第28話 オチ担当はもちろん――
「どう? 間に合ったでしょ?」
いつも通り、アキトは軽い口調で手を上げる。
「阿呆、それ以前に追い越してるだろうが」
「ははは、そうだね」
「ねここ、大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶっす。おれだってやる時はやるっす……」
「そうか……、無茶はするなよ」
俺たちは視線を上げる。真面目そうなスーツを着た男性たち。その奥には警察。
そして、両者の間には誘拐犯とつながいた。
「とりあえず、様子見だ。情報を整理するぞ」
俺の言葉に全員が頷きで応える。
「男たちは、アキトのつぶやきを見て集まった奴らで……害は、ないよな?」
「うん、むしろ味方だよ」
「そして警察だが。あれは、なにを追って来たと思う?」
「たぶんだけど、痛車の暴走だね」
「同感だな。誘拐犯を追って来たにしては、数が少なすぎる。それに見るからに頼りない」
アキトとジジの二人は冷静に、俺の質問に応じてくれた。
「警察だ! 動く……な」
討論をしていると、後ろから砲声。嬉しいことに、親父さんは足止めに失敗したようだ。
「どういう状況だ……これは?」
警官同士が顔を見交わし、互いに眉根を寄せる。つまり両方共、誘拐犯を追ってきたのではなく、暴走行為を止めに来た。
「お前ら! 動くなよ。動いたら、この子の命がないぜ」
だが、わかりやすい脅し文句で理解したのか、緊迫した面持ちで犯人と対峙する。
「一触即発だな。どうする?」
言葉を失っていた俺に代わって、ジジが意見を募る。人質にされているつなは、微動だにしていなかった。頬は赤く、殴られた痕。痛いだろうに、怖いだろうに、泣きたいだろうに……つなは耐えていた。
和佳子さんが言っていた過去が、わかりやすく目の前にある。
「勇者!」
俺の腕を掴む手。ジジとアキト。
「止めるのか?」
「いや……、犯人をぶん殴りたいって言うんなら止めるけど、初名ちゃんを救いたいっていうのなら止めない」
ジジらしい模造の表情と台詞。達した怒りが和らいでいき、
「両方だ」
ジジの好きそうな言葉で制止を振り切る。
「ちっ……、欲張りな奴だ」
「まったくだね」
手が離され、俺はじわじわと距離を詰めていく。後ろには、アキトとジジ。ねここの姿はなかったが仕方ない。
人影を盾に腰を低く、接近を試みる。これ以上はもう、最前線。
「どうする、勇者?」
「さぁな……、警察がどうにかしてくれればいいんだがな」
「それは無理だろう。元々、暴走車両を追っていただけだぜ? 管轄だって違うに決まってる」
おそらく、この人たちは交通安全課だろう。誘拐の情報が伝わっているのかさえ怪しい。
「指揮系統だって整っていないだろう。俺たちを追ってきたパトカーは、半ば強制的にここまで連れてこられたものだからな」
「数がいても、それを統率する人間がいないか」
「そういうことだ。だから動けない」
警察を含め、犯人、俺たちですら緊迫感が顔に現れていた。そんな中で、つなだけは陰りを見せていない。
「けど、人質はもう一人いる。そっちは車の中だから、そう簡単に手が出せない」
「犯人も二人か……」
つなを抱えている奴、それから車の中でもう一人の人質を拘束している奴。
「初名ちゃんに関しては、どうにかして犯人の注意を引きつけて、飛び込んで庇うか?」
「簡単に言ってくれるな」
相手の獲物はダガーナイフとはいえ、打撃の一撃で無力化させるのは無理だ。少なくとも、俺の腕力では〝首刈り〟――固いアスファルトに頼らなければ不可能。
けど現実的に考えて、相手の後頭部を地面に叩き落とすよりも、相手のナイフが俺の体を抉るほうが早い。
「注意をひくっていったって一瞬だ。初名ちゃんに向かってダッシュ……そのまま、犯人に体当たりぐらいしかできないだろ」
「あぁ、他の動作を加える余裕なんてねぇな」
その過程で、つなにナイフが当たらないようにするには抱きかかえるしかない。
つまり、俺が刺される。
そう考えると、先に自分から腕なりを刺させたほうが最悪の可能性は低い。
――けど、そう簡単に覚悟できやしない!
