第27話 文字通り、加速する萌え

「すいません、車を出して貰って」

 

 走りだして数分。俺は運転手――ジジの親父さんに、再度礼を述べる。


「気にしなくていいよ。外に出る口実を探してもいたしね」

 

 本当にそうなのか、親父さんはのんびりとした口調と態度。けど、俺が感謝を抱いているのはそれだけじゃない。

 親父さんは、法定速度を上回るスピードでアクセルを踏んでくれていた。


「それよか勇者、外に注意しておけよ。似たような車がいくつもある以上、ぱっと見じゃ判断つかねぇんだから」

 

 ジジの言うとおり。集中する。黒の普通車なんて何台も走っている。ブラックフィルムとなると数は減るものの、一台だけじゃない。


「そういえば、警察にはもう連絡しているんだっけ?」

「はい」

「犯人は君たちに気付いていた?」

「あぁ、オレに向かって突っ込んできやがったからな。くそっ、やっぱサイドミラーじゃなくてフロントガラスをぶっ壊すべきだった!」


 説明を聞き、ジジの親父さんは意味深に頷く。カーナビを展開させ、この周辺の地図を映し出す。


「となると……、こっちか」

 

 体が泳いだ。

 急な方向転換に窓に頭をぶつける。


「いきなり……! なんだよ! 親父」

 

 ジジの文句など意に介さず、親父さんはハンドルを握っていた。


「たぶんだが、犯人たちは隣の県を目指している」

「まじかよ?」

「あぁ、県を跨げば警察の管轄も変わる。お役所仕事は色々な手続きが必要になってくるからね、犯人たちにとっては都合のいい展開ってわけだ」

「ドラマの見過ぎじゃないか? 脚本みたく、そう上手くいくのか?」

 

 ジジは信じられないのか難癖をつける。それを、親父さんは笑って流している。


「つい先日、誘拐――正確には、略取未遂があったばかりだ。いつもよりも、警察の警備は厳しくなっているに違いない」

「じゃぁ、高速道路か?」

「半分正解だ。サイドミラーが片方ない車は目立って仕方がないから、人の目に付かない道を選ぶのは当然。しかし、高速道路だと逃げ場がない。致命的な特徴を持っている以上、待ち伏せされておしまいさ」

 

 どうやら、サイドミラーが片方ない時点で警察が動くに値するらしい。


「となれば、選ぶのは山道。夜間ならドライブや肝試しにやってくる連中もいるだろうが、夕方の時分にやって来る物好きはそうはいない。人通りは皆無に等しく、曲がりくねった道だと車間距離を広めに取るから、サイドミラーの欠損に気づかれる心配も少なくなる」

「ほんとうかよ? 誘拐で山道、県境なんざテンプレじゃねぇか」

「テンプレだからこそ、だ。人の目ほど怖いものはない。どんな事件も、目撃証言が決め手になることは多いんだ」

 

 景色はどんどん田舎に変わっていく。

 すれ違う車も減っていき、人通りがなくなる。それにもかかわらず、無駄に広い道路は過去の名残だろう。

 昔は炭鉱が盛んで、この道は大型トラックなどの重機器が通るために整備されたらしい。勿論、エネルギー需要の変化によって、とっくの昔に閉山されている。

 それなのに、噂だけは健在だ。

 大規模な炭鉱事故が起きた事実から、この辺りには怪奇現象が起こる、と。


「どうやら、正解のようだ。ほら、こんな辺鄙な場所にパトカー。同じ考えのようだ」

「え? それって……」

 

 サイレンの音が聞こえてきたので振り返ると、確かにパトカーがいた。


「そこの車止まりなさい!」

「なに! すぐ近くに犯人がいるのか?」

 

 親父さんは周囲を見渡すも、無駄だと思う。きっとこれは……


「そこの車! スピード違反です!」

 

 間違いなく、俺たちが乗っている車を追いかけていた。


「どうするんですか?」

 

 焦りが口走る。

 親父さんの立場を考慮すると止まるべきなのだが……


「――振り切る!」

 

