第4話 終焉(改)

【願い】


 城を出ると空が白み始めていた。このままだと白雪姫が死んでしまう。

 そうしたらレッドは無駄死にじゃないか!

 俺は疲労困憊の体に鞭打ち白雪姫のいる対岸へ向かおうとした。

 すると、

 

「天城王子……? 天城王子!」振り返るとホワイトとブラックがいた。

「なんでお前達……? そうだ! これ白雪姫に!」

 そう言うとブラックが深々と頭を下げ、俺から小瓶を受け取ると一目散に白雪姫のもとに走っていった。ブラックの走り去る姿を見送る。

 

 佇み続けるホワイト……レッドの亡骸を抱えたまま。

 俺の視線に気づくと、ホワイトが口を開く。

「先程の女王との謁見のやり取り。私達はあなたが裏切ったんだと思いました」

 その言葉に俺は何も言えず押し黙る。

「だがレッドが王子様には考えがあって憎まれ役を買って出ただけ。あの人は、絶対に私達を裏切らないと言われ……」

 

 ホワイトの言葉に俺は臆面もなく大声を上げて泣いた。

 レッドは分かっていてくれたのだ。

 あんな酷い事した俺を最後まで信じていてくれたのだ。

 

 皆の下に彼女を運ぼうとするホワイトに頼み、その役を変わってもらう。

 彼女を抱き上げ皆が待つ対岸へ向かう。こんなに辛い道のり…………。

 

 ブラックからレッドの訃報を聞いたのだろう。

 白雪姫と待機していた筈の場所より、随分手前まで他の小人達が来ていた。

 走りよって来る小人達。その目には大粒の涙が溢れていた。俺は、


「すまない…………本当にすまない」膝を落とし精一杯詫びた。

 誰も俺を責めない。その事が逆に辛かった。すると、


「レッドさん!」聞き慣れない声……

 その声の主の方を見つめると、白雪姫が走って来ていた。

 無事に目を醒ましたんだ……。白雪姫は俺の隣に腰を下ろすと、

 

「レッドさん……せめて息があれば私が……」ん? 俺は白雪姫の手を握りしめ、

「息があれば何なんだ? あんた息があったらコイツの事、助けられるのか?」

「い、痛いです。どうかお離しくださいませ!」その言葉に我に返り手を離す。

 手を振り痛みを和らげる白雪姫に、

「っで、どうなんだ? コイツの息があれば、あんたは助ける事が出来たのか?」

 すると白雪姫は、

「はい……お父様から誰にも言ってはいけないと言われていますが、私には他人の傷を癒やす力を母から受け継いでいるのです。」

「よぉぉぉぉぉぉぉぉっし!」俺の声に皆ビックリする。

「いえ。すでに息が無い方は癒せません! 治せません!」首を振る白雪姫。

 小人達も白雪姫のその言葉にうなだれている。俺は、

「馬鹿か! おまえら? 有るだろうがドワーフ族の宝が! 秘薬がよ!」

 俺の言葉にハッとする小人達。

「秘薬?」理解出来ない白雪姫。俺は手をだし小人達に秘薬を寄越せとせがむ。

 受け取った小瓶の口を開き、白雪姫に振りかける。

 それからしばし彼女の様子を伺う俺達。すると――

 

「これはぁぁぁぁあああ? 何か……力が漲ってきますぅぅぅぅぅぅぅ!」

 白雪姫の言葉に、

「頼む白雪姫! コイツを救ってやってくれ!」

 そう言うと白雪姫は大きく傷ついたレッドの胸に、両手をあて集中しはじめる。

 すると白雪姫の両手が光始め、レッドの傷口が変化していく様に見える。

 

……五分程経ったろうか。白雪姫が、

「ふぅうううう。これで傷は塞がったはずです」

 その言葉に一同歓喜の声をあげる。俺はレッドに声をかけ起こす。

 反応しないレッド。何度も何度も声をかける。

 

 やがて……歓喜の声は止み重い空気が漂う。

 彼女の右手を取り脈をみてみるも、反応はなかった……。

 

「なんで! 傷は塞がったのになんで!」俺の言葉に白雪姫は、

「すいません……私の力じゃここまでしか…………」

 くそっ! くそっ! くそっ! ここまでかよ! 

 結局救う事は出来ねぇのかよ! 自分の力の無さが腹立たしい!俺の能力が! 

 俺の才能……はっ、そうじゃねぇか!

