Sing Sing Sing

謡義太郎

其の一 真夜中の公園 ~ヴォーカリストの憂鬱、或いはLOVE LETTER

 公園から走って帰る自分、ほんと何やってんだって思うけど、歌いたいよなぁ。

 カラオケとかスタジオに行けって話だよね。

 でもさ、違うんだよ。

 外で歌うのってさ、こう……溶け込んでいく感じ?


 すぐそこをパトカーが通り過ぎる。


 やっぱり通報されたか。

 夜中だしなあ。


 カラオケも、スタジオも大好きだ。

 ライブで歌うのはもちろん好き。路上でもハウスでも気持ちがいい。


 でも、この気持ちよさには敵わない。


 シンと静まり返った、誰もいない場所。

 空に向かって吠えるように、月に向かって囁くように、闇に向かって喘ぐように。

 決して跳ね返ってこない。

 この身体から生まれた振動は、どこまでも広がって、世界に溶け込んでいく。


 流石に住宅地のど真ん中にある公園。

 いくら広いとはいえ、全開で歌うわけにもいかず。

 一曲中途半端に歌っては、こうして走って逃げる。

 ほんと、何やってんだか。



 この開放感に初めて浸ってしまったのは、蓼科の別荘地。

 山の中、視界には木々と空だけ。

 ウッドデッキで、深い緑色の闇を見つめながら歌ったんだよなあ。


 ギターもなし。

 完全な独唱。





 本当ならば 今頃 僕のベッドには

 あなたが あなたが あなたが いて欲しい

 今度生まれた時には 約束しよう

 誰にも邪魔させない 二人のことを



 読んでもらえるだろうか

 手紙を書こう

 あなたに あなたに あなたに ラブレター

 新しいステレオを 注文したよ

 僕のところに 遊びにおいで




 部屋に引き上げて寝ていたはずの女の子達が、窓を開けて聴いていた。


 なんの加減もなし。

 本当に全開の声。

 マイクが、アンプが受け入れてくれない音。

 ガラス窓はちょっと震えていたけど。


 ああ、溶けだしていく。

 この世界に混ざり込んでいく。





 ああ、ラブレター

 百分の一でも

 ああ、ラブレター

 信じて欲しい


 他の誰にも言えない 本当のこと

 あなたよ あなたよ

 幸せになれ


 あなたよ あなたよ

 幸せになれ





 なんでかなあ。

 一番、届いてる気がするんだよ。


 

 また全開で歌いに行こう。

 それまでは公園で……、おっと。

 こうして逃げ隠れしながら、お茶を濁すとしますかね。





LOVE LETTER/1988©The Blue Hearts

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Sing Sing Sing 謡義太郎 @fu_joe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