第238話 ラスティン50歳(アルマントの死)



 結局、アルマント・フォン・リューネブルクの遺体が、ミデルブルグ自治領の旧ツェルプストー領だった場所で発見されたのは3日後になってしまった。


 事が事だけに直接様子を見に行きたかったのだが、当然大反対を受けたし、王家にとっても私にとっても重要な行事が控えていたので、抜け出す事が出来なかったという事情もあった。


「それで、どうだったんだ、ガスパード?」


 現場には、友人として古い付き合いの護衛隊隊長に行って貰った訳だ。”アルマント・フォン・リューネブルク”はレーネンベルクでごく普通の錬金メイジとして新しい人生を歩んでいた。ガスパードは監視の意味も含めて親しくしていたので適任だったのだが。


「酷い物だったよ、上半身が焼かれていて、人相も確認出来なかった」


「アルマント本人だという確認は?」


「ああ、奥さんに確認してもらったよ。服装も居なくなった時のままだし、身体的な特徴も一致するそうだ」


「そうか・・・」


 ”アルマント”の奥さんは美人で明るい女性だと聞いていたのだが、夫の死体を確認するのは辛かっただろうな。実際アルマントはトリステインの人間として新しい人生を順調に歩んでいただけに、こんな事態は想像していなかった。


 いや、1つだけ想定していた事態があったのだが、それならば”アルマント”はゲルマニアに向かうと考えていた。しかし、随分微妙な場所を目指したらしい。以前の”アルマント”にとっては半敵地とも言える旧ツェルプストー領とは盲点だった。ゲルマニアに直行していれば、もっと早く見付かっただろうし、無事に保護出来たかも知れんのにな。


「失踪当時、何か変わった所はあったのか?」


「いや、特には無かったそうだ。何時も通り目を覚まして、何時も通り出勤した筈だったそうだ。ああ、何故か娘を別の名で呼んだらしいが・・・」


「別の名か・・・」


「それに1つ気になった事があったんだが、アルマントの奥方だけどな」


「何だ?」


「ブロイッヒ侯爵夫人に似ている気がする」


「偶然だと思いたいな。結構な美人だったと言うし・・・」


 記憶を失っても、女性の好みは変わらなかったのだろうか?


「ワーンベルでアルマントに熱心に錬金を教えたのが彼女なんだよな・・・」


「彼は、アルマントとして死んだのか、ディータとして死んだのかな?」


「アルマントとしてだったら、まだ生きているだろうな」


「・・・」


 私が気にしているのは、転生者としての記憶も取り戻したかどうかなんだがな。分かっていたが、転生者は決して不老不死ではないし、無論万能でもない。この世界にかなり強く干渉できるのだろうが、それはある程度緩やかに作用する様だ。


 レイモンさんは文字通り”殺された”し、ナポレオン1世は存在を消された。例えば、私が若い頃誘拐されたときに殺害が目的だったら、誘拐犯達は成功していたかも知れないとも考えられる。


「スティン、どうかしたか?」


「いや、例のゴトーの亡霊と関係あるかなと思ってな」


「ああ、宰相殿が資金源が何とかと言っていたから、無関係とも思えんよ」


「面倒な事だな、結婚パレードの準備は明日で良いんだろう?」


「ああ、一杯やるか?」


「自分が主役じゃないとしても気が乗らないからな、付き合って貰うぞ?」


 こうして、”アルマント・フォン・リューネブルク”の穏やかな日常を肴に、友人と酒を酌み交わす事になった。


 ちょっと、3人の妻達と私の死後に関して話し合う内容を考えたいと思っていた所だ、酔い潰れなければゆっくり考えるとしよう。色々言われるだろうが、何事でも相談するのが私の”処世術”だからな・・・。


===



 アルビオンの王女クリスティアナとトリステインの王子ラファエルの結婚式が盛大に行われる日になった。私自身はこう言った儀式が嫌いだから必要の無い物は可能な限り廃止したのだがさすがにこちらの都合でアルビオン王の顔を潰す訳にはいかない。


 どちらかといえばアルビオン側が話を強引に進めたと思えるが、子供の頃からの婚約者なのだから無碍にする訳にも行かなかった。ジェームズ2世とすればあの計画を推し進める為にどうしても必要なのだろうが、いや、目出度い日だ無粋な事は考えないでおこう。


 男親としては息子の心情に同情するが、結婚式の主役は花嫁だという事はどの世界でも通用する常識なのかも知れないな。ラファエルは一応王家の子供として生まれ育って来たが、この辺りは王家に生まれなかった私に似てしまったらしい。(レーネンベルクで何年か生活した事のマイナス面と言えるかもな)


 かなり環境的には改善した筈だが、これ以上は周辺諸国とのバランスが崩れるという尤もな理由で難しい様だ。冠婚葬祭となると、やはり本人の希望に沿わない訳には行かない。


「すまないな、ラファエル。私にはここまでが限界の様だ」


「何言っているんですか、貴方?」


「ん? こう言った派手な儀式をこれ以上減らせないという話だよ、ノーラ」


「貴方って人は幾つになっても変わらないのね?」


「そう言わないでくれ、色々我慢してきたのは君が一番知っているだろう?」


「実の息子の晴れ舞台なんですよ、我慢して下さいな」


「いや、ラファエルだってこう言う場は苦手だぞ?」


「そんなの、聞こえませんよ?」


「まあ、君とクリシャルナには娘が出来る訳だから、嬉しいのは分かるんだがね」


 ドレス選びの時には、義理の娘になるクリスティアナも笑顔が引きつっていたと聞いているぞ? 私の実の娘の方は、育て方と言うか育ち方が”良い”ので、今の所、おしゃれとかに全く興味が無くて不満だったらしい。実母であるキアラ、ゴトー候夫人ルイズとか、その母親なんかが原因だが”王女”には見えない。


「ジェームズ2世陛下も、アンリエッタも来ているのですよ、みっともない格好はさせられませんよね?」


「まあな」


「ガリアからだって」


 ノーラの声が不自然に途切れた。ふむ、何か隠し事らしいな?


「ん? エレオノール何か隠しているね?」


「・・・」


 ノーラは私の問いに直接答えはしなかったが、視線を追えばガリア王の後ろに随分と久々にソローニュ候(では無く今はソローニュ公だったな)の姿を見る事が出来た。


 どうやら、ラファエルがアルビオン王女を妻に迎える事が決まって、実質上王位の継承者が決まったと判断したのだろう。意地の張り合いは、私の勝利だな。まあ、この辺りを色々工作したのはノーラなのだろうが、感謝するだけにしておこう。


「似ているな?」


「誰にです?」


「無論、前レーネンベルク公爵にだよ」


「義父様に? そうですね、きっと若い頃はあんな感じだったのでしょうね」


 その時偶然だろうが、車に乗り込もうとしていたライルと視線が合った。実力で、子供に王位継承権を与えた(一般的な評価だがな)やり手の領主には見えないが、愚痴王と並んでも貫禄負けしないのは立派な物だ。


「後で、2人っきりになれる機会がありますよ」


「ああ、ありがとう。どんなに歳をとってもやっぱり君は、私にとって最高の女性だよ」


「歳は余計ですよ、コーヤさん?」


 一言余計だったらしいが、私の正直な気持ちだし、ノーラだって分かっているだろうにな。

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