夜ヲ駆ケル
小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】
第1夜
夜中。深夜。人類の半分ぐらいは寝ていそうなぐらいの時間。
僕は家を抜けでて飛び出す。
夜中に家を飛び出す。
研ぎ忘れたガタガタの強がった嘘で出来上がった部屋を僕は飛び出していく。
それは日曜日。
日曜日の夜にボクは家を飛び出す。すでに邪魔者は眠ったし、フェイントで飛び出すことはそう難しくない。そうでもしないとやってられない。
まともじゃないって思えるだろうが、これでも僕はまともじゃないって分かっている。
家から離れるためにショートカットを実行する。チェーンを飛び越えて草むらに入り、それからすぐにねじれた金網フェンスをいつものように飛び越えて固い舗道に足をつける。
そして僕は駆け抜ける。
僕は夜の街を駆け抜けていく。
誰もいない街を、ところどころ灯りが照らしている街の隙間を駆け抜けていく。
まずは武器を探す。
夜には敵が現れるからだ。探すと言ってもその場所はいつも同じ場所に決まった場所に置いてあるので、僕は迷わずにそこへ向かう。いつもガソリンスタンドの手前にあるコンビニがその場所だ。
ウインっと開いたコンビニに陳列されているのは様々な武器。
銃の一つをとっても、ピーティーアールディーからエフエヌセブンまで豊富。刀の種類は詳しくないんだけど、それでも多くの模造刀がならんでいるからきっと僕でもその名前を聞けば分かるはず。そんな戦いたい年ごろの男子には必須の道具が揃っている。
他には剣もある。
これは現実的なものからアールピージー的なものまでずらりと。あ、そうそう。ここは現実世界だとコンビニで、この夢の中では大型ホームセンターみたいな敷地だというのを補足。この棚の全てを見ているだけできっと時間切れになってしまうほど、とてもわくわくする空間である。
適当にその辺の名前も知らないハンドガンを手に取って、弾倉をに三個ポケットに突っ込んでコンビニを出る。いや、実質ホームセンター規模の見かけコンビニを出た、ってのが正しくて正確。
僕は廃ビル群の方へと歩き出す。このコースもいつもの散歩コースだ。するとさっそく敵が出てきた。
敵は武装した人間だ。少なくとも僕にはそう見えている。向こうは銃口を僕に向けるが、撃っては来ない。ただの一発も。僕は引き金を引くことができる。そして放たれた銃弾は敵を消滅させる。貫通するわけでもなく、血しぶきを上げて倒れるでもなく、ただゲームのバグのような姿になって消える。それだけの存在。
きっと無視してこのまま駆け続けることもできるのだろうが、武器と敵がわざわざ用意されているのだ。戦いたくなる年ごろの僕は戦うことを選ぶ。
誰もいない街に不均等な間隔で銃声が響いた。慣れない手つきで、そもそも銃の撃ち方が合っているのかもわからずにリロードを繰り返す。ただ反動に身を震わせながら、僕はそれでも夜を駆ける。
いつもであれば、このまま廃ビル群を抜けてそれで終わり。
だけど今日は違った。
たたかいは終わらなかった。
僕以外にも戦っている人がいたのだ。
誰かの息遣いが聞こえた刹那に僕の心臓は鼓動を早め、気合を入れて立ち向かう声が響く度に僕は汗ばむ。
角を曲がって構え損ねた銃口と共に僕はそれを見据えた。
そこにいたのは理由だった。
それは僕が夜を駆け抜ける理由。明日のための理由。
夜を駆け抜けた先にあるのは翌日の朝だけだから、その理由といえば明日ということになる。もちろん、そこにいたのは明日そのものじゃない。出口の扉とかじゃないのは武器を使っている時点で分かるだろう。
もちろん彼女は人間だ。そして彼女は女性だ。
僕らは細い糸でつながっているのだと、僕は思っている。共通点も相似点もない僕らは繋がっている。よくある赤いやつじゃない、細い糸。
