第5話

 ウワファの巨大なハッチを出れば周囲の崖が視界を狭くし、窪地から脱け出したい気持ちを沸き立たせる。


 しかし、タット・モルドーはその心理を経験則からねじ伏せて、指示を出す。


「低空でゆるい傾斜へ進行しろ。アームド・ムーバ隊には偵察に出てもらう」

「高度を上げて視界を広めた方がよろしいのでは? ノイズも入っているのですから」


 横に言るオルテオが質問する。


 月面に出てから電波障害が一層強くなった。それは艦隊が動いているのもあるが、別の意図が働いていると考えるのが妥当である。それゆえに視野の狭い窪地内では、不利な地形となる。


 タットは彼を一瞥して、面倒そうに答える。


「不利な地形であっても頭を挙げれば、命取りになる」


 それだけ言うと、通信士の方に視線を向ける。


「通信士、ペルサル中尉に先行させろ。他は援護だ。360度監視体勢で散開させろ」


 通信士は指令を受けてすぐにも甲板にいる〔アルミュール・アン〕の一小隊、ペルサル隊に斥候に出るよう伝える。


 が、そうして準備を進めていると〔イマ・クシャータ〕の一隻が上昇をかけて、ふわりと〔メルバリー〕の前に躍り出る。


「バカが! 先走りやがって。呼び戻せ、陣形を崩させるな。出ないと――」


 タットが嫌な予感を感じていると、上昇した〔イマ・クシャータ〕の巨体がクレーターから脱け出し、併せて〔アルミュール・アン〕の部隊が飛び出していった。


 それが敵にとっては好都合だった。


 一発の閃光が〔イマ・クシャータ〕のブリッジを撃ち抜く。


〔メルバリー〕ともう一隻の護衛艦からではどこが被弾したか確認できなかったが、爆発の閃光と急激に艦隊を横へ流していく動きを見て急所だと悟った。


「ほれみろっ。偵察中止。アームド・ムーバ隊、全機発進させろ」

「護衛艦一番から通信途絶えました!」

「通信を続けろ。補助司令室サブコントロールは生きているはずだ」


 しかし、味方が攻撃されたことは動揺を呼んだ。


「敵は、近い……?」


 シセルは機体にビーム・ライフルを構えさせ、飛び立っていく〔アルミュール・アン〕のノズル光を目で追った。


 横滑りに移動する〔イマ・クシャータ〕の砲撃が正面へ放たれて、所属の〔アルミュール・アン〕が上空から飛び立つ。


 〔メルバリー〕のAMアームド・ムーバ隊はその下をくぐるようにしてクレーターから這い出た。


 その様子はモンテ・グロービが率いる〔ビィ・ツゥ〕隊にとって実戦慣れしていない部隊の動きだとすぐにわかった。


「戦艦一隻、命中か。各機、ジェイ・ディ少尉が一隻黙らせた。作戦通り、各員の働きに期待する。が、港を傷つけるな」


 モンテは無線に呼びかけて、上下左右に散らばっていく味方を確認する。艦砲射撃であっても、位置を把握していた〔ビィ・ツゥ〕部隊には回避するのはたやすいことである。


 モンテ機は月面へ寄って、凹凸の地形をジグザグに進みながらビームを追っかけて突撃してくる〔アルミュール・アン〕部隊を捕捉する。


「戦車の陣形で突撃か。そういうのは古いんだ」


〔ビィ・ツゥ〕はバックパックのミサイルサイロの発射管を開放。続けてマイクロミサイルを発射すると、〔アルミュール・アン〕部隊の側面へ回り込む。


「ミサイルかっ」


 ロディオがすぐさま低空から飛んでくるマイクロミサイル群を見て、自機にフォルダー・ランスを展開させる。


 傘のように開いた発振器からビーム粒子が飛散し、正面からその群れへ突っ込んでいく。他の機体はすぐに隊長機の後ろについて、槍の陣形を整える。


 ミサイルの群れはフォルダー・ランスのシールドと正面衝突して、爆裂。狙いがそれた数本が周囲で誤爆した。


 粉塵が立ち込める。視界を遮る。


 ロディオ機が背部に増設されたブースターを噴射して力任せに正面突破するも、目の前に敵の気配がないことに気づく。


「――散開しろっ」


 ロディオの指示が飛ぶとともに、煩い警報音が鳴り響いた。


〔アルミュール・アン〕が散らばる。が、反応の遅れた二機が背後からビームに射貫かれ、撃墜される。


 二機のAMアームド・ムーバが呆気なく爆発する。


 爆風に押しのけられるようにして、コディの〔アルミュール・アン〕は月面を転がり、立ち上がるなり上空へ跳んだ。


「アイツかっ」


 コディ機が爆煙に隠れて、地べたを飛ぶ〔ビィ・ツゥ〕を見つける。その数、わずか二機。


 コディはそのうちの一機が復帰に送れている〔アルミュール・アン〕に狙いを定めているのを見つけて、肘掛けのコンソールスイッチを操作し、操縦桿のトリガーを引いた。


 彼の〔アルミュール・アン〕はバックパックに懸架されているビーム・ライフルの銃口を脇に回して、移動する〔ビィ・ツゥ〕に連射した。


 上空からの射撃にその〔ビィ・ツゥ〕は滑らかに粉塵を巻き上げながら、回避していく。俯瞰からだとその動きの良さに悔しさが湧きがある。

 

