第29話 そして、日常へ
校長先生から、昨日の事件の顛末が話される。
俺とジジは珍しく朝礼に参加し、それをぼんやりと聞いていた。
「二年生の秋葉……君、十文字マキナ――前へ」
知らされていた通り、俺たちの名が呼ばれる。事前に頼み込んでいたおかげか、校長は俺の名前を誤魔化してくれた。
「彼らの勇気と行いに皆、拍手を――」
割れんばかりの拍手。嫌な気はしないものの、「ありがとう!」ジジみたいにはしゃぐ真似はできやしない。
俺たちは初めて、全校生徒、教師――皆に褒められていた。
でも、アキトとねここはいない。なんでかって? そりゃぁ、まだ警察にいるからである。
あの暴走行為の首謀者と言い換えても間違いないアキトは、それはもう、今も聴取というか説教を受けている。
そのおかげで迅速に事件が解決したとはいえ、さすがに結果オーライとはいかない。
それでも、暴走行為に加担した人たちの擁護――それが社会的に自立した大人たちだったこともあり、明日くらいには釈放されるそうだ。
そんでもって、ねここ。まさかのねここである。あの状況で、ためらいなく命令を下した彼の勇気は素晴らしいと思う。
俺やつなが無事なのも、ねここのおかげだといって過言ではない。
だがそんな彼は、公務執行妨害で逮捕――されかけた。
結果的に怪我人は出なかったものの、一歩間違えたら取り返しのつかない事態を招いていた可能性だってある。
まぁ、現場にいた警察官すらもねここの命令につい従ってしまったわけだし……もしかしたら、プライドとか体裁の問題もあったのかもしれない。
結局、ねここも反省文と説教だけ。その枚数と時間がアキトを超えているのが、不謹慎だが笑える。
ある種、ねここが望んていた結果なのかもしれない。
ところで、なんで俺とジジはお咎めないのかだって? それはジジの親父さんのおかげだ。
俺たちは基本的に親父さんと一緒にいた。未成年の俺たちにとって、保護者が傍にいたというのは予想以上に大きく働いた。
あのあと、警察に連れていかれはしたものの、事情説明と口頭注意で解放されたくらいだ。その分、親父さんは大分絞られているけど。
監督不届きから始まり、警察の制止を振り切りスピード違反、信号無視、更には公務執行妨害と言う名の足止め。
なんでも、笑えない額の罰金と免許停止は決定らしい。
それでも落ち込むどころか意気揚々と、
「彼とはわかり合えそうだ」
警察官を指名で取り調べを受けようとしていた。
でも、なにもなかったのはあくまで社会的であって、家庭的にはそうはいかず……
「ちょっと? 聞いてるのしーくん?」
「聞いてるってば……けど、国際電話で長電話はさすがにまずくない?」
「あーもう! そうやって逃げようとして! 反省してるの?」
「いや、してるって……、たださっきから同じことしか言わないじゃんか。お金勿体ないって」
「そんなのはどうでもいいの! お父さんが優勝するから問題なし!」
いや? 個人戦じゃなくて団体戦じゃなかったけ? しかも賞金とかなかったような……
「もしもし?」
いつの間にか父さんに代っていた。
「あぁ、悪かった。反省してるよ、後先考えずに首つっこんでさ」
「別に、俺は説教するつもりはないぞ?」
「え? まじで?」
「あぁ、それは母さんに任せてある。というか譲ってくれないだろう」
「あぁ……、帰った時が怖いよ。少しでも機嫌よくなるように父さん頑張ってくれ」
母さんに散々怒られたせいか、つい父さんに意地悪を言ってしまった。
けど、そんな俺の意に反して、
「任せておけ」
力強い声。
俺は虚を喰らい、「あ、あぁ……」としか返せなかった。
「それじゃぁ、切るからな。来週には戻れるだろうから、千代見のことも頼んだぞ」
「あぁ、わかった」
そう受話器を置こうと思ったら、
「……っと、しーくん……!」
母さんの声が聞こえた気がしたけど、俺はそっと戻した。
「すんごい、怒られたみたいだね」
溜息、なで肩、俯き……その背中から判断できたのだろう。
「あぁ、もう帰ってきた時が怖い」
「でも、お兄ちゃんが悪いとこもあるからね」
母さんは、最後まで父さんについていくかどうか悩んでいた。最終的に俺を信頼して――というか、俺が説得した次第。
つまり俺は、母さんの信頼を裏切ったことになる。
「お父さん、明日大会だよ? それなのに心配かけて、こんな時間に電話させて……」
「フランスはまだ昼だ」
「……あれ? そなの?」
妹の教養のなさに若干の不安を覚えるも、今は目を逸らしたい。
「まー細かいことは置いといて。それでも心配かけたのは間違いないんだし~」
「けど、仕方なかったんだよ……」
「警察に報告するだけで良かったじゃん」
「……悪かったよ」
「ほんとだよ。心配したんだからね」
ちなみに俺が家に帰った時、千代はデリバリーのピザにコーラ。それを片手にテレビを観て大爆笑……一人を満喫していたと思うんだが?
