第一章「冒険者が多すぎる①」



「そーいえば、ティルムにゃんがセージにゃんのこと知ってたのは何でにゃ?」

「あはは。昨日、ちょっと、顔を会わせることがありまして……」



 時間は少しだけさかのぼる。

 セージたちがPTパーテイを結成する、その前日のことだ。

 ティルムは帝都ローゼリアの片隅に位置する『離宮』にいた。


『薔薇離宮』は皇帝一族がごく近しい人物と私的な時間を過ごすため建築された離宮だ。

 本来ならばティルムのような一介の、入団初日の、新米騎士が訪れる場所ではない。

 かれ色の髪の新米騎士/ティルムは、離宮の名の由来ともなった、色鮮やかな真紅の薔薇が咲き誇る庭園で──


「騎士ティルム・ディード、あなたには帝国のために奉仕する権利を差し上げますわ!」


 大陸の七割を支配するローゼンガルド帝国をべる華麗なる皇帝一族の第四皇女、咲き誇る薔薇の花にもたとえられる華やかなるぼうの姫、『薔薇姫』ミコッティア・ローゼンガルドに土下座されていた。

 縦に巻いた金色の髪が、染み一つない白い肌が、金糸を編んだ白金色のドレスが土で汚れるのもいとわぬ完全な──美しさすら感じさせる土下座であった。


「え、え、ええええええ、や、やめてください皇女殿下! 頭を上げてください!」


 ティルムが懸命に訴えるが、皇女はぴくりとも動かない。


「いいえ! あなたが、『はい』と言ってくれるまで頭は上げません!」


「というか説明してください! わたし、騎士団で、入団初日で、配属が離宮って聞いただけで、自分が何をするのかもわかってないんですから!」


 そもそもティルムが、実力次第でいくらでも稼げる冒険者ではなく、騎士団を選び入団試験を受けたのは『安定した生活』を求めてのことである。

 ローゼンガルドは冒険者の国だ。必然、冒険者と人材を取り合うことになる騎士団は人気がない。戦乱の世が終わり、騎士団の仕事が華々しい戦闘から地味なインフラ整備/土木工事になったからなおさらだ。泥土騎士団などとすらされることもある。


 そのため、ではないだろうが、騎士団の待遇は良い。賃金だけを見れば高くはないが、装備の支給、や病気の際の保証、退団後の年金など、賃金以外の利点が多い。

 ティルムは平凡だが真面目な小売商である両親の下に生まれた。日々を質素に暮らして貯蓄に励む両親の姿を見て育った。大きな一発を狙うよりも小さく積み重ねることを好む──要するに、ティルムは堅実を愛する、本質的に平々凡々とした人間なのだ。


 そんなティルムにとって雲の上の存在/皇女の土下座などもはや恐怖の対象である。

 事実彼女のあどけない顔はり、薄く涙すらも浮かべている。

 ティルムは助けを求めるように、皇女のそばに控える黒髪のメイドを見た。

 黒髪のメイドはどこか冷たさを宿したぼうでティルムを見詰め、淡々とした感情の混ざらない声で告げる。


「無駄でございます。一度、土下座を始めた姫さまは決して、頭を上げることはありません。相手が『はい』と言うまで、一日でも二日でも姫さまはあそこで土下座を続けるでしょう。たとえ、姫さま汁を垂れ流すことになっても」


「──」


 ティルムは絶句した。


「土下座一本で冒険者ギルド、商人組合、神殿連盟と渡り合ってきた姫さまの交渉手腕はまさしく帝国の最終兵器。『捨て身突撃姫クリテイカル・プリンセス』の二つ名はではありません。せんえつを承知で忠告させていただくならば、あきらめて姫さまの要求を受け入れることです。時間がてば経つほど、姫さまは際限なく見苦しくなります」


 そして絶望した。


「……わかりました。何だかわかりませんけど、何でもしますから、許してください」


 軽く泣きそうな声だった。


「その言葉、確かに聞きましてよ」


「同じく、ミコッティア様付きのゆうひつ(※文書記録係)として、騎士ティルム・ディードさまの発言を記録しました。後ほど、帝国公文書保管庫に収めさせていただきます」


 要するにげんを取った/ティルムはもう逃げられないという意味である。

 皇女ミコッティアが頭を上げた。額と純白のドレスに土の汚れがついている。

 黒髪のメイドが清潔なハンカチを差し出すと、皇女ミコッティアは慣れた様子で自身の顔と胸の汚れを拭った。そして皇女に相応ふさわしい、気品にあふれる微笑ほほえみを浮かべる。