この夜の走りを例えるのなら、細い糸を紡いでいく感覚に近いといえる。
なぜならばこの糸は一方からしか見えないから。意図して紡がないときっとなくなってしまう糸。見えないのは不安だから、仕方がなく見えている目の前のものを必死に手繰るしかない。どれだけ細すぎても遠くまで紡いでいく。
彼女は上空を指す。上空には忘れかけていた
彼女は地を蹴って向かっていく。手には
僕も地を蹴る。敵の背後を取って数発撃ちこむ。すると敵が火口をこちらに向けたので宙を蹴って避ける。見せかけの力でしかない重力を利用するのだ。
彼女は勇敢に立ち向かっている。きっと、彼女に敵は倒せない。この困難は乗り越えられない。でも、そうだと知っているからこそ彼女は立ち向かう。抗っていく。
だから僕はキミに夢中だ。愚かなほど泣きそうなほど夢中だ。
キミに夢中だから僕は夜を駆けているんだ。このどうにかしたくてもどうしようもない僕をどうにかするために夜な夜な駆けている。
僕はキミが僕に夢中になってほしい。そんなわがままがある。
いつも前だけを見ている君に、少しだけ後ろとか横の方を向いて欲しい。
この邪な気持ちのせいで僕は自ら危険な道を選ぶことが多い。ありがとうとかいって欲しくてわざわざ危ないところの全てを選んで突き進んできた。だからそのほとんどの落ちはバカやってる馬鹿の成れの果て。
キミは僕のバカを笑って、少し礼を言う。
些細なありがとうだ。
でもその感謝はその状況によるもの。人格や性格に対してかどうかは不明だ。
僕はそれがたまらなく嬉しい。
だからどうしようもなく僕はより泣きたくなる。
叶わないって分かっていても、予想外の時をどこかに探しているほどに、僕は僕が重傷だって、まともじゃないってことを分かっている。こんな僕だから夜に走り出すほかにこの感情の行き先を見つけられないんだってことも。
だから今日の延長戦はよっぽどのエクスタシーなんだろう。現実じゃありえないことを叶えてしまうほどに僕は気持よさが最高潮に達して無我夢中! 忘我の境!
握りしめたハンドガンで定まりもしない照準を合わせる格好をして、僕は一発
キミは僕の隣まで上昇し、助かったと礼を言う。
僕は一度頷いてから遠くにある一つの廃ビルを指差す。
キミは頷く。
君は先行し、僕は敵の注意を全身に浴びるように弾を無駄に撃つ。
僕が宙を蹴り飛ばすと、敵も後ろからついてきた。火炎球を何とか交わして屋上に立つキミの隣に立つ。
敵が迫る。
キミは剣で廃ビルに掛かっている巨大な布の上部を切り裂く。僕は一つ下の階に降りて、機械のスイッチを入れる。
僕は再び屋上に戻る。するとビルが少し揺れだした。
十階建ての全ての階に停めてあった戦車が姿を現し、敵を補足して一斉に射撃を開始したのだ。
敵は爆散。その爆風が僕らを吹き飛ばし、二人は屋上で寝っ転がった。
疲れた。冷たいコンクリが背に貼りつく。
それから二人は笑った。それで夜は駆けおわった。
欠けないように駆け続けてきた夜をこっそり描いた明日へと掛け終わった。
太陽の光が夜を滅ぼす。
***
午前七時四十五分。
僕はリュックを背負う。
家のカギをポケットに突っ込んでリビングの母に声を掛けてから玄関へ走る。
靴を履き、戸を押し開けてチャリにまたがって僕は髪をハネ飛ばしたまま飛び出した。
商店街を冷たい風を体全身で受け止めながらどんどん駆け抜ける。
今朝の夢の残りを大事に抱きながら。
夜ヲ駆ケル 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima
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