第26話 中学校で盗まれたモノは……
「あっ! 今、思い出したんだけど」
放課後を告げるチャイムの前に、後ろから騒音――アキトが大声と共に立ち上がった。
「……芳野。もう少しだけ、待てないか?」
担任の注意は疲弊していた。後ろを見てみると、アキトはしょうがないと肩を竦めて座り……ってか、お前のがふてぶてしいよな?
「昨日だが、中等部で盗難があった」
その連絡事項に、「盗まれたのはスク水ですか!?」ジジが神速の居合い。
小学生も尻込みするような砲声に切り裂かれ、全員絶句。否、乗っかる馬鹿が一人――
「当然だろう? ブルマじゃない体操服を盗んで、どうするというんだい?」
振り返ると、この場に……いや、その発言からはほど遠い、爽やかな笑顔のアキト。
「でも、今は一月っすよ?」
ねここの常識的な指摘が、不幸にも火に油を注ぐ結果を生む。
「いや……水泳部がいる……。つまり!」
「競泳着か!?」
ジジの叫び声で、教室中の視線が集まる。
「な、なんて! なんてっ、レベルが高いんだ!」
「まったく、上には上がいるもんだね」
当事者の二人ではなく――俺に。
もう、全員に俺が処理係だと認識されているのが哀しくて辛い。
「お前ら、少し黙ってろ」
簡潔に、教室の気持ちを代弁する。
「えー、だって大事なことじゃんか」
「だ・か・ら! 担任が今から詳細を語ってくれるから、大人しく聞け」
「勇者がそう言うなら致し方ないね」
俺は目だけで担任に先を促す。
「あー……、なんだ。十文字が言った通り、水泳部の水着が盗まれたんだが……お前たち、まさか犯人じゃないよな?」
「当然だ! まだ、その域にまでは達していない!」
「だね。着せる相手もいないし。モノに発情するフェティシズムはジャンル外だ」
それは一生なくていいと思う。まだ、なんて使うなよ……。
「とりあえず! そういった事件があった。つまり、外部からの侵入があったと言うことだ」
脱線しまくったが、やっと担任は伝えるべき内容を述べた。
「誘拐未遂、不法侵入、盗難と、ここんところ物騒な事件が多い。だから各自、気をつけるように」
放課後を告げるチャイムは、既に鳴り終わっていたけど。
「しかし、許せないね」
校門を出るなり、不満を漏らすアキト。やはり話の入り方は不自然かつ、意味不明である。
「だな。リアルに手を出すなんて、変態の風上にもおけない」
お前らの変態の定義を一度詳しく訊いてみたいと思うも、後悔するのは火を見るより明らかなので、やめておこう。
「そうっすね。よりにもよって、うちの中等部を狙うなんて許せないっす」
ねここの発言に皆、頷きか一言で返す。
「けど、ウチの学校て結構セキュリティ高いよな?」
中校一貫の私立。当然、一般の中学校よりは頼もしい警備であるはず。
「勇者、結構じゃなくてかなり高いよ」
「あぁ、そうだな。今までに何回捕まりかけたことか……」
「おぃ、待てこら」
俺のツッコミに「?」マークを浮かべる二人。
「まさかお前ら、本気で犯人じゃないだろうな?」
「失礼な! さっきも言ったが、モノに興味はない」
「でも、高等部の僕たちですら、意味もなく校舎内にいたら質問される警備。外部からとなったら、もっと厳しいと思うんだけどね」
アキトは誤魔化そうとしているのか、真面目に考察しだした。
「となると内部の犯行か、内部に詳しい人の犯行ってことになる。けど生徒は除外だよ。いくら造りに詳しいっていったって、セキュリティまでは知らないはずだからね」
「そういうわけで、オレたちは無実だ」
「いや、盗難に関してはそうかもしれんが、無実じゃないだろ?」
「だったら僕たちで犯人を捕まえようか?」
「それはいい! 実に素晴らしい」
「賛成っす」
アキトの急な提案に、二人が即座に賛成する。
「ちょっと待て……。なにがだよ?」
好き勝手に喋るのは構わないが、具体的な行動に巻き込むのは勘弁して貰いたい。
「だから、盗難事件の犯人を捕まえるんだよ」
「無理だろ。どうやって探す気だ?」
俺は常識的な指摘をするも、
「勿論、聞き込みだね」
アキトはどこ吹く風。
「それなら堂々と、中等部の校舎をうろちょろできるしね」
「マテこら! 絶対それがメインだろ?」
「役得という奴だよ」
「閣下は今、いいことを言った」
「はぁ……、どうでもいいけど許可下りねぇだろ? 自称でやる気か?」
「う~ん……自称は既に失敗しているからね」
こいつらは俺と会うまでの約半年、どれほどの罪を重ねていたんだ?
