商人はもっとだぁい嫌いよ」
「あはは……あの、これから一緒に仕事をするんですから、もう少し仲良く……」
控え目にティルムが主張した。
「……」
「ふふっ」
「にゃはは」
セージは無言。アルリアナはからかうように笑う。ククリカは真意が見えない作り物のような笑顔を浮かべたままだ。
「と、とりあえず! セージさんも冒険者カードを見せてもらえませんか!」
言われ、セージは冒険者カードをティルムに渡した。
●セージ・トーラスト/年齢不明
盗賊/
総合
冒険技能:盗賊LV七・野伏LV六
生活技能:魔物知識LV七・魔物解体LV六
戦闘特技:第六感・影歩き・急所狙い・天の
「へえ、セージさんってLV七だったんですね……え、LV七!」
「こいつがぁ? 十三人しかいないLV七の一人ぃ? 冗談でしょう?」
「LV七……セージ……セージ……」
「……」
LVは実力の目安であると同時に、才能の壁でもある。
LV三までは本人の努力次第。LV五になれるのは努力と才能を兼ね備えた約一割。LV六ともなればさらに減少し、LV七に至っては──現在、大陸に十三人しかいない。
それより上はもはや伝説の領域である。
冒険者の最高峰、人間の限界点、伝説の領域に踏み込んだもの。
それがLV七である。
「セージ……セージ…………セージ・トーラスト!」
にゃ! っと、ククリカが緑の瞳を見開いた。
「『絶影』、『死の指先』、『殺す闇』! ありとあらゆる魔物を
「セージさんってそんなに
「ドラゴン殺しねぇ……この男がぁ?」
ティルムたちの視線がセージに集まる。
特に、ククリカは、張り付いた笑みを一段深くし、ずいと一歩、距離をつめた。
「お会いできて光栄ですにゃ! にゃーはククリカ・テンセルですにゃ!
「…………」
立て板に水の如くまくし立て、ククリカは自分を売り込み始める。
セージの困惑した様子は覆面の奥からすら伝わって来るが、気に留める素振りもない。
その素早さと強引さは、ククリカの商人としての才能であろう。だが──
「わかったぁ。そんな風にガツガツしているから、一人だけ結婚できなかったのね」
「ぐふっ!」
アルリアナの残酷な指摘に、ククリカが
「あ、あはは……そろそろ、出発しませんか。
この
ティルムはそう悟り、仲間たちを
帝国を
帝国で信仰される五大神の神殿連合より天才神官アルリアナ・デイジーランド。
帝国の金庫番である商人組合より冒険商人ククリカ・テンセル。
そして、帝国の背骨とも呼ばれる冒険者ギルドより、ドラゴン殺しの『首狩り屋』セージ・トーラスト。
迷宮深層でも通用する実力/才能を持つという以外は、何一つ共通点のない彼ら。
彼らは
それは迷宮の深層に住まう
それは迷宮の最果てに到達し迷宮の踏破者となるためではなく。
それは迷宮の最下層に封印されている古代文明の遺産を発掘するためでもない。
「今日は、地下一階で、『ゴブリン』と『スライム』を保護します」
魔物の保護/捕獲/管理のために──
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