第1話 私達の始まり


01

一年四組

「カナっちーおはよー」

愛弓はカナこと、奏と仲良くなり登校するようになった。聞くところによると奏には年の離れた双子の妹がいるとか。更に去年生まれた弟もいる。弟が生まれて奏の父親は大喜び。羨ましいなと愛弓は思っていた。

愛弓には父がいない。愛弓が生まれてすぐに病気で亡くなったと聞いた。

家族は母と二人きり。今は祖母もいるから三人暮らし。と言うか、引っ越した理由は祖母の様態が悪く、母が独り暮らしの祖母を放ってはおけないことが、理由だったからだ。どちらにしても、父親というものがどんなものなのかわからないし、実の父がどんな人だったか知らない。

「ってごめんな!こんな話して」

「別に良いわよ。こっちこそごめん。なんて言ってやれば良いのかわからない」

そんなことを言って奏は寂しげな顔をしてみせた。

愛弓は話を変えようと思ってわたわたするとソコにはとっても美人な少女が歩いていた。服装を見る限り、自分達と同じ高校であり、リボンの色も同じ一年生だった。

「あ!あの人」

「あー。確か一組の秋瀬さんね。入試の総合順位はあの“一嬢”と同率1位で、この間の実力テストでも1位は逃したけど上位だし体力テストも上位のスーパー優等生ね」

「へー」

“一嬢”とはこの学校で一番頭の良いとされる『一条真奈美』のあだ名だ。愛弓はこの北神に来てからまだ日が浅いから知らないが、一条と聞けば誰もが思い浮かべる大病院。そこの娘だということは勿論、奏は知っていた。

そんな“一嬢”と同じく総合1位の彼女。

この世にこんな美人で勉強とスポーツも出来る才色兼備な人がいるなんて神様は不公平だなーっと思って愛弓は彼女の寂しげな横顔を見ていた。秋瀬紗綾。彼女はとても

「なんだかとても儚げだよね」

「うわぁーーー!!!」

まるで思考を読まれてしまったかのような気がして望月愛弓は大声をあげてしまった。すーっと現れた真っ白な存在を霊か何かと思ってしまった愛弓は手を拝み何やら念仏のようなものを唱え出した。

「あ。光城くんじゃない?」

「え?光城くん?」

しかし、そこに立っていたのは愛弓と奏のクラスメートである光城光だった。とても物腰柔らかで人当たりも良く、実はクラスの女子に人気のある注目の男子生徒。でも彼にはハンディがあった。

「おいっ!ヒカリ!!一人で行くなよ!!」

光城光の名を呼んで走ってくる男子生徒が一人。体格は良く、髪は後ろにセットされており所謂ヤンキーのような見た目をしたいた。

「あっ!ジュンちゃん。ごめんね」

「その呼び方やめて。女子みたいだから。ていうかお前先に一人で行ったら危ないだろ?目が悪いんだから」

そう。光城光は目が悪い。最初の自己紹介の時も

『初めまして。光城光と言います。趣味は調べもので知らないことを知ることが好きなんです。本を読んだり、図鑑を見たりすると自分の中の世界が広がるのが解るから。だからみんなのことも色々教えてください。それから目が人より悪くて学校というものに通うのは高校が初めてです。見た目も、普通の人と何か違うらしく、迷惑かけることもあるかと思いますが、よろしくお願いします』

と言うものだった。生まれつきの色覚異常と言うもので色と言うものを認識することが出来ないらしい。緑内障や白内障とも違うらしく、基本的に彼の世界は白と黒と僅かな光で構成されているというもの。またその色覚異常のせいでか、視力もあまり良くないようだった。

外見も、『アルビノ』というものらしく、髪も皮膚も真っ白だった。目の色は反面紅い。なんでも眼球の瞳にある血管が透けて見えるらしく紅く染まるとか。自己紹介の時に人と見た目が違うらしいと他人事のように言ったのは彼自信、色というものを認識出来ない事からである。

更に色素が極端に薄いことから長時間日光を浴びることが出来ず夏でも長袖を着ていないといけなく、帽子とサングラス、もしくは日傘とかの日光を遮断するものは必需品。のはずらしいのだが、

「ったく。お前は無茶をして。世話する俺の身にもなれよな」

「ごめんね。ジュンちゃん」

この光城光は帽子もサングラスもしておらず、日傘も差していない。隣でガミガミと怒ってはいる男子生徒とは真逆に当の本人はへらへらとしている。

「日傘ぐらいしろよ!何かあったらどうするんだ」

「だって、こんなに良いお天気?だから。それに、ちゃんと薬は塗ってきたし大丈夫だよジュンちゃん」

「だからその呼び方やめて。望月も矢切もごめんな」

そう言ってこの光城光の付き人のようなクラスメイトの水無月潤は申し訳なさそうに頭を下げる。

「まぁちょっと驚いたけども。別に対したことじゃないから気にしなくて良いわよ。『ジュンちゃん』」

「おい」

下げた頭を戻して奏にじとーっと視線を向ける水無月潤。奏なりにクラスメイトと距離を積めていると言ったところか。

水無月潤のことは、最初は背も高くて目付きも鋭く、髪型もオールバックで襟足が延びたヤンキーのような風貌から怖い人かと愛弓は思ったが、どうもその第一印象と目の前の潤は少しギャップがあった。だから愛弓も

「そうそう。気にせんでええで?『ジュンちゃん』」

と呼んでみることにした。呼ばれた『ジュンちゃん』の方は片手で顔を覆いもう勝手にしてくれと言った。

「んで?なに話してたんだよ?」

「秋瀬紗綾さんの話をしていたよ」

「秋瀬の?」

「そうやねん。めっちゃ美人で頭も良くて運動も出来るねんで?すごない?」

「アユ。声がでかいわよ」

あわわと愛弓は口を抑えてしまったがもう遅かった。

「でもさ、なんか。儚げだよね彼女」

「そう…だな」

秋瀬紗綾の話をしてからこの水無月潤は少し顔つきが変わった。先程までの鋭い目付きではなくどちらかと言えば優しい眼をしていた。でもその優しさは寂しさも抱えているようにも見えた。

「それよりみんな急いだ方がいいんじゃない?」

光城光のその台詞と同時に予鈴が鳴った。

「やっべ!!」

そう言って走ろうとした潤だったが、

「あー。ダメだ。矢切と望月は先に行っててくれ。後から行くから」

と立ち止まった。奏と愛弓は不思議そうに潤を見ている。何故そんなことを言うのだろうか?その疑問は直ぐに解消された。

光城光は生まれつきあまり体が丈夫では無いから走れない。また目も悪いため、転んでしまうかもしれない。

ものの数分しか話してはいないが、水無月潤はこの光城光のことをとても大切にしていることはわかった。彼を置いていくことを潤はしないだろう。

「わかったーまたあとでなー」

笑顔で手を振る光城光は、片方の腕を水無月潤の肩に回していた。その姿を見て、二人の少女はなんだか少し胸が痛んだような気がした。




ある日の放課後、奏と潤は言い争っていた。

「矢切。お前なに言ってんだよ?」

「いいじゃないのよ。ねぇ?アユ」

「うん。ええやろ?潤ちゃん」

「つったってよ。光はなぁ」


こうなる敬意は昼休みまでに遡る。

潤はいつものように光城光の側にいた。光の席の横に立っている。いつも二人は一緒に行動しており、逆に言えば二人が他の誰かと一緒にいるところは見たことがなかった。奏や愛弓もあれ以降に話した事はなかった。

あの時に潤が光をおぶって教室に遅刻して入って来た。この時に奏も愛弓も心が痛んだのだった。先に行ってくれとは言われたが、あの時に自分達にも何か出来たのでは無いだろうか。せめて鞄を持ってやることくらい自分達も一緒に怒られてやる事くらいは出来たのでは無いだろうか。

そう思うようになってから奏と愛弓は潤と光を気にするようになっていた。

そんな中、ある陰口が二人の耳に入った。

「あのヤンキーなんでいつも王子と一緒なのよ」

「ほんとよね。アイツがいつも一緒にいるから王子とお話しできないし」

「あれじゃね?光城から金でも貰ってんだろ?」

「あー。ボディーガード的な?」

「流石は光城財閥のお坊っちゃん。皆と仲良くしたいとか言っておきながら、結局ボディーガードを付けて俺達の事を見下してんのさ。外見とは違って腹ん中は真っ黒だな」

「水無月も水無月で光城のバックがあるからっていい気になってんじゃないの?態度デカいしね」

等々。奏と愛弓は一度だけだが二人と接触した。その時の印象は第一印象と違うものだった。光城光は光城財閥であることを鼻に掛けずに、とても穏やかな少年であった。潤も見た目と違って接しやすい少年であった。それに、潤は本当に光の事を大切に思っており決して金や光城財政だからとかいう理由で光を大切にしているわけではない事は少なくともあのやり取りの中では感じなかった。

だから二人は潤と光の誤解をクラスメートに解いて貰おうと思っていた。


そこで思い付いたのが、

「ねーねー!今度さー皆でどっかでかけなーい?」

「あ?」

「何々?」

「いやー。ほらな?ウチのクラスさーもっと仲良くしたいなーって思うてさーウチも引っ越して来たばっかでこの街のことよーわからんくてさー皆に案内してほしーんよねー」

と。奏と愛弓は昼休みに教壇に立ってそんな提案をして見た。まだクラスが始まって二週間程しか過ぎていないが、親睦具合としてはまだお互いを詮索しあう時期だが、それはそれで間違いではない。寧ろ強引に距離を縮めようとすれば、自分達がハブられて今後の立場を危うくするのだが、それでもこの親睦で潤と光がクラスに馴染んで欲しいと思っていた。

「いーんじゃね?」

「楽しそう!」

「私もいきたーい」

思ったよりも皆の食い付きは良かった。のだが

「けどよー。どこいってなにすんだ?」

「あー…それは…カナっち…!」

「え!?えーっと…」

肝心の場所も内容を考えていなかった。

「まさか…カナっち…」

「ま、待ちなさいよ!!」

奏は教壇の教卓に突っ伏してアタマを抱える。そして出した答えは。

「よしっ!行こうか!!」

「何処に?」

不安な顔をする愛弓をチラッと確認すると、奏は教卓の椅子に上履きを脱いで立ち乗り、左手を腰に当てて右手を大きく前に突き出した、クラーク博士と同じようなポーズを取って場所と目的を告げた。

