第9話
「誰ですか?」
『桜木だ。今君のいるビルの五十メートル先でレベルフォーまで感染した魂鬼がいる。そこには有馬君たちもいる。応援に向かえ』
「なぜ、有馬の名前を出したのですか?」
間抜けたことだが純粋に疑問に思った。だが、桜木は驚いたような声音で返してきた。その内容も内容だったが。
『あれ、君にいってなかったけ。有馬沙夜はね、有馬終夜の双子の妹だよ。彼女のためにも頑張ってくれ。じゃ、こっちも忙しいからきるね』
僕の脳裏をよぎったのは有馬に似た銀髪を持ったある一人の男の顔だ。あの忌々しいやつだ。だが、今は有馬沙夜の命が優先だ。僕は八咫烏を使ってまた飛ぶ。そして指定されたフロアに飛び込む。そこにいる妖魔討伐官はもう有馬しか残っていなかった。魂鬼もその一匹しか残っていない。魂鬼のマイザイアウイルスの感染度は五段階に分かれる。スリー以上のものにはもう討伐命令出される。フォーにもなると確実な殲滅だ。そのくらいに危険な状態になってしまう。そこにいる魂鬼も同様、人の姿ではなく、もはや化け物だった。有馬のまえに立ち振り返る。彼女の右足は折れているようだった。変な方向に曲がっている。それに横腹を抉られている。かなりひどい有様だ。
「なに、しにきたんですか?」
「助けに来た。それだけだ」
僕は迦具土を引き抜く。そして、
「右半身に憑依だ」
僕の右半身を深紅の呪詛が覆っていく。有馬はそれをとても驚いた顔で見ている。確かにもうこの時点で人じゃない。彼女の顔を見る。それを見て彼女も人じゃないことがわかった。彼女の右眼は魂鬼のものになっていた。
「君は隻眼の鬼、か?」
「……そうですよ。驚きました?」
「ああ。びっくりしたよ」
「ま、化け物ですよね」
隻眼の鬼。魂鬼と人の間に生まれたものだ。だが、ほとんどが出産する前に親を巻き込んで死ぬといわれている。そういえば、あの男も有馬と同じだったな。今はどうでもいいが。
「別に化け物でもなんでもないだろ。君は君だ。有馬沙夜だ。それだけだろ。化け物なんていうな。死んだご両親も傷つくぞ」
「な、なんで死んだことを知ってるの?」
それに答えようとしたとき、
『ハル、来るよ!』
化け物が突っ込んでくる。すごいパワーだ。右半身を前に出す形で刀で応戦する。式鬼の力が憑依した右半身のほうが強い力を持っている。それでも吹き飛ばされそうになる。一度跳ね返す。そして霊符を取り出し、
「我が障害を斬れ、斬撃符」
刀に貼り付ける。刀の力があがるのがわかる。それと同時に、
「来い、伐折羅!」
漆黒の鬼神を呼び出す。咆哮を上げながら影から現れた。一斉に攻撃を仕掛ける。伐折羅で化け物と組み合い切りかかる。だが、
「軟化のカルマか!」
身体が液体に近いくらいに軟らかくなったせいで切れない。そして軟化した化け物の肉体がフロアごと壊しながら僕の腹部を貫いた。フロアが崩落しながら僕も有馬も落ちていく。もちろん化け物もだ。もともとは魂鬼だったこいつは妖魔も食らったようだ。そのせいでより性質が悪い。血が絶え間なく出て行く。僕の重傷で伐折羅も消える。渚も反動ですぐには出てこられない。
「ヤダ、ガラス、有馬を守れ、命令だ」
僕の命令でコートは三本脚の鴉に戻り有馬を抱えて地上に向かう。それを見て安堵しながらも僕は腹をくくる。死ぬ、とかそういうことじゃない。禁呪を使うことだ。僕はホルダーとは別に制服の内ポケットから黒い札、呪符を取り出し、唱える。
「我は、鬼神の力を宿し、悪魔に魅入られし者なり。その闇を、呪いでわが身を覆いつくせ。オーダー!」
呪符の効果が僕の身体に纏わりつく。右腕が迦具土の呪詛を最大限まで宿し刀が焔を纏う。左眼、閻魔の義眼がより輝く。全身を黒き闇の呪詛が走り、黄色の呪詛の線が走る。世界が止まったような錯覚を覚える。脳が完全かつ領され、それに対応できるように身体が呪術で一瞬のうちに改造されていく。腹の傷が回復していく。
「完全呪装、狩衣、紅葉。オーダー!」
そういうと僕の身体を鮮やかな赤の狩衣が覆った。刀が共鳴したようにまた深紅に染まる。右目を紅い布が覆う。完全に全身が赤に染まった。破邪の法を宙に描く。
「燃やし尽くせ、オーダー」
僕の左手の指から業火が出る。そして化け物を襲う。呪術だ。人が手を出すべきじゃないといわれている禁忌の術。僕はそれを使った。化け物が絶叫を上げる。全身が少し焦げているだろう。僕は右手に持った刀を突き刺し、化け物の上に回る。もうすぐ地面に落ちるだろう。刀をより一層強く突き刺す。また化け物が絶叫を上げる。刀を一度引き抜き、僕は霊符を取り出し、刀の先端に触れるように放る。そしてまた突き刺す。
「祓いたまえ、清めたまえ、土に返りたまえ。急急如律令!」
化け物が断末魔を上げる。そして地面に激突し、その直後に成仏した。その一端をここにいたすべての生物が見ていた。そして沈黙した後、戦闘の終わりを告げる歓声が響いた。今日も自分たちは生きていると世界に証明するように。今の日本はそういう状態だ。僕は呪術による身体強化と呪装を解いた。深紅の狩衣が消え元の制服に戻る。それと同時に八咫烏が僕のコートとして戻ってくる。刀を鞘に戻す。ややだがらすに引きずられて来た有馬の脚に救護符を貼り付ける。
「あ、ありがとうございます」
「いや、礼なんていらないよ。罪滅ぼしだ」
「え? それはどういう意味っすか?」
答えようとして僕の足元はふら付いた。霊力を使いすぎた。意識が遠のいていく。だが、これだけは言わなければならない。
「……桜木、さん。僕は自分のやったことの尻拭いのためにも陰陽師になります。日本中の瘴気ウイルスを回収してみます」
桜木が向こうから歩み寄ってくる。
「うんうん。いい心がけだ。なら、我々も協力しよう。ようこそ、人魂社へ!」
この言葉を聞いて僕の意識は落ちた。
ヒ・ト・ダ・マッ! 澄ヶ峰空 @tsuchidaaozora
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