展望台の喫茶店

御手紙 葉

展望台の喫茶店

 ビルの最上階にあるその喫茶店は一見、穴場なのかと思われがちだけれど、実はこれ以上ないくらいにコーヒーを飲むことには絶好のスポットだということがわかるのだ。壁は全て取り払われて、眼下の景色が見渡せた。砂場に敷き詰められた、たくさんのビー玉のようにどこか、子供心に溢れた景色だ。

 オフィス街が点々と連なっており、遠くには遊園地が見渡せる。タワーには日差しが大きく降り注いで、どこか、砂金のように煌めていた。ここにカフェを開くなんて、ここのオーナーには、本当に頭が下がるような想いがあった。

 この店は僕の退屈な日常を、映画のワンシーンのように、変えてくれた。それは偶然心に迷い込んだ宝石の光のようだ。そう思ってしまうほどに、その喫茶店をとても気に入っている。

 いつまでもこの店にいたいと思うけれど、ここの価格帯は高めなので、何度も通う訳にはいかなかった。僕の場合はもう、週に一度と決めていた。毎週土曜日に束の間の安息を得るのだ。

 ガラスにぴったりと付けられた席に座りながら、その大きな景色を見つめたまま、微かに口元を緩めた。ここからだともう、通りを行き交う車の小ささは一段と際立っていた。この店で働くなんて、素敵だろうな、とそのスタッフを羨ましく思う。

 バッグから本を取り出して、栞を引き抜いた。音楽は流れておらず、カウンターや入り口の壁は、とてもシンプルで、馴染み易かった。サラリーマンや女性客のグループ、家族連れなど、客層はとても幅広かった。楽しそうなその姿を見ているとどこか心が弾むようになるのがわかった。

 その時ウェイトレスが近づいてきて、コーヒーをテーブルに置いて、景色を指差して言った。

「ここから見える景色を、とても気に入って頂けたようで、嬉しいです」

 僕は思わず姿勢を正しながら、「この店に来るのがとても楽しみでね」と笑った。そして、彼女を見上げながら、常連客をよく見ているなあ、と本当に感心した。

「ガラスの前でこの景色を見た時にすごく感動したんです。この店ができて、本当に良かった、と思いました」

「オープニング・スタッフなんですか? とても羨ましいですね」

 彼女はにっこりと微笑んで、「どうぞ、ごゆっくり!」と元気良く礼をしながら、カウンターへと戻っていった。きびきびとしたその歩調にどこか風格を感じたけれど他のウェイトレスがそこで、その女性に声を掛けた。

「オーナー、すぐにでもお出しできます」

「三番席へ急いで」

 オーナーの女性がカウンターの中へと戻っていくと、僕は少し感動してしまった。何故この店がここにあるのか、わかったような気がした。そんなことを考えながら、僕は熱いコーヒーに口を付け、その苦味を少しだけ甘く感じた。


 了

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展望台の喫茶店 御手紙 葉 @otegamiyo

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