「アンケート取るだけでも、色々と聴取されたもんな」
「そうっすね。あの時は、おれだけ置き去りにされて酷い目にあったす……」
今以てなお、アキトたちの行動に追い付いていけていないねここ。当時の扱いは、今よりも酷かったようだ。
「つまり、勇者だけ経験していない! これは不公平だ!」
ジジの言いがかり。アキトとねここも乗っかって、口々に差別だ、卑怯だ、勇者のくせにと、喚き散らす。
「わかったよ……」
仕方なく、俺は折れた。それが、一番平和に済むと判断したからだ。
――聞き込み。
というか、先生に話しを訊いただけだが。快く応じてくれた旨を伝えると、ジジとアキトが驚愕した。
「馬鹿な! ぶっちゃけ、オレたちの中で一番アレなのは勇者なのに……」
「ほんと、嘆かわしい。皆、上辺でしか判断できないなんて……」
「いや、どう考えたってお前らよりはマシだろうが?」
二人の言い分に納得がいかず俺は投げかけるも、
「やはり、自覚なしか」
「やっぱ、天然って最強だよね」
可哀想な人を見る目で迎えられた。
はっきりって、非常に不愉快である。
「ってか、単純に卒業生だからじゃないか?」
「それだと、なんでおれは捕まったんすか?」
接点はなかったが、ねここも中等部からの内部進学組らしい。顔見知りの教師もいただろうに、どうしてそのような事態に陥ったのか……?
「知るか、ボケ」
考えるのが面倒で、俺は切り捨てた。
「ちょっ! 酷いっす。少しは真面目に考えて欲しいっすよ」
「見た目かな?」
「挙動不審だからだろ?」
「存在感がなかったからじゃね?」
アキト、ジジ、俺の答えに納得がいったのか、ねここは沈黙した。
それを好機に、俺は手に入れた情報を伝える。
「なんか、犯人を目撃した生徒がいるらしい」
一年生の女の子で、江本祥子。四時限目の授業の途中、体調を崩して保健室へと向かっている時に、不審な男を見かけた。彼女の姿を見て、その男は慌てていたようにも見えたが、その時は気にしなかった。
翌日、水着の盗難を聞いて、もしかして……と、教師に報告をした次第。
「――顔とかはよく覚えていないと、その子は先生に報告している」
言い切ると、何故か不穏な空気が流れた。
なんともいえない表情のアキト。それを心配げに見ているジジ。ねここだけいつも通り。いや――
「なら、その子に話しを訊きにいくっす!」
面倒くさいことに、いつもよりハイテンション。
「で、どうすんだアキト?」
ジジはどっちつかずな態度。普段なら率先する馬鹿なのに、らしくない。
「僕は……構いやしないけど。勇者は? たぶん、初名ちゃんもいると思うけど」
「は? つなが……?」
「うん。彼女は、初名ちゃんにピアノを教えているからね」
なるほど、江本祥子ってあの祥子か。ウチの店でも見かけたことがある。中等部の制服を着て、俺を先輩と呼んだ。
あれは確か……文化祭前か。
やけに、質問された記憶がある。しかも、個人的――俺や俺のクラスがなにをするか。特に、いつものメンバーでなにかしないのか、と。
それを聞いて、絶望したのを覚えている。俺たちの存在は中等部にまで知れ渡ってんのか、あのアキトが女子から人気? ……まぁ、今となってはどうでもいい話だ。
アキトの仮面は外れ、文化祭の捕り物で俺たちの知名度は最早、磐石なものになってしまっているのだから。
「俺は構わないから、行ってみようぜ」
つながいるなら、上手くすれば帰れるかも。
「そう、なら急ごうか。時間的にピアノのレッスンが終わって、初名ちゃんを送ってる最中だと思うし」
迷いなく、アキトは進む。こいつは、本当に少女たちの行動範囲を把握していたのか?
