第2話 漆黒の少女

私が不本意にも窓から落っこちそうになった数日後。




「は〜いHR始めるよ〜ほら座った座った。」




いつものように伊藤ちゃんが教室に入ってくる。

少し大柄、というか骨太な女の担任の先生で、よく笑うおおらかな人である。

やんちゃが過ぎるうちのクラスの男子たちを諫めるお母さんのような存在だが、体型の問題だろうか、余りにも大きすぎるその存在感から、私たちが陰で「歩く骨盤」と呼んでいることは内緒だ。



窓の外をぼーっと眺めながら、ふと、いつもならものの数分で終わる伊藤ちゃんのHRが、今日は少し長いことに気づく。

連絡事項を読み上げたあと、一瞬ニヤッとした表情を見せた伊藤ちゃんは、白チョークで何やら書き始めた。珍しいこともあるもんだと、みんな黙って黒板を見つめる。



『転校生が来ます。』



いや口頭で言わないんかい!

きっとみんなもそうツッコんだはずだ。私だけではないとそう信じている。



当の伊藤ちゃんは涼しい顔で教室を出て行ってしまう。おかげで教室は笑いと混乱の嵐だ。



「え、転校生?今の時期?珍しくね?」



「男子かな、女子かな、伊藤ちゃん何も言わないんだもん」



「ねぇ〜めっちゃイケメン来たらどうしよう〜」



「てか、それくらい口で言えよ!!書く意味!!」



あっ、ほらやっぱり誰かがツッコんだ。


ふと、こんなに騒いで大丈夫かなぁと心配になり、私は教室の後ろのドアをそっと開け、廊下に出た。

他のクラスはもうHRを終えたところもあるようで、廊下に出ている生徒もちらほら見える。


それにしても、転校生か。この時期に珍しいな。どんな人が来るんだろう。

真っ直ぐ伸びる廊下をぼんやりと視界に入れながら、そんなことを考えていると、



「ほらほら藤嶋さん、教室に入って。」



いきなり近くでした声に驚いて仰け反ると、伊藤ちゃんがかっかっと笑いながら教室の前の方の扉に歩いて行くところだった。


あ、そうだ、転校生、そう思って伊藤ちゃんか歩いてきた方を振り返ると、







少女が、いた。







いきが、とまるかとおもった。






腰まであると思われる真っ黒で艷やかな髪。

透き通るように白い肌。

切れ長で大きな瞳。

細い身体からすらっと伸びた、長い手足。




呆然として見つめていると、ふいに、少女とぱっちり目が合った。




少女が、薄く、薄く微笑む。





その瞬間、得体の知れないなにかが背中を駆け抜けた。








少女は、静かに私の前を通り過ぎる。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








そのまましばらくその場を動けずにいた私は、ふらふらと壁に寄りかかりながら目を閉じる。





凄く、綺麗。





あんなに綺麗な人を初めて見た。まるで、精巧に作られた人形のような、あるいは、どこかの国の王女様のような。




ただ、なんというか。


なんとなく、なんか、うん。




ぼうっと、一瞬合った彼女の瞳を思い出した。




黒。

吸い込まれそうなほどの、黒。



そんな言葉がふと頭に浮かんで消えた。







はーい、静かにー、という伊藤ちゃんの声でハッと現実に連れ戻される。


私は静かにドアを閉めてそそくさと自分の席に戻った。



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