「冬」 Appendix story

陽子ちゃんのクリスマスケーキ

日向肇


 俺は夜遅かったので陽子ちゃんを自宅まで送り届けた。その間にちょっと腕を組んで歩いてくれたり、ちょっとプレゼントを交換したり、ちょっと……どうでもいいだろう、これは。俺と陽子ちゃんだけ知ってればいい話なんだし。


 問題はここからだった。なんであんなことになったのか。陽子ママの引き当て運なのか、俺の運が悪いのか……。




 楽しい時間は短い。残念な事に陽子ちゃんの家に着いてしまった。

「じゃあ、俺は帰るから」

「送ってくれてありがとう!」

陽子ちゃんは門を入ってもこちらを振り返って手を振ってくれていた。


 そして来た道を引き返して帰ろうとしたとき、前から歩いてきた女性が立ち止まってじっとこちらを見ていた。その人はコンビニ袋をぶら下げコートを着た40代ぐらいの女性だった。どこかで見たことがある感じがするな。

「ねえ、君。うちの子のなんなのかな?」

「はい?」

「うちの子とどういう知り合いか聞いてるんだけど。まさかつけてきた不審者?」

その人はこちらに詰め寄ってきた。街灯で顔がよく見えるようになってすぐ誰かは分かった。よく似ている母と娘っているだろう。陽子ちゃんの家ってそういう家系なんだなと思った。

「いえ、陽子さんの学校の友達です。日向肇といいます。夜遅いので陽子さんを家まで送って来た所です。はじめまして。そしてこれから帰るところです」

「あ、君が肇くんなの。陽子の母です。君の名前はよく聞いているよ」

「は、はあ」


 家の前で何か騒動が起きていると陽子ちゃんも気付いたらしい。玄関から再び飛び出してきた。

「ママ、何をしてるの!」

「不審な青年がいるから尋問してただけよ。肇くん、遅いしうちのパパに送らせるからコーヒーぐらい飲んで温まってから帰りなさい」

有無を言わせず家に招待というか連行されたのだった。


 リビングに通された。キッチン方面では「何をいやがってるの。ここまで一緒に来たなら家に上がってもらってコーヒーの一杯も出して親に紹介するのが常識でしょ。……って言ってたのに、気の利かない子ねえ」とか不穏なやりとりが聞こえる。

 あの展開で逃げ帰ったら二度と会うなとか言われそうで出来なかった。さりとてリビングで一人待っているのも相当きついな。


 ……なんてことを思った俺がバカだった。陽子パパが姿を見せたのだ。40歳代の中肉中背の穏やかな普通のおじさんだった。瓢箪から駒って思ったけどすぐ記憶から抹消した。

「陽子の父です。夜、娘を送ってくれたそうでありがとう」

彼はそういって俺に頭を下げるとリビングのソファーに座った。そして俺の方に身を乗り出すとキッチンに聞こえないように小さな声で言った。

「肇くんって言ったね。悪いな。とても針のむしろだと思うけど。うちのママの好奇心がある程度落ち着くまで我慢して付き合ってくれ。そうしないと陽子がずっと質問攻めなんでね。それにしても君もかなり間が悪いな。うちのママが買い物忘れあるとか言ってちょっとコンビニ行ってくるといって帰ってくる時に鉢合わせだし」

「俺ってそういう星の回りじゃないはずなんですけどね」

 そんな会話をしていると陽子ちゃんがプリプリしながらコーヒーカップを4つ持って入ってきた。

「お待たせ。ごめんね。肇くん」

軽く頭を下げてコーヒーカップを受け取る。別に陽子ちゃんが悪い訳じゃあない。強いて言えば俺の運がよろしくなかったのだろう。陽子パパもそう言ってるし。


 そして陽子ママがケーキをお盆に持って入ってきた。

「昨日、あなたがこの子を連れていっちゃうからうちのクリスマスケーキはまだ食べてなかったのよってむしろ陽子にはいい機会だったのかな」

ということで強制的にご相伴にあずかる事になった。それにしても昨日の件は古城が引き金で俺じゃないんだが。


「あなたたち、クラスが違うのにどうやって知り合ったの?あ、分かった。肇くんから廊下でラブレターとか伝説のような事をやったの?」

陽子ママの恋愛知識はいささか古いままアップデートされていない感じはあった。

「生徒自治会の委員会でたまたま席が隣だったんですが、その時に生徒自治会側に落ち度があって陽子さんが勇敢にも口火を切ってくれたのでそのお礼でパフェをご馳走してよく話をするようになって友達になったんです。陽子さんとは話をしていて色々教えられてますし親友だと思ってます」

「そう、肇くんは親友だから!」と陽子ちゃん。顔が真っ赤だった。陽子ママはそれを見て楽しくてしかたないらしくギヤが一段上がった。


「ふーん。そうなんだ。親友にしては昨日の古城さん家へのお呼ばれで持参した料理は度を超してたけどね。彼氏でもないとあんな手間掛けないでしょうに。……ところでこのケーキは私と陽子で焼いたんだけど、肇くん、どう?口に合うかな?」