「たまたまだからな」
心の中のツッコミにジジが介入してきて、驚く。
「心を読むなよ。ってか、お前が気遣うなんて珍しいじゃねぇか」
「たまにはいいだろ?」
普通に受け答えされ、俺はまた言葉を失う。わからん。目的地についた頃には、ジジは普通にうざくなっていた。
「はぁ、はぁ……ここで待っていれば、来る筈だよ」
遅れて、アキトとねここがやってくる。売り言葉に買い言葉。俺たちは、直線になった位置から競争していた。
「おせーよ、閣下。お前を待ってたんだぞ?」
その言葉に嘘はない。
「勇者の奴が、お前がホームルームで思い出したことは、なんだったんだって言いだしてさー」
実際は勝ちを連呼するジジがうるさくて、話しを逸らしただけ。
「あー、あれはね」
まだ苦しいのか、アキトは膝に手を置き、項垂れていた。。
「ちょっと、昨夜の誘拐犯の顔に見覚えがある気が――」
そう、顔をあげたアキトの表情が瞬間、止まった。目を見開いたまま固まり、零す。
「――え」
アキトらしからぬ声だった。あまりに弱く、幼い。それに対して軽口を叩くよりも早く、風を切った。ジジが猛スピードで、俺の横を通り過ぎた。
「ロリコンの誘拐!」
アキトの一声に、中年の男二人が驚いたようにこちらを見た。手に持っていた冊子を投げ捨て、懐からナイフのような銀光!?
「つな!」
遅ればせながら俺も馳せるが、遅い。黒い車に引きずり込まれた見知った顔。数秒遅れて、微かな悲鳴と中等部の制服を着た少女――その子は、俺たちの目の前で車に連れ込まれた。
乱暴なアクセル音。ジジは車と正面から対峙――急発進。
「ジジ!」
三人の声がはもる。荒ぶるアクセル音に紛れて響いたのは、乾いた音と鈍い音。まるで、重たいなにかが地面に落ちたような……。
ジジに向かって来たということは、次は俺たち。止めなくちゃ!
そう思うも、車体が近づく遥か手前から、俺は恐怖で歩道へと逃げてしまった。数秒後、車が通り過ぎる。その姿を追おうと振り向くと、アキトたちも歩道に避難していた。
「勇者、大丈夫?」
ナンバープレートを暗記しようと集中していた俺は、アキトの言葉にハッとなる。
「馬鹿っ! 俺よりジジだ!」
言い放つと共に起き上り、ジジの元に駆け寄ろうと地面を蹴り――ぶつかった。
「痛いじゃないか、勇者」
「……ジジ!?」
目の前ではジジが顔面を押さえていた。つまり、衝突の相手はジジ。ってか、ここまで走ってきた?
「お前……大丈夫なのか?」
「あぁ、紙一重でかわした」
「いや、でも? なんかすごい音したぞ?」
「あぁ――」
ジジは無造作にそれを見せつけた。
「……サイドミラー?」
「正面からガラスをぶち抜こうと思ったんだが……くそっ、これが限界だった」
悔しそうにジジは説明するも……マジかよ?
