第3話

「ああ、そっか」



 思わずひとりごとを呟く。いつもの部屋とワイシャツと私とコーヒーと砂糖とサロンパス。カレンダーにはほとんど予定が入っておらず、給料日だけ豪華に丸をつけている。そんな2月のカレンダー。買った時からすでにバレンタインデーと記載がある。国民の祝日扱いか!なら休みにして!と思いながらその前日に目をやる。私の誕生日だ。



 数少ない友人からの誕生日プレゼントはたいていチョコレートだった。本命への手作りの試作品とか、義理チョコ詰め合わせとか。甘いものが好きになったのはこの誕生日のせいだと思う。もし自分がカッコいい男の子だったら嫌いになってただろうけど。そんなラブコメ小説が書きたい。書けないなあ。



 あっという間に何事もなく1日が過ぎて誕生日が終わった。そして今日なんと仕事終わりににひとつ用事が入った。あの子は意外とやり手だなあと思いながらコンビニに寄る。昔は告白したっけ、フラれたけど。高校時代から女子高特有の友チョコ合戦になっていた。完成度の高いものも多くて、あげないのにクラス全員にやる系女子からもらってた。懐かしいな、その当時の自分は彼とは似ても似つかない。目つきが悪くて、睨むなって言われてた。お返しのチョコは気持ち悪がられるだろうとやめた。だいぶ卑屈だったのだ。マイナス思考と被害と被害妄想とプライドとを湯せんにかけて混ぜて冷やして固めたもの。それで自分を押しつぶしていた。



 この間彼からいじめの話を小説に書くことについて、という真面目な話をされた。彼いわく小説は現実逃避の道具の1つであり、あまりにもリアルな話は面白くない、むしろつまらないと。エッセイやノンフィクションの類を嫌う彼は、とことんファンタジーものがお好き。対して私はホラー以外は嫌いじゃないから全然読む。そのままあんたのいじめはどんな感じだったのか、という話の流れになってしまった。まあさらーっと流して話した。目つきが悪くて、いじめられて一人でいることが多くて、本をよく読んで。だから教科書じゃなくて好きな本を壊されたことがあってね、うんぬん。まあ卒業していじめは終わり。




「目つき、そんなことないと思うけどな」



「そりゃ年取ったし」



「あ、でも小説書いてる時たまに怖いかも」



「わ、私はとっても楽しいのに!?好きなことをする時でさえ!?」



「悩んでる時の話ね?筆が乗ってるときは楽しそうだよ」



「そっちもね」




 彼の方の話。前いじめにあってた鈍臭いクラスメイトからターゲットが移っただけだと。ジミー君があだ名。あんまり細かい話は結局しなくて。



 そんなかんじで彼と執筆活動について、最近は自分の周りのこともとりとめなく話していく。月一回くらい私の行きつけのカフェとか、彼の行きつけのファーストショップとかでコーヒーを飲みながら。





 〇〇〇〇〇〇〇〇







 河原の俺、キモかっただろ?



 まあね。今の子みんなそうなのかと

 でも私もいじめられてた時に屋上でさ

 ふと死にたくなったけど死ななくて

 勇気がなくて

 あんなに災害で人が死ぬのにさ

 自殺もなくならないよね

 あんたもあの時さ



 ふと死にたくなってたんだ

 俺の学校、てか今だいたい登れないはず

 鍵かかってる

 だからやめてたけど



 でもガチャガチャってはしたんだ



 した



 そういう時さ

 とどまる理由とか

 死んだら親がどう思うとか

 お金とか葬式とか

 遺書を遺すかとか



 いじめたやつの名前晒してからとか

 マスコミとかくるかとか

 死んだらどうなるのかとか

 遺書を遺すかとか




 いろいろ考えてるうちに死ななかった

 いろいろ書いてるうちに死ねなかった

 しななくてよかった

 しねなくてよかった





 〇〇〇〇〇〇〇〇





「ねえ、君って誕生日いつ?」



「俺か?俺は7月8日。七夕の次の日だけど?」



「あはははは!!じゃあさ、あの時会った日、記念日にしない?」



「やだ!俺の黒歴史だし。本当に女って記念日好きだな」



「好きじゃないよ。好きじゃないけど、その日は特別、ってだけ」




 私が彼に出会ってほんの少し変わった日。せっかくなら覚えておきたい。国民の祝日でも記念日の前後でもない。本当だったらなんてことなく過ぎるはずだった1日。




「そっちは?誕生日いつ?」



「あはは。昨日!はいこれチョコレート。バレンタインに待ち合わせするなんてもらう気満々だね!」



「違っ!インフルで学級閉鎖になったから時間できただけだって!」



「インフル気をつけなきゃねー」



「そっちこそね!てかチョコありがとう。あと誕生日おめでとうございました。なんかやるよ」



「いいってー、お姉さんにおごられてなさい!ありがとうね」



「あ、じゃあ俺コーヒー買ってくるよ!」



「パシリかよ!今飲んだからいいよ。あ、じゃあサロンパス!」



「え?」

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変わらぬ私と 新吉 @bottiti

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