絵の具の魔法使い

登月才媛(ノボリツキ サキ)

第1話 バス

友達とバスに揺られていた時だった。

「ほら、あのヒト」

噂をすると影。とでも言いたげにノノが身を乗り出す。

バス停にいる人物をそれとなく指差しして示している。

「う~わ!気味悪~い」マユミが過剰な便乗をしてみせる。

ひっど!そりゃ、あのヒト、なんか魔女っぽいけど。

「ちょっと、マユミ。あんた最近クチ悪いよ」

私が突っ込む前に言った。ノノの言う通りですっ。

「っ……相分かりました。私はくちを慎みます」

マユミは『言わざる』のポーズを始めた。

二人とも、私そういえば、こんなこと聞いたんだよ。

「あのヒト、画家だって聞いた。結構、有名らしいんだよ」

「きたあああぁぁ~っ!アズサの絵についての早耳情報!」

「さっすがアズサ~!文芸部だもんねっ」

「あんたはダマレ」

「ハイ」マユミはまた手で口を覆った。

え。マユミ、なんで?

「文芸部関係ある?」絵に詳しいと文芸部のせいになるのか?

「あるよ、大アリ!」は?なんで?どういうことなのノノ。

「文芸部に入ってからのアズサは、絵のことばっかり考えてんの。

……気付いてなかったんだね」

ン……言われてみれば、挿絵書いてもらうために、『山の守り神ちゃん』にかけあっていた頃から詳しくなった気が…。

「それだあ!ヤマガミって堅物ていうか、頑固っていうか……」

「気難しい……よね」

「っ!それ!」

「初めて美術部室に行ったとき、何も話してくれなかったから、どうしたらいいのか皆に聞いたら、『ヤマガミは興味のあることしか話さない』って口をそろえて、まさに異口同音で言うのだもの」

それ以来、私は「山の守り神」と呼ばれている「織田ヒロコ」に気に入られるためにいろいろと奮闘していたのでした。そうだった。

「……あれ?」どうしたの、ノノ。

「……いや、魔女いないし。どこ行ったかなって」

「い、いない!あ、あれ~?」

口に手がひっかかったままマユミが言った。マユミは『言わざる』ポーズを忘れている。

「ホントだ。いない。いつの間に?」

魔女っぽい人はバスには乗らなかった。


織田さんは美術部員。美術部には無秩序に顔を出すので、私はもはや毎日美術部にいる。毎回顔を合わせるまでに骨を折った。

ちなみにくたびれ儲けはしていない。織田さんの挿絵はとてもきれいな仕上がりだ。

でも、学校ではあまりいい話が聞けないのは凄く残念に思っていた。

「でも、さすがに神様は皮肉かな」

「こほん!」

あっ。ここ図書館だった。

「ごめんなさいっ」


貸出禁止の棚には絵画の本がある。これをひたすらタイトルと作者と印象を覚えている。もちろん、織田さんと話すため。

ラノベをひと通り観た後は、そのまま美術部室へ行く。

「失礼しました」

「はーい、さようなら」


階段を下りている途中で気付いた。ここからならば、美術部室の中が見える。

「美術部室、電気ついてない……」

ため息が出てしまったが、再び歩き出した。

夕日に引き伸ばされた影が下の段に消えていく。


バスが来るまではもうちょっと時間がある。

「あ……帰るの遅れるって言っちゃった」

美術部にも行かずじまい、友達二人も先に帰ってしまっていた。

「ああー暇……」

宿題をやるために早く帰るのも、とっても面倒。


「……ひまって。わざわざ言うようなこと?」

織田さんが学校の方向から歩いて来ていた。

「織田さん。……ああ、まー言うような事でもなかったね。ひとりごと!気にしないで?」

「うん」

織田さんはいつも冷静で動じることが無い。

山の守り神、そう言って認識を共有する気持ちもわかるけど…。

「織田さん」

「はい。なに?」

光の加減で、長い前髪の織田さんの顔が見えやすくなっている。

「ヤマガミって呼ばれてもなんで怒らないの?」

「やまがみ?……『山の、守り神』っていうあだ名?」

目線は私を放さない。

「そう。みんな呼んでるから気付いてるでしょ?」

織田さんのまつ毛が少し動いて、少し表情が曇ったようにも見えた。

「……みんな、ではないけどね。気付いた時には広がってた。何とも思ってないよ」

「そっか。……あ!バス来ちゃった」

カードを探していたのだけれど、見当たらない。

「カード、探してるのこれ?」

織田さんが私のカードを差し出してきた。

「あっ!」

「……渡しそびれてた。美術準備室に忘れてたよ」

「ありがとう」

受け取った私は急いでバスに乗る。


もしかして、わざわざそれを渡しに来てくれたのだろうか。

振り返ると、織田さんもバスに乗り込んできていた。すると、織田さんが入り口近くの人に会釈をした。

その視線の先には、今朝の魔女がいる。

「織田さん、知り合い?」

隣に座る織田さんに声を潜めて聞いた。

「先生。……絵の教室の」

絵の先生か。かなりすごい画家だとは聞いていたけど……生徒の織田さんがここまですごいってことはもっと?……想像しにくいなあ。

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絵の具の魔法使い 登月才媛(ノボリツキ サキ) @memobata-41

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