「それではお話しましょう──帝国に迫る、滅びの危機を」



 園に用意された白いテーブルに、優美なる皇女ミコッティアと緊張する新米騎士ティルムは差し向かいで座っていた。椅子はもう一脚あるが、今のところ、空席のままだ。

 黒髪のメイドは紅茶を用意し、皇女のかたわらに控えている。


 皇女に勧められ、ティルムは紅茶を飲む。

 値段を聞くのも恐ろしくなるような純白のカップに、値段を聞くのも恐ろしくなるような香り高く色鮮やかな紅茶。口に含めば、更に豊かな香りが口の中に広がり、わずかな渋みと共に舌をくすぐりのどに落ちる。

 ティルムの緊張を、解きほぐす。


「……しい」


「迷宮の深層に生息する古代トレントの黄金葉で作ったお茶ですわ」


「皇女殿下、その、これは、純粋な好奇心で聞くんですが……お値段は?」


「カップ一杯で、十万ケイルといったところですわね」


「ふええ、わたしのお給料四年分だ。やっぱり冒険者ってお金が稼げるんですね」


「それが、問題なのですわ」


 ミコッティアは静かにカップを置き、静かにティルムを見詰めた。

 縦に巻いた金色の髪、大粒の宝石めいた瞳、つややかに赤い唇。

『薔薇姫』の名に相応しい華やかなぼうに、僅かなうれいを浮かべて皇女は語る。


「現在、冒険者は帝国人口の約四割を占めています」


「多い、ですね」


「しかし、それだけの冒険者がいるからこそ、帝国に必要なだけの素材が産出できる。冒険者は多ければ多い方が良い。帝国も冒険者が増えるように尽力して来ました──」


 通常の生産業/農業、林業、畜産と比べ、魔物素材の生育は早い。大陸に七つ存在する大迷宮/未踏破七迷宮だけで帝国全土をまかなえるほどの素材を産出する。冒険者が増えるほどに迷宮から獲得する魔物素材/資源もまた増える。

 つまり、冒険者が増えるほど帝国は豊かになるということだ。


「迷宮があれば冒険者が集まる。冒険者が迷宮から素材を産出すればそれを目当てに商人が集まる。日常的に商取引が行われるようになれば更にひとは集まり、村に、街に、あるいは都市になる──迷宮にり循環する輪、さしずめ迷宮経済とでも呼びましょうか」


 皇女が口元に皮肉とうれいの色を宿す。


「迷宮経済は、まわり過ぎた。迷宮以外の生産をちくしてしまうほどに」


「……それが、今、問題になっている、と?」


「『枯れた迷宮』という言葉を、聞いたことはありまして?」


「えーと、はい、確か五年ぐらい前に、どこかの村で、迷宮から魔物がいなくなって、村自体がなくなっちゃったってうわさを──!」


 ティルムは気付いた。


「もしかして、帝国に迫る滅びの危機って、そういう」


「『枯れた迷宮』の増加が続けば迷宮経済は二十年で破綻する、と予測されています」


「で、でも、二十年もあるなら何とか」


「最初に『枯れた迷宮』が確認された、十年前の予測ですわ」


「……で、でも、十年あるならまだ」


「最新の予測では、迷宮のかつは加速度的に進んでおり、五年が限界だと」


「なんでそんなになるまで放置してたんですか! って、申し訳ありません皇女殿下、思わず叫んじゃいました!」


「そう言われて当然の失策ですわね」


 政治的、経済的なあつれきや対立、ちやくなど何も出来なかった理由はあるのだろう。しかし若き皇女ミコッティアは、言い訳をしなかった。


「このまま『枯れた迷宮』が増え続ければ最悪、帝国人口の約四割──魔物を狩る技能と技術を持った失業者が生まれてしまう。そうなれば、ただの地獄が待っている」


「地獄……ですか」


「飢えが極まればパン一つでも殺し合いは起きる。歴史が証明してくれていますわ」


「新しい仕事を用意すれば」


「冒険者が多すぎます」


「農業とか漁業とか、食べ物を作る仕事。絶対、必要になりますよね。今まで冒険者に頼りすぎてたのが問題なんですから」


「冒険者を迷宮から引き離し強制的に農業をさせる──なんてことをやれば、それこそ暴動ものですわ。いえ、むしろ、必ず、彼らは反逆する」


「……あ、冒険者ギルド」


「そう、冒険者の数がそのまま組織の力である冒険者ギルドは絶対に黙っていない。冒険者に魔法を施し寄付金を吸い上げている神殿連合も、数多あまたの冒険者との取引で利益を上げている商人組合も反発するでしょう」


