第237話 ラスティン50歳(ゴトーの亡霊)


 変化を続けるトリステインに比べて、私の身の回りは依然と物騒な状態だった。民主化運動を装った暗殺計画はロドルフの活躍で概ね発生前に抑える事が出来たし、憲法や議会が出来た事で民主化運動自体が隠れ蓑にならなくなった。


 少し話は変わるが、ロドルフ自身は現在ロドルフ・ド・ベッケルという名前で、一応領主をやっている。ベッケル子爵家を継いだ形だが、後継者不在の子爵家に迎えられた養女の婿という事になる。養女というのは、ベッケル子爵には孫娘の様な存在だった女性だ。


 単純に言えば、テッサがベッケル子爵家に養女として迎えられて、婿になったのがロドルフな訳だ。人によっては意外に見えるらしいが、ロドルフの女性の好みを言えば”出来る女性”である事を知っている私にとっては妙に納得できた。


===


「しかし、君がテッサに求婚するをは思わなかったよ」


「そうですか? ラスティンさんがそう感じているようには見えませんよ」


 ロドルフにもテッサにもまともな恋愛は難しいとは思っていたが、そう言った所が意外と合ったのかも知れない。ロドルフの初恋の相手などは、出来過ぎる女性だが、うむ、お互いにとって無意味な波風は起こさないでおこう。


「いや、君の好みでは無いと思ったのでね」


「それは認めますけど、好みでは無かったというのが正解ですよ。おっと秘密ですよ?」


「ああ、勿論だ。そうか、好みの女性になったんだな」


「はい、ラスティンさんのお陰とも言えるかな?」


「いや、テッサがテッサとして育ったのは、彼女と環境のお陰だよ。レーネンベルクの子供達は夫々巣立ったんだ、私がしたのは精々後押しをした程度だよ」


 そんなテッサだから、女性にも男性にも”厳しい”ロドルフの目に留まったのだろうが、テッサの方にも色々意見があるかもしれないがね。(勝手な印象で言えば、キャリアウーマンっぽくなって婚期を逃すかなと心配していたんだが、同じ様に心配した誰かが仲介でもしたのだろう)


「しかし、君達が領主とはね。大丈夫なのか?」


「随分な言い様ですね、僕も一応貴族の出ですし、テッサも立派なガイヤール子爵家の長女なんですけどね」


「いや、単純に忙しいだろうと心配しただけだ」


「それは認めますけどね・・・」


 元々、夫人とその両親を除けばあまり親戚関係が思わしくなかった子爵だが、子爵領の経営が上手く行った途端にやたらと自称”親しい”親戚が集って来るのを嫌がった子爵の最期の”嫌がらせ”が血縁以外からの後継者を選ぶ事だった。ロドルフの実家アンジェ家は没落したとはいえベッケル子爵の遠縁にあたったのも2人には好都合だったのだろう。


 ベッケル子爵自身、左程領地の経営が上手かった訳ではないが、子爵が後継者に選んだ2人もそちらの方面では素人だった。実際、ベッケル姓を持つ連中は若い2人がミスを犯す事を期待していたらしいが、意外な助っ人のお陰で妙な方面で有名になったんだが、肝心の領主夫妻は別の事で色々忙しい。


 テッサは外交の表に立ってエルフの王妃様と一緒に飛び回る事が多いし、ロドルフも最近売り出した”IS式計算機”の量産と次のステップへの準備に忙しい。(計算機の元になった人物は言うまでもないだろうな?)


 ベッケル子爵領の将来が微妙に心配だが、これは私が手を出す問題ではあるまいな。ロドルフなら、心配は要らないだろうさ。


===


 話を元に戻すが、何故か私の事を付け狙う誰かが色々な方面に働きかけて刺客を放って来るのだが、不思議な事にその大元が誰なのか分からないし、何故か私が敵と認識しているにも関わらずどうやら無事らしい。


 転生者が敵と判断した人間が自動的に排除される事は、幾つかの例を見て多分間違いは無いと思う。教皇、大商人、狂医師、彼らの敵は全て排除されたし、私自身の敵も覚えている限る破滅している。


 それなのに今回の”敵”は一向に排除される様子が無い。考えられる理由としては、敵の正体が明確では無いという点と、もう1つ私自身が今その必要性を”感じていない”点だろうか。


 次の国王になってしまうだろうラファエルにとっては、私は重荷に成りつつある様だし、この国の民主主義にとっては邪魔者と言っても良いだろう。


 自殺願望がある訳ではないが、この頃、もう私にやる事は残されていないのではないかと感じる事があるのだ。若かった転生者達も既にその道の第一人者と公的に認められる存在となっているし、多分こちらが本命だろうが、何故か眠っていると”誰か”に呼ばれている気がして何度か目を覚ました事がある。


「ラスティン様?」


「・・・」


 大切な、本当に大切な女性が隣で眠ってるのに、ともすればそちらの呼び声の方が・・・。


「貴方!」


「ん? 何だい、キアラ?」


「疲れているのですか?」


「いや、それで、その”ゴトーの亡霊”というのは?」


 誤解を受けそうだな、現ゴトー侯爵とは概ね良好な関係を保っているのだが、ここで言うゴトーとは明人君達が継ぐ前のゴトー伯爵家の関係者という意味だ。捕えた刺客やその元締めを取り調べると高確率でその名前が出るのだが、肝心の黒幕と思える人物にどうしてもたどり着けないのだ。


