脚本『夢を紡ぐ物語』
友宮涼詩
夢を紡ぐ物語
登場人物
工房の魔女(年齢不詳) 謎の魔女
葵(16) 架空都市高校二年生、メディア芸術部員
花菱(16) 同
○暗い森の中(夕)
蝶が舞っている。
その蝶を追いかけているうちに迷ってしまった酒巻坂真紀(15)。
恐る恐る周囲を窺いながら歩いている。
突如、目の前が明るくなり、魔方陣が出現する。
真紀、驚きのあまり呆気にとられる。
工房の魔女(年齢不詳)、魔方陣の中央から出てくる。
工房の魔女「こんばんは、お嬢さん。私は工房の魔女」
そう言いながら、魔女が真紀にゆっくり近寄ってくる。
真紀、逃げようとするが足が動かない。
魔女、真紀の視界を覆うまでに近づく。
工房の魔女「貴方の望みを叶えてあげるわ。今度、私の工房にいらっしゃい」
* * *
(ホワイトアウト)
○酒巻坂家・真紀の部屋(早朝)
鳴り響く目覚まし時計の音。
真紀「……夢?」
真紀、目覚ましの音を止め、時間を見る。
真紀「いけない! もうこんな時間!?」
○通学路(朝)
真紀、焦げかけのトーストを口に咥えて、走っている。
真紀(M)「私の名前は
○架空都市高校・校門(朝)
校門を通り抜ける真紀。
真紀(M)「クラスの子達とも仲良くなれそうだし、新しい生活にほんとワクワク!」
○同・教室(朝)
真紀、クラスメイトと楽しそうに談笑している。
真紀(M)「何か新しい事、始めてみるのもいいけど、こうやって普通に、友達とわいわい楽しめる、なんでもない日常が一番だよね」
工房の魔女「でも、それで本当に満足?」
真紀のすぐ耳元で囁く工房の魔女。
驚く真紀。
真紀、振り向くが、誰もいない。
クラスの女子A「どした? マキマキ」
真紀「ううん? なんでもない」
真紀(M)「工房の魔女……?」
クラスの女子B「そいえばさー、この学校のどこかに錬金術の工房ってのがあるって噂なんだけど」
クラスの女子A「えー? なにそれー!?」
笑い合うクラスメイト達、対照的に思い詰めた表情の真紀。
真紀「その話、詳しく聴かせて!」
女子B「え? いや、私も詳しい事は全然解らないんだけど」
女子A「どうしたの? 今日のマキマキ、なんか変だよ?」
○同・放課後の校舎裏
蝶が舞っている。
その蝶の遠く向うに、掃除当番の真紀。ほうきで地面を掃きながら物思いに耽っている。
真紀(M)「小さい頃は魔法使いに憧れていたな。魔法さえあれば、何処にでもいけて、誰にでもなれて……何もないところから何でもパッと出せたりね、何でも出来ちゃうんだ」
微笑んでいた真紀の表情が曇る。
真紀(M)「でも、そんなのただの子供の空想。夢物語だよね。現実は違う。魔法どころか、私に出来る事なんて、何もないんだ」
工房の魔女「そんな事は、ないんだよ」
その声に振り返る真紀。
真紀「工房の魔女!? ……どうして? あれは今朝見た夢の話なのに」
工房の魔女「夢も現実も、出来る事も出来ない事も、本当は全部、自分で決められるの。さあ、いらっしゃい。魔法の世界へ!」
○絵本の中の世界(アニメーション)
工房の魔女、真紀の持つほうきに手を掛ける。
ほうきが生き物みたいに動き出す。
真紀「え? ええっ!?」
真紀、ほうきにしがみつこうとするが、ほうきが真紀を空へ放り上げる。
魔女、そのほうきに跨り、空に浮くと、真紀が落ちてくる下へと回りこんで、真紀をほうきの後ろに乗せる。
ほうきで飛んでいくと、三日月が現れる。
三日月「こんばんは、お嬢さん」
うしろからドラゴンが飛んでくる。
ドラゴン「僕と競争しよう」
と言った瞬間にほうきが突然スピードを上げ、おいかけっこが始まる。
真紀、振り落とされそうになる。
真紀「きゃあああああああ!!」
○架空都市高校・放課後の教室(夕)
目を覚ます真紀。
真紀「夢……?」
真紀(M)「寝ちゃってたんだ……そうだよね、やっぱりあんなの夢に決まってるよ、だってありえないし」
起き上がろうとした時、手の中に紙が握られている事に気がつく。
真紀「何これ?」
折られた紙を広げると、地図が描かれている。
真紀「工房? もしかして朝言ってた錬金術の工房の場所!?」
真紀、教室を飛び出す。
○同・廊下(夕)
真紀、右に左にと視線を動かしながら、探し歩いている。
○同・メディア芸術部・部室外(夕)
真紀、足を止める。
真紀「この地図だと、この辺りの筈なんだけど」
ドアに近づき、表札を見る。
真紀「メディア芸術部? ……工房とは書いてないけど、どうしよう、入ってみる?」
真紀、躊躇しつつドアを開ける。
○同・部室内(合成)
ドアの内側は通常の部室内ではなく、草原になっている。葵(16)、蘇芳(16)、花菱(16)の三人の部員が、真紀を迎える。
