縁結びシリーズ

昼行灯

御縁さん

 少しだけ話を聞いてくれないだろうか。

 僕には御縁みえにし ゆいという名前の知り合いがいた。変わった名前だろう。まるで駄洒落のような名前が相当好きではなかったと見えて、初対面の人に名を名乗る時には苗字部分しか名乗らなかったし、ついでに結という女性らしい名前も気に入らないらしく、人に名前を呼ばせる時も決して下の名前で呼ばせてはくれなかった。因みに『縁結びさん』と呼ぶのは逆鱗のようで、以前ふざけて呼んでしまったときには、普段の温厚な態度からは想像もできない冷たい表情で睨まれ、呼んでしまってから三秒と経たずに謝った。それほど気にすることでもないと思うのだけど、それを本人に伝えたら「君は普通の名前だからそう言えるんだよ」とにべもなく返された。そんなわけで僕は彼のことを親しみを込めてえんさんと呼んでいた。

 これからこの縁さんのとの話を書いていこうと思うのだが、その前に一つ伝えておかなければいけないことがある。僕はもうかれこれ十年程縁さんとは会っていないのだ。ある日を境にぷっつりと会えなくなった。突然会えなくなり不思議に思った僕は縁さんの知り合い数名に尋ねに行ったが、やはり彼らも僕と同じように縁さんの名前ぐらいしか知らないようで、それどころかどの人も始めからこうなることを予想していたような態度だった。たった一人だけ何か思い当たる節がある様子だったが詳しく話してはくれずはぐらかされてしまった。そうして僕と縁さんとの交友は途絶えてしまったのだ。

 何故十年も経った今、こうして縁さんとの話を書き起こそうと持ったのか、それは僕にもよくわからない。あまりに唐突すぎた別れに対する怒りがぶり返したわけでも、縁さんが夢枕に立って話を書けと催促してきたわけでもない。ただある朝目が覚めて何気なく昇りかけの太陽を見つめたとき「書きたいな」という気持ちが湧いてきたのだ。そんなぼんやりした使命感だか義務感がきっかけで僕はこうして筆を執ることをきめたのである。正直、こんなことをするのは慣れていないのでいつ筆を折ってしまうかわからないし、十年も前のことだから記憶も朧気だ。どこまでやれるかわからないけれど、とにかくやれるだけのことはやってみようと思う。色々つたない部分はあるだろうけど、どうか気長に見てやって欲しい。


 そうだ、最後にもう一つだけ。縁さん、もしもこれを読んでいるならぜひ連絡が欲しいな。僕のメアドも電話番号も変わってないから。僕は縁さんが思っている以上に縁さんに懐いていたんだよ。

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縁結びシリーズ 昼行灯 @hiruandon0301

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