「これで、犯人の特定はやりやすくなった。それと、犯人が投げ捨てた冊子は地図だった。おおかた、道を訊くふりをしていたんだろう。で、誰かナンバープレート覚えていないか?」
「それなら俺が覚えている」
「さすが、勇者だな」
一歩間違えれば死んでいたかもしれないのに、ジジはいつもの調子だった。
「なら、それを閣下に教えてやれ」
「――ええ、誘拐です。場所は……」
アキトは携帯を持っていた。発している単語から、警察へ連絡しているのだと気付く。いつの間に……そう思うも、アキトに覚えたナンバーを伝える。
「さて、あとは待つだけか……」
悔しいが、ジジの言うとおりだった。
「ところで勇者。初名ちゃんの親御さんには連絡どうする? お前からするか、警察に任せるか……」
「――俺がする」
断言した。和佳子さんに、警察からの電話で知らせるような真似はしてたまるか。
『はい、もしもし……』
相手の応答が終わる前に、
「和佳子さん、俺です」
切羽詰まった声を吐き出す。
「え? しーくん?」
その声は驚きと疑問をはらんでいた。けど、これを伝えると、
「え……? 嘘よね?」
驚愕となり、恐怖を吐き出す。
電話越しですら、俺は逃げ出したくなっていた。もし対面していたら、満足に説明できなかったかもしれない。
けど、俺が逃げたら、警察に初めてその事実を突きつけられてしまう。
それだけは……絶対に駄目だ。
「つなが誘拐されました。既に警察には連絡しています。それに車のナンバーとか特徴も捉えてあるんで、すぐに捕まると思います」
らしくない言葉だが、和佳子さんに一つ一つ伝えていく。箇条書きを読むように端的に起きた事実と、俺の希望的観測を口にする。
「……そう、わかった。――大丈夫なのよね?」
言葉だけは落ち着いていたが、口調はいつもより早く、高い。冷静なわけなかった。そんなのは当たり前だった。
「和佳子さん、大丈夫ですから。警察から連絡があるかもしれないですけど、大丈夫ですから! 俺も動きますから。絶対……大丈夫ですから!」
根拠のない言葉を必死で連ねる。何度も何度も大丈夫と、自己暗示のように繰り返す。
「……わかった。しーくん、お願い――」
「わかりました」
俺は和佳子さんのお願いに、強く頷いた。
「終わったか?」
ジジの問い掛けに、頷きだけで返す。アキトのほうも電話を終えたのか、両手には二台の携帯。物凄い速さで操作している。
ねここは混乱しているのか、俺たちの顔を見比べては口をもごもごさせている。
「で、どうする?」
こんな状況であっても、ジジは俺に意見を――決定を委ねてきた。
「そんなの決まっている――」
俺たちに、どうにかできる問題じゃない。それ以前に、どうしていいのかもわからない。相手は車で、凶器も持っている誘拐犯。
警察に任せるしかない……そんなのはわかり切っているのに、
「つなを助けに行く」
俺は言い切った。
「しゃぁないなぁ~、勇者の決定は絶対だからな」
ジジはいつもみたいに、その台詞をあっさりと発した。今まで、俺の言うことなんて聞かなかったくせして、当然と言わんばかりに口にしやがった。
「まぁ、その言葉を待っていたんだけどな」
「――え?」
「ここで大人しくしているなんて言われたら、どうしようかと思ったよ。勇者がいなくちゃ、話しにならない」
優しいブレーキ音。俺たちの目の前に車が止まった。
「それじゃぁ、行こうか」
「……ジジ?」
「オレは物語よりもキャラが先だと思っている。だったら、こういう事態も常に想定しているに決まってるだろ?」
ジジはそう告げて、後部座席へ乗り込む。
「ほら、急げ勇者」
その言葉に、俺も続く。
「それじゃぁ頼んだよ、ジジ」
「あぁ、任せろ。ちゃんと追い付けよ?」
車の中と外での会話。つまり、
「アキト、お前は来ないのか?」
「あぁ、警察に連絡したのはいいけど真偽の確認とか詳しい現場の状況、このサイドミラーとか説明しないといけないことは山ほどあるからね」
確かに内容の信憑性がわからない限り、警察だって動くとも限らない。
「なぁに、すぐに終えて追いかけるさ」
いつもと変わらぬテンション。ジジとアキトは恐ろしいほどに普通だった。
だから、俺もこいつらに付き合おうと思った。
冗談ではなく、本気で応えようと思い――初めて、自分が〝勇者〟だと意識して、
「――わかった。待っているからな」
声をかけた。
「あぁ、必ず追いつく」
そう返事をしたアキトとは違い、ねここは先ほどから言葉すら発していない。
けどそれは、妥当な反応。
俺は悩む。いつぞやのアキトたちのようにレベル不足だと宣告して、ここは退かせるべきではないかと。
俺の迷い、不安を感じ取ったのか、ねここと目があった。唇がわななくも、歯がぶつかり合うだけ。喉を、空気を震わすには至っていない。
傍から見れば、情けない姿なのかもしれない。
「――っす……よッ」
耳が捉えた微かな声は、やけに高い。動揺を隠すことだけに専念すれば、もう少し整った体裁でいられただろうに――
「頑張る……っす」
声援なんて送ろうとするから、惨めな醜態を晒してしまう。
「頑張るっすよ! 勇者!」
ねここは頑張っている。戦力外。この件に関しては、決して役に立つとは思えないが、切り捨てる選択肢はなかった。
「あぁ、わかった」
その言葉が合図だったかのように、車が走り出した。
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