「場所は北山!!目的はお花見!!」

そのお告げに皆はポカーンと口が空いていた。愛弓も当然引っ越したばかりで場所まではわからないが、お花見という言葉は理解できた。お花見とはつまりお花見だ。シートを広げて皆で桜を見ながらピクニックをするあれだ。大人であれば酒を飲んだりするのだが、当然学生であればそんなことは出来ない。つまり

「遠足じゃねぇーか」

そう。小学生がやるような遠足だった。

「違うわよ!お花見よ!皐月山に皆で登って、お弁当とかお菓子とかジュースとか持って行って、ゲームなんかもしてワイワイやるお花見よ!」

「いや、だから、それって遠足じゃねぇか」

ごもっともな突っ込みにぐうの音も出ない。段々と教卓の椅子に立つ自分が惨めにも思えてきたのか、奏は下りようとしたその時

「良いんじゃないかな?お花見」

と助け船がやって来た。それを差し出したのは奏と愛弓のターゲットの一人、光城光だった。

「僕。お花見ってしたことないし、遠足だってしたこと無い。それに皐月山にも行ったこと無いんだ。僕は行きたいな」

「光城くん。ほら!皆聞いたでしょ!?光城くんの自己紹介を思い出してみてよ。光城くんは体が弱くて学校も通信制で友達もそこのデカいの一人だけ。ようやく学校へ行けるだけの体力になったからこの北神高校に入学したのよ?そんな子だから、今までお花見や遠足。それどころかこの地に住んでおきながら皐月山にも上ったことがないのよ?

コレはチャンスなの!!皆が。クラスが仲良くなるチャンスなのよ!!お互いがお互いの事を理解しあえる。さぁ!皆で登りましょう!皐月山に!そして皆でお弁当を食べましょう!!そして歌い躍り、遊びましょう!!それが青春!!」

勢いよく、饒舌に、しかも芝居掛かった演説を力説した奏。先程よりも場は静まってしまったが、

「私。行きたい!」

と女子生徒が手を挙げる。それをきっかけに一人また一人と手を挙げて出席の意思を示した。

愛弓は口が空きっぱなしで

(カナっちってホンマに凄いなー。ウチのおった学校の子らよりも勢いあるんとちゃうかな?)

と内心奏に一目を置いていた。

奏は手際よく、参加する皆の連絡先を聞いて周り日時を決めていた。奏には幼い妹と弟がおり、面倒見が良いのではないかとこの短い期間に思っていたが、まさにそれが今証明された。思ったよりも上手く行きそうな気がした。しかし

「矢切」

「ああ。潤…じゃなくて水無月も連絡先を交換しよ?」

「俺は行かない。っつーか行けなぇ」

「は?なんで?」

「それは…」

この時にチャイムが鳴った。話しは放課後すると言い潤は席に戻った。皆は何だかんだと盛り上がり一年四組の親睦会を楽しみにしていた。



そして、放課後。潤は奏を呼び出して話の続きをした。

「さっきも言ったが俺は行けねぇ。当然光も連れて行けねぇ」

「何でよ」

「アイツに無茶はさせられねぇからだ」

「は?じゃあなに?アンタは永遠に光城君の側に居るつもり?」

「……そうだ」

「いや、意味わからないから」

「わからないなら別にいい」

何度誘っても潤は首を横に降るだけ。当然光も行かせないと言っている。奏はどんどんと熱が上がっていく。これはそもそも、何のための企画だったのか。クラスの親睦を深める。その中にはこの頑固で怖そうな見た目の潤は実は気の良い奴なんじゃないのかと奏は思っており、そんなこの潤と光がクラスで何も知らないのに陰口を叩かれているのが許せなかった。

かと言って何も知らないのならば言われても仕方がない。だったらクラスに打ち解けてもらい、二人を理解してもらえばいい。そう思って企画を立てた。

しかし、このヤンキー頑固男は首を縦に降らない。奏が熱くなるのも仕方がないのかもしれない。

「だーかーらー。ホンットにわからない奴ねぇー。アンタ達メーンなのよ今回は!」

「矢切。お前なに言ってんだよ?」

「いいじゃないのよ。ねぇ?アユ」

「うん。ええやろ?潤ちゃん」

「つったってよ。光はなぁ」

その時に横で聞いていた光は潤の肩に手を置いた。すると潤は少し顔を曇らせた。光は笑ってはいるが少し悲しそうな表情をしているからだ。

「ジュンちゃんありがとう。いつも僕の事を一番に考えてくれて。でもね?僕は行ってみたいんだ」

「けど。お前!」

「思い出してみてよ。ジュンちゃん。学校に誘ってくれた日の事を」

光がそう言えば潤は黙ってしまい視線を下に向けて、手を握り締めた。光は潤にありがとうと言って優しく笑った。

「矢切さん。お花見。僕達も参加します。よろしくね」

潤に向けたような笑顔とは違い奏に向けた笑顔はとても元気一杯で、とても高校生とは思えないような、穢れを知らぬ無垢な子供でしかなかった。

「それじゃあ。ジュンちゃん。帰ろうか?」

「ああ。悪かったな矢切。コレ。俺の連絡先だ。また連絡してくれ」

じゃあねと光が手を降った。奏と愛弓も笑ってまた明日と言い手を降り返す。



「なーんかさ」

「?」

「私。いい気になってたのかも」

「そんなこと無いって。ほら?カナっち元気だしや?そんな顔で家に帰ったらチビーズに、心配かけてまうよ?」

「そうね。ありがとう」




02

午前10時皐月山駅に集合。この日、部活やアルバイト等の用事が無い者達で集い矢切奏主催のお花見兼ピクニックを行う。天気は晴天。絶好のお花見日和であり、ピクニック日和だ。

そんな中、矢切奏と望月愛弓は二十分前に集合していた。当然自分達が一番だろうと矢切奏は大手を降り張り切って集合場所に到着したが

「あれ?あそこにいるのって」

「光城くんと。水無月くん?」

光城光と、水無月潤は既に来ていた。

潤は奏達に気が付いたようで、少し罰の悪そうな態度を取っている。前後を逆で被っていた帽子を正位置に戻し、帽子の鍔を握り目深に被った。

潤の様子がおかしい事に気付いた光は潤の顔を覗き込む。どうしたか聞いてみても何でもねぇの一点張り。んーと考えていると漸く潤の様子をおかしくした理由がわかってきた。光はにっこりとして

「矢切さん。望月さん。おはようございます」

純白であり純真。無邪気な彼の笑顔に二人の女子は顔を赤らめてしまった。

「お、おはよう。王子…じゃなくて光城くん」

「いやー。今日もええ天気やなぁー」

ナハハハ。と笑う二人はえらくぎこちない。しかしそんな事は気にしない。と言うか、気付いていない。

ニコニコしている光とは別にデレデレしている二人の女子に

「んっ!!んー」

と咳払いを潤は始めた。そこで漸く二人は現実に戻った。この真っ白な少年は本当に穢れを知らないようでそれが逆に妖艶にも思えた。それを、この背も高く、目付きの鋭い同級生の咳払いで我に戻れたが、同時に少し残念な気持ちになった。

「何よ。随分と早いわね」

「自分も楽しみにしとったんちゃーん?」

「俺じゃねぇよ。コイツだ」

潤は光の頭をくしゃくしゃと無造作に撫でる。光は眼を瞑りやめてよとは言うが決して嫌がっているようではない。例えるならば主人とじゃれ合う犬のようにも見えた。

「アンタ達ってギリギリよね」

「は?何だよギリギリって」

そうこうしている間に段々と参加者が集ってきた。

「よーっし!それじゃあ行っくわよ!!!」

「おー!!!」

こうして矢切奏プレゼンツ。一年四組皐月山お花見親睦会は始まった。



「はぁ…はぁ。カナっちぃ」

「どったの?アユ」

「あのさぁ…思ったより……きつない?」

皐月山に当然登ったことの無い愛弓は当然バテてはいたが、企画を立案した奏もかなりバテていた。

否、二人だけではなくこのお花見に参加した誰もがもうバテバテだったのである。奏と愛弓はわりと先頭集団ではあったが、体力を徐々に失っていった。

「登山って結構しんどいのね」

「ホンマやな」

後ろの方を見てみると確かに皆肩で息をしていた。

今日日若者は山も登らずにいるのだろう事がこの山道に座り込むクラスメートが証明している。

そんな中あの実は気の良いヤンキーと純白の王子は見えなかった。きっと潤が光を気遣ってゆっくりと着いてきているのだろう。そう思っていた。

「遅いわね」

「うん」

漸く目的のお花見スポットに先頭集団が到着し中堅グループもゾロゾロと到着してきた。

しかし、下位グループである者達は一向に現れる気配がなかった。

「カナっち」

「そうね」

奏と愛弓はこのお花見の企画立案者だ。皆を先導する義務がある。既に着いた者達にはシートを広げて疲れただろうから休憩し、落ち着いたら初めてもらうように言って下山することにした。



「光。大丈夫か?」

「うん。僕は…大丈夫だよ?」

そうは言っても光は肩で息をし額にも汗がビッショリだった。それを心配しないと言うのはこの潤には無理だった。

だが、光をこの学校に誘ったことを思い出す。そうすれば出来るだけ彼の意思を尊重してやろうと思っていた。

しかし、それでも心配しないと言うのは無理なのでせめて

「鞄ぐらい僕は自分で持てるよ」

「バカ野郎。そんなぜえぜえのお前に持たせられるわけねぇだろ」

彼の鞄くらいは持って上げることにした。

「ありがとう。ってあれ?」

二人が上っていると先程待ち合わせ場所にいたクラスメートに出くわした。当然自分達が最後尾であったが、まさかここで出くわすとは思っていなかった。

「大丈夫?」

「光城くんと水無月くん。ちょっと疲れちゃって」

「余裕かなーって張り切って登ってみたんだけど。意外にキツくて」

二人の女子は明らかに登山に不向きな靴を履いていた。年頃の、しかも高校生に成たてで御洒落をしたいのは解るがそれで結果本来の目的を達成出来ないとあれば、本末転倒である。