「敵ばっかりじゃないですか!」


「利害が対立すれば敵になる。逆に言えば、利害が一致すれば味方にもなる」


「それなら利害関係を調整して……時間、足ります?」


「足りませんわねえ。三大組織に根回しを行い、冒険者の方向転換を進め、迷宮経済から脱却を図るのに五年は短すぎます。帝国を一から作り直すようなものですもの」


「どうしようもない……わけじゃ、ないんですね。本当にどうしようもなかったら、皇女殿下が、わたしみたいな新米騎士に、こんな大事な話をするとは思えません」


「素晴らしい。それでこそ、わたくしが見込んだ人材ですわ」


 にこりと、満足そうに、皇女ミコッティアが微笑ほほえんだ。


「迷宮がかつするならば新しく迷宮を作れば良いのです。名付けて『人工迷宮計画ダイダロス・プロジエクト』」


「迷宮を作るなんて、本当に出来るんですか?」


「先日、冒険者ギルド、神殿連合、商人組合の三大組織は『計画』の推進に賛同しました。既に『計画』は動き出している。もう、後戻りはありません」


「……わたしに、『計画』の手伝いをしろと?」


「『計画』の最大の問題は『人工迷宮内の魔物をどこから調達してくるか』ですわ。幸い、魔物の繁殖力は人間と比べるまでもなくおうせいです。雌雄の一つがいもいれば何とかなります。ですが最初の一つがいだけは外部──つまり、迷宮から連れて来なければなりません」


 皇女がちらと、かたわらに控える黒髪のメイドを見た。

 メイドは音もなく書類を取り出し、ティルムの前に置いた。


「これは、冒険者ギルドの、登録用紙……ですよね?」


「騎士ティルム・ディード──明日から冒険者となり、迷宮の魔物を捕獲なさい」


「は……? え……? 魔物の、捕獲、ですか?」


 瞳をぱちくりとさせた。風が吹いてかれ色の髪が揺れた。


「ええええええええええええええ! む、無理ですよそんなの!」


「帝国のためですわ。やりなさい」


「わたし、入団初日ですよ! わたしよりもっと腕の立つ騎士がいますよね!」


「わたくしがあなたを選んだのです。あなたの、そう、たぐいまれなる才能を見込んで」


「類稀なる才能って言われましても、わたし、普通の女の子なんですけど!」


 また、ちら、とミコッティアが傍らのメイドに視線をやった。

 黒髪のメイドが静かな口調で、書類を読み上げるように言う。


「ティルム・ディード、十六歳、平民。帝国初等学校にて極めて優秀な成績を収める。初等学校卒業後、特別推薦により、高等学院への入学が認められる。高等学院でも同じく極めて優秀な成績を収め、主席学生に選ばれる。卒業前LVレベル検査でLV四のダブルスキル/帝国高等学院史上五十八人目の快挙を果たす──」


 ミコッティアが指を振る。メイドが口を閉じる。


「高等学院は貴族の世界。成績優秀な平民は最も嫌われる存在ですわ。しかし、あなたは、その高等学院で、主席学生でありながら、誰からも、嫌われていなかった」


「あはは……ただ、目立たないだけですよ」


「その謙虚さですわ、あなたの持つ、たぐいまれなる才能は」


「え?」


「騎士ティルム・ディード。あなたは天才です。ただし、ありふれた、平凡な天才です。一時、名をせたとしても、歴史に名を残すことはない程度の天才ですわ」


「すみません、それはめられてるんですか?」


「魔物捕獲PTパーテイは『計画』の実働部隊。重要な立場です。皇室、ギルド、連合、組合、から一人ずつ人員を出します。その四人でPTを組んでもらうと会議で決まりました」