「チィ、ちょこまかと――」


 そうぼやいている間にも、損傷した〔イマ・クシャータ〕が再び炎上。ビームを受けた主砲が暴発し、艦に亀裂が走った。


「何をやってるんだ!?」


 コディは沈んでいく〔イマ・クシャータ〕に向かって叫んだ。


 幸いというべきか、〔イマ・クシャータ〕はウワファのクレーターから脱け出し冷たい月面に向かって落下を始めていた。いたるところから赤く電荷された反重力流体が吹き出し、痛々しく前後に割れていく。


 それは血管が破裂し、腸を裂かれる魚を思わせた。何百人のクルーたちが一瞬にしてその熱せられた血に焼き尽くされ、爆発の破片がその身に食い込む。


「対空砲火、止めるな! 二時方向へ進め!」


 例え、そんな地獄絵図のような状況が起こっていようと、〔メルバリー〕のタットは自分の艦を守る使命を全うする。


 周囲には敵の〔ビィ・ツゥ〕が飛び回り、混乱する〔アルミュール・アン〕部隊を着実に追い込んでいる。


 そして、ひときわ巨大な衝撃波と共に巨大な火柱が伸び上る。戦艦が撃沈された証拠だ。


 赤々とした光は味方のパイロットたちを委縮させ、理不尽に数百名の命が消えた事実を感じ取った。


〔メルバリー〕の甲板でビーム・ライフルを撃つ〔ヴェスティート〕もその獰猛な光を観測していた。


「こうも簡単に、やって、いいことじゃないっ!」


 シセルは戦艦の爆発から目を背けて、モニタに更新される情報に視線を走らせる。津波の様に来る戦況はすぐにも正面を埋め尽くしてしまいそうだった。敵機の数や気象情報、残弾、推進剤、ビームキャノンの状態などなど。


 シセルはその情報にさっと目を通すなり、ウィンドウ表示を手で払いのけて集中する。


「長距離装備は、敵の視野から外れてさえいれば使える。〔ヴェスティート〕、前線に出ます!」


 それだけ言って、機体の出力を上げて腹の底に力を入れる。


〔ヴェスティート〕が腰のメイン・スラスターを噴射して、一気に跳躍する。クレーターから脱け出すのに時間はかからず、すぐにAMアームド・ムーバ同士の戦闘の光りが目に飛び込んできた。


 シセルが想像していた以上にビームの混戦は強く、敵味方を見分けることを困難にしていた。


「相手の数は少ないんだから、一機でも止められれば有利になるんだから」


 目標が定まらないことから逃げないよう、自分をとことんまで追い詰める。


 そうした危機感が生きている実感に繋がる。そのスリルが何とも言えない刺激となって、彼女を奮い立たせる。


 喜怒哀楽のすべてが濃縮され、脳髄からお腹の底を鈍らせ、五感を鋭くさせる。


〔ヴェスティート〕は月面を踏むと横ステップで飛んで、浅いクレーターの陰に身を隠した。


 同時にゴーグルセンサーを下ろし、バックパックの光学スコープと同調させる。折りたたんでいた砲身が展開し、長い角材を担ぐようにしてビームキャノンの発砲姿勢に入る。


 シセルはモニタに表示されるスコープ画面と通常画面とを見比べつつ、コンソールを操作して地形情報を再入力する。


 月面は平たんではない。大小様々な丘陵があり、凹凸の地平を形成している。


 それら狙撃の障害物と標的との距離、観測できるノズル光とを天秤にかければ戦闘の素人である彼女が命中できる確率などゼロに等しい。


「こっちに気づかないで……」


 シセルは祈り、操縦桿のトリガーに指をそえる。


 この時ばかりは周囲の情報は頭の中に入ってこなかった。艦隊を狙う〔ビィ・ツゥ〕部隊が、いつ居場所に気づいて撃ってくるとも限らない中で、スコープ画面の狭い世界を睨み続ける。


 水鳥が獲物の魚を待ち構えるように、飛び出してくる〔ビィ・ツゥ〕を〔ヴェスティート〕は待つ。


 ビームキャノンの充填は完了している。いつでも発砲可能。撃ててしまう。その焦る気持ちを殺して、ビームが錯乱する戦場を見つめ続ける。


 シセル・メルケルの強靭な精神力はずば抜けて、すぐそばでビーム砲が天高く舞い上がりあたりを照らそうが、小さく跳ねる敵味方のAMアームド・ムーバに目移りもせずじっと機会を待つ。


