遺跡の町マーガナ3
肺の空気を全て使い果たし、さらにそこからは死の恐怖を使って走った。なにも考えずに疾走したにも関わらず、到着した場所は目的の洞窟の前だった。おそらくタリーの無意識が生き残る方法を模索した結果、不気味ではあるけれど有機物の息吹がない洞窟へと連れてきたのだろう。座り込みながら酷使した体が求める分だけの深呼吸を繰り返した。
(まだ追ってきてない)
周囲の音に耳を立てる。警戒心を切らせては行けないが、一息つく。走り出したあとすぐに炎熊が追ってきていれば、もう捕まって胃の中に収まっていたことだろう。放り投げてきたナップザックの中に入っていた昼食がタリーを救ったようだ。他にも今日使おうと思っていた道具のほとんどを失ってしまったが、必要な犠牲だった。
(予定通りに進んでいれば最高に美味しいお昼が食べられたはずなのに。いったいどうなってんのよ)
ナップザックに入っていた昼食用サンドイッチはメイン通りの人気店で買ったものだ。中には新鮮な野菜と高級肉ギーレの希少部位をたっぷり入れた至高の一品で値も張る。その完成された味のハーモニーを熊が分かるとは思えない。
(熊野郎にはもったいなさすぎるわ。口に入れる前に燃え尽きて灰になって泣けばいいんだわ)
タリーはあえて酒場にいる酔っぱらいの男のように汚い言葉を使って、熊の恐怖を和らげ、気持ちに灯火を付ける。呼吸が整ってきたところで立ち上がり、足付いた砂を払った。
洞窟の入り口にもたれながら今後の方針を考える。
まず当初の予定は熊のせいで行えなくなった。投げ捨てたナップザックには最高のサンドイッチの他に、洞窟を探索するためのランプ等の小道具、そしてなにより氷を溶かす道具が入っていた。道具は鍛冶屋に頼んだ特注品で、氷を一周できる長さの銅線に、火結晶から熱を高出力で取り出す結晶器具が組み込まれていた。熱を伝えやすい銅線で氷を切るように溶かしてお宝を回収する予定だったのだ。
(はあ。町に戻ってから仕切り直しね)
幸い道具の中で要となる火結晶はベルトに吊るしてある革袋に入れていたため、同じものを作るとしても半額で済む。それでもタリーの一ヶ月分の稼ぎくらいはゆうに掛かってしまうので、深いため息がこぼれてしまった。なんにせよまずは町に戻らなくてはならない。熊の脅威は過ぎ去ったわけではなく、一時しのぎでしかない。
このまま下山したとして、空腹の炎熊から逃げ切れるだろうか。熊は体の構造上、下り坂では早く動けないと聞いたことがある。しかしここは山の中腹。町までは下り坂が多いとはいえ、上り坂や平坦な道もある。安心のできる案とは言い難い。
ではこのまま洞窟に入るのはどうだろうか。前回は奥まで探索していないが、出口があれば上手く炎熊を巻けるだろうだろう。例え出口がなくても、体を休めることはできる。ここまでの行程と逃避行で体力がかなり消耗している。体を休めている間に炎熊は他の獲物を見つけるかもしれない。
(洞窟に入るほうが現実的ね。それでも万が一のときは今度こそ……)
腰に差している剣の柄をきつく握りしめる。
タリーの中で覚悟と今後の方針が決まり、洞窟の中に入る準備を始める。洞窟の中を照らすためのランプはナップザックと一緒に放り投げてしまったため、代用品が必要だった。
周囲を見渡して、ほど近いところに白い樹木が生えているのを発見した。シラーキはフレぜ山脈では多い樹木で、油を多く含んでおり樹皮は特に多い。マガーナの町でも安価な燃料として普及しているほど有名だ。ただ煙が多いため光を出すのが目的であれば、ランプなどを使う。
タリーはナイフで樹皮を削ると、他の木の枝や蔓を使い即席の松明を何本か作る。シラーキの樹皮を松明の外側に使うことで、ろうそくのように火が長持ちするのだ。
タリーは一本目の松明に向かって火結晶の端をナイフで擦る。すると火花が出て松明に移った。こんな大きい火結晶を火付けに使うなんてなんと贅沢なのだろうと思う。普通であれば小指の爪ほどの火結晶を使う。それでも何十回と使えるのだ。また使わない理由もある。もし大量の火の魔素を含んだ火結晶を一気に割ってしまうようなことがあれば大爆発を起こしてしまう。かなり強固なので必要以上の心配はいらないが、大きい火結晶は火付けには向かない。
松明の火が安定したところで、洞窟の中に歩を進める。
また会いに行こう。氷の中で待つ彼に。
古からの使者 生田利一 @ikuta
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