 

 今度は天草の雫を自分に振りかける。俺の行動に鼻を摘まむ小人達。

 意味が分からずキョドる白雪姫。

「いや! 違うんだ! 俺の能力は激臭ミントブレスじゃない。相手の能力を飛躍的向上させる能力……言い方は分からねぇけど、白雪姫の力が癒やしなら俺は更にその力を向上させることが出来る筈なんだ!」

 お互いの顔を見合う小人達。白雪姫も真似るように皆の顔を見る。

「白雪姫! 頼む! 俺を信じてくれ…………」すると白雪姫は、

「見知らぬ私達の為に、こんなに一生懸命になってくれるあなたを信じない筈がありません!」そう言って白雪姫は大きく頷く。

 俺は白雪姫の手を取りレッドの胸に手を当て、

「頼む! 俺の命を使っても良い。彼女を……コイツを生き返らせてくれぇぇぇ!」

 俺の言葉に呼応するように、白雪姫の手が強く光を放つ。

 その光はどんどん強くなり、いずれ目を開けてる事すら出来なくなった。

 そして何かが破裂したような衝撃! 俺と白雪姫は吹っ飛ばされる。

 その衝撃に頭がクラクラする。俺は小人達に支えられ正気を取り戻すと……

 

「…………あま……ぎ……王子様?」

 聞き覚えのある甘ったれた声……俺はいつの間にか涙がこぼれていた。

 

「お帰り…………レッド?」

 

「はい…………ただいまです」

 微笑むレッド……俺は無意識に、彼女を力一杯抱きしめていた。

 

 



【終焉】

 

 俺は今凄く不機嫌だ。無事小屋にも帰って来れた。勿論レッドも元気だ。

 問題は…………

 

「ふふふ♪ チャールズ王子ったらぁ」色ぼけした白雪姫の声。

「何だよ? 白雪だってぇ」提灯ブルマに白タイツのひょろひょろもやし王子。

 

 聞いた話だが俺達が古城に向かってすぐ、このもやし王子が森から現れたそうだ。

 そして俺が命からがら奪い取った緋色の涙を、コイツが白雪姫に飲ませたらしい。

 そして目覚めた白雪姫が、一番最初に目にしたのが当然もやし王子。

 その瞬間から彼にメロメロらしい。生まれたての鳥類か! 

 俺が二人の様子にふてくされていると、

 

「やっぱり、悔しいですか? 白雪姫様の王子様になれなくて?」横に座るレッド。

「あれだけ苦労たのに、何も苦労してねぇもやし王子に良いとこ取りされりゃぁな……。愚痴の一言ぐらい言いたくもなるだろ?」俺の言葉に、

「ふぅ……ん。てっきり白雪姫様と口付け出来なかったから拗ねてるのかと」

「まあそりゃな? 俺の人生であんな美人さんと口付けなんてチャンス……もう無いだろうしな」もやし王子を見つめ呪いをかけてみる。

 

「天城王子!」突然耳元で叫ばれ驚く。

「何だよ! レッド――――!」茫然とする俺を置いて、立ち去ろうとするレッド。

「お前…………今?」俺の言葉に、

「白雪姫様ほど私は美人じゃないけど、これから一杯努力して綺麗になりますね?」

 そう言うと彼女は走り去った。


 思考停止茫然自失……30分程経ったろうか。ホワイトが、

「天城王子殿。鏡の精霊様がお話があると呼んでおられますよ?」

 言われるがまま小屋に向かう。すると小屋から出てくるレッド。 

 俺の横を通り抜け様に、「後でね?」っとレッドが耳元で囁く。

 俺は少し照れて小さく頷いた。小屋に入ると、

 

「天城殿。この度の戦い…………お疲れ様でした」

 レッドの事が気になって気もそぞろに返事する。あれ、こんな所にスマホ?

 いつ置いたっけ? 思い出せぬままポケットにしまう。

 

「…………なんですが…………天城王子?」鏡の言葉に、

「え? あ、ごめん。聞いてなかった。何だって?」

 すると鏡は、さっきより大きな声で、

「アンデッドの女王をどうやって倒したのですか?」

 ああ、その事ね。俺はポケットからレーザーポインターを取り出し、

「これをつかって――!」

 俺の言葉をさえぎる、轟雷と共に地響きが森中に響き渡る。何事だ? 

 急いで小屋を出ると、世界を覆うような大きな影が空一杯立ち塞がっていた。

 

「何だあれは?」

 するとその覆い被さる影の何かが上空まで伸びる。瞬間! 体に鈍痛が走る。

 あれ…………? いつの間にか影が俺に向かって伸びている。

 その影を目で追うと…………俺の体を貫いていた。

 叫び声をあげる白雪姫。慌てふためく小人達。


「娘をいたぶってくれたお返しじゃ」そう言い残すと影は消え去った。

 俺を貫いていた影も無い。娘? …………ブラッディ・マリーの事か?

 

 ごふぅ…………。俺は血を吐きその場に倒れ込む。

 血相を変えて走りよってくるレッド。

 倒れこんだ俺を抱き上げ何か叫んでる。大粒の涙が俺の顔に降ってくる。

 

 頼む……から……泣かないでくれ…………。

 

 

 

 

【夢の続き】 

 

 タンタタ……タンターン♪ 軽快な音楽が鳴り響く。朝だ……起きなきゃ。

 スマホに手を伸ばす――――! 一気に覚醒する。貫かれた俺の体は?