 待ち構えて12秒。


 一機の〔ビィ・ツゥ〕が突出して跳び上がった。地上から撃ちあがるビームに驚いた動き。


「――っ」


 シセルはトリガー押した。軽く触れただけの指先の感覚が即座にビームキャノンの加速器に伝達された。


〔ヴェスティート〕のビームキャノンの発砲とシセルの恐怖の感覚が光のごとく駆け抜けた。


〔ヴェスティート〕が反動にわずかに上体を逸らしながらも、力強いビームは瞬く間に標的となった〔ビィ・ツゥ〕の頭上を駆け抜けて、驚かせた。


「何だ?」


〔ビィ・ツゥ〕のパイロットが頭上の光りに目を向けた瞬間には、足元から噴き出したビームが体を蒸発させた。


「ようやく一機。艦隊の援護が間に合ったか」


 命中させたのはコディである。


 彼の〔アルミュール・アン〕はフォルダー・ランスを片手に引っ提げて、もう片方の腕部でビームライフルを保持しながら、月面を低空で移動し続けていた。


 ウワファ側へ視線を向ければ、別働隊が艦隊に取りついているのがわかった。


「クソッ。〔メルバリー〕が見えない。ボルタ、ついてこい! 艦体の援護に回る」


 コディは飛来してくるビームに目を細めながら、ノイズの多い無線に呼びかける。無線の相手からの返答はない。


 コディ機は頭を押さえる〔ビィ・ツゥ〕を頭部バルカンで牽制し、地面を蹴り上げると一気に飛び上がった。バックパックのスラスターを噴射し、港側へと進む。


 彼の〔アルミュール・アン〕の動きにいち早く気づいた〔ビィ・ツゥ〕の一機が翅のような残光を引きながら間合いを詰める。接近戦を仕掛けようと、ビームサーベルを抜く。


「速い。反応しろっ」


 コディ機は腰を捻って飛び込んでくる敵機を捉えると、フォルダー・ランスを突き出す。


〔ビィ・ツゥ〕がビームサーベルの刀身を伸ばして、切りかかる。


 寸前、フォルダー・ランスが傘を開いて防御する。ビーム同士の反発が互いを押しのけて、距離を開かせる。


「うっ――」


 コディはその一撃で目が眩んだ。


 重い装備に振り回されて、〔アルミュール・アン〕の姿勢回復が遅い。対して〔ビィ・ツゥ〕は身軽に上空で一回転すると、再び襲い掛かろうとした。


 それを阻止したのは〔ヴェスティート〕の二射目であった。


 ビームキャノンの光りが暗い空間を走り、〔ビィ・ツゥ〕部隊を怯ませる。


「二発目、で砲身がダメになるの!」


 シセルは警告表示に目をやりながら、機体を移動させる。

 

〔ヴェスティート〕はゴーグルセンサーを上げて、ビーム・ライフルを構える。すぐそばに敵は来ている。艦隊の対空砲火に圧されて、クレーターから距離を取った〔ビィ・ツゥ〕が獰猛な顔を向けたのだ。


 互いの銃口が向き合うのに同意などいらない。


 すぐに両機の得物は火を噴いて、素早く回避行動に入っていた。


〔ヴェスティート〕の目の前でビームが着弾し、粉塵が嵐の様に巻き上げられる。それを陰にしながら、腰回りのスラスターで滑るように機体を交代させながら狙いを定める。


 バックパックのビームキャノンはぎこちなく折りたたまれて、使い物にならなくなったが光学スコープは生きている。


 二発目が横間を過ぎて、機体を煽った。


 シセルは身体が吹き飛ぶような衝撃襲われて、頭をキャノピに打ち付けた。その拍子にトリガースイッチが押されて、ビーム・ライフルが発射した。


 粉塵を突き破り、鋭い閃光が走った。


 しかし、標的の〔ビィ・ツゥ〕はすでに回避運動を取って姿をくらましている。


「敵はどこ……? 〔メルバリー〕は――」


 シセルは霞んだ視界の中でつぶやきながら、頭を振る。


〔ヴェスティート〕は地面を蹴って高度を上げる。軽々と浮き上がる機械の巨人はスカートをひるがえすようにノズルを噴かせて、〔メルバリー〕の位置を探った。


 そして、微弱な重力に引っ張られるままに降下しつつ、ウワファの港から脱出する〔メルバリー〕と〔イマ・クシャータ〕を捉えた。


 対空砲火で防御を厚くしつつ、地面を這う様な低空飛行をしている。


 シセルは艦隊に取りつく敵性反応を確認して、自分が何をしなければならないのかを理解する。


「あの船にはソフィがいるんだ!」


〔ヴェスティート〕はメーンスラスターを噴射して、援護に向かった。

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機巧華伝ヴェスティート 平田公義 @0828

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