皐月雪

のん

第1話 五月に降る雪は





閉じた瞼の中をちらつく影に、私は薄っすらと目を開けた。ため息をつきながら右のほっぺたを直に机にくっつける。


五月の教室はまだまだ涼しい。それも窓際の席なら尚更だ。寝起きの肌に冷えた木の机がひんやりと気持ちいい。



そのまま自分の手首を顔に近づける。授業が始まるにはあと10分以上あった。


なんだ、まだ寝てられたじゃん。


まだぼんやりしている頭でそんなことを考えながら、もう一度大きなため息をついて、なんとはなしに窓の外を眺めた。




「……え…、雪……?」




白い綿のようなものが、ふわふわ、ふわふわ。

って、いやいやいくら何でもそんなはずはない。

慌てて遠くの方に目をやると、さっきまで風に揺れていたはずの緑も、土埃をあげていたグラウンドも、何故かどこにも見当たらない。

その代わり、辺りは一様に真っ白く様変わりしていた。

私は、窓の外を舞う白に吸い寄せられるようにしてふらふらと立ち上がると、窓を開けて思わず手を伸ばし……





「…えっ、ちょ、由紀?なにしてんの!由紀!?」





左袖を強く引かれて我に返る。振り返ると、半ば呆れた顔で立っているのは来夏だ。




「いやいやあんたさ…なにしてんのよ、死にたいの?」



「んなわけあるか!っいや、だって、ほら、外、」



「は?外ってなに、」



声のするままに窓の方を振り返る。そこには、あまりにも見慣れすぎたいつもの景色が広がっていた。





「…え、いやだって、さっき白かった、雪だって…」



「雪?今雪って言った?え、由紀だけに??」



「いやアホか…。さっき、窓の外に白いのが見えたの。ふわふわ舞ってた。雪に見えたんだけど…」



「いやぁ、幾らこの辺がどか雪降る地域とはいえ、流石に5月に雪は降らないでしょ。寝ぼけてたんじゃない?随分すやすや寝てたみたいだしね。」




来夏がにやにや笑いながら斜め前の席の椅子に手をかける。



その様子をぼんやりと眺めながら、私は確かに見たはずのあの光景をまだ忘れられないでいた。







同じクラスになって2年目、私と来夏は学期に数回行われる席替えで、去年からことごとく近くの席になっている。


いかにもスポーツ一筋の女子高生です、というようなショートヘアに、名前の夏という字の如くさっぱりサバサバした性格の彼女と、勉強も運動もそこそこ、見た目もセミロングの髪にぱっとしない容姿というどこにでもいそうな感じの私。

全くタイプの異なる二人がここまで仲良くなったのは、ひとえにどちらかのこの強靭なくじ運のおかげと言ってもいい。




ついこの間誕生日を迎え、17歳になったわけだが、そもそも私という人間はそれなりに誰とでも話したり行動したりするが、いわゆる固定の友達というものができないタイプらしく、1年のころはなんとなく安定せずにクラスの中を漂っているような感じだった。


だが、たしかあれは2学期の終わり頃だっただろうか。来夏と前後の席になってから、きっともともと性格的に馬が合ったのもあるのだろうが、気づけば彼女はいつも隣にいる存在となった。


ときどき飛んでくる厳しめのツッコミは、彼女なりの愛情表現なのだと思っておくことにする。




「なーに難しい顔してんのよ。もうすぐ授業始まるよ」



「ほんとだ。あぁもう、あと10分寝れると思ったのに。来夏のせいだーー」



「それは寝ぼけてたあんたが悪いわ!」






キーンコーンカーンコーン…






開け放たれた窓を抜けて、始業を告げるチャイムが青空へと吸い込まれて消えた。







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