第2章 出会い②
ソーラーカープロジェクトとは簡単にいうとソーラーパネルを載せた太陽光で動く車を製作する学生プロジェクトだ。過去には海外の大会にも参加していたらしい。ちなみに学生プロジェクトは部活の発展形のようなもので、プロジェクトごとに差異はあるが、学生らが自ら活動方針を決めて自由なものづくりを行う団体のことだ。
「…とまあ、かいつまんで説明するとこういう感じなんだけど、その様子だと知っているよね。」
紅茶を所々で飲みながら一通りソーラーカープロジェクトについて説明した彼女はほほ笑んだ。この学生プロジェクトを置いているのがこの大学を選んだ理由の一つであった私は頷く。
「さて、ここのプロジェクトの説明は終わったんだけど、この工房については知ってる?」と先輩に訊かれ、記憶をたどる。
「オープンキャンパスでこの大学には来たのですが、ここに来た記憶がないような…というか、いま僕は大学のどのあたりにいるんですか?」
「そういえばこの工房オープンキャンパスの時は公開してなかったっけ…。じゃあ知らないか」
彼女は微笑み、この工房を案内してくれることになった。
「…改めてここがソーラーカープロジェクトのブースよ。今うちの機体は展示中だからここにないけど、いつもはここに機体を置いているの。」
彼女は目の前のぽっかりと開いたスペースを指さす。確かにその周囲には交換用なのかタイヤや部品などが置かれていた。
「他の所にも行こうか」彼女に促され、私は導かれるように後をついていった。
学生フォーミュラの機体を作るフォーミュラプロジェクト、ロボットを作りロボコンで優勝を目指すロボットプロジェクト、森の生態系を調査し自然保護を行う自然保護プロジェクト…彼女に案内されて私は夢工房にある様々なプロジェクトを見学した。そこでは様々な人々を見た。誰もが皆、輝いて見えた。だが不思議と、彼女は他の人たちよりも一際輝いて見えた。一通りプロジェクトの見学を終えた後、彼女は工房にある作業場を案内してくれた。
「ここは私たちが使う作業場よ。手前においてある2台の機械が旋盤という工作機械で、回転している材料に刃を当てて削りだして物を作るの。奥にある2台の機械はフライス盤で、こっちは刃を回転させて材料を削りだすのよ。壁側にある3台はボール盤と言って、ものに穴を開ける機械。その手前にあるのは糸鋸よ。」
機械の多さに思わず「すごいな…」と口から嘆息が漏れる。
「糸鋸はもしかしたら見たことあるかもしれないけど、他の工作機械はなかなか見たことないんじゃないかな」
「確かに、糸鋸は小学校の時に何度か授業で使ったことはありますが、他は初めて見ました。」
「そういう普通の人が知らない機械を存分に使えるのもプロジェクトの魅力よ。あと、うちの機体に使われている部品の大半はここで作られているの。勿論、私たちの自作よ。」
部品を自分たちで作る…。驚きと同時に自分にできるのだろうかと、不安な思いが立ち込める。それが顔に出ていたのか、彼女は笑いかける。
「大丈夫よ。ここに入った時は皆初心者だった。それでも先輩たちに教えられて、部品を作れるようになったの。君も初心者だろうから、私たちが機械の扱い方も、部品の作り方も教えてあげる。」
その笑顔は、可憐ながらも、とても逞しく見えた。
西日に染まる森を、彼女と歩く。
「こんなに森の奥に工房があるんですね。」
自然とあまり縁のなかった私は思わず感嘆とする。
「そうよ。うちの大学は自然豊かだから。でもここは明るい方で、研究室の近くなんかはもっと鬱蒼と木々が密集しているのよ…あら?」
彼女はふと足を止め、森の茂みを見て破顔した。何事かと茂みを見れば、1匹の仔猫がいた。おいでおいでと彼女が手招きすると、仔猫はこちらにやってくる。
「あら~どうしたの~?」
仔猫を抱きかかえた彼女は猫なで声で猫に話しかける。さっきまで凛としていた顔もこの時ばかりは崩れ、無邪気さを覗かせた。そんな顔に思わず見とれていると、その様子に気づいた彼女ははっとしてから、赤面して俯く。
「ごめんね、私、猫が好きで野良猫とか見かけちゃうとつい構いたくなっちゃうの…」
「いえ、その…大丈夫です。それにかわいいですよね、その猫。」
本当は猫より先輩に見とれてしまっていたのだが言葉に出すと引かれてしまいそうで飲み込んだ。
「そうだよね~。撫でてみる?」
持ち上げるようにして持っていた猫を反対に向けて抱えた彼女の言葉に甘えて猫に手を伸ばしたが、その手を払うように猫パンチを喰らった。そんな様子に、彼女は優しく微笑んでいた。
猫を茂みにかえして森を進むと、森の出口が見えてきた。
「そういえばこの森はね、『仔猫の森』と呼ばれているの」
「仔猫の森、ですか。どうしてそう呼ばれているんですか?」
僕がそう訊くと、
「これはあくまで噂なんだけど、ずっと昔のうちの学園長が、学生が自由にものづくりできる環境を作りたいと思っていて、その場所をどうするか考えていた時に運よく茂みに入っていく仔猫を見かけて、その仔猫についていったら開けた土地を見つけたんだって。その開けた場所が夢工房のある場所で、そこに続く森が仔猫の森と呼ばれるようになったみたい。」
彼女は遠い目をして語った。この学園の人達にとっては、仔猫はきっと幸運の象徴になっているのだろうな、そう考えをめぐらせていると、森の出口にたどり着いていた。
「どうだった?うちのプロジェクト。」
彼女にそう訊かれる。
「とてもすごいです…。あの、僕、このプロジェクトに入部したいです!」
私は勢いで言い切る。彼女は微笑んだ。
「ありがとう。こんなに早く新入生が入部してくれて嬉しいわ。」
微笑み顔に再び見とれながら、大切なことを訊いていなかったことを思い出す。
「あの…そういえば、先輩の名前は?」
「そういえば名乗ってなかったか。私の名前は猫山桃花。君は?」
「三田誠と言います。これからよろしくお願いします!」
「うん、よろしくね。いつでもこの工房においで。」
そういって彼女は森に入っていった。
これがかの人…猫山桃花先輩との出会いであった。
我が喜劇 あおろま @kinhoshi223
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