最悪、刺されるのを許容できても、大怪我の可能性を防ぐために、自分からナイフに腕を差し出すなんて……どうしても、ためらってしまう。
なら、コートをクッションにしてナイフを受けるか? ダガーナイフといえど、分厚い布ごと肉を切り裂くような切れ味はありえないだろう。刺突以外なら、防げるはず。いや、それとも防御服として着ておくべきか?
そうすれば、刺されない限り、致命傷は避けられる。
「あまり時間もないだろう。いい加減警察だって、なにかしらの行動を示すはずだ」
急かすジジ……ちんけなプライドが刺激され、俺は覚悟を決めた。
「――わかったよ」
そうだな……思考の段階で否定していたら、なにもできやしない。
それに今のところ、俺はジジにもアキトにも負けている。劣等感や敗北感とまではいかないが、面白くはない。
「はっ……」
不謹慎かもしれないが、俺はこの状況を〝面白い〟と感じ始めていた。
「ジジ、注意を逸らすのは頼んでいいか?」
「しびれるねぇ~」
ジジの乾いた笑い。しかし、おどけているのは口だけだった。
「そうかよ」
俺はそれを見逃して、いつものように振舞う。
「ちょっと二人とも……人質はもう一人いるんだから」
つなのことしか考えていない俺とジジの作戦に、アキトが待ったをかける。
「無視するんじゃない。一つずつ片付けていくだけだ」
「いやいや、その過程で犯人が人質を傷つける可能性も出てくるんだからさ」
「ちっ……、ならどうしろってんだよ」
車を覗き込む。男は見せつけるように、ガラスに少女の顔を押し付けている。つなと違って、その顔は涙で濡れていた。中学生ともなると、自分がこれからどうなるか……具体的に想像できてしまうのだろう。 最悪、貞操の心配もあり、湧き出る恐怖心は尋常ではないはずだ。
「どうにかして、いぶりだすか?」
「忍び込むよりはいいな」
「勇者もジジも少しは落ち着いて!」
この場に適してはいるかもしれないが、アキトらしくない強い口調に俺たちは黙り込む。
「勇者の気持ちはわかるし、ジジの気持ちもわかる。けど、言わせて貰う――」
アキトが俺を射抜き、「勇者は勝手すぎる!」
次にジジを見て、「ジジは不謹慎過ぎる」
「二人とも安全策を取るべきだよ。あの子たちだけじゃなく、自分たちも守る気持ちでね」
アキトの正し過ぎる注意に俺はつぐむも、
「閣下……、いやアキト」
ジジは突っかかっていく。一度、車にいる人質の少女を一瞥して、アキトと向き合う。
「勝手なのは、お前もだろう?」
「悪い?」
「いや、別に悪くはない。ただそれにオレらを巻き込むな」
「巻き込む? それはこっちの台詞だよ。マキナたちの暴走に、あの子を巻き込まないで欲しいね」
要領の得ない会話を始める二人。なんだ? 二人とも、あの子を知っているのか?
「らしくもなく、偽善めいた台詞を吐くじゃないか」
「なんだって?」
「お前は本当に、あの子を助けたいのか? 本心じゃ死んでしまえ……いや、二度とピアノが弾けなくなればいいのにって思ってんじゃないのか?」
「マキナ! それとこれとは話が別だ。それに僕は、あの子を憎んでいるわけじゃない。勝手なことを言うなよ」
「それこそが偽善だろうが! お前がピアノを諦めた原因だろ? よく、そんな台詞が吐けるな」
ヒートアップしていく二人は、あろうことかその場に立ちあがって口論を始めた。
「別にそれは、あの子が悪いわけじゃない。僕が勝手に劣等感を感じ、諦めただけだ」
「それでも、あんだけ好きだったピアノが弾けなくなったんだぞ? 恨む気持ちだってあるだろうが!」
互いに胸倉を掴みあう。他所でやれよと思うも、今止めにはいれば、俺まで注目を浴びかねない。
「お前ら! なにを騒いでやがる」
犯人の怒声。けど、二人は気にしない。こんな状況でも、好き勝手に口を開く。
「勝手に人の気持ちを決めるなよ!」
「だったら止めるな! なんのために、今まで貫いてきたと思ってんだ!」
都合のいいことに全員の注意が二人に移っていたので、俺は最前線に踏み出す。同じ立ち位置の人たちに目配せをして、距離を詰める。少しずつ……包囲を狭めていく。
「お前ら! 人質がどうなってもいいのか!」
だが、その危ない声色に、
「てめーら、少し黙ってろ!」
振り返り、俺まで怒鳴り散らしてしまった。
全員の視線が今度は俺に集まる。
そして、
「秋葉!」
俺を呼ぶ声?