「ねぇ。靴脱いでみてくれる?」

「え?」

「どうして?」

「いいから!!」

学校であまり接点の無かった光に、何となく、なよなよした女々しい男の子だという印象を持っていた彼女達は、光の顔は可愛いながらもその剣幕とまでは言わないが真剣な顔をしていたので、言うとおりに靴を脱いだ。

すると光は二人の女子の靴下を脱がせた。何をいきなりしているんだろうと不審に思っていると

「やっぱり。潤ちゃん」

光は後ろにいる水無月順に声を描ける。潤は溜め息をして鞄から絆創膏を取り出した。

「なに?」

「登山をするって聞いた時にね。靴擦れを起こす人がいるんじゃないかなーって思ったんだ。これだけの人数だし」

光は絆創膏を張り付けてそれを靴下が履けるくらいにテーピングで固定し、これでよしと靴下を履かしてあげた。

「それじゃあ歩けるようになったら一緒に行こうか」

僕達も待つよと光は二人に向かって笑顔で言う。潤も

「ま。クラスメートで通りかかったよしみだ。一緒に最後まで登ろうぜ」

光と同じ事を言うのであった

二人はありがとうと言って暫くしてから立ち上がった。

四人で山を登り始めると、二人みたいに靴擦れをして脚を止めている者がやはりいた。光と潤は手際よく絆創膏とテーピングをしてあげる。

「光城くん。水無月くん。ありがとう」

「良いんだよ。ちょうど持ってきてたから」

アハハと笑う光。それと対照的にムスッとしている潤。

こうして下位グループの旅団が完成した。




「あ!あんた達!」

「大丈夫なんか?」

少し山を降りた後、漸く下位グループに合流した奏と愛弓。

「あ!奏ちゃん。愛弓ちゃん」

「悪い二人とも。皆待ってるよな?」

「ここに来る途中に靴擦れをして歩けなくなって」

奏はやっぱりなと思う。ここにいる下位グループはどうみても山登りに適さない靴を履いている。山登り等出来よう筈もない。

「でも、途中で光城くんと水無月くんが助けてくれて」

助ける。その言葉に奏は愛弓と顔を見合わせた。

何でもこの登山下位グループの靴擦れを起こした皆に絆創膏とテーピングで少しでも痛みを軽減しようとしてくれていたらしい。皆、二人に感謝をしていた。

しかしながら、その二人の姿が見えなかった。上にいる者と、ここにいる者。それから自分達二人を合わせれば、もう彼等しかいない。

故にまだ誰かを助けている。なんてことはない筈であるが。しかしその二人はいなかった。

奏が二人はどうしたか聞けば、少し休んでから行くとの事。二人は皆に先に登っているように伝えてもう少し降ることにした。



そこから10分…はたっていないだろうから7分~8分程して、漸く二人の姿が見えた。

光は顔は下を向き、膝に手を当てて肩で息を切っている。潤はそんな光の背中をさすってあげておる。もう片方の手には水筒を持っていた。

「おーい!あんた達ぃー!!」

「矢切、望月」

先に潤が奏の呼び掛けに応じた。その後すぐに光が顔を上げて頼りない笑顔を振り撒く。奏と愛弓も二人の側まで駆け寄った。

「その…なんだ。わざわざ見に来たのかよ」

潤が照れ臭さくぶっきらぼうに問い掛ける。その態度に少し苛立ちを奏は覚えてしまった。

何に苛立ったかと言えば、中々現れずに、自分達が下山してしまったこと。

それから下位グループを助けながら進んでいたこと。

助けておきながら、潤と光は最後尾にいたこと。

それなのに最初の一言が謝罪じゃなかったこと。

潤達は間違ったことをしていないのに、体が熱を持ったせいで、沸点が低くなってそんな二人に苛立っていること。

自分が今から間違った苛立ちをぶつけることを奏はわかっていた。簡単に言えば八つ当たりだ。それでも待たしている立場と探しに来た立場。その立場において正義は自分にあると言い聞かせることにした。

「あんた達ね!!遅れておきながら───」

「ごめんなさい!!!!」

なによその態度は。と言い掛けたときに、大きな謝罪が聞こえた。その謝罪をしたのは潤ではなく、肩で息を切っている真っ白な少年。背丈は奏よりも少し高いが、愛弓と同等程度なので160前半の身長の少年。

「僕が。自分の体力も無いのに今日の企画に参加したから…潤ちゃんにリュックまで持って貰っちゃって…ごめんなさい」

深々と謝る光。下げた頭からはポトポトと汗が落ちていた。彼は心から謝っており、体力が無いのも目に見えていた。一歩引いたところでそれを見ていた愛弓は納得してしまった。

しかし苛立ちをぶつける事しか頭に無かった奏はその謝罪すら不快であった。

「だったらなんで」

今日来たのよ!!そう言うつもりだったが流石にそれは言ってはダメだと解った。というよりかは解らして貰えた。一歩引いたところにいた愛弓が肩に手を置いたからだ。また

「悪かった。コイツを背負って追い付くつもりだったが、おれも体力の限界が来た。とても背負って行くにはこの山は険しかった」

と潤も頭を下げた。背の高い潤の頭が背の低い奏の胸元まで下がった事で漸く頭が冷えた。右肩にあった愛弓の手を奏は優しくポンポンと叩く。その手付きが柔らかかった事で奏が冷静だとわかった愛弓は手を退かした。

「探しに来てくれて。ありがとう」

今度は光の方が顔を上げてにっこりと笑った。愛弓と奏は顔を見合わせる。フッと。少し笑った。

「ほら。行くわよ」

奏は光に手を差し出した。

「アンタ。もうヘトヘトじゃない。肩くらいかしてやるわよ」

「えっ!?でも僕」

男だから女の子に肩を貸してもらいながら登るのは恥ずかしいと光は言う。自分と同じくらい華奢な癖して一丁前に男を気取る。そんな光が煩わしくて奏は無理矢理

「えっ!?あっちょっと!!」

「煩いわね。もう少しだから頑張んなさいよ!!」

「そういう意味じゃなくて」

「そういう意味よ!!」

光は奏のそういう意味がわからなかった。しかし

「そういうことだ」

と潤のこの言葉で理解した。

「ああ。もう。恥ずかしいな。でもありがとう」

光は奏に肩を貸してもらい、山を登ることにした。


「で?矢切の奴。あれで大丈夫かよ」

「んー。多分無理やと思う」

「ならなんでだよ」

「そんなん簡単やん。光城くんもそうしてたやろ?」

確かにな。潤は溜め息をして呆れていたが、同時に何か安心したような顔もしていた。


光は自分もかなり体力を消耗していたが、それでも道中。同じクラスの参加者がくたびれていれば、一緒にいてあげたり、脚を挫いたり、靴擦れを起こしているような者がいれば、応急手当てをしてあげたりもした。

自分が一番体力が無い筈なのに。とんだお人好しだった。

それは奏も同じで、悪態はつけどそれでも光達を探しに来たあたり、かなりのお人好しなのだろう。

「ま。ヤバくなればウチが光城くんの肩持つわ。やから、水無月くんがカナっちおんぶしたってな」

「ま。助けられた身だ。断るなんて義理の無ぇことし無ぇよ」



それから四人は目的地の公園へ辿り着く。どうやら下位グループ達も合流出来て皆シートを広げて待っていた。

料理や飲み物が並べられてはいたが、まだ手を付けていなかった。下位グループが登った際に自分達よりも後に光達がくる筈だと伝える。当然、光達に助けてもらったことも。

それを聞けば流石に腹が減っても待つべきだと判断したのだろう。彼等は光達四人の到着を待つことにした。

「みんな。ありがとう。それから待たせちゃってごめんね」

光の礼と謝罪に一同は笑って迎える。いいから座ってさっさと始めようと。


光は初めて出来たクラスメートとの初めての花見を心から楽しむ。クラスメートも光を嫌っているわけではないが、それまでどこか光に遠慮していた。何せ、光城と言えば有名な財閥の名前だ。そこのお坊っちゃんで、隣に潤の様な男がいれば話し掛け辛いのだ。

しかし、今日の光の行いで皆は光に近づいて話をする事が出来た。見た目通りの優しくて純白の少年だったのだ。

そして、それは同時に潤も同じだった。

「水無月くんも。ありがとうね」

「水無月ってしょーもねーヤンキーかと思ってたけど、意外と良い奴なんだな」

「しょーもねーヤンキーってなんだよ」

潤も見た目でかなり誤解を生んでいた。しかし、その体躯に違わぬ程逞しく、頼りになる人間だとわかって貰えた。

二人はもうクラスに馴染んだ。

その姿を見て奏と愛弓も満足していた。



日が暮れて散々遊び倒した。そこでしたフリスビーやドッジボール。ハンカチ落としやフルーツバスケット。どれも高校生になってはしゃいで楽しむようなものでもないが、どれも初めてである光は本当に楽しかった。

そんな心から楽しんでいる光を見れば皆楽しくなっていったのだ。


駅に着いて解散する際、複数のグループに別れた。ファミレスに行くものや、スーパーのフードコート、ボウリングに行くものと別れていった。


奏、愛弓、光、潤の四人は帰宅する事にした。のだが…

「ねぇねぇ。潤ちゃん」

「なんだよ光」

「このままもう帰るの?」

「は?」

光は家に帰りたくないと言う。しかし、潤は光を家に帰らそうとする。光の家…というよりかは屋敷に仕えている使用人に光の事を頼まれている。怪我をしないのは勿論、光の体調にも気を使っていた。光は体が弱い。それでも今回の花見は楽しみにしていたのだ。だから、潤が付きっきりに見ることを条件に行くことを許した。

