第236話 ラスティン47歳(封印)



 表面上、立憲君主制への移行はスムーズに行われた訳だが、今のトリステインでなければこうは行かなかっただろう。現状、表立ってトリステインに異議を言える国はガリア位な物だが、愚痴王自身はトリステインに手を出す危険を良く分かっている筈だ。


 私の当初の思惑通り民主化を実行していれば、何らかの干渉をしてきただろうが”立憲君主制”がぎりぎりだったのだろう。愚痴王が王位を手放す筈も無いし、民衆が王を追い出したとなれば他国も黙っては居られないだろう。


 歴史的な同盟国のアルビアオンでさえ、いや、トリステインの状況を一番気にして居るのはジェームズ2世自身かも知れない。アルビオンは主に繊維産業を力を入れているのだが、メイジへの依存率もかなり高く、どちらかと言えば平民メイジの地位が高い(富裕層とまでは行かないが)事が原因だろうな。


 もしかすれば、少し未来になるとアルビオンでは民主化活動が盛んになるかもな、羨ましい事だ。こんな事を考える王は私だけかも知れないが、正直な感想だ。


「なあキアラ、何で私はまだ王位に居るんだろうな?」


「いい加減に諦めたらどうですか?」


「きちんと憲法で、王を罷免する方法を定めたよな?」


「ええ、方々に迷惑をかけて、国王を選ぶ選挙もしましたね?」


 そうなんだ、両院議員による国王罷免の際の”次の国王”を選ぶ為の選挙を試行したのだ。国民全員が参加する形にしたかったのだが、試行ではそこまで出来なかった。何人か次期国王候補(一応、担い手の素質持ち)を選んで、議員による投票を行ったのだが、平民院,貴族院共に候補でさえない私がトップ当選した。(選挙の意味を分かっているのかと問い詰めたい結果だ!)


 ああ、平民院貴族院と言うのは、両院制を取った国会の名称だ。平民院の方は名前の通りで、貴族院の方は領主が半数、もう半数はエルフやその他の共存可能な”知的生物”の代表者で構成される。


 これには当然、領主達からは猛反発が出たが、亜人(敢えてこの呼び方を通す事にした。呼び方を変える事は簡単だがそれでは新たな差別用語を生み出すだけだろう?)の活躍はミデルブルグ自治領の凄まじい復興を見れば無視する事を許さないだろう。


 一部の心ある領主の仲裁と、亜人を貴族院に組み入れない場合は貴族院自体の発言権が”著しく”低下すると助言すると何とか話がまとまった。実際、現在の領主は、”先を見る能力”と”プライド”だけで存在している者が多いからな。


 少し話が逸れたが、”副王”を決める事さえ叶わなかった訳だ。議員連中が当てにならない(キアラに言わせれば実に賢明だそうだが)事で、国民の直接選挙というアイデアを引き出せたのは僥倖だったな。キアラは”悪足掻き”と評価するがね?


 これ自体は、民主主義の欠点を補う形で国王という”職”に強制統治権を持たせる替わりに、その統治権を奪う為の方法を立案するという形だな。こんな事を真面目に考えてしまう私も妙だが、こんな妙なアイデアを形にしてしまう我が国の政府もかなり変だろう?


 最近悟ってしまったんだが、誰が”王”になっても現在の政府なら問題は生じないというなら、逆に私が悪政を布こうしても上手く行かないのではないだろうか?(何だか本当に悪足掻きをしている気分なってくる・・・)


「まあ良いさ、エルフの移住はどんな調子だ?」


「はい、シャイターンの門の封印に成功して以来、順調です。やはり若手の方が多いですが・・・」


「若手ね、私達より年上なのは間違いないがな。やはり年長者は無理かな?」


「クリシャルナによれば、時間の問題だそうですよ」


 まあ、彼らとは時間軸が違うのは良く分かっている積りだがな。おっと、”シャイターンの門の封印”の話がまだだったな。


===


 人間の感覚で言えば、結構な期間をかけて担い手候補達を鍛え上げた訳だが、エルフ側はすんなりとは受け入れてくれなかったな。エルフの評議会でもかなり揉めたらしいが、こちらの人間1人にエルフが”2人”付き添う(はっきり言っても言わなくても監視だな)事で解決したらしい。


 色々な人々の努力で親人間派のエルフも増えたのだが、この辺りは直ぐには変わらないらしい。というか、例の”人間との交流”の問題も未だに審議中だった。重要な案件では最低でも10年程度とか本気で議論するらしいからそれだけ本気なのだろうが、いや、議論の余地無しとして直ぐに却下されなかった事自体が重要なのだろう。


 実際、色々な部族のエルフの達がこちらを視察にやって来ていたし、それは今も続いている。中には気に入って住み着く者も居るらしい。そんなエルフ達は、ミデルブルグ自治領に居を構える訳だな。


 ”担い手”であるルイズと”新たなレーネンベルクの子供達”の母親役のジョゼットを中心とした”封印部隊”がサハラ入りしたのは丁度去年の今の時期だっただろうか? エルフ側を刺激したくないという理由でゲルマニアからは馬や馬車での移動だったから時間はかかったらしい。(試作の自動車に踏破性を求めるのは論外だろうしな)


 フネや飛行機が使えれば私も見学に行きたかったのだが、不思議と無くならない刺客の事もあり、護衛隊の隊長ガスパードが私を庇って大怪我をした事もあって結局居残りだった。(ノーラもキアラも大反対だった事も大きな要因だが、大きな声では言えない類の話だ)


 結局3ヶ月程かかって封印の作業は終わったのだが、代表としてルイズが報告にやって来た。


「ルイズ、いや、ゴトー侯爵夫人、始祖の末裔としての務めご苦労だった!」


「いえ、陛下のご威光の賜物でございます」


 随分と不機嫌そうに見えるルイズだった。明人君と離れていた事を不満に思っている類の物じゃないと感じるが、何だ?