 シャツをめくって見てみると傷一つ無い。てかここは? 

 辺りを見回すと見慣れた会社の事務所だった。え? レッド達は? 

 まさか夢落ちじゃないよな?

 

 俺は昨日パソコンに入れたはずのゲームソフトを探す。何も入っていない。

 机の上にも何も無い。

 え? ……嘘だろ?体のあちこちを見て、痕跡を探すも何もない。

 え? え? え? そうだ、スマホ! あの時女王の写真を撮ったのだ! 

 ファイルを開いて写真を見る……

 そこにはいつ取ったか知らない蟻の写真が、一番新しい日付だった。

 

 傷も無い写真も無い痕跡も無い……。え? 本当に夢だったのか? 

 俺はポケットの中をまさぐった。

 

 財布……ある。免許証も入ってる。

 ライター……返してもらって持っている。

 フリスク……持っている。

 レーザーポインター……もある。

 そうだ! 小銭!

 

 確認するも減っているのかどうかわからない。俺本当に一緒に居たのか? 

 あいつらと……。

 

 しばらく思考が停止した。どっちにしてもあいつらに会えないんだ。

 俺はため息をつき椅子に腰掛ける。自然と涙がこぼれる。

 

 再度アラームが鳴り響く。スマホを手に取り止める。

 俺は何気無しにもう一度、写真のデータが保存されているファイルを開いてみた。

 

 やっぱり! ビデオなんて撮った事無いのに表示が1になっていたのだ。

 俺は急いで再生する。

 真っ黒な画面が続き何かゴソゴソ音が聞こえる。

 しばらく再生した画面は何の変化もなかった

 誤作動で動画録画してただけか……俺は消沈しファイルを削除しようとしたら、

 

「これ本当に姿を捕らえたり出来るんですか?」レッドの声だ! 

 食い入るように画面を見る。すると、

「あれ? これ? 私が動いていますよ??」

 カメラに向かって手を振ったり、ほっぺたを膨らませたりしている。

「鏡の精霊さまぁぁ? 本当に使い方わかるんですか?」

 そうか! スマホが小屋の中にあったあの時に!


「天城さまぁ! 私ぜーったい白雪姫様より綺麗になって、天城様が口付けしたくなるくらいの女の子になりますからね?」そう言って顔を真っ赤にするレッド。

「後……これは内緒ですけど、私の本名はスカーレッドです。私達の村の掟で、結婚する相手にしか教えちゃダメなんです」

 

 言い終えるとキャッキャ言って頭を左右に振っている。映像はそこまでだった。

 俺は止まらない涙をなんども袖で拭い、動画にプロテクトをかける。

 時計を見ると六時をさしていた。

 あいつと出会ったのが昨日の二十二時…………。


「あいつと一緒にいた時間が、八時間しか無いわけねぇだろ!」

 無理やりあいつと引き裂かれ、自分がどれだけ惹かれていたのか気づいた。

 その想いを実際に経過していた時間の短さに、否定された気がしたのだ。

 そんなわずかな時間しか過ごしていないなら、こんなに苦しいわけない。

 今まで一緒に過ごした誰よりも、あいつは俺の心にいるのだ。

 レッド達がいる世界への戻り方は全く分からない……でも絶対戻ってやる! 

 そう心に誓い、服を着替える為に事務所を後にし駅に向かう。

 いや…………やっぱり別の道から帰ろう。

 

 ここは新宿の繁華街。

 朝には飲食店から出るゴミの山に、数十匹のカラスが群がり道を占拠している。

 

 ただ今日はいつもとは違っていた。初めて作成したコスプレ衣装か……? 

 あまりにクオリティーの低い桃太郎の格好をした少年が、

「――母上の作って下さった吉備団子を、君達にも分けてあげるからぁぁぁぁ!」

 そう叫び声をあげ逃げ惑う少年の足を、唸り越えをあげ噛み続ける野良犬。

 さらに頭上もカラスに啄まれていた。

 

 レッド……いやスカーレッド! もしかしたら会える日は案外近いかもな?

 憐憫たっぷりに少年を見つめ、彼の存在に希望を見いだす。

 

 駅に向かう途中、通りにあるショーウインドウのウエディングドレスが目に入る。

「そういや白雪姫より綺麗になるってあいつ言っていたな……」

 さすがのあいつもこのドレス着れば、白雪姫より綺麗なお姫様に見えるかもな。

 鏡に映った姿に目を白黒させる彼女を想像し、俺はいつの間にかにやけていた。

 

 誰も知らない俺だけの物語。

 彼女にまた逢える日を願って…………。

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偽りの王子と脇役の姫 抄弥 @SHOW-YA

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