「アレを一人で全部食べてたら、絶対体重やばかったんだから!」
やはりこいつは心配なんてしていない。事情を話した時も、
「すごい! ドラマみたい!」
興味津々に耳を傾け、質問責めだったし。
「はいはい、今日はヘルシーメニューにしとくよ」
ころころと表情を変える千代。俺はそこに母さんの影を見て、情けなくもなにも言えずにいた。
次の日の朝。
「結局、どうなんだ?」
「んー、ねここも一緒に出所できるらしいぞ」
「いや、出所は違うだろ?」
「そうか? 似たようなもんだろ。むしろそっちのほうが恰好良くていい!」
警察署までの道のりを、俺たちはいつもの感じで歩いていた。
「人聞きが悪すぎるだろ?」
「んー、確かにねここのキャラで前科持ちはなんか嫌な匂いがするよな」
「キャラ関係ねーよ」
「いや、勇者だったら前科あっても納得しちゃうね。吐いちゃいなよ、今まで何人殺ったの?」
前言撤回。
いつもに増して、テンションの高いジジを相手にしながら歩いていた。
「けどあいつら、カツ丼食ったのかな?」
心底どうでもいいことに、ジジは頭を費やしている。
「ほら、ついたぞ」
「なら入ろうぜ?」
「お前が先導してくれ」
「……やっぱ前科あんのか?」
堂々と警察署に入るジジ……って、当然なんだけど。
アキトたちのことを誰に訊こうかと迷っていると、本人がすぐに見つかった。
「ありがとう、先輩」
アキトはもう一人の人質――祥子と一緒にいた。
「いや、当然のことをしたまでさ」
アキトは少女の目線に合わせて、紳士的に振舞っていた。ただ、その柔和な表情を見ると、あながちただの演技ではなさそうだ。いらぬ心配をかけさせない気配り。
「それで一つ、芳野先輩に訊きたいことがあるんだけど……いいですか?」
「あぁ、いいとも。なんだい?」
「先輩は、まだピアノやってますか?」
無邪気な声。
悪意のない瞳に見上げられ、アキトは居心地が悪そうに視線を逸らそうとしている。
しかし、そんなアキトの心情なんて気づかずに、
「わたし、芳野先輩のピアノ大好きだったんです」
少女は熱心に話し続ける。
「初めてのコンクールで失敗しちゃって、もうピアノなんてやりたくないって嫌いになりそうになった時――芳野先輩の演奏を聴いたんだ」
知らなかったのか、最初アキトは唖然としていた。けど今では、真意を確かめようとしてか、じっと瞳を覗き込んでいる。年下の少女相手に――
「すごかった。どうしたらあんな音が出せるのかって不思議に思った。気付けば目は芳野先輩の指を追って、聴き入っていた。それまでは早く帰りたいって思っていたのに……もうピアノなんてやらないって泣いていたのに……」
返事のないアキトに、少女は一人で一生懸命口を開く。
少女にとっては、大人ともいえるアキト。そんな相手に返答をもらえない。それでも、必死に伝えようと奏でる。
「わたし、それからいっぱい頑張った。コンクールに出れば絶対芳野先輩の演奏が聴けたから。けど、急にいなくなった。どうしたのかなってずっと気になってた」
ここで初めて少女が俯く。悲しげに見上げ、
「ピアノ、やめたんですか?」
一番、訊きたかったであろう質問をする。
アキトはそんな少女の頭を優しく撫で、微笑んだ。
少女が戸惑いを隠せずに首を傾げると、
「やめてないよ」
優しい声だった。
「ピアノはまだ、続けてる。本当はやめようと思ったんだけど……やっぱり好きだからさ、やめられなかった。今じゃ自分の好きな曲を好きなように弾くだけ……ううん、一生僕はそんな風にピアノを弾き続けると思う」