これは使用人と潤との約束でもあった。使用人達は潤を信頼している。その彼等との約束を違えるわけにはいかなかった。何よりも、光の身体を案じるが故だった。

「だって。こんなに外に出たの初めてなんだもん!!せめてその…高校生らしく寄り道して晩ごはんでも食べに行きたい!!」

光が珍しく自分の意見を強く主張した。こうまで強く主張したのは二人が出会って直ぐの頃以来だろうか。潤は目の前の幼馴染の姿が昔の幼い頃の彼の姿と重なって見えた。

「まぁ。いいんじゃない?」

「ウチ等もこのまま帰んのつまらんしなぁ」

奏と愛弓がにししと笑って提案する。潤もここまで来れば反対する気も起きなかった。

光の望むことをしてやろう。潤が光を高校に誘った時に決めた事だ。こうして四人は夕飯を一緒にすることになった。


「いらっしゃーい」

入った店は岡本軒という中華料理屋。決して大きな店ではないがそこまで小さくもない。店内は四人掛けのテーブルが三つとカウンターが十人座れるL字形になっている。

「ねぇねぇ。二人ともー」

「なに?」

「どしたん?」

「そう言えばね。二人はさ。どーして潤ちゃんじゃなくて水無月くんって呼んでるの?」

光は目の前のラーメンを食べ終わり水を飲むと奏と愛弓にそう言った。確かに、二人は一度潤の事を潤ちゃんと光と同じように呼んでいたが、今は水無月くんとなっていた。否、普通に考えれば、あの時だけ潤ちゃんとお遊びで、ふざけて、ノリで呼んでいたようなものだ。だから

「なんでと呼ばれても」

よくはわからなかった。強いて言えば気安いような気がしたのだろう。クラスに馴染んでいなかった潤とクラスで急に潤ちゃん呼びをすれば、要らぬ誤解を生みかねなかった。

奏と愛弓は潤と光に対して敵対心は無く寧ろ友好的になろうと思っており、それはクラスメートにもそうなってほしいと思っていた。

話してみてわかることだが、潤は誤解されやすい。気の優しい少年だがそれが伝わらない。だからその誤解を解いて、クラスの親睦を深めれたらと奏と愛弓は思っていた。

そして、それは証明された。しかし

「あ!そうか!!」

光は急に何かを納得したように手を叩く。そして

「僕たちに問題があったんじゃん!」

と頷いた。

「どゆこと?」

「さっぱりわからんわ」

指をピンっと立てて真紅の眼を開いてその幼い顔のみけんにシワを少し寄せながら光は言った。

「僕達が呼んでないからだよね?」

あまりにも予想外すぎる言葉に奏と愛弓は開いた口が塞がらなかった。呼んでなかったとは?何の事だろう。

「僕達も二人みたいにアユちゃんカナちゃんと呼べばよかったんだよー!!ごめんね」

次は頭を下げ出した。そして

「これからもよろしくね。アユちゃん。カナちゃん」

とにっこり笑う。隣で仏頂面していた潤も

「はぁー…つーわけだ。アユ。カナ。これからもヒカリと仲良くしてやってくれ」

と少し顔を赤くして、右手の人差し指で頬を掻く。

そんな潤の姿を見て奏と愛弓は口を開けたまま顔を見合わせる。そして吹き出して笑ってしまった。

「何言ってんのよ。そんなの当たり前じゃない。ヒカリ。ジュン」

「ホンマやーん。こっちこそ。よろしくやで。ヒカリン。ジュンちゃん」

光は満足したようによろしくと言うのと反対に潤は呼び方を少し変えてくれと懇願するが

「えー。でもこの前はジュンちゃんでええ言うてたやんかー」

「それは。まぁ」

「だったらいいじゃない。それに可愛いし」

「なっ!?」

「あ。聞いたことある。ぎゃっぷもえ?ってやつだよね?」

「ヒカリ!?お前何処でそんな言葉覚えたんだ!?」

潤以外の三人が慌てる潤を見て笑った。その事が潤は腹は立てど、悪くはないと思い言葉が出なかった。それに、自分が光を学校に誘ったのは、光のこういう表情を見たかった事と、他の人間にも見て欲しかった。と言うことを思い出した。

「まぁ。なんだ。よろしくな。アユ。カナ」

「それ。さっきも聞いたから」

「ホンマや。ジュンちゃん。でもま」

よろしくね。と二人は手を差し出した。光と潤は二人の手を取った。

「あっ…」

「ヒカリン?」

「どうしたん?」

光が声を漏らした。この時光は二人の手を順番に握った。それは潤も同じだった。光は二人の手を握って解ったことがある。この温かさ。これは隣にいる潤とは違うが、同じ感じがした。潤も奏も愛弓も。皆違うが、皆同じ意味を持っている。光はそう感じた。

「ううん。何でもない。さっ。もうそろそろ遅くなるから。帰ろっか」

四人は会計をして外に出た。四月ももう終わる頃だが、夜の風は少し冷たかった。

しかし、光の手の中には先程の温かさがあり、それは今隣からも感じられた。

四人で暫く歩く。今日の出来事を思い出して話したり、奏の家族の事や愛弓が以前住んでいた地の事。誕生日の事なんかも話したりした。そうしてるうちに別れが来た。奏と愛弓と別れる。二人は笑顔で手を振った。光もそうして、潤も控え目に手を振る。そこをまた奏と愛弓に笑われて四人は二人と二人になった。


「ねぇジュンちゃん」

「どうした?」

「ありがとうね」

その礼の意味が何にかは解らなかったが、潤は

「俺こそだな」

と返した。

潤は光の住む屋敷まで送っていき、使用人の代表、萩野と話す。前もって連絡を入れていたが遅くなってしまった事を詫びる。

しかし萩野は頭を下げて寧ろ礼を言うのであった。

「潤さん。坊ちゃまを、どうかよろしくお願い致します」

潤は何も言わないでまた頭を下げた。

「ジュンちゃん!またねー!!」

潤が帰る時に光は潤に手を振る。潤は右手を上げてじゃあなと帰っていった。



光はベッドに入っている。寝る前に掌を見詰めた。そして、それを握りしめた。

「学校に行くって。友達が出来るってこう言うことなんだね」

握りしめて出来た小さな拳を胸に持っていってそう小さく呟いた。




03



一年一組


春。四月。それは新しい出会いの季節。不安や期待が入り乱れながらもその先にある未来に胸の踊る季節。

特に、少年少女にとっては様々な思いが膨らむそんな季節であった。

友人、恋人、スポーツ。何を作り、何を始めるにしても良い季節で、まさに生命の躍動に相応しい季節であった。

この春から高校生になる彼女達もまたその一人。

「はぁ…今日からか…」

彼女の名前は秋瀬紗綾。両親は母がドイツ人で父は日本人。と言っても父も日本人とアメリカ人のハーフであり、国籍が日本であるだけだから実際日本人の血など殆んど入ってはいないのだ。外見も二人とも金髪で眼が蒼と黛色だった。

その為、金糸で蒼眼を遺伝した沙耶は、もはや日本人としての外見は殆どなかった。

厳格なドイツ人の母と、温厚で兎に角明るいアメリカと日本のハーフの父がどうして結婚することになったのかはわからない。母曰く

「このちゃらんぽらんな男に乗せられた」

らしく、父曰く

「そいつはトップシークレットだ。My daughter」

らしい。ついでにいっておくと彼女、紗綾自身は授業で習う程度の英語と挨拶程度のドイツ語しか出来ない。つまり、日本語しか喋れない。海外にも行ったことがないから、パスポートなんて持っていなかった。見た目以外は完全な日本人。

両親も家では日本語しか喋らないのでまぁそんなもんだと紗綾は思っていた。

でも、それでも外見は欧米人。眼の色や髪の色で苦労したこともあったのも事実。小学校の頃は仲の良い友達は何人かいたが、中学に上がるときに別々の中学へ行くことになり、その子達とも離ればなれになってしまう。

中学は女子中へ通う。そこで仲の良い友達も出来た。信頼できる友達も。とても楽しい中学生活を送れると思ってた。

しかし、彼女には秘密があった。誰にも言えない秘密が。禁忌とも言える秘密が。

そして、その秘密が切っ掛けで、紗綾はひとりぼっちになった。

高校はそのままエスカレーターで女子高に行かないで、同級生がいない、公立高校を彼女は選んだ。

選んだ学校は地区の中では公立高校だがかなりの名門。偏差値だって結構高いし部活動の成績だって優秀。文武両道の高校。だから有名人の子供だってたくさんいる。

一条医院という病院の一人娘や、海原道場という空手、柔道、剣道と言った多岐にわたる武道の家系の娘。他にも市長の娘やら資産家の息子なんかもいたりした。

そんな目立つ生徒が多いならきっと自分なんて目立たないと思い、紗綾はこの学校を選んだ。

しかし、やはり見た目で結局は目立ってしまう。そして、ヒソヒソと陰口。もううんざりだ。紗綾は意気消沈するのであった。

「嫌な感じね」

紗綾の後ろの席から声が聞こえて来た。

顔立ちの整った少女で異国の容姿を持つ紗綾の後ろから、頬杖をしながら話しかけてきた。紗綾は振り返らずに返事をした。

「何がですか?一条さん」

「あら?私の名前知ってたのね。」

「出席番号がひとつ違いだから覚えるのが早かっただけです」

それに、あなたは一条医院の娘じゃないですか。紗綾は付け加えようと思ったがやめて変わりに息を一つ漏らした。

「まぁ。端でコソコソとして面と向かって言えない“燕雀”共の言葉なんて私の心には響かない。貴女もそうでしょ?」

「なんのことだか……わかりません」

「そうかしら?貴女も思っているはずよ?『愚か者の燕雀共が』ってね。だって私と同じ眼──」

「ねぇ」

この女子生徒は花咲藍。二人と同じく一年一組所属の女子生徒。見た目もこのクラスの中では派手なほうであり、髪の毛を染め、高い位置でポニーテールにしている。制服も着崩しておりこの学校には少し珍しい、所謂“今時の”女子高生”だった。

また、彼女はこの四月の末週時点で既にクラスカースト処か、学年カーストでも上位の立場にあった。あまり目立つ事のない物静な生徒が多いクラスで、彼女のようなそんざいが上位になることは必然的でもあったのかもしれないが、それでもクラスを飛び出し学年カーストの上位にいる彼女は特異な存在と言わざるを得ない。

