最終話 ラスティン50歳(呼び声)


 そして一部の人間にとっては無意味な時間が過ぎて言った。


 主役の1人は些かむっつりとしている感じを受けるが、心の中でどう思っているかは想像出来てしまう。私も同じ様だっただろうから、良く分かる。


 もう1人の主役は式の時は緊張していた様だが、パレードが始まってからは輝くような笑顔を浮かべて観衆に軽く手を振っている。クリスティアナの嫁入りは、年配のトリステイン人には好評だったから、クリスティアナの将来はまず安泰だろう。


 私の方は、笑顔を顔に貼り付けた感じで、なるべく威厳ある振る舞いを心掛けているが、まあ、ほとんど注目を集めていないだろうからな?(きっと愚痴王は、ライルに愚痴っているだろうが、見栄えは良いからな)


 今私が乗ってるのは伝統的な馬車ではなく、バベットが再現した前世の何処かの王族のパレードとかで使われたらしいオープンカーなのだ。(まあ、色はアレだがな)


 個人所有の自動車はまだ試験段階に入ったばかりで、量産という面では少々手間取っているらしい。この世界に自動車を再現するのは意外に苦労が伴った。主に、設計者であるバベットの都合なんだが、多感な少女時代に悲惨な戦争の爪痕を見せたり、人が爆死するのを目の前でみたりすれば、仕方が無いだろう。(どちらも私が仕組んだのだが、最終的にはバベットにはプラスになってくれると思うよ)


 部品の調達を任せたゲルマニア側も、思う様に工作精度を上げられない状況だったから、未だに自動車は高嶺の花なのだ。インフラの方は整備が終わっているから、量産出来ればあっという間に広まると思うがな。(今ゆっくりと進んでいるこの大通りも、6?8車線はありそうな広さだ)


 パレードでオープンカーを使うのもある意味宣伝行為とも言えるが、警備の責任者ガスパードは良い顔をしなかった。ガスパードとしては今まで通り馬車を使う事を主張したが、馬車は馬車で何かあった時に制御が難しくなる可能性が高い事も事実だから、ガスパードの方が折れる形になった。(私としてはこの伝統的な配色を変えて欲しかったが、一蹴されたよ)


 そして予定されたパレードの行程が半分程終わった時に、事件が起こった。


 最初は、近所で小火があったらしく細く煙が上がっていたのだが、直ぐに消火されるだろうと思っているといきなり爆発して火煙を上げたのだ。そしてそれが何度か続いた、どう考えても異常事態だ。すでに観衆はこの場から逃げ出そうとして大通りは混乱の兆しを示している。


 今、トリスタニア中には最大限の警備が敷かれているし、その多くはメイジだ。普通に小火が爆発にまで繋がるとは考え難い。ヤツの仕業だろうな?


「陛下をお守りしろ!」


「「はっ!」」


 ガスパードの指示で車の周囲を警備隊が固めるが、周囲の観衆が混乱に陥った為に思うに任せない。そもそも混乱した観衆の中に、刺客が混じっていれば思う様に対処出来ないだろう。もし、この騒ぎが”ゴトーの亡霊”の仕業なら私を直接狙って来るだろうが、この状態では巻き添えが出る可能性も高い。


「ガスパード! 私の護衛は最低限で良い、客人達を優先しろ!」


「何を馬鹿な!」


 私は車を降りて、ガスパードに近付くと、少し小声で意図を告げた。


「これが”ゴトーの亡霊”の仕業なら、狙いは私だ」


「だが!」


「腕の立つ護衛が数人居れば良い、運ぶ人間が多いと逆に動きが制限される」


「くっ! 第2班は陛下を守って城へ戻れ!」


 この状態では満足な警備も出来ないし、私の奥の手を知っているガスパードとしては苦渋の選択だっただろうな。


「任せるぞ!」


 ガスパードに後を任せて、私とノーラはとりあえず少しでも人が少ない場所を目指して移動を始めた。護衛が6人付いて来たがその中の1人の動きが悪い。私が手を引いているノーラも決して動き易い格好ではないから、護衛としては失格だろうに!


「ダミアン、お前はこっちじゃないだろう!」


 護衛の班長が叱責の声を上げるが、ダミアンと呼ばれた男はそのまま真っ直ぐこちらに向かってくる。この隊員を私は知っているが、もっと動作が機敏だったぞ? それに、何か違う、まさか!


「離れろ!」


「きゃっ!」


 そう叫んで、ノーラを思いっきり突き飛ばした瞬間、偽ダミアンが私に掴みかかって来た。そいつは私に抱きついたまま私を抱き潰そうとでもする様に信じられない様な力で私の胴を締め上げ始めた。儀礼用の鎧の下が妙にゴツゴツしていて、拷問の様だ。胸から腹辺りに、何か巻き付けている? 自爆テロという言葉が頭を過った。選りによってこの場所でか?


「お、お前が、ゴトーの亡霊、か?」


「終にこの時が来たな、スティン・ド・マーニュ?」


「ぐっ、なぜ、そのなまえ、で」


「長かった、長かったぞ・・・」


 くっ、薬でも使っているのか、会話が成り立たない。無意味な会話の間にも残った護衛が2人がかりで偽ダミアンを私から引き離そうとするが、びくともしない。


 それに、他の護衛が魔法を使って無力化を試みるがこれも無意味な行為だった。スリープやパラライズでは埒が明かないと分かると、ドットスペルまで繰り出したが、これも効果が無い。それどころか暴れたせいで、私や他の護衛の方が怪我をする始末だ。怪我なら治せるのだから正しい選択の筈なんだが、くっ、胸の辺りの骨でも折れたのか、声も出せない。何とか杖を手に取ったがこれでは意味が無い・・・。


『”キュベレー!”』


『なんですか?』


 全く緊急時だと感じさせない念話が返って来た事で、逆に私の覚悟が決まってしまった。そうか、私にとってこれは命の危機では無いのだな・・・。偽ダミアンだけを、”精霊の道”に送り込めればと思ったのだが、この状態では無理だろうな。


「どうだ、死ぬのは怖いか? 一度死んだ私も一緒に行ってやるよ! 怯えろ!」


 そんな寝言を言う偽ダミアン(いや、こいつがゴトーの亡霊なのだろう)を無視して、護衛の1人に庇われているノーラに向かって、無理して笑顔を浮かべ、声には出なかったが心から今までの礼を言った。


「何で、何で笑っているんだ、恐怖で狂ったか! わあぁぁ?」


”キュベレー頼む!”


 最後にノーラの顔だけを脳裏に焼き付けて、”ゴトーの亡霊”に抱き付かれたまま”精霊の道”に入り込んだが、次の瞬間、視界が真っ赤に染まった気がしたが、私ラスティン・ド・トリステインの意識はそこで途切れたのだった。

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革命@トリステイン @Maris

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