「組織間で責任と労力のバランスを取るため、ですかね。まあわかります」


「各組織は優秀な人材を送り込むでしょう。間違いなく──『優秀ではあるけれど、万が一、失ってしまっても組織に悪影響を及ぼすことはない』人材を」


「つまり、それって」


「平たく言うと、優秀だけど問題のある人材が集まると確信してますわ」


「あはは……なんとなく、話が見えてきました」


「あなたには、PTの実質的なリーダーとして、問題のある人材をまとめ、魔物捕獲任務を無事に成功させることを期待しています!」


「貧乏くじだあああああああああああああああああああ!」


「天才としては平凡でも、常識と良識と社会性を持つあなたがいて本当に良かったですわ! 最悪、わたくしがまとめ役として冒険者になることまで考慮してましたもの!」


「で、でも、ひょっとしたら、案外、普通のひとが来るかも」


「そんなあなたの希望をたたつぶすために、一人、呼んでおきましたわ」


「なにしてるんですか皇女殿下!」


「冒険者ギルドから派遣された……そろそろ、来ると思うのですけれど?」


「まだ到着の連絡はありません。遅れているのではないでしょうか」


 ミコッティアが問い、黒髪のメイドが応じた。


「いる。おれは、ここに」


 そして、声がした。

 何もないところから、浮かび上がるように、黒い男が現れた。

 白いテーブルの、三脚目の椅子に、静かに腰掛けていた。

 ティルムが瞳を見開く。

 ミコッティアがわずかに眉を上げる。

 黒髪のメイドが、氷のかんばせに、僅かな恐怖の色を宿す。


「ティルム。その騎士と、一緒に、入らせて、もらった。話は、聞いていた、全て」


 どこかくぐもった声、淡々としているというよりも、細切れになった口調。

 頭の上から爪先まで黒く、顔すら黒い布で隠され、覆面の隙間から黒い瞳がのぞく。

 ティルムが悲鳴を上げなかったのは、ただの偶然だ。

 夜道で見かければ、悪霊のたぐいだと勘違いしかねない。


「三年、だ」


 黒い男は、言った。


「冒険者として、おれには、わかる、迷宮を見ている。五年はない。迷宮が枯れる。魔物が減る。冒険者の、収入が、減る。収入が減れば、より、多くの魔物を狩ろうとする。迷宮のかつは、加速、する」


「わかりました。その意見は必ず、『計画』にたずさわる賢者たちに伝えますわ」


 皇女がうなずき、黒い男は沈黙した。


「良かった。普通……じゃないですけど、ちゃんと常識的なひとっぽいじゃないですか」


 ティルムは、ほっと、息を吐いた。

 黒い男の目を見て、にっこりと微笑ほほえむ。


「わたし、ティルム・ディードです。よろしくおねがいします」


「……」


 すう、と、黒い男は、世界に溶けるように姿を消した。


「え、なんで!」


 何もないところから、黒い男の声だけがする。


「……………………突然、話かけるな、驚く、だろう」


「えええええええええ! 普通に話しかけただけですよ!」


「冒険者のセージ・トーラスト。魔法によらず己の技術のみで姿を消す絶技の使い手」


 ミコッティアが、一杯十万ケイルのお茶を口に運び告げる。


「普段から姿を消しているため他人と会話することがなく、絶望的に会話が苦手で特に女性が苦手なそうですわ。ちなみに、これを聞き出すのに一刻(約二時間)使いましてよ」


たんれんだ。常に、使い、続けていなければ、技はおとろえる」


「それでも会話ぐらいはしましょうよ!」


「している。冒険者の宿と、ギルドの受付で」


「……なんとなくですけど、それどっちも『いつもの』で、終わらせてません?」


「…………、わかった」


「あはは」


 予想が当たってしまい、ティルムは逆に困ったように、乾いた声で笑った。

 恐らく黒い男/セージがまだいるのだろう、椅子の上の空間を見て、ティルムは微笑ほほえみを浮かべた。人になれていない野良猫に向けるような微笑みだ。


「わたしでよければお付き合いしましょうか。会話の練習、っていうのも、変ですけれど」


「……」


 すう、と、再びセージの姿が椅子の上に現れる。

 セージが、覆面の奥からまじまじと、ティルムを見た。


「おまえは、おひとしだな」


「あはは──よく言われます」


 屈託なくティルムは、笑う。

 セージは笑わない。

 これが、新米騎士ティルムと、ドラゴン殺しの『首狩り屋』セージの出会いだった。


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