第2章 出会い①

工手学園大学には山に沿って10棟の校舎があり、入り口付近にはそのうちの4つの校舎と広場がある。部活動勧誘が行われていたのはその広場で、大学の全ての部活・サークルがそこに集まり、後輩を1人でも多く獲得しようと躍起になっていた。そんな血気盛んな、しかも自分より年上の人々に気おされ、私はそういう人々にどうにかこうにか言い訳しながら逃げていた。何とか逃げおおせたものの、疲れ果てた私は広場から外れ、校舎のある通りからも外れ、木陰にあるベンチで座り込んでいた。しばらくそこで休んでいると、柔らかな声で「どうしたの?ずいぶんとお疲れのようだけど…」と声をかけられた。

柔らかな声の主はかの人…猫山桃花先輩であった。その声に気づき見上げると、先輩が少し心配そうに、こちらを見つめていた。その距離が思ったよりも近く、「うわっ」と驚いた声を出し縮みあがると、先輩は不敵な笑みを浮かべながら、「大丈夫だよ。取って食ったりなんてしないんだから」とおどけてみせた。生まれてこの方異性と話したことが少なく、耐性のない私は「いやっ…そのっ…違うんですその…」とますます取り乱した。「少し落ち着こうか…ほら、深呼吸して…」真っ直ぐと目を合わせながら先輩に言われ、言われるがまま深呼吸する。まるで心が吸い込まれてしまいそうな大きな瞳に見つめられ鼓動が速くなった。深く息を吸い込むと甘くさわやかな香りが鼻をくすぐり、さらに鼓動が速くなった。くらくらして意識が遠のく。「ちょっと、大丈夫!?」という先輩の取り乱した声も、遠のいて聞こえ、ただ暖かく柔らかい春の感覚に沈んでいくように私は意識を失った。


気づけば私は天井の高い建物の中のベッドに寝かされていた。上半身を起こしどこだろうと辺りを見回すと、どこか無骨な棚が並べられている。棚には工具や何かの部品、金属の塊などがぎっしりと入っている。さながら下町の工場のような空間に懐かしさを感じていると、「気分はどう?」と声をかけられ、「はい、なんとか大丈夫です」と返しながら私は頭の中で状況を整理した。「いやもうびっくりしたよ~。だって君、深呼吸しようとして息を吸ったら、急に意識失って私に倒れこんできたんだから…」…自分が先輩の体に倒れこんだ?まさか自分がそんな破廉恥なことを…と考えたところでだんだんと頭の中の状況整理が追い付いてくる。そう、さっきは暖かく柔らかいものに沈み込んでいく感じがして…ここで大体のことを察し冷汗と焦りが噴き出す。なんてことをしてしまったのだろう…。そして青ざめた私はベッドから出て先輩に土下座して謝った。先輩はあきれ顔を浮かべながら、「別にいいから…とりあえず開いている椅子に座りなよ」と告げ、くるりと後ろの棚を向き、ごそごそと何かを探しながら「何か飲む?」と訊いてきた。その華麗な所作に思わず見とれた私は一瞬間が遅れて「あ、えっと何がありますか?」と訊き返す。「カフェオレと紅茶と…あとは何があるかな…」と棚を見ながら先輩は言っていたので、「カフェオレでお願いします」と伝える。先輩は棚からインスタントのカフェオレの箱と紅茶のティーバックと紙コップ2つを机に置き、電気ケトルを持ってどこかへと歩いていった。その足音が止み、水を出す音が聞こえる。どうやら電気ケトルに水を入れているようだ。その音も止み、再び足音がして先輩は戻ってきて、電気ケトルを台にセットしカチッとスイッチを入れる。「お湯沸かしてるからちょっと待っててね」と告げながら先輩はこちらに向かい、私の向かいに座る。「そういえばさっきはどうしてあんなところに居たの?」と訊かれ、ドギマギしながら「ソーラーカープロジェクトを探していて…広場に展示されていたのはわかったのですが…テニスサークルやよくわからないサークルの人にしつこく勧誘されて…断りながら逃げていたらあの場所に…」と一通り状況を説明し、「ところでここは一体…」と訊き返すと、先輩はこう告げた。

「ここは君の探していたソーラーカープロジェクトの活動拠点。夢工房よ。」

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