3-4 時をわたるノート
どうやって帰るのか? はたして帰ることができるのか?
そんな問題は、仁吾の部屋にもどったところで解決した。
「ノートが光ってる!」
最初に気づいたのは夏希だ。着替え終わってふと机の上のノートを見たら、うっすらと光っていたのだ。
畳の上に置いたノートを三人の顔がとりかこむ。
最後のページは、仁吾が直人にあてたメッセージで終わっているはずだった。ところが、三人の目の前で次のメッセージが現れたのだ。
『仁吾さん
直人です。ぶじにこっちへ着きました。ラムネとアメ、ごちそうさまでした。
夏希は来週から学校へ……』
「来たときもこんなふうに光っていたよねっ」
「うん、それでこうして手を……」
言いながら直人が手をのばしてノートにふれた。その手に夏希の手が重なる。
とたんにめまいがして、頭のおくで光がはじけた。
「直人君、夏希君。元気で。がんばれよ!」
仁吾の声が遠くから聞こえた気がした。
そして、目を開けたら、そこは直人の家のリビングだった。
「あたしたち、もどって来たの?」
「そう、みたいだね」
ゆかにへばりつていた体を起こして、二人はキョロキョロとまわりを見回した。
「時間が、進んでる」
直人がかべの時計を指さした。時刻は午後二時四十五分。向こうでは三時間くらいしかいなかったはずなのに、こちらでは五時間近くたっていた。
「ねえ! あたし、おばあさんとかになってない?」
夏希がほおをさすりながら聞く。
「浦島太郎じゃないから」
直人は、まだくらくらする頭に顔をしかめながら立って、テーブルの上に置きっぱなしのノートを見た。
しかしノートは、時間をこえてしまう前のまま、仁吾の言葉で終わっていた。
「あれ? なんで?」
『……君達の世界では、プディングは当たり前の食べ物なのだろうか。牛乳や卵は高価なものだが、酪農が盛んな地域なのだろうか。』
夏希もノートをのぞきこんで、ぎゅっとまゆを寄せる。
「ねえ。もどる時のノートってなんて書いてあったっけ?」
「ええっと。夏希も学校へ、までしか読んでないよ」
頭がぐらんぐらんするのをガマンしながら答えると、夏希はますますまゆを寄せる。
「ヤバいかも。いますぐあの文章を書かないと」
「書かないと、どうなっちゃうの?」
「そんなこと、あたしが知るわけないでしょっ! でもあっちで読んだ文が書かれないと、あたしたちがもどってきたことが、なしになっちゃうかもしれないじゃん」
「えっ?」
直人はあわてた。
「ぼく、なんて書いたかな?」
自分のことでしょと、夏希はどなったけど、それはまだ経験してないことだ。ノートが光っていることに気を取られて正確になんて覚えていない。
「まず、名前があったよ。それから、ええと……こっちに帰ったことと、ごちそうさまと、学校行くってこと」
「でも文章、とちゅうだったよね?」
「とにかく、書き始めてっ!」
びしっとノートを指さされ、直人は足をイスにぶつけながらすわった。
『仁吾さん
直人です。ぶじにこっちへ着きました。ラムネとアメ、ごちそうさまでした。
夏希は明日から学校へ行くそうです。』
「明日は土曜日! 休み!」
夏希がおこって、あわてて消しゴムで消す。
『……来週から学校へ行くそうです。』
「あとなにを書けばいい?」
夏希はうでを組んで、うなってから、にっこり笑った。
「好きに書けばいいよ。そこからはあんたの自由だと思う。だって今から書くんだもん」
いま書くことが事実になるのかな?
時間をわたってぼくたちが仁吾さんに会ったことで、ぼくたちの未来も変わったりなんかするのかな?
そもそもどうして、過去に行ったり、もどったりしたのかな?
今日は六月十九日のはずなのに、なんで仁吾さんのところは七月二十一日だったのかな?
時間もズレてたよね?