故に彼女の名前を知らない生徒はこの学年には殆んどいなかった。この四月末週時点での彼女の発言力は相当なものがあり、このクラスでは対立する者等、早々居なかった。

が、そんな彼女に対立、もしくは意見できる存在が二人いた。

「なんですか?」

一人がこの一条真奈美だった。

「さっき愚か者って聞こえたんだけど」

この一組は、比較的物静な生徒ばかりで構成されている。故にこのクラスには派手につるむ生徒が少ない花咲藍は隣のクラスへ顔を出そうとしていたのだが、先程の秋瀬紗綾、一条真奈美の会話が聴こえた為に、二人の席へとやって来た。

藍は、真奈美を睨み付けている。それに負けじと真奈美も睨み返す。

ざわざわと分かりやすい反応をクラスの連中は示していた。花咲藍は隣のクラスとはいえ、クラスカーストで上位の存在。誰も彼女に口出し等出来なかった。

しかし、一条真奈美の『一条』の存在を知らぬ者はこのクラスは愚か、街には存在しないだろう。それは、この『花咲』もそうだ。

この街に住む『一条』と『花咲』の家の二人が揉めている構図。ハッキリ言って異常事態である。

しかもそこにはクラスでも特に浮いた存在である秋瀬紗綾もいる。ざわ付くのも無理はなかった。

「ひぇー……花咲と“一嬢”がまたかよ」

「しかも秋瀬も混ざってるぜ?」

「お前秋瀬さんと一嬢のこと助けてこいよ」

「えー?無理無理。ここで花咲に逆らったら残りの三年、女子とイチャつけない人生じゃねぇのよ」

と、男子生徒はひそひそと密かに、だが確実に盛り上がっている。一方で

「てゆーか秋瀬さんってさ?外人じゃない?」

「入学式の時に親見たけど、両親共に外国人だったわよ?」

「そうなの?やっぱり日本人とは会わないんじゃない?私達黄色い人達はさ」

「えー。なにそれ?御高く止まってるのもそれが理由?」

「一条さんも一条の子だからって御高いよねー」

最早陰口ですらない。二人に対する言葉がそこかしこから聞こえてきた。そんな声を聞いて、この花咲藍は勝ち誇った顔をしていた。この時、紗綾は『面倒事に巻き込まれたな。ソッと退場しよう』と思った。ついでに、『と言うか外国人じゃないし』とも。逆にこのクラスの住人であり、他クラスであるこの花咲藍が出ていくべきだろうとは思わなかったのは、紗綾の過去の出来事が原因だろう。

紗綾が立ち上がろうとした時。

「随分と騒がしいな」

そこに現れるは、一年一組学級委員の刀坂刄。藍に意見できる二人の内の一人だ。

「刀坂くん」

藍は学級委員の刀坂刄見る。刀坂刄という男子生徒は眼鏡を掛けている。彼は眼鏡を直す仕草を取り、この騒ぎの現況であろう者達に問いかけた。

「で?何の騒ぎだ?」

問い掛けられた騒ぎの現況であろう藍はハハッと笑って手を大袈裟に広げて刀坂刄に応答した。

「別にぃ~。ただ、そこにいる『一孃さん』と『外人さん』が愚か者って言ってきたからぁ~ついカッとなっちゃってぇ~」

「愚か者?」

藍の愚か者といった言葉に少し疑問を持ちながら、刀坂刄は一条真奈美と秋瀬紗綾の方を見た。一条真奈美はハァと溜め息をついてから、フフっと鼻で笑い、そして立ち上がった。

「ねぇ秋瀬さん。燕雀が五月蝿くて話しが出来ないわ。愚か者の事なんて放っておいて行きましょう」

「ちょっと?一条さん?引っ張らないで」

真奈美は紗綾の手を掴む。紗綾は事態についていくことが出来ずにいた。自分も出ていくつもりではいたが、こういう形だとは考えてもみなかった。

「そう言うわけだから。燕雀さん。ああ。いえ、花咲さん。ごゆっくり」

真奈美は紗綾を連れて教室を出た。

「燕雀か…」

二人が出て行った扉を見て小さく呟く刀坂刄。この場にいるほとんどの人間は、燕雀の意味を理解していなかったが、この刀坂刄ともう一人はその言葉を理解していた。

「ッチ…」

花咲藍は舌打ちをし明ら様に苛立っている。燕雀。この自分にそんな言葉を浴びせた一条の事が気に入らなかった。

「花咲さん?」

流石に藍のその御立腹な態度に周りの女子生徒の一人が声を掛けた。しかし、そんな彼女の気遣いも藍には無意味だったようで藍は彼女を睨み付けた。

「あーあ。ホンットこのクラスつまんなーい。『ナギ』のところにでもいこーっと」

藍がクラスを出ようとすると

「待て」

クラス委員の刀坂刄が彼女を呼び止めた。それでも止まりそうになかったので、刀坂は彼女の肩を掴んだ。

「何よ。委員長」

「花咲。 君、また遅刻をしたと言うのに反省文を提出せずに帰ったそうだな」

藍は肩にある刀坂の手を退け、刀坂を鋭く睨む。それに対するよう刀坂も睨み返した。それが可笑しかったのか、ほくそ笑んだ。

「あれ?そうだっけ?」

「“一組”としての自覚はあるのか?」

「え?自覚?なにそれ?」

「“一組”が特別なことくらい君にもわかっているんだろ?その自覚はあるのかと聞いている」

「はぁ?こんなくそつまらないクラスである自覚なんて持つ必要ある?」

「貴様…」

「ああ。ごめんごめん。刀坂くんは『刀坂』だもんね。そりゃあるわよね。その自覚は。あの『一嬢さん』や『外国人』にもきっとあるよねぇ」

「花咲!」

「でも。アタシにはどうだっていい。一組の自覚とか、そんなのどうだっていい」

アッハハハハと高笑いを付け加えて右手で顔を覆い、左手をブレザーのポケットに突っ込んだ。

「ハァーアアッ。白けちゃった。もういいでしょ?『なぎ』と『こまいぬ』のとこに行くから」

『じゃあねぇ』と藍は手をヒラヒラとさせて教室を出ていく。


教室には静寂が流れる。ビリビリとした空気は冷えきっていってしまった。

そんな静寂も一分も経たずに破られた。しかし

「花咲って。本当に怖いよな」

「確かに」

「でも、あいつ頭も良いし顔も良いからな。オマケに“花咲”だもんな」

「北神市長の娘でな」

「でも性格が悪すぎだろ」

何れも聴くに耐えない陰口であった。それに一人呆れる刀坂は

「君達。随分と喋れるんだな」

と言葉を放つ。

「それだけ言葉を出せるのなら何故言わなかったんだ?」

問われた生徒達はまたも黙り、他の生徒もざわつき始めた。

苛立つ。弱い人間共が。目の前に驚異が去ってからあれこれと言葉を出す。負け犬の遠吠えではないか。しかし、人間とはそう言うものなのだというのも、刀坂は理解したいた。故に、これ以上の言及に意味等無いことも理解していた。

「まぁいい。今ここにいる者だけでも聞いてくれ。中間テストが終わった時期に始まる選択科目の希望用紙を渡しておく。これを来週のGWが始まる前に提出するように」

刀坂は教室に戻って来る前に職員室にいた。その場にいる生徒に職員室で担任に渡された選択科目の希望用紙をもう一人のクラス委員と手分けして配る。

(この名門、北神高校の、しかも成績上位者でのみ構成されたこのクラスでも問題は有るものだな)

刀坂は配り終え自席に着き希望用紙を見ている。特に目を引くものは無いなと流していると一つ引っ掛かるものが出て来た。担当する教師の名前を見てみると

(成る程。噂のあの人か)

と思った。名前もさることながら、担当する授業もその人の性格も変わっていると既に噂になっていた。その授業の項目は今の刀坂にとって、かなり興味深く必要なものではないだろうかと思っていた。

(時間はまだある。じっくりと考えて決めるとしよう)



秋瀬紗綾が一条真奈美に引っ張られて数分。人の少ない北館の校舎に連れられた。

「あの。一条さん?」

「ここでいいか」

一条真奈美は秋瀬紗綾に向き直った。キリッと見詰められてしまった紗綾は彼女から眼を逸らしてしまう。

「ねぇ。貴女」

「はい」

「どうしていつもそんなに暗い顔をしているの?」

唐突に告げられたその言葉が紗綾の心を刺した。

「してますか?というか、一条さん。私の後ろだし見えないんじゃ」

はぁーっと大きく一条真奈美は溜め息をついた。秋瀬紗綾はその華やかな外見に似つかわしくないほどクラスでは浮いた暗い存在だった。そんな彼女が前の席で気にならないハズがない。一条真奈美は単純に興味が湧いた。ただそれだけだった。

「ひょっとして貴女もそうなんじゃないの?」

そうなんじゃないのか?紗綾はビクッと反応してしまった。身体中から嫌な汗が出てくる。

「そうなんじゃって…何がですか?」

ガクガクと震えそうな身体を何とかして止める。目の前のこの一条真奈美に悟られてしまったのか。それを悟られないために人との関わりを避けてきたというのに。

否。ひょっとしたら彼女の知り合いに自分と同じ金井女子出身、或いは通っている生徒がいたのだろうか。だとしたら不味い。あの事が知られるのは絶対にあってはならない。

ぱちんっ!!

音がした。紗綾が思考を張り巡らせていると大きな音が。何の音がしたのかすぐに判断出来た。目の前の一条真奈美が紗綾の前で手を叩いたのだ。いわゆる猫だましをした。

「ちょっと聞いてるの?」

「え?あ、ああ。ごめんなさい」

「貴女ねぇ。まぁいいわ」

そう言って腕を組み直し、視線を他所にしながら話す彼女の眼は少しだけ潤んでいて寂しさが写っているようだった。

「私ねもう道が決められているの。今後の道が。だから何処で何をしても一緒なの。まぁこんな家に生まれてしまったのだからそれも仕方がないとは思うわ。

それに私は鴻鵠にならなくちゃいけないから燕雀達とは馴れ合いたくないのよ。貴女もそうでしょ?」

「ごめんなさい。言っている意味が」

「そう?貴女も私と同じく入試一番って聞いたけど。貴女は気位も高くてだからクラスでの馴れ合いを嫌っているんでしょ?