 親父さんはためらいもなく、アクセルを踏み込んだ。


「ちょ! 本気かよ親父!」

「さすがにまずいんじゃ!?」

 

 そろそろ、山道に入る。

 この速度のままでは、冗談抜きで死にかねない。現に後ろのパトカーは速度を落としたのか、サイレンが遠くなる。

 親父さんは、ノンストップでパトカーを振り切った。なんというか、やっぱりジジの父親だなぁと、しみじみ思ってしまう。


「ふっ、とるにたらんな」

「ドラマや劇の見すぎだ……」

 

 そういうお前はエロゲーのやり過ぎだろ? そう言ってやりたかったが、さすがに父親の前なので許してやる。


「む? あれは……」

「今度はなんだ? くそ親父」

「不審車だ。バックミラー、後ろを見てみろ」

 

 言われるがままに後ろを見ると、驚くべき光景が広がっていた。


「まじかよ……」


 あのジジですら、驚愕していた。


「うわぁ……」


 俺としては、言葉も出てこない。

 黒の車体を背景にカフェの制服を着た少女。長い髪に大きな瞳。胸は平面に近いくせして、スカートから覗かれる太ももは扇情さをはらんでいる。

 まぁなんだ、いわゆる『痛車』が後方を走っていた。


「親父、別にアレは不審車ってわけじゃ……」

 

 いや、すぐ後ろにいる以上、パトカーを追い越してきた。

 つまり、パトカーの横をスピード違反で走り去った『不審車』に違いはないだろう。


「なに! ……おぉっ! よく見てみるとあれは○○たんではないか!」

「おぃ! 今なんつった?」

「いや、たまたまだ。たまたま職場の後輩が好きでな……」

「ったく別にいいけどよ」

「お前が言える立場じゃないだろ」

 

 呆れていると、またサイレンの音が近づいてきた。

 見える範囲にはいないが、これは……?


「……数が、多い?」

 

 聞こえてくる音は一台ではない。


「ここからは、いくら警察といえど無茶な真似はできまい」

 

 片側一車線の一般道。見通しの悪い山道。そんな危険な道を八〇キロオーバーで進んでいくと――とんでもない光景が待っていた。


「ぶ!」

「なぁ!」

「神だ!」

 

 三者三様のリアクション。というか、これは驚かずにいられない。

 後ろだけでなく、前にも痛車。しかも、一台や二台じゃない。ってか、逆走!? 片側一車線なのに、横にも並んでいやがる。


「なんなんだ、これは……」

 

 当然のように皆、スピード違反である。その証拠にパトカーが何台か追いかけてきているのか、サイレンの音がつかず離れず付いてきている。

 あり得ない光景に驚いていると、携帯が鳴った。

 液晶を見ると『アキト』の文字。まさか!


「もしもし?」

『勇者か? やっと追い付いた』

「追いついたって、お前……?」

 

 後ろや横、前の車を見る。目のやり場に困る美少女がたくさん描かれていて、若干尻込みするも凝らす。


『ブラックフィルムだから、そっちからは見えないと思うよ』

「お前、これはいったい……?」

『僕たちの同志――魔王を倒す、勇者の仲間だよ』

「……悪いが、今は翻訳している余裕がない!」

 

 キレ気味に告げるとアキトはちぇっと舌打ちして、


「昨日の朝に、説明したばかりなのに……」

 

 グチグチと文句を漏らしてから、


「僕の〝つぶやき〟に力を貸してくれた人々だよ』

「つぶやきって……?」

「ソーシャルネットの一つだ。一昨日の事件のお陰で、アキトのつぶやきは大勢の人間に注目されている」

 

 俺のつぶやきに、ジジが簡単に説明をしてくれた。しかし、


「だからって、何で痛車なんだよ?」


 これはツッコまずにはいられない。


『そりゃぁ、敵味方を区別するためだよ』

 

 平静に告げられ、納得する。

 全員が顔見知りでない以上、わかり易いシグナルは必要不可欠。その手段が痛車というのはアレだが……ってか、よくこんなにも集まったな。


『それでね、勇者。あの時、周囲には僕たちしかいなかったけど、マンションとかビルの上から目撃していた人はいたみたいなんだ』

「なら、この先に?」

『あぁ、初名ちゃんはいるはずだ』

 