ドンッと大きな音が響いた。目を向けると、犯人が一人で車から出てきた。
「貴様、秋葉……? それに芳野、十文字……?」
あろうことか、犯人は俺たちの名前を言っていく。
「あん? 誰だてめーは?」
俺は不快感を込めて、質問する。
すると、男は烈火の如く怒り出した。
「はぁ!? 貴様、本気で言っているのか?」
その剣幕にさすがに目を逸らし、アキトたちに助けを求めるも、
「知らないよ、あんな奴」
「同じく。誘拐犯に知り合いなんていねー」
二人も覚えがない。犯人はそれを聞いて、乱暴にアスファルトを踏みつけた。
「――増田だ!」
警察がいるのに名乗るなんて馬鹿だろ? そう思うも、名前を頼りに思考する。結局、どれだけ検索しても思い当たらず、アキトたちに目を向けるも首を振られた。
「お前ら……ふざけるなよ! 俺だ! お前らの高校の数学教師だった増田だ!」
そこまで言われてやっと思い出したのか、
「あーっ!」
アキトが声を上げる。
「一年の頃いたペドの先生だ!」
アキトの発言でやっと思い出した。ジジも一緒に驚きの声を上げる。
「お前ら、どういう覚え方してやがる。お前らのせいで、俺は辞めさせられたというのに……!」
その告白に、俺はアキトたちにジト目を向ける。少なくとも、俺は嫌ってはいたものの、関わろうともしなかったので違う。
「マキナ、なにかしたっけ?」
「えーと、文化祭の時に脅した。あとは陰で、ペドペド言っていたくらいだろ」
ちょっと待て……陰で? って、まさか!?
「あれは陰じゃなかったろうが! 授業中、教室内、色々な場所で言いやがって!」
まぁ、こいつらに悪気はなかったんだろう。本人たちは、陰でこそこそ言っていたつもりなのだろうから。
「丁度いい、ここであったが百年目……」
「陳腐な台詞だな。せっかくこういう状況なんだ。もっと恰好のいい台詞を吐けないのか?」
ジジの軽口にペド……じゃなく、増田は顔を真っ赤にして睨みつける。
けど吼える前に、
「あーっ!」
アキトがまた声をあげる。
「もしかして、中等部の競泳着泥棒って先生ですか?」
そして、突拍子もない推測をぶちまける。
「そうだ! その通りだ!」
だがそれは当たっていたようで……ってか、そんな簡単に自白するなよ。
「てめー! 自白早すぎるだろ。謎は全て解けた! って言う暇もねぇじゃないか!」
「うっ、うるさい! お前らの事情など知ったことか」
事情もなにも、ジジの我儘だが。
「ってか。てめーペドだろうが? なんで中学生の水着を欲してんだよ!」
「だれがペドだ! そもそも、幼女趣味は二次だけだっつーの! 三次元じゃ、中学生こそ至高なんだ!」
しかしあいつらは、こんな時まで自由でいいよな。
増田は軽く咳払い。仕切りなおしをしてから、声高らかに叫んだ。
「その現場を、あいつに見られてな!」
指さすのは自分が先ほどまでいた車――無人だった。
「人質の一人を無事、保護しました」
「……しまった! いつのまに!」
……そろそろ、ツッコンでもいいだろうか? さっきからやること、成すこと、起きること。全てがツッコミ待ちをしているようにしか思えない。
「馬鹿が! なにをやっている」
もう一人が増田に近づき、蹴り飛ばす。増田は前のめりになりながらこちらに……
「犯人、確保しました」
後ろから警察官が飛び出て、拘束された。
「バカばっか」
ジジの悪い癖。だが、この場では、犯人を除く全員が力強く頷いていた。
中には、「ブラボー!」と褒める人も……ってジジの親父さん!? いつの間に? と思うもこれを機に、更に前進する。
「くそっ、動くなよ。これ以上近づくとこの子の命がないぞ!」
陳腐だが、さすがに笑えない脅し文句。
「死にたい奴からかかってこい! オレなら絶対それ言うのにな……」
「う~ん、僕なら『この子のやわ肌に傷がついてもいいのか?』っていって頬を舐めるよ」
「お前、最悪だな」
「だって、誘拐犯の末路なんて決まり切ってるもん。それくらいの、役得があったっていいじゃないか」
アキト、てめー殺すぞ? 視線に殺意を込めるも気付かれない。それにしても、こいつらはいつの間に仲直りしたんだ? さっきまで壮絶な舌戦をしていたのに、今ではいつもの調子だ。
「お前らまで俺を馬鹿にして……、俺だって! 俺だってなぁっ!」
「マキナ、犯人が自分を語りだしたよ」
「――エンディングは近いな」
ってか、いい加減煽るのを止めないか? そう、目を向けると、頷かれた?
