現代:勇者たちの非日常(ラノベ的ギャグ&シリアス)

第25話 ここって現代日本だよね?

 つなと手を繋いで、歩く。

 傍から見れば兄妹に映るのか、誰も奇異の目を向けたりはしない。

 けど、もし俺の気持ちを知れば、そうはいかないだろう。

 結局、俺の周りにつなよりも〝歪な〟異性は現れなかった。

 だから、俺の気持ちは変わらず……この幼い少女に向けられたままだった。


「しーくん――」

 

 つなは、他愛の無い会話を繰り返す。俺はただ笑顔で頷き、当たり障りのない言葉を返す。


「ぁ、千代見おねーちゃん」

 

 つなの言葉に、俺は目線を上げる。


「あれ? つなちゃんにお兄ちゃん?」

 

 信号待ちしていたのは、黒のブレザーに赤チェックのスカート――制服姿の妹。どこかしょんぼりと肩を落としている。


「なんだ、お前も帰りか」

「そう、今日は部活がお休みになっちゃってさ」

 

 千代は不満げに理由を説明した。


「なにかあったのか?」

「昨日、誘拐未遂があったじゃん。だから念のため、しばらくは放課後の部活が禁止になったんだ」

「随分と大げさだな。犯人は捕まったっていうのに」

「お兄ちゃん、なに言っているの?」

「あん?」

 

 馬鹿にした口調と視線に、つい悪い口癖が出てしまった。


「っと……、なにが?」

 

 すぐに口元を押さえて取り繕う。つなは、不安そうに俺と千代を見比べていた。


「犯人はまだ捕まってないよ」

「まじかそれ?」

「昨日のニュースでも言ってたじゃんか」

「え? アキトの奴が誘拐犯を捕らえたんじゃ?」

「芳野さんは、誘拐犯から子供を助けただけだよ。軽く取っ組み合いみたいにはなったけど、結局犯人には逃げられちゃってる」

 

 俺は記憶を掘り起こす。確かに誘拐犯から少女を守ったとか助けたとか書いてあったが、捕まえたとは一言も出ていなかった。加え、犯人の特徴のテロップも出ていた。


「あれ? 知らなかったのなら、どうしてつなちゃんと一緒に帰ってるの?」

「……念のためだ」

 

 中々に鋭い質問に、俺は僅かな間で返す。


「ふ~ん、私は放置なのにね」

「お前の年なら大丈夫だろ」

「あー、酷い。中学生だってまだまだ危ないんだよ」

 

 子供っぽく文句をたれる千代。

「ねー」

 などと可愛らしい声を出して、つなに同意を求めている。


「そりゃぁ、部活で遅くなるってんなら迎えに行くけどな」

「え? ほんと?」

「そりゃぁ、夜分一人で歩くのはさすがに危ないだろ?」

「えへへ、そっか」

 

 千代は俺の腕に絡んでくる。


「じゃれるな」

 

 右手につな、左腕に千代の温もり。さすがにこうなってくると、注目を集めざるを得ない。


「しーくんは優しい!」

 

 振りほどこうとする前に、つなが追い打ちをかけてきた。

 千代が同意を示すように、「ねー」猫撫で声を出す。


「はぁ……」

 

 こういう時、女はずるいと思う。子供っぽい仕草や表情に無理がない。いつまでも、可愛く見える。


「お兄ちゃんは、一旦家に戻るの?」

「んー、どうすっかなぁ……」

 

 生ケーキを取り扱っていない現状、店は忙しくなかった。顔を出したところで、手伝えるような仕事はないだろう。


「つなはどうする?」

 

 家に帰っても誰もいない。かといって、店に行っても大人しくしているしかいない。


「わたし?」

 

 つなが店に行くなら俺も行こうと思っていると、

「そうだ! つなちゃん家に来なよ」

 千代がそんな提案を持ち出した。


「……いいの?」

「うん。どうせ私も暇だしね。あ、それとも今日もピアノのお稽古とかあるの?」

 

 千代は同年代の子に話すように、声を弾ませる。こういったところは、とても真似できそうにない。

 基本的に考えてから口に出す俺では、どうしても揺らぎを生んでしまう。逆に考えず口にすると、暴言の類になるので論外である。


「ピアノは、明日だから――」

 

