未来への伝言
次の日の土曜日には、頭をケガしたと聞いた源一郎がやって来たり、近くに住んでいる父方のおじいちゃん、おばあちゃんも顔を見せてくれたりと、ずいぶんにぎやかで、ノートをこっそり開くひまもなかった。
だから、ノートを書く代わりに、直人は自分の部屋に泊まることになった源一郎に聞いてみた。
「ねえ、おじいちゃん。おじいちゃんのおじいちゃんってどんな仕事をした人なの?」
「中学校の先生だな」
「ふうん。そうなんだ。おじいちゃんもそうだったよね?」
「そうだなあ」
笑って源一郎は直人の目をのぞきこむ。
「おまえは何になるんだ?」
「まだわかんないよ。地図に関係したなにか。だってまだ小学生だもん」
「ははは。そりゃそうだ。今からなら何にでもなれるぞ。結構結構」
そんな会話をかわして月曜日。学校へ行ったら、いつものクラスだった。
浜田先生はいつものとおりにイヤミったらしいし、将平はふざけて走り回る。
直人は急に動くとまだ頭が痛いからと、浜田先生から返してもらった鉄道地図帳をおとなしくながめていた。
女子は、ぺちゃくちゃとおしゃべりでやかましい。
その女子たちの中に夏希もいた。
「今週末の運動会のダンスですが」
浜田先生がうんざりしたように言い出したのは、やっぱり四時間目の学級会の時間だった。
「六年二組はやらないということでいいですか?」
「いいえ、先生」
夏希が手を上げて立ち上がると、クラス全員の目が夏希に向けられた。
「一週間あります。みんなが協力してくれれば、できると思います」
教室はしんと静まり返って、直人は胸がどきどきした。
さあ、言え。賛成って、たった一言だ。言えっ!
「さ……」
口を開きかけた直人の前に、大きな声がひびいた。
「放課後は塾があるから、中休みと昼休みしかないけど。それでいいなら協力します」
早苗だった。
びっくりした顔の直人を置き去りに、クラスのみんなが口々に賛成する。
夏希も大きくうなずいて、簡単でもかっこいいふりを考えると宣言した。
「直人ちゃん、かっこわるぅ」
将平がふりむいてニヤニヤしたけど、直人は気にならなかった。
ただ、よかったと、それだけ思った。
その日。家に帰った直人は、さっそくダンスのことを仁吾に報告しようとノートを開いて、あっとさけんだ。
ノートはまっ白だった。まるで初めから何も書いていなかったみたいに。
「な……んで?」
ふるえる手で、直人はノートを一ページ一ページめくってみた。とちゅうで切り取られたのでもなければ、とじてある紙が落ちたのでもない。
だれも開いたことがないみたいにまっ白。
そして最後のページまできて、直人は手を止めた。
そこには一行だけ、初めて見る文章が書いてあった。
『なやめる未来の君へ、このノォトを贈る 一九一五年七月二一日』
武井仁吾という名前の上に、その一行があった。
直人は、しばらくその文字を食い入るように見つめてから、ほっと息をはきだした。
あれは夢なんかじゃない。ぼくはこのノートに確かにクラスの出来事を書いたし、仁吾さんはそれに返事をくれた。
夏希といっしょに百年前に行ったのだって、絶対に夢なんかじゃない。
川に白い帆をはった船がうかんで、路面電車が走っていた。ガラスビンのラムネだって、三人で飲んだんだ。
でも、文字は消えてしまった。
「これ。役目を果たしたってことなのかな」
仁吾はきっと、直人より早くこのことに気づいたのだろう。だから最後の文を、最後のページに書いたのだ。
「よし」
直人も鉛筆を持ち直した。
『こまっている未来の君へ、このノートをおくる 二〇一五年六月二二日』
同じように咲山直人と名前も書いた。
このノートはずっと大事に持っていよう。もしかしたら、ぼくじゃなくて、未来のだれかが見つけて、ぼくみたいになやみごとや困りごとを書くかもしれない。
それに答えるのは、もしかすると、大人になった未来のぼくの役目かも。
直人はノートを閉じて、本だなのはしっこにそっとさした。
窓の外は、ものすごくきれいな夕焼けだった。
もうすぐ梅雨が明けて、暑い夏がやってくる。それまでには頭の傷だってなおっているにちがいなかった。
時をわたるノート 守分結 @mori_yuu
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