「皆して、俺を馬鹿にして……ロリコンがそんなに悪いか!」
ジジが指さす。犯人のオーバーリアクション。腕を振り上げたり、空に切っ先を向けたり……!?
「そもそも俺は、誘拐なんてする気はなかった。女の子を家まで送り届けてあげようとしただけなのに……そこのイケメン野郎が、いきなり誘拐とか変態とか叫ぶもんだから……」
俺は二人の意図に気付き、頷く。慎重に、慎重に……にじり寄っていく。
「おかげでなにもしていないのに、幼女趣味の誘拐犯だ! 開き直るしかないだろ? ロリコンのなにが悪いぃぃぃぃっ!」
「いや、ロリコンは悪くない。悪いのは君だ」
「そうだ、リアルに手を出した時点であんたは終わったんだ。今のあんたはロリコンじゃなくて、ただの犯罪者だ!」
アキトとジジの妄言に周囲の男性たち、それと警察官二名が神妙に頷く。
「ち、ちきしょう! 俺の周りには、いけすかねぇペド野郎しかいなかったというのに……。本当の意味での同志はいやしなかったというのに……ちきしょう! 」
犯人はまた怒りを露にする。ナイフの切っ先を、アキトたちに向ける。
「ってかよ、今回のこともただの事故なんだ! あいつが、顔を見られたかもしれないとか怯えだしたから、気のせいだって……それを確認するだけのつもりだったんだ。それなのに……また、そこのイケメン野郎が……ロリコンの誘拐なんざ叫びやがって……!」
つまり――つなから離れる。
「……つーか、よくよく考えたら全部てめーのせいじゃねぇか! この……疫病神が! こうなったら、てめーだけでもぶち殺してやる!」
「ぶち殺すよりは、ぶっ殺すぞのがいいな」
「うんうん、ほんと空気読めてないよね」
駄目押しの挑発。犯人の注意が完全にアキトに向けられ、俺は駆ける。足音を殺しながら低い姿勢で馳せ――後ろから黒い影が追い越す。
ジジが投げたであろう学ランが、犯人の行動を制限する隙に俺は飛び込み、つなを抱きかかえてアスファルトを転がった。
「てめー!」
後ろから犯人の怒声。とてもじゃないが起き上れない。やばい!
そう思った瞬間、
「――確保ぉぉぉっ!」
命令が響いた。
空気を裂く、砲声。響く足音は地響き。中には潰れた悲鳴が混ざっていた気がするも、定かではない。
気付けば、静観していた人間が全員で犯人を押さえこんでいた。
「っつぅ……、助かった?」
未だ実感は沸いていなかった。
「しーくん?」
腕の中から愛しい音色。
「あぁ、そうだ」
俺は安心させるように、精一杯の笑顔と共にその頭を撫でる。
「しーくん……」
つなはやっと泣きだすも、声は堪えていた。俺の胸に顔をうずくめたまま泣いていた。
「大丈夫か、勇者」
「あぁ、少しすりむいているくらいだ」
「それはよかった」
「そうだ、さんきゅ。一応、お前らのおかげだ」
「一応は酷いね」
「オレたちなんかより、警察にお礼を言え。あの状況で、あの命令はさすがに出せねぇわ」
「そうだな……」
俺は勇気ある警察官を探すも、見当たらなかった。人混みは犯人たちに集まっている。となると、そこから離れた位置にいるのが、命令を飛ばした人物だと思うのだが……!
「はぁ?」
「まじかよ……」
「びっくりだね」
俺たちは驚愕するしかなかった。恐ろしいことに、ほぼ全ての人間が、あの命令に従って突撃していた。
だから、あそこに一人で立ちすくんでいる人物がその人なのだろうが……
「「「ねここ!?」」」
それはよく見知った顔だった。俺たちの声にねここはこちらを向いて、
「おれだって! やる時はやるっすよ!」
泣きそうな声で親指を立て、叫んだ。
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