私達同じ鴻鵠同士だと思っているのよ。だから」

そう言って差し出された手を紗綾はぼーっと見つめることしかできなかった。この手を取って良いのかわからなかったから。

「同じ鴻鵠同士仲良くしましょ?馴れ合いが嫌いで矛盾しているようだけど、友達なんて軽い関係じゃなくて同志としての関係を築こうじゃないかしら」

「わたしは……」

昔の記憶が甦る。中学の頃の嫌な記憶。彼女は似ていた。大切な人に。だから蘇ってしまう記憶。一番消し去りたい、しかし消し去ることの出来ない記憶。

周りから白い目を向けられ、大切な友達を失い。大切な人を傷付けてしまった。自分の罪

「ごめんなさい!!」

紗綾はその場を走り去ってしまった。

「ふむ」

真奈美は置き去りにされ伸ばした手を見詰めて握ったり開いたりを繰り返した。

「上手くいかないものね」



04



一年二組


「そんでッスよ ?ビビっちまって逃げちまったンスよ」

「いや、マジで!?」

「駒ちゃんおもしろーい」

話の中心に居るのは一年二組新聞部所属の犬吠埼駒。比較的賑やかなクラスである一年二組だが、この犬吠埼駒はそんなクラスの中でも賑やかな少年だ。新聞部故か、学校や北神市の事情にそこそこ精通している。多感な高校生であれば、最も盛り上がるネタは誰と誰が付き合いだしたとか、別れたとか、あとはネタになりそうな生徒の話だったりする。

この犬吠埼駒と言う少年の提示するネタをこのクラスの生徒達は待ち望んでいた。

北神高校一年二組は基本的に賑やかな生徒や所謂今風の生徒が多い。だからこうして昼休みや放課後なんかは彼、犬吠埼駒を中心にワイワイと賑わっている

「なぎー。こまいぬー。いるー?」

戸を引き教室へ入って来たのは隣のクラスの女子生徒。クラスカーストどころか、一年生学年カーストの上位者の花咲藍。

「あ。藍ちゃん」

「おー。藍さん。乙でーす」

一年一組は入試の上位者が集められている事もあり、あまり賑やかな生徒はいない。だからか、この花咲藍は自分のクラスにいることよりも他のクラスへ顔を出すことの方が多かった。

「ホンットあのクラスつまんないわー」

と愚痴を溢すと、顎で席を開けさせ、そこに腰をドンッと掛けた。

「成績上位者が集まっているエリートだもんね。藍ちゃんだってそうじゃん」

長い髪に前髪は三本のピンで止めており、胸のリボンを少し緩めブレザーの下に薄黄色のカーディガンを着た少女、海原薙沙が机に頬杖をしながら藍に言った。

「まぁそうなんだけどさーなんつーか自分に蓋してる奴多すぎぃー」

藍はブレザーのポケットに手を突っ込んで椅子の後ろ脚二本を軸に上下に揺れていた。

「藍さんは全開ッスもんね」

「だって息詰まるじゃん?学校でも自分に蓋してどーすんのって…」

「はっはは。ごもっともッス」

「で?今日もどっか行く?“北ボー”か“神バチ”とかさ 」

「あー良いッスよーどーせ暇だし」

「俺も」

「あたしもー」

その場にいた二組の所謂一軍のメンバーは即答した。

「なぎは?」

「え?あ。」

しかし、机に頬杖を付いていた『なぎ』こと、海原薙沙だけは即答しなかった。

「何?予定あった?」

「ううん。大丈夫!どこ行こっか」

「んもー。薙沙さーん。なーに聞いてたッスか?“北ボー”か“神バチ”ッスよー」

「ああ。そうか。私は“北ボー”かな?」

薙沙の返答により多数決で一年二組の一軍メンバーと花咲藍は放課後、“北ボー”と呼ばれるボウリンググラブへ行くことになった。

「あ。もうそろそろ時間ね」

「早いッスねぇ。もっとダベりたいッス」

「お前はしゃべりすぎだっつーの」

「それじゃあ藍ちゃんまた後でね」

「はいはーい。それじゃあまたねぇー」

各々が自分の席に戻り、次の授業の準備を始め、昼休みが終わる予鈴が鳴った。

「あれ?次って何でしたっけ?」

席に着いて机を漁りながら犬吠埼が隣の席の生徒に聞く。

「えーっと。なんだっけ?」

隣の席の生徒もわからなかったのか一生懸命に机を漁っていた。そこへ一人の女子生徒がやって来た。

「あ、あの…次は、地学だよ?」

「ッスよね?あれ?もしかして」

「うん。移動だよ?」

「イヤイヤイヤイヤ!!!?えっ!!?何でもっと早く言わなかったンスかぁ!!!?」

女子生徒はビクッとして肩を強ばらせる。

「言いましたよ?でも皆聞いてくれなくて…」

「ンなの誰も聞いてねぇッスよぉ!!なぁ!?みんな!?」

この犬吠埼の一言で皆一様に聞いてない、言っていないの言葉を連呼する。女子生徒は顔を下げてしまい持っていた教科書を胸の前で抱き締めて肩を震わせてしまう。

「ちょっ泣いてンスか?」

流石に不味いと思った犬吠埼は慌てて弁明しようとした。しかし、彼女はいよいよと泣き出してしまった。

「イヤイヤイヤイヤ。えっ!!?マジッスか!!!?泣かなくていーでしょーに」

周りも泣かしたと囃し立て犬吠埼をからかう。

「ちょっとー。駒ー。お前ホンット女泣かせだよなー」

「私もこの間駒ちゃんに泣かされたー」

「私もー」

「勘弁してくださいッスよぉ。オイラは女性の味方ッスよ?泣かすなんてとんでもないッス」

言われている犬吠埼本人は軽い調子で返している。周囲はそれに同調して笑っている。笑わなくてはこのクラスに居られないと考えているのだろう。上位グループの作った空気に従わなければ次ああなるのは自分達だと思って。しかし同調しない者が二名いた。

「それくらいにしてやれ」

その一人が彼。天満健。制服は犬吠埼のように、中にパーカーを着たり、ボタンを開けたり髪を染めたり等はしていないが、目付きが鋭く、彼の醸し出すオーラは所謂一昔も二昔も前の硬派な不良生徒の其に近かった。

彼はこのクラスのアンタッチャブルな存在だった。その彼が出て来てしまい周りは一気に場は凍った。

「で、でもッスよ?泗水委員長が言ったの誰も聞いてねぇッスもん!!?なぁ!?」

「え、えーっと。言ったかもしれないけど、聞こえなかったぁー。みたいな?」

「う。うん。」

「ほらみたことか。言ったとしても聞こえなかったら意味ねぇーッスよ!!学級委員長なんだからしっかりして欲しいッス」

「だったら!!!!!」

天満健の声は怒気に満ちていた。それに驚いたのか、犬吠埼他数名は尻餅を付いてしまう。そして彼を見上げる体制になった。

「俺もその学級委員長って奴だ。お前達が無理矢理押し付けたな」

このクラスの学級委員長はクラスでの推薦、投票で行われた。こういう時決められるのは大体がクラスで目立たない大人しい生徒である。クラス委員という面倒な役職は誰もやりたがらないとしても、誰かやらなくてはならない。

その結果スケープゴートが出来てしまう。そのスケープゴートに選ばれてしまったのが、この少女『泗水樹』とその時に欠席していた『天満健』だった。

「責めるなら。俺を責めろ」

「クッ…!」

天満健はこの四月の末の時点で、何度かの欠席と遅刻をする生徒であった。どうにも家庭の事情らしく、学校側もそれを黙認しているようでもあった。

今日は朝から姿を見なかった。故に休みなのだろうと皆が思っていた。故にこのひ弱な少女、泗水樹を責めている。と言うかからかって遊んでいるに等しい。

しかし、どういう訳か、午後から学校に来たようだった。

「それに。学校に来て無い俺からすれば泗水は良くやっている。地学室なら今から急げば間に合うだろ?ここでコイツ責めてバカ騒ぎするより、さっさと行くほうが懸命だと思うけどな」

そう言えば最早返す言葉も時間もない事は皆が理解していた。皆は準備して急いで地学室へと向かった。

犬吠埼一同も速歩きで出て行く。

皆が出て行ったクラス。残った生徒は三名居た。泗水樹。天満健。そして

「樹…」

「なぎちゃん」

海原薙沙だった。

「その。ごめん。」

「謝らなくて良いよ。皆行っちゃったよ?行かなくて良いの?」

「それはそうだけど。そうじゃなくて!その今日。約束してたのに。行けなくなった」

薙沙は今日樹と約束があった。しかし、犬吠埼駒を始めとするグループと隣のクラスの花咲藍と北ボーと呼ばれるボウリンググラブへ行くことになってしまった。その事を話している。先の場面で樹を笑っていなかったのは天満健とこの海原凪沙だった。