今までの返事を纏めてするように、アキトは少女に語りかける。
「祥子ちゃんも……そうだろう?」
「うんっ! でも名前、知っててくれたんだ……芳野さん」
「あぁ、だって君のピアノ……僕は好きだから。君のピアノは本当に素晴らしい」
アキトに褒められて、少女は喜びを噛みしめているのか口元を覆う。
「コンクールとかは無理だけど、文化祭でなら……もし、文化祭で演奏したら聴きに来て、くれるかい?」
「うん! 絶対いく!」
少女の声に周囲の視線が集まる。それほどに大きな声だった。恥ずかしそうに下を向いている姿を、アキトはただ穏やかに見ていた。
そして母親に呼ばれ、去っていった少女。
一人立っているアキトの元に、いつの間にかジジが立っていた。
「僕は天才に会ったと思っていたけど……どうやら勘違いだったみたいだ」
「そうか」
「そんなところに、差は、なかったんだ……」
どうも、出ていきづらい雰囲気になってきた。立ち聞きしていたという後ろめたさも相まって、非常に気まずい。
「喉乾いたな……」
とりあえず、喉を潤そうとジュースを買う。お詫びも込めてアキトの分。うるさいだろうから、ジジの分も買っておくか……そう小銭を入れると、
「閣下ー! ジジ!」
聞き慣れた声。
ねここは走り、両腕を広げる。アキトも同じように広げるも、あと一歩のところで停止。
「会いたかったっすよ」
普通の再会になった。やはり男同士で抱き合うのは抵抗があったのだろう。
よそ見をしながらボタンを押すと、軽快なメロディー……
「当たり?」
ボタンを押すと、もう一本出てきた。
「勇者! なにしてんだっ……て、めっちゃジュースあるじゃん」
覗き込んできたジジが、許可も得ずに一本奪う。
「ほんとだ! 勇者っす! 久しぶりっす」
「あれ? いつからいたの?」
やってきた二人にジュースを投げ渡す。二人とも不格好ながらも、落とさず手に取った。
「って、なんで俺はお汁粉っすか!? しかも熱いっすよ……」
ごねるねここは無視して、俺はアキトと対峙する。
「もしかして、見てたの?」
俺は両手をあげる。
「そっかー、なら勇者にどうしても、訊いておきたいんだけどいい?」
「なんだよ?」
「なに? オレじゃなくて勇者にだと?」
「うん、今回の件はちょっとジジには荷が重いかなって」
「なんっすか?」
相変わらずだった。全員が好き勝手に喋り、盛り上がる。場所なんて関係ない。
「あれってさ、間違いなくフラグがたったよね?」
「なに! 馬鹿な!」
「え? フラグってなんのことっすか?」
どいつもこいつも、わけのわからないことを口走る。
こっちの疑問なんてお構いなし。
「いやぁ、もしかしたら僕も勇者と呼ばれる日が近いかも?」
現実が見えてないのか、それとも見ようとしていないのか。
アキトの台詞に、二人はヒートアップしていく。
「馬鹿な!?」
「裏切り者!」
その光景に警察の方々も放っておけなくなったのか、こちらに向かってくる。
けど、そんなのを気にする奴らじゃない。
それに、こいつらを黙らせるのは、
「けど、高校生と中学生のカップルって普通じゃね?」
俺〈勇者〉の役目だ。
その一言に数コンマの間を置いて――
「しまった!」
「迂闊、オレ!」
「だからなにがっすか?」
俺の意に反して、仲間たちはより一層、騒ぎ始めた。
少女に恋して、勇者 安芸空希 @aki-yuu
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