「ルイズ、随分と不満そうだね? まさか未だに、門を消滅させたかったとか言い出すんじゃないだろうね?」


「それは、いいえ、それもありますが・・・」


 やっぱりあるんだな、その方が自然だろうが・・・。


「シャイターンの門を消滅させないと言うのは、色々考えて決めた結論だ。君だって納得した筈だろう?」


「はい・・・、ですが、エルフ達の裏切りは!」


 裏切りとは物騒だな、だが実際に封印作業自体は無事に済んだと報告を受けているのだが?


1.ルイズが解呪(ディスペル)で、シャイターンの門の中心部を消去

2.ジョゼットの指示で”子供達”が門の”断片”を消去

3.最後の門の”断片”をジョゼットがぎりぎりまで無効化する


 これが事前に決められた、シャイターンの門の封印の手順だが、勿論予定通りに話が進むとは限らないのは承知の上だ。特に1を行った際の反作用などは予想が出来ない。うん?それ以前に何故完全に消去しないかが疑問か?


 実際に門を完全に消去するのは難しくないという見解が門の無効化の試行をしたジョゼットの意見だったが、それをやって別の場所に門が開いては意味が無い。多分、ハルケギニア中に散らばってしまった始祖の血脈を全て同時に”消す”事が出来れば2度と門は開かないだろうが、そんな事は無理だろう。(実際全ての人間を殺す方が楽かも知れない程だ)


 結局、門自体を最小限にまで沈静化してしまうしか無かった訳だな。ただ、監視体制の強化と、封印要員の常駐で概ね問題解決するはずだったが、それに我慢出来なかった部族がいたのだろうな。(有事には、様々な通信手段で連絡をとって、封印要員を飛行機で送り込むことも計画してあるのだがな・・・)


「裏切りか、ルイズが気付いたと言う事は、精霊を使って干渉でもしたのだろうな?」


「フェリクスが居なければ、本当に気付かなかったかも知れません」


 子供まで居るルイズが精霊さんと未だに話せる事も気になるが、この際気にしないでおこう。人間と言うのはどうしようもなく鈍いと言うのがエルフの言い分だが、精霊の存在を感知出来ないのだから仕方が無い。能力の上に相性の問題も絡むから話は厄介なのだ。


 ルイズによると、ジョゼットが最後の仕上げをする直前に、精霊(しかもかなりの高位のだから大精霊なのだろう、行かなくて良かったな!)が、門の存在する空間を焼き払ったらしい。元々砂漠のど真ん中で燃えるものも無かったし、余分なものを燃やす様な存在でもないから、封印部隊は誰もそれに気付かなかったそうだ。


 ルイズから見れば、門の封印と同時に焼き殺されそうになったと思っても仕方が無いが、もう少し信頼して欲しいものだな?


「やはり動いたか、プライドが高いと言うのも考え物だな?」


「義兄様? もしかして、知っていらっしゃったのですか?」


「多分、”テフネス”だよ。ルイズは知らなかったか?」


「知りません! 何で教えてくれなかったんですか!」


「兵法には、”敵を騙すには先ず味方から”というのがあってね」


 うむ、勿論出任せだぞ! 真っ直ぐ過ぎるルイズに腹芸とか無理(ルイズの夫もそれが不得意で苦しんでいる訳だがね)だし、今のルイズの態度がそれを証明しているんだが、分からないだろうな?


「ですけど・・・」


「若いメイジも居たんだぞ、彼らに余計な心配をさせては計画自体が失敗する可能性もあったろう?」


「はい・・・」


「何故、念入りに封印部隊の1人に対して2人のエルフが同行したか考えなかったかな?」


「えっ! まさか?」


「そう、1人は”君達を監視する”という名目で門に干渉しようとする者で、もう1人が”仲間を監視する”者だった訳だよ」


「・・・、申し訳ありません、陛下!」


 偉そうにネタばらしをしたが、この二重監視はエルフの長老の発案なんだよな。私がそれを知っているのは、こっそりエルフの王妃が知らせてくれたからだ。尊敬の眼差しで見ているルイズに事実を告げないのは心苦しいが、エルフにとっての身内ではない人間に告げるのは今はまだ拙いだろうな。


 ルイズが愛しい人の所へ戻って行くのを眺めながら、エルフ側も色々大変なのだろうなと少し心配になったが、マナフティー様の事を心配出来る人間など存在しないという気もするな。大精霊の力をもってさえ、極小化されたシャイターンの門を消すことが出来なかったという事実はマナフティー様の言葉を裏付ける事にもなるだろう。


===


 そんな訳で大勢は決したのだが、評議会とやらは未だに結論を出していない。表向きはちょっとした旅行と称してミデルブルグ自治領に定住しても問題にならないのは”大勢は決した”からなんだがね? 矛盾しているが、若いエルフと年老いたエルフでは微妙にずれがあるのかも知れないな、ジェネレーションギャップというのは意外に何処の世界でもある物なのだろう。


 個人的には、次の世代の国民にはイロイロ期待しているのだが、果たしてどうなるものなのだろうか?

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