「いいよ。なぎちゃん忙しいもんね」

そう言う樹の顔は笑っており、凪沙はそれに心が痛んだような気がした。

「ごめん」

最後に謝って薙沙は走って行った。

クラスには天満健と泗水樹が残った。

「良かったのか?」

「うん。なぎちゃん。海原道場っていう道場の娘さんでお稽古があるから。それに……」

─なぎちゃんは変わってしまったから…─

「?どうした?」

「ううん。何でもない。なぎちゃんは忙しいから仕方ないの」

天満はそんな事を聞いたわけではないが、これ以上の詮索はしない方がいいと判断してそこで話を止めにすることにした。

「さっきはありがとう。天馬君って怖い人かと思ったけど、優しい人なんだね」

「見た目で判断するな」

「ははっ。ごめんね」

「否、別にいい。それに、まだ優しい人って決まったわけじゃねぇからな」

「そうかな?」

泣いた跡がある目元を擦って天馬ににっこりと笑ってみせた。

「ほら行くぞ。二人揃って行間遅刻だなんて、今度こそ庇いきれねぇぞ」

「うん」


放課後

「てなことがあったのー」

学校が終わって二組の一軍と花咲藍が北ボーと呼ばれるボウリンググラブで無駄に四レーンも取って雑談していた。

「マジ!?二組にそんなウチの委員長みたいな奴いたの!?」

「いや、オタクんとこの刀坂くんとはまた違うと思うッスけど、なーんか無駄に熱い気はするッスよねー」

そんなもんなの?と藍は紙パックのジュースを飲み干してストローを加えたまま行儀悪く遊んでいた。犬吠埼も犬吠埼で缶を足でコロコロと足で転がして遊んでいた。

「クソ。なんで天馬今日学校来てンだよ」

「入学式ん時といい。そろそろさーマジでシメない?」

二組で少し気性の荒い二人(内一人は天馬に鳩尾を殴られた生徒)が物騒なことを言うもんだから犬吠埼はへへッと笑った後に大袈裟なモーションを取った。

「イヤイヤイヤイヤ。オイラはそんな暴力とか嫌いッスからぁ。楽しく愉快に平穏無事に高校生活を送りたいンスよ 。それに…」

「?なんだよ?」

「なんでもねぇッス」

なんでもない。そう言う割りには犬吠埼の表情は明らかに何かをやりそうな顔をしていた。それに気付いたのは二名の女子。

しかし、その二名は違う顔をしていた。花咲藍は犬吠埼の様子を伺うように。海原薙沙は怯えた表情をしていた。


時間も過ぎ皆解散した。花咲藍。犬吠埼駒。海原薙沙。の三名は同じ帰路に就いていた。

「それじゃあ。私はこっちだから。二人ともまたね」

「ん。お疲れー」

「ほーい。乙でーす」

海原薙沙も帰って行った。藍と駒の二人きりになる。

暫く歩いて藍が言葉を切り出した。

「あ。そーいやさぁアンタらは決めたの?」

「決めたって何を?」

「選択科目」

花咲藍は今日の終礼で刀坂から渡された中間試験終了後から行われる選択科目の希望用紙を取り出した。

それを取り出した事で駒も鞄から用紙を取り出してにらめっこをしている。

「オイラねぇ…まだ決めてねぇーッス」

「ふーん。あたしも決まってないんだけどさー。なににしよーっかなー」

すると駒は何かを見つけたように、あ。と声を漏らし立ち止まった。

「どうしたの?こまいぬ?」

へへっと笑い用紙を手でパンパンとはたいた。

「これなんてどーッスか?」

藍は駒が指す用紙を覗き込んだ。

「げっ!?アンタマジ!?」

そして、自分の持っていたのを見て確認し、駒の方をもう一度見直した。

「マジもマジッスよ。面白そうッショ?」

「変わってるわアンタ。でも…」

すると藍も目を閉じて何かを考えている。

「楽そうだし有りかもしれないわね」

「へへっ。だったら藍さんもそーするッスよ。オイラはこれに決めた」

二人の思いは違えど、進む道が決まった。




05



あれから秋瀬紗綾は一条真奈美と話すことは無かった。当然と言えば当然かと思う。暗い人間で差し出された手を握らずに走り去ってしまったのだから。後ろの席にいる一条真奈美と顔を合わすことはなくなった。

「これでいいのよ」

紗綾は元々一人でよかった。どうせ周りの人間なんか、自分と少し違うだけで仲間外れにしてくる。特にこの日本と云う国は、協調性なるものや和と呼ばれるものを大切にし、そこに入れないものを、悪とする風習がある。

どうして、母はドイツ、父は日本とアメリカのハーフの娘である私が欧米でなく日本に住んでいるのか本当にわからなくなるし、苦しい。

それに、紗綾にはもう一つ、誰にも言えない秘密がある。それはきっと外見のことよりも受け入れがたいものなんだと思う。だから一人でいるのが楽だった。

紗綾は昼休みや放課後は一人で過ごす為に図書室にいる。昼休みの教室は賑やかでとても過ごす気になれない。放課後も授業終了の鐘がなると最も下校する生徒が多く、バッティングしたくないので生徒が少なくなったタイミングで紗綾は帰ることにしていた。

今日もその予定だったが、その予定は大いに狂ってしまった。

いつも通り放課後も図書室へいくが既に数名の生徒がいた。別に普段は紗綾だけが使っているわけではなく、ここには静な生徒しか来ないため他に生徒がいても気にはならない。でも今回は違った。

大柄で髪をオールバックにしている、所為ヤンキー風の生徒と、黒い髪を纏めて団子ヘアにした女子生徒。それから小柄な外見で少し茶色っぽい髪にウェーブをかけている女子生徒。

「ヒカリの奴どこいったんだよ」

「もー。ジュンちゃんが眼離すからやん」

「いや、だってあいつ逃げ足速くてさ」

「もういいから探すわよ。大丈夫私のネットワークディストーションがこの近くにいると告げているわ」

「カナっち。ネットワークディストーションってなに?」

下らない会話をしている三名。誰かを探しているようだがここで騒がれては紗綾自身の居場所がなくなってしまう。でも帰るにはまだ早い。出した答えは単純だった。

「場所を移そう」

紗綾は人気の少ない北館の空き教室へ入った。図書室に人が多い時はここへ来てボーッと空を眺めたりグランドを見下ろしたり机に伏せて眠ったりもする。

誰もいないはずの教室なのに、ここにも今日は先客がいた。今日は本当についていない。

また移動しようとも思った。だけど、窓を開けて風に靡(なび)くカーテンとそこから差す太陽の暖かな光。そして真っ白な髪と真っ白な肌をした“彼”から眼が離せなかった。神々しくて美しくて神話の中に登場しそうな外見をしていた。

「そんなところで突っ立っていないで入っておいでよ」

紗綾が“彼”に見とれている間にどうやら存在に気づかれてしまったようだ。いつもならば何も言わないで立ち去るのだが、目の前の“彼”の言葉に不思議と安心感を覚えて言うとおりにしてしまった。

「初めまして。僕は一年四組の光城光。君は?」

“彼”、『光城光』の後ろに立ちそれまで外を見ていた彼が振り替える。とても整った顔立ちで女の子も嫉妬してしまうようなとても可愛らしく綺麗な顔をしていた。肌もやはり透き通るように真っ白。髪もそう。絹糸を思わせるように美しい白。しかし、反面眼の色は真紅の色をしていた。

「おーい?聞こえてますか?」

「あっ!ごめんなさい。えーっと。私は秋瀬紗綾です。一年一組」

すると、この光城光と名乗る少年は優しく微笑み。

「あーホントだ。良く見たら秋瀬紗綾さんだ」

と手をポンっと叩いてなにか納得したような顔をした。良く見たらと言っているがこの距離で良く見るも何も無いだろうに。

「凄く頭が良いって聞いたよ?なんでもあの『一条真奈美』さんと同率一位って」

彼は笑っていた。その姿があまりにも可憐であどけなくて美しかった。男子生徒の制服を着ていなかったら男の子とはわからないだろう。

「中学の時やることがなかったから勉強ばかりしていたの。それだけ」

紗綾は嫌なことを思い出してしまう。あの最悪だった中学時代を。

私は知らない間にギリッと歯を食い縛っていた。

「そうなんだ。でも聞いていた話しと何か違うなー」

聞いていた話し?誰に何を聞いたと言うのだろうか?また自分の陰口だろうか。もううんざり。他のクラスまで回っているなんて。自分だってもっと普通に生まれたかった。

「ねぇ。秋瀬さん。もしよかったら──」

「あー!おったー!!ジュンちゃんカナっち!!こんなところにおったで!!!」

「ね?私のメナスオブザナイトメアも伊達じゃないでしょ?」

「ネットワークディストーションじゃなかったのかよ」

彼、光城光が何かを言いかけた時に訪問者がやってきた。それは先程図書室で人を探していた生徒達だった。二名の女子生徒と一名の男子生徒。

「あー。アユちゃん。カナちゃん。ジュンちゃん。どうしたの?」

三名の生徒に問う。この場合、誰がどうみても彼を探していたのは明らかなのだが、彼はそんな風に聞いてみせた。或いはとぼけてみせた。

「お前を探しに来たんだよ。ったく。体が弱いくせにうろちょろするなって言ってるだろ」

「そうよ。ジュンが泣いてたわよ。『ヒカリー!どこだー!俺のヒカリー!』って」

「泣いとったなー。『お前がいなきゃ俺はダメなんだー!!』って言ってたでー」

「いや、言ってないから。てゆーかその際どい発言やめて」

この三人のやり取りをみて光城光は楽しそうに笑っていた。紗綾にはそれが不愉快だった。

「お友達が来たみたいね。私は失礼させてもらいます」

紗綾がこの空き教室を出ようと光城光を探しに来た三人の間を抜けようとした時。

「久しぶりだな。秋瀬」

背の高いオールバックの男子生徒が声をかけてきた。それも久しぶりと。

「どこかで会いましたか?」

男子生徒は『はぁー。』っと溜め息をついた。俺だよ俺。と自分を指差す彼が誰なのか全くわからなかった。

「なによ?ジュン。ナンパ?いくら秋瀬さんが超美人だからって校内でナンパするような人間だなんて思わなかったわ」

「ホンマや。ウチらやヒカリんがいながら浮気とか引くわー」

「鬱陶しいこと言うな。まぁ覚えてないなら仕方がない。三年ぶりでお互い変わっちまったからな」

三年ぶり?変わった?ちょっと待って。潤?まさか。この時に紗綾の中でこの男子生徒が誰なのか。心当りがあった。

「ジュンピ?」

昔の友人の名前を彼に向けて放った。

「ばかっ!そんな呼び方するな!!」

やはりそうだった。いつも仲良くしてくれた懐かしい友達。まさかそんな彼がこの北神高校に入学していたなんて。昔の友人の成績ならば考えられなかった。

そう言えば真っ白なあの生徒は『光城光』と言っていた。昔、潤の話の中によく登場していた“光”とは彼のことなのだろうと紗綾は納得する。

「えー!ちょっとジュンちゃん!秋瀬さんと知り合いなん!!?ええなぁー」

「そーよそーよ。ヒカリと秋瀬さん。こんなキャラの濃い異能力者の知り合いが二人もいるなんてズルいわよ!!」

「わるいカナ。意味がわからない」

彼の友達はかなり賑やかな子だなと紗綾は思う。一人は関西弁を喋っており、もう一人はよくわからない言葉を喋る。潤の言う通り意味がわからない。異能力?なんのことだ?自分にそんなものはない。あるのは異端な価値観だけだった…

「ほーら。秋瀬さんが困ってるよ?」

いつの間にか隣に来た光城光がニコニコしながら立っていた。

「あー、悪い。秋瀬。お前一組なんだよな」

「そうね」

『秋瀬』か。 昔は『さーちゃん』と呼んでくれたっけ。あの時はまだ小学生だったし流石にそんな風には呼んでくれないのだろう。紗綾は一つ、もの寂しさを感じてしまう。

「そういやけんも北神に入ったらしいぜ?この間見掛けたよ」

『けん』?けんとは誰だろう?