部員一同「メディア芸術部へ、ようこそ!」
真紀「えっ? まさか! なんで!? これも夢の続きなの?」
蘇芳「さて、これは夢なのか現実なのか」
花菱「そんなのどっちでもいいじゃない」
葵「夢を紡ぐのが、僕たちの仕事さ。これこそがね、錬金術なんだよ。何でも生み出せる。思うだけで、何処へでも行ける」
葵、指を弾く。同時に近所の公園へと景色が変わる。
もう一度指を弾くと、砂漠へ変わる。
もう一度指を弾くと、宇宙へ。眼下に地球を見下ろしている。
最後に指を弾くと、本来の部室へ。
葵「魔法使いになりたかったんだろう? なれるさ」
真紀「なれるわけ、ない」
葵「どうして?」
真紀「だって、絵空事でしょ? 空想物語じゃない」
蘇芳「それでいいんだよ」
葵「目を瞑って。なりたい自分を、想い描いてごらん」
真紀、躊躇いつつ目を閉じる。
○絵本の世界の部室(絵の背景との合成)
再び目を開く真紀。
部室が絵本のような世界に変わっている。
真紀は、とんがり帽子に紫のローブと、魔女と同じ恰好をしている。
真紀「嘘みたい……」
〈以降、舞台劇〉
○架空都市高校・体育館
真紀「嘘! こんなのはみんな嘘!!」
暗幕で暗い体育館内で、天井の照明の一部を点灯し客席から立ち上がった真紀を照らす。
体育館では新入生歓迎会が行われている。ステージのスクリーンには先程の真紀の映像が映し出されている。
暫しの間。
客席の真紀「そこに映っているのは、本当の私じゃない。だって私は今ここにいるんだから! だってあれは全部、夢の中の話なんだから!」
映像の真紀「そうだよ、私は貴方じゃない」
客席の真紀「えっ!?」
映像の真紀「私は貴方じゃない」
客席の真紀「そ、そうだよ、これは映画なんだから。本当の私は今ここにいるんだから。そっちの真紀は、偽者だよ!」
映像の真紀「でもね、『事実は小説より奇なり』なんてよく言うけど、その一方で小説の中にこそ真実があったりするんだよ」
客席の真紀「ど、どういう事?」
映像の真紀「私は、光が生み出した影みたいな存在だけど、真実を映し出す鏡でもあるんだよ。貴方は、自分が本当の自分だと言うけど、そんな貴方は時にその『本当の自分』を偽って生きているでしょう? だから貴方の偽者である私が、貴方の代わりに貴方の本当の気持ちを実現しているんだよ」
客席の真紀「実現……っていうけど、でもこれは映画だよね。全部、嘘、作り物。絵空事でしょ? 映画が終われば貴方も消える。夢は必ず覚めるよね。それでも私は現実世界で生きて行かないといけない」
映像の真紀「そう、この映画はもうすぐ終わる。私も消える。それでも私は、貴方の心の中に留まり続ける事ができる。それは貴方にとって、無意味な事なのかな?」
客席の真紀「そ……それは……」
映像の真紀「貴方はきっとまた、私を思い出す。そして、自由に飛び回ったあの空を思い浮かべる。そんな時、貴方の心は自由になれる」
客席の真紀「自由に……」
映像の真紀「そう、その時貴方はきっとまた、飛びたいと願う」
客席の真紀「でも、本当は飛べないし」
映像の真紀「例え飛べなくても、その願いが貴方を前に進ませるんだよ。自由な一歩を、踏み出すことが出来るんだ!」
客席の真紀、暫く考え込んでいる。
工房の魔女、客席に現れ、客席の真紀の方へ歩いていく。
魔女「貴方を迎えに来たわ」
真紀「工房の魔女……!?」
魔女「と言いたいところだけど、このほうきに跨ったところで飛ぶことはできないの。だって、ここは現実世界なのだから。でも、私達は、空想世界で自由に飛ぶ事ができる。……それを嘘だ、所詮は絵空事だと嗤うなら、それは仕方ないと、私は思う。でも……」
と言いかけると同時に、ステージ上の葵にスポットライト。
葵「でも君が、そんな空想世界を少しでも尊いと思ってくれるなら、僕達と一緒にそんな世界を描いて行かないか?」
花菱にスポットライト。
花菱「夢はいつか覚めてしまう。でもそれは私達がこの現実を生きていくのに必要なものだよ」
蘇芳にスポットライト。
蘇芳「みんなも、僕達と一緒に夢を紡がないか? 錬金術の工房は映画の設定だけど、現実世界のメディア芸術部部室で待っているから」
魔女「さあ、一緒に行きましょう、貴方が望む世界へ!」
客席の真紀、頷く。
魔女、真紀をステージ上へ連れて行く。
真紀(M)「この映画は、これでお終い。私達は日常へと戻っていく。これは
部員三人、真紀を温かく迎え入れ、工房の魔女も合わせて舞台袖へ退場。
〈終〉
脚本『夢を紡ぐ物語』 友宮涼詩 @tomomiya
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