直人の頭は大混乱していたけど、夏希が鬼のような顔で見ているので、素直に思いつくまま書くことにした。
『きっとぼくたちは、うまくやれると思います。仁吾さんは味方を作れと言ってくれたけど、ぼくたちは最初から敵なんかじゃなかったはずなんだ。だからぼくはまず、親友の将ちゃんと話してみようと思います。将ちゃんだって夏希のこと心配していたから。もしかしたら早苗も困っているかもしれません』
横で読んでいた夏希が、ぐぇっと変な声を出した。本当は頭をこづこうとしたらしいが、直人の頭のテープを見て、思いとどまったらしい。
「ちょっと! なによ、早苗も困ってるって! あいつはちっとも困ってないじゃん」
「そうかな?」
自信なさそうに直人が頭をひっこめた。でも、上目づかいで夏希を見上げてさらに言ってみる。
「早苗だって、最近ぜんぜん楽しそうじゃないよ。前みたいに笑ってない」
「そんなことない。クスクス笑ってたじゃん。それに、そもそもあいつが……」
「うん。夏希がされたことはひどいと思う。ぼくなら一日でイヤになって学校も休んじゃったかも」
でも夏希は今日まで休んだりしなかった。それは夏希が強いから平気なんだと直人は思っていたけど、そうじゃなかった。
きっと夏希はずっと泣いていたんだ。ぼくみたいに植木のかげにかくれる代わりに、あの強気の顔のかげで泣いていたんだ。心の中で。大声で。
クラスのみんなも気づいている。だからクラスの中がおかしかったんだ。だから早苗も心から笑えなかったんだ。
直人は、夏希が小さい子みたいに大きな口をあけて泣いてる姿を想像して、くすくす笑った。
「なにがおかしいのよっ」
「え? ええっと……みんな?」
なに言ってるのかさっぱりわかんないとブツブツ言っていた夏希が、かべの時計を見て言った。
「ないしょで出てきたの、ママにバレるとヤバいから帰る。でも月曜日は学校いくからねっ。もうノートに、そう書いちゃったし」
「うん。ぼくも行くよ」
直人も立ち上がって、ノートを閉じた。
「返事がきたら教えてよね」
「うん」
玄関のドアを開け、むっとする熱気としめり気に二人が顔をしかめたとき。通りの向こうから声がした。
「いゃっほぉ、直人ちゃん。給食のプリン持ってきてやっ……あれ?」
将平だった。その上、なぜか後ろに早苗がいた。
「あれぇ? なんで直人んちに夏希がいんの? さぼったくせに?」
ずけずけと言う将平の口を、直人は工作用のペンチでひねりたくなった。
せっかく親友の将ちゃんって書いてやったのに。
「あやまりにきたのっ! それと、お見舞いっ! 新発売のとろとろ牛乳プリンだって持ってきたんだからっ!」
「え? いいなあ。オレもあれ食べたかったんだ。おいしかった?」
将平は直人に向かって、うひっと笑った。直人はうんうんと首をふる。
「そんじゃあ、給食のプリンはいらねえな?」
魔法のように将平が、プリンを手のひらに乗せて見せた。底にはセロハンテープで保冷剤まではりつけられている。
「どうして?」
いつもなら、欠席の子のプリンは、じゃんけんで勝った子のものになるはずなのにと、直人は首をかしげた。
「浜田っちがさ、だれか持っていけって保冷剤まではりつけてみせたんだよ」
へぇと直人は再び首をかしげてプリンを見つめた。浜田先生は、クラスのもめ事なんか気にしないのかと思っていたのに、そうじゃなかったんだろうか。
「で、プリンいる?」
「もらうよっ! プリンはいくつだって食べられるもん」
「おまえ、昔っからプリン男だもんなあ」
うひょひょと変な声を出す将平の背中にかくれるようにしていた早苗が、むっつりと夏希に言った。
「あたし、夏希のぶんを持ってきたんだけど。それなら咲山にあげたほうがいい?」
「なんであんたが持ってくるのよ」
「先生がプリンのこと言ったら、みんなこっち見るし……まあ……そうじゃなくても、持って行ってやってもいいかなって……」
「ふうん、そうなんだ」
夏希も早苗もおこったような顔でにらみ合う。
直人も将平もなにも言わなかった。
すると突然、夏希はぺこんと頭を下げ、思い切ったような大声で言った。
「早苗。カラオケではごめんっ! それからプリンありがとう」
早苗は、ちょっとだけ顔をゆがめて、すぐにツンとあごを上げた。
「縦笛は、あたしじゃないよ」
「……うん」
「くつは、あたし」
「……」
「ごめん」
夏希は真顔で早苗をじっと見てから、手を出す。
「プリンは?」
早苗がその手の上に、保冷剤つきのプリンの容器を乗せた。とたんに夏希がだきつく。
「うわぁぁぁぁん」
「えっ? ちょっ、夏希? やだ、はなしてよっ!」
しがみつかれた早苗は、困った顔で直人と将平を見たけど、二人は知らん顔で空を見上げた。
「いい天気だね、将ちゃん」
「いまにも雨、降りそうだけどな」
「月曜日は、学校行くよ」
「おう」
夏希と早苗は、まだしばらくぎくしゃくするだろうけど、きっと大丈夫だと、直人は思った。
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