第3話 爆弾
いつものように教卓に両手をついてみんなを見渡す伊藤ちゃんのその横に、あの少女はいた。
小説や漫画なんかでよくあるように、彼女は、自分の名前と思しきものを、伊藤ちゃんが書いた『転校生が来ます。』の隣に書いている。
教室はしんと静まり返っていた。
そりゃそうだ、と私は思った。誰も、まさかあんな綺麗な女の子が来るなんて思わなかっただろう。
かたん、と少女がチョークを置いて振り返る。
微かに息を吸い込む音が響いた。
「隣の県から来ました、水梨子、凜音です。これから、よろしくお願いします。」
空気を静かに震わせるような、透き通るような彼女の声。
一瞬の間の後、パチパチとまばらな拍手が起こる。
「はーい、じゃあ水梨子さん、よろしくお願いしますね〜。えーと、席は、とりあえず一番後ろがあいてるからそこに座ってね~。」
じゃあHRはこれで終わりね〜解散〜、と言い残して伊藤ちゃんが教室を出ていく。
途端にまた教室が騒がしくなり始めた。
はぁ、と息をついて後ろを振り向く。
もうすでに、水梨子さんの机の周りには人の輪ができている。
「こりゃあ、近づくのはしばらく無理そうだなぁ」
来夏がそう言いながら近寄ってきた。
「にしても、めーちゃくちゃ綺麗ね。あれはびびるわ」
「だよねぇ。私、さっき彼女が教室に入る前に廊下で見かけたんだけど。びっくりしちゃった。」
「うわ、なに抜け駆けしてんだお前!!」
来夏が来ると私の声のトーンが数段上がる。これはもはや彼女の一種の才能と言ってもいいかもしれない。
事実、クラスの人にも
「藤嶋さんって、来夏ちゃんと一緒にいるとほんと別人みたいだよね」
と言われたことがあるくらいだ。
お決まりのようにとぎゃいきゃいと話していると、ふいに、空気がさっきよりも刺々しいことに気づく。私たちは自然と口をとじ、顔を見合わせた。
教室の喧騒にしばらく耳を傾ける。どうやら後ろのほうで何かがあったようだ。
振り返ると、さっきまであんなに賑やかだった水梨子さんの周りが、揃いも揃って黙り込んでいる。
「だから、」
よく通る声がきっと聞こえたのだろう、気づけば教室は静まり返り、みんながみんな彼女の一挙一動に注目している。
「私はあなたたちと関わりたくない、と言ったの」
空気が凍る瞬間というものを、目の前で見た。
あまりに突然のことに、きっとみんなが呆気にとられていた。
私も一瞬自分の耳を疑った。静寂の空気に混じる小声に耐えられなくなって、そっと来夏の方を振り返る。
当然とも言うべきか、来夏の顔には『うわぁなんだこいつ』と書いてあった。
その顔がなんだか面白くて、つい吹き出してしまう。
そんな私に気づいたのか、来夏も目だけでこちらを振り返った。そのままスっと近くに寄ってくる。
「うわぁ……早々にぶちかましたな転校生。流石のあたしもあそこまでの勇気はないよ」
「いや、勇気云々の話じゃない気が……っていうか、どうするのこの状況。みんな石化してるよ。」
音が戻りつつある周りをそっと見渡すと、誰もが、何か見てはいけないものを見てしまったかのようにお互い顔を見合わせている。
転校初日にこんな爆弾発言をするなんて、何を考えているのか。いや、もはや何も考えていないのか。
視線を問題の転校生に戻して、私は聞こえるか聞こえないかくらいのため息をついた。
中心にいる当の本人は、涼しげな顔で周りの動揺など意にも介さず、あろうことか読書を始めた。
「おぉ、やるなあの転校生」
「いや来夏さん煽らないで…。」
「まぁ関わんなって言ってるやつに関わりに行くような阿呆もいないだろうしね、問題はない」
「えぇそういう問題…?…あっ、ていうか、授業の準備しないと。1時間目古典だよ。鬼の吉川だよ。」
「うわっほんとだ、あたしまだ予習途中なんだった!」
教室の中に、ゆっくりといつもの喧騒が戻ってくる。
前でばたばたと教科書を探す来夏を横目に、私は転校生の方をそっと盗み見た。
転校生、いや、水梨子さんは、構わずに本をめくっている。
その様子を眺めながら、しばらくは落ち着けなそうだなぁ、と静かに独りごちた。
皐月雪 のん @non0520non
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