 にっこりと、つなは笑顔で答えた。


「なら、俺はちょっと買い物してから帰るわ」

「えー、なんで」

「なんでって、お前は冷蔵庫の中身を具体的に把握してないから、そんな台詞が言えるんだ」

 

 俺の指摘に、「あぅ」と呻き声を上げる千代。


「しーくんがごはん作ってるの?」

「お母さんがいない間だけね」

 

 千代の回答に、俺は余計な一言を付け加える。


「けど、家で料理できないのはお前だけだぞ?」

「あたたた……、それは言わないで」

「こら、足を止めるな。重いだろ」

 

 腕にぶら下がる状態。さすがに中学生ともなると重くて、歩きづらい。


「ひどっ! そんなに重くないよ!」

「そういう問題じゃない」

 

 俺は一度足を止め、二人を腕から引き剥がす。


「悪いけど、荷物頼んだ」

 

 唇を尖らせて、ぶーたれる千代に鞄を任せる。


「はーい。お土産よろしくね」 

「早くねっ、しーくん」

 

 二人を見送ってから、俺も歩き出す。

 雪こそ降っていないものの、寒くて仕方ない。さっきまではそんなに感じなかったのにな……一人だからか? 俺は軽く笑って、走りだす。

 さっさと済ませて戻ろう。

 今晩はつなもいるし、和佳子さんも呼んで鍋でもするか。

そんな主婦みたいなことを考えながら、俺はスーパーで特売品を漁っていた。

 


 

 相変わらず、三人の登校は俺よりも早かった。

 毎日毎日、いつものノリに興じられると面倒だったので、俺は席に着くなり先手を打つ。


「そういや、お前。誘拐犯を捕まえたんじゃなかったんだな」

「なにを、今更なことを言っているんだい?」

 

 いきなりの質問にアキトが首を傾げる。


「いや、だってお前、俺の技を使ったんだろ? だったら、捕らえられたんじゃないのか?」

「あー、昨日言ったでしょ? コンクリだとやばいって。だから途中で怖くなって力を抑えたら、予想以上にダメージを与えられなくて逃げられたんだよ」

 

 確かに、アレは調整が難しい。納得ができてしまい、俺は話の接ぎ穂を失う。


「以前から思っていたんすけど、勇者ってどうしてそんなに強いんすか?」

 

 奇跡的に、ジジやアキトではなくて、ねここが口を挟んだ。


「それは、やっぱり勇者だからじゃない?」

 

 アキトよ、それは全然理由になってないぞ。


「そう言われたら納得だが、不思議ではあるな」

「そうか? それなら、お前だってそうだろ」

 

 はっきり言ってジジも強い。基本的な筋力、持久力、運動能力でいえば俺よりも勝っているし、喧嘩にも慣れている。


「オレはほら! 以前も言ったけど、物語よりキャラが先だと思っているからさ」

 

 それは理由なのか? 未だもって、その言葉の真意が不明確な俺には計り知れない。


「勇者は別に不良ってわけでもないし、格闘技をやってもないだろ?」

「そうだが」

「なら、なんでか教えてよ」

 

 三人が俺を追い立てる。だが、そんな彼らを満足させる理由がないので困る。

 それとも、面白くなくても正直に話せば納得してくれる……か?


「……敵が、多かったからだよ」

「ここって、現代日本だよね?」

 

 俺の告白は、あっさりとギャグに流された。


「茶化すなよ、閣下」

 

 そういうジジも、口元を手で覆っている。


「要するに、色々な人間から恨まれていたんだ。態度が悪い、偉そうだなんだかんだな」

 

 他にもマザコンとかシスコンと揶揄されたり、趣味が女々しいとか言われたり……思い出すだけでムカつく。


「そういう奴らを黙らせている内に、慣れただけだ」

 

 俺のつまらない事実に三人は、

「へ~」

 と、実にどうでもよさげの相槌を打ちやがった。


「うん、確かに勇者は敵が多そうだね」

「上級生とかに、絶対目つけられてただろうな」

「きっとふてぶてしい態度を取ってたっす」

 

 そして、すべった話をフォローするように三人が口々に零す。


「はあ……」 


  真面目な話をこいつらにするべきではないと、俺は今更ながらに実感した。

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