 それは典型的なイチゴのショートケーキだった。甘さ控えめは陽子ちゃんっぽい。ケーキの上にはチョコレートなど使って作られた小屋が組まれていて、隣にサンタがいたけど陽子パパっぽい所が凝ってる。一口食べてみた。そしてもう一口。

「甘さ控えめなところが陽子さんらしい感じがします。美味しいです」

「あ、そういう所まで分るんだ」

「いや、ケーキの甘さについては古城さんの所でも話題になりまして。僕はケーキならケーキらしくもっと甘い方が良いと思ってるんですが、その場にいた女子達全員にケーキは甘い方が良いなんてそんな甘い事はないよって怒られました」

「あ、でも、肇くんってお菓子も作れる人だから」

陽子ちゃん。そこでなんでライオンに餌を与える?

「え。今時の男子ってそんなスキルあるの。すごいじゃない。で、陽子は食べたことあるの?」

「昨日、フルーツケーキを持ってきてくれてみんなで食べたけど美味しかったよ。ちょっと甘過ぎると思ったけど」

「あら、陽子、肇くんにお菓子を作ってもらってプレゼントしてもらったりしてないの?」

剣呑な方向に話が流れそうになったので咄嗟に説明した。

「いや、高校入ってから忙しかったので久しぶりだったんです。また陽子さんにも甘さがしっかりしたケーキは食べてもらおうと思ってますから」


 これ以上は俺と陽子ちゃんが危険だと思ったのだろう。陽子パパが介入してくれた。

「ママもいい加減二人をいじめるのは止めて。そろそろ彼も家に帰らないと。肇くん、車で送っていくからちょっと待ってなさい」

と陽子パパは身支度するため客間を離れた。


 陽子パパが車を出してくれるというのは断ろうとしたけど「男同士の話があるから」という陽子パパの強権発動があり却下された。そんな噂のアレを彼氏未満の俺相手にやりますか、やるんですか?

 陽子ちゃんが心配して一緒に行くと言ってくれる気配があったけど、陽子ママも一緒に来ると言いそうになったのを見て断念したようだった。


 陽子パパが車庫から出した車の助手席に乗った。陽子ちゃんと陽子ママが見送りに来てくれていたのでウィンドウを下げた。

「どうも、おじゃましました」

「もっとゆっくりしていって欲しかったな」と陽子ママ。

それはもっと俺と陽子ちゃんをいじって遊びたいって事ですか?

「肇くん、ごめんね。うちのママ、ちょっと変わってるから」

「陽子、親を変人扱いするんじゃありません。……肇くん、ほんとまた来てね。陽子とは仲良くしてやって下さい」

最後に陽子ママに背筋を伸ばすと深々と頭を下げられた。

「いえ、こちらこそ。本当に陽子さんには助けられてますから。ケーキ、ごちそうさまでした。美味しかったです」

「じゃ、車出すよ」

と陽子パパが言って車が走り始めた。


 後ろを振り返ると二人が手を振ってくれていたので振り返した。助手席のパワーウィンドウが閉まると風切り音が消えた。陽子パパが言った。

「肇くん、悪かったね」

「いえ。ご心配でしょうから仕方ないと思います」

「まあ、私も普通の親だからうちの陽子を泣かすような事はしないでくれよって思うけど、好きとかそういう話は高校生のうちはどうなるか分からないからね。節度は守ってくれたらいいよ」

「俺に、あ、私にとっても陽子さんはとても大事な友達です。泣かすような真似はしません」

「まあ、そんなに心配はしてないけどね。陽子は君のことはよく話してるんだよ。学校が面白いらしい。良い友達に恵まれたようで良かったよ。うちのママにいじられるのは嫌だと思うけどたまには遊びに来なさい。その方がうちのママも安心だと思うからね」

「はい」


 駅まででいいですよ必死に説得してJRの駅で降ろしてもらった。助手席のウィンドウが下げられた。

「どうもありがとうございました」

と頭を下げると陽子パパは軽く手を振って帰っていった。


 俺はスマフォを取り出すと陽子ちゃんにメッセした。


肇:今、おじさんに駅で降ろしてもらった。ケーキは美味しかった。これは陽子ちゃんのお母さんに見つかったおかげかな。

陽子:ほんとごめんね。うちのママ、ずっと肇くん連れて来いってうるさかったから。あ、うちのお父さん、何か変な事言ったりしなかった?

肇:いや、陽子ちゃんと仲良くしてやってくれって言われただけ。陽子ちゃんの事を信頼しているいいご両親だと思ったよ。じゃあ、おやすみ。

陽子:うん。おやすみ。また明日メッセするから!

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連作短篇集)高校生の姉と小学1年生の妹と 早藤 祐 @Yu_kikaze

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