 となると、親父さんの推測は正しかったのか。


「これは目のやり場に困る……年甲斐もなく、心がぴょんぴょんしてきたぞっ!」

 

 親父さんは鼻で荒い呼吸をしながら、大人としては致命的な台詞を口走っていた。


「おぃ、こら親父! 一応友人がいるんだ、少しは落ち着け! って前! 前! ちゃんと運転しろ!」

 

 あのジジが普通の注意をしている……親父さん、すごいな。


『そっちは賑やかだね。とりあえず一旦切るよ。現場で落ち合おう』

「アキトの奴、やってくれるよな」

「あぁ、ほんとだ」

 

 おかげで誰が悪いのか、警察もどの車を追いかけているのか混乱しているはず。それどころか、痛車に道という道を防がれて、見動きすら取れないだろう。


「なんだこれは! ――楽園かここは!」

 

 親父さんは、何処かで聞いたことがあるような女の子の名前を連呼する。けど、たまたまって言っていた割には詳しいっすね。とは、さすがにツッコめなかった。


『そこの暴走車両止まりなさい!』

 

 後ろから、拡声器を通した注意が響き渡る。混ざり、不協和音を奏でる。


『もうちょい詰めろ! ぶつける勢いでなきゃ、こいつはもう止められねぇぞ!』

『無理です! 俺にはできません!」

『はぁ? 何言っているんだ……』

『自分の嫁を傷つけろと言うんですか!』

『はぁ? お前は一体なにを……』

『こちら応援を……! 鍵っ娘たちに囲まれています。これ以上は耐え切れません……ハァハァ……』

『なんだと! 何処だ? すぐ行く! 俺の嫁たちを傷つけたら許さないからな!』

『馬鹿野郎! 本当にぶつける気か!? お前、俺の言うことを聞ごぼぁっ」

『待ってろよ! 俺が守ってやるから。誰が相手でも邪魔はさせない!』

 

 ……この国は終わったかもしれない。

 サイレンに紛れた木霊。俺は聞こえないふりをして、前を向く。

夕陽に向かって加速を続ける、無数の痛車の列。親父さんは奇声を発しながら、必死で追い縋る。


「なぁ、ジジ。お前の親父さんは脚本家じゃなかったのか?」

「元……な。今でも書いちゃいるけど、少し特殊なミュージカルだな……」

 

 これ以上、深く掘り下げるのは気が引けた。

 しかし、状況がいい方向に進んでいるのかどうかは判断しかねる。

 もし本当にこの先につながいるとして、誘拐犯は未だ冷静でいるのかどうか。


 こういった状況なんて、漫画の中でしか知らない……って!?


「どうした? 勇者」

「もしかして、お前が以前言ってい――ッ!」

 

 タイヤの軋む音。急ブレーキとまではいかないが体が前に流れる。


「なんだ、なんだ?」

 

 ジジの苛立ち。

 気付けば前方の車が止まっていた。


「さぁ、降りたまえ」

 

 従うと、俺たちが向かう先とは別方向を親父さんは見据えていた。


「どうした?」

 

 ジジが声をかけると親父さんは背中を向けたまま、

「ここは私に任せて先に行きたまえ」

 言い放った。

 

 二人して、無言で顔を見合わせる。


「警察の足止めぐらい、この老いぼれに任せろ」

 

 いや、むしろ事情を説明して一緒に来て貰えるとありがたいんですが?


「勇者、放っておこう。あれはもう、どっかイッちまってる」

「いいのか?」

 

 ジジは自分の父親に対して、容赦なく切り捨てた。


「その台詞は、オレが言おうと思っていたのに……」

「悪いが、先に行くぞ」

 

 俺はジジすらも置いて、車と車の間を突き進んでいく。

 数多の美少女たちに見送られた先には人垣ができていた。


「勇者! ジジ!」

 

 その中から、聞き覚えのある呼び声。


「アキト、それにねここも」

 

 二人は身を低くして車体に隠れていた。

 俺たちはそこで合流した。

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