「はい、旧ゴトー伯家の関係者を探ったのですが、1つ気にかかる事が」


「気にかかる?」


「はい、前ゴトー伯爵には3人の息子が居たというのです」


「息子は2人だったと聞いているが、隠し子でも居たのか?」


「いいえ、前伯爵夫妻の実子ですが、幽閉されていたらしいのです」


「実の息子を幽閉?」


 何故か嫌な想像が浮かんだ。この世界は不思議な事に、先天的に肉体的な障がいを持った人間は居るのだが、先天的に精神に障がいを持った人間が少ない。肉体的な障がい者ならば、何とか治療を試みる物の筈なんだが?(その手の相談はエルネスト向きなのだ)


「ゴトー伯爵家は王家の血を引きますね?」


「キアラ?」


「私達の娘や、ルイズさん達の様なメイジだった可能性があります」


「まさか!」


「はい、ゴトー伯爵家が滅んだ時は軍が介入しましたから、現場は混乱しました。前ゴトー伯の隠された息子が生き残っていても不思議はありません」


 ゴトーの様な気位が高い家で、魔法が使えない息子がどう扱われるかは、凡そ想像が出来る。幻影(イリュージョン)が歪んで現れた例は、我が国の担い手候補には居ないが、有り得ない訳では無い。


「黒幕が見つからない理由はこれかな?」


「はい、レーネンベルク公爵から人手を借りておきます」


「ん? ああ、常時魔法探知(ディテクト・マジック)を使っているんだったな」


 呪文の恒常化か、やっている事は分かるし方法も聞いたが、トライアングルメイジでも厳しいだろうな。


「はい、護衛の強化はこれ以上難しいですから」


 キアラ自身がここまでもどかしそうな表情をするのは珍しいな。護衛を増やすのは簡単だが、妙なのが紛れ込んでは元も子もない。餌を撒いて、引っ掛けるのが一番なのだろうが、黒幕がノコノコ出てくるとは限らないのが問題だな。(私自身が犠牲になるのは構わない・・・、駄目だ、ノーラを残してなど論外だ!)


「キアラ、君は神を信じるか?」


「貴方?」


「君は信じないだろうな」


「はい」


「私は、信じていなかった・・・。いや、すまない、何でも無いんだ」


 キアラの様な実務家には神など迷惑な存在だろうな。以前の私も同意見だったが、今は少し見解が変わった。


 ジェリーノさんは教皇庁を改革し終えたし、ローレンツさんはトリステインで並ぶ者もない商人となり、国内の商業を栄えさせた。そしてエルネストはトリステインの医療レベルを前世に近付け分野によっては超えたと言えるだろうか。


 だが、私は貴族と言う存在を消滅させなかった。最初の転生者レイモンさんの遺志が働いているなら、貴族は存在しなくなる筈だったのだろう。死者の”遺志”が変わらないだろう事は、ジェリーノさんの例をみれば明らかだ。(我が国のブリミルを統括する枢機卿殿は、あの教皇とは全く違うからな)


 私には、”誰か”が私を操って、”軟着陸”を選んだという気がしてならない。そもそも”記憶”を失った状態で、貴族を滅ぼそうと行動していた事自体が、奇妙な作為を感じる。レイモンさんの遺志に導かれたとも考えたが、それならば行き着く所まで行ってしまうだろう。


 レイモンさんは自分のしている事に疑問を感じながら、私の祖父を庇って死んで行ったのが切欠だったのだろう。ジェリーノさんは自分の一生を夢の様だと言っていた。多分今生きている他の転生者や、ローレンツさんも同じ様な感想を抱くと思う。


 そして、私は自分の人生が”誰かに操られた”と感じて、更に今になって、その”誰か”が私をこの世界から排除しようとしていると思えるのは何故だろうか? 元々転生者としては異端だと感じていたが、それがこんな形で現れるとは思っていなかったな。


「貴方、あの話は聞きましたか?」


「どの話だ?」


「”アルマント・フォン・リューネブルク”の話です」


「コルネリウスがどうかしたか?」


「そちらではありませんよ、そちらも色々問題ですけどね?」


 コルネリウスと言うか、アルブレヒト3世の治めるゲルマニアは強力なライバルに育ちつつある。悪い事ばかりではないが、頭痛のタネには違いない。そちらは予想通りではあるんだが、”彼”の方か・・・。


「ああ、”彼”がどうした?」


 現在は、監視もかなり緩い物になっているらしい。実際、トリステイン人の妻を迎えて、トリステインの人間として生きている筈なんだが?


「先日、失踪したそうです」


「失踪?」


「詳しい状況は分かりませんか、不意に出掛けて未だに戻らないと報告が・・・」


 嫌な予感が増した気がするな、彼もまた私と違った意味で異端なのだろうが・・・?

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