「お前忘れたのかよ。『天満健』だよ」

その名前で思い出した。潤と健と紗綾はよく一緒に遊んでいたのだった。

その『天満健』も同じ学校だと言われて驚いた。

健もそれほど勉強が得意だったわけじゃない。潤ほどではないにしろ、北神に入学出来るような学力があったようには記憶していない。

しかし、隣のクラスならば見かけてもよさそうなものだ。もう一月以上もするというのに。潤のこともそうだが自分はどれだけ周りに興味がないのだろう。

しかし、紗綾はそれでもいいと、独りぼっちでもいいと思っていた。

「そうなの」

「ああ。ただ、あんまり見かけねぇんだけどな。この間アイツのクラスに行ったんだがあんまり学校に来てねぇみたいなんだ」

どうでもよかった。心底。ただ、昔の友人を心底どうでもいいと思う自分には多少嫌悪感を感じ嘲笑してしまった。

「お前はどうだ?元気か?」

聞いてきた潤の顔は記憶よりも大人びていたが、心配事をしているときの顔と同じだった。それが変わっていなくて少しだけ嬉しくて、でも少しだけ切なかった。

「関係ないでしょ。もう私帰るから。さよなら」

それじゃと言って空き教室を出た。あんなに仲が良かったのに今ではよそよそしく接している自分が嫌だった。でも仕方がない。もう人と深く関わるのは、もう嫌だから。

裏切られるのも、裏切るのも、もうこりごりだ。




高校に入学してから初めての定期テストが終了する。結果の良かった者や、そうでない者、次のテストの準備を始める者、テストが終わった事で解放される者。様々な結果の後の様々な感情はここ北神高校、一年四組でも溢れていた。

「ねぇ光城くん。テストどうだった?」

「うん。思ったより出来たかな?勉強しておいて良かったよ」

「そう言えば一組の秋瀬さんと一条さんが入試一位だったみたいだけど、その次が光城君だったんでしょ?」

「ははは。誰から聞いたのさ」

「えー皆言ってるよ?四組の“白雪王子”が学年三位だったって」


いつの間にか、“白雪王子”等と言う訳のわからないあだ名を光城光は付けられていた。それに対しても光城光は温厚に穏やかに対応していた。

入学当初は皆光に遠慮していたのか、それとも潤が番犬のようにギラギラと眼を光らせていたからなのか、あまり話し掛ける事をしなかった学友達。しかし、現在ではクラスの中心にいる彼を幼馴染である潤は暖かい眼で見守っていた。しかし、自分が少し離れてあげることでああも光の周りに人が出来る事を考えれば少しだけ寂しい気もした。

「あいつ。楽しそうだな」

「ホンマやな。ジュンちゃん話しかけへんの?」

「いや、今は良い。あれだけ楽しそうにしているヒカリをみるのは久しぶりだからな」

「ジュンって良い奴よね」

「なんだよ急に」

突然の友人の褒め言葉に驚く。ざっくりと良い奴と言われてもどう良い奴なのか知りたくなる。

「いや、最初はヤンキーなのかと思ったけど、以外とそうでもないと言うか、寧ろチョロいと言うか、面倒見が良いわよね」

軽く悪口を挟まれたが、ここでもう一度突っ込むとまた余計なことを言われかねない。だから放っておいたつもりだが。

「うわっ!ジュンちゃん顔怖ッ!」

どうやら潤は顔に出てしまったらしい。

「撤回する。あんたヤンキーだけど良い奴ね」

「うるせー」

ああだこうだと奏と愛弓と何でもない、下らない会話をしている。話の中心は、やはり光だった。そして光の方でも何やら動きのある会話が聞こえてきた。

「ねーねー。光城くんは選択科目何にするの?」

そう。一学期の中間テストが終了すると必須科目の他に選択科目を取ることになっている。科目は様々あるが特に人気なのは英語やIT関連、後は簿記の授業。昨今の就職難でもこの三科目をクリアしていれば就職に強いとかいう理由だからだ。

して、光城光の選んだ科目はと言うと

「んー。秘密かなー」

であった。笑顔で答えると周囲の女子は、えーっとか教えてよとかそんな黄色いブーイングが飛び交っていた。それに対してさえ温厚に、ただし真剣に答えるのもまた光だった。

「自分の人生に関わることだから、自分で決めないと。僕は君達の人生に責任とれないし。ごめんね」

「やっぱり光城くんって確(しっか)りしてるね」

「素敵ー。流石は“白雪王子”」

「あっははは。その呼び方はちょっと照れるな」

笑って誤魔化す光の顔は白雪王子に恥じぬ爽やかさであった。


「で?結局何にするんだ?」

その日の放課後。潤は昼休み光に取り巻いていた連中と同じ事を聞いた。

「そーよ。気になるじゃない。」

「ウチも気になるー」

「えー?ジュンちゃん達まで?」

「いいだろ。俺はお前のお目付け役なんだからよ」

潤は光の額を人差し指でツンツンと突く。痛い痛いと光は額を抑える。

「私達にも教えなさいよ。さもないとトライデントゾーンへ送るわよ」

そしてまた、奏の訳のわからない発言が出たのだが、

『ん?まてよ。トライデントゾーンって、まさか三次元か?結局それ何処へも行かねーんじゃねぇの?』

と内心毒づいて、隣で得意気に腕を組んでいる小柄な友人の頭に手刀を軽く叩き込む。

下で何するんだと喚くが今度は無視を決め込む。ここ一月程の付き合いだが、奏と愛弓との関係性は出来上がりつつあった。

「でも、君達の──」

「何度も言わすな。俺はお目付け役だ。野暮なことを言うな。何年の付き合いだと思ってる」

「そーよ。それに、私のやりたいことはこの学校の選択科目では無理。だからどこに行っても同じなのよ」

「ウチは、まだやりたいことわからへんからなー」

三人がそう言うと光は真紅の眼を丸くさせた。そして

「仕方ないな。皆には内緒だよ?」

四人は同じ科目を取ることにした。


─お前の夢だった学校生活を俺は一番側で守りたい

それが、俺のやりたいことだ─



06





「ふわぁー……ああ」

大きな欠伸をしながら通学路を自転車を走らせる奏。奏は自転車で通い、その途中にある光の家を通って学校へ行く。

─チリンチリン─

自転車のベルが聞こえたので少しだけ道を開ける。

「おっはよーカナっち」

「ああ。アユ。おはよー」

挨拶をするとはわわわともう一度欠伸をする奏。うつらうつらしながら漕ぐ自転車は少し危ないように見える。

「昨日も夜更かししてたん?」

「まーねー。今期アニメはどれも面白いから」

「ふーん」

この時愛弓はまだ解っていなかった。この矢切奏との出会いが後々新たな扉を開く切っ掛けになってしまうことを。

しかし、それはもう少し後の話。

二人が落ち合うポイントは光の家から五分程離れた所。自転車をダラダラ漕ぐこと五分。そこにはクラスメートの体の大きな少年が光城邸の大きな門の前に立っていた。

こちらに気付いて「よっ」と片手を上げて挨拶をする。奏はチリンチリンとベルで返して愛弓は

「おーっす!」

と元気よく挨拶した。

二人は自転車を降りてスタンドを立てた。

「ヒカリンは?」

「もう出てく……」

潤が言い切る前に門が開いて光と執事が出て来た。

三人は光を迎えて、執事の萩野に挨拶をして学校へ向かった。


四人で学校へ通学。前に光と愛弓が、後方に潤と奏という布陣で歩いていた。

「ねぇ」

「何だよ」

奏が潤の袖を引っ張った。

「いつも思ってたんだけどさー。アンタとヒカリって、出来てんの?」

「出来てるって?」

奏は横目でジーっと潤を見ている。何だよと答える潤に

「ジュンさ。BLってわかる?」

「は?」

「今日帰って調べてみ。ねーアユー」

奏は愛弓の肩を組んでじゃれつき始めた。

「びーえるってなんだ?」

潤は一つの小さな疑問を持ちながらも、とりあえず今はあまり気にしないようにしていた。



「とゆーわけで、今期のアニメは当たりが多いのよー!!」

休憩時間や放課後に四人で集まって談笑するのももはや日常となっている。話題は大体が奏が提供し、次いで愛弓。光は奏と愛弓の話を真剣に聞き、潤はテキトーながらも聞いて時々おかしな時は突っ込みを入れるのが定番だ。

コレはある放課後の様子。

「おめー。眠そうな顔してたり、授業中寝てんのはそーゆーわけかよ」

「げっ!なんでわかったのよジュン」

「バレバレ何だよ。先生にだってそうだぜ?」

「そうなの?アユ」

「ん?えーっと」

「知らねーはずだぜ。アユも寝てるから」

「ちょーっ!!ばらさんといてーなー!!」

このようなやり取りも日常茶飯事となっていた。

「にしてもカナ。おめーはとんでもねぇな。そんな寝不足になるまでアニメ見るか?」

「なによ。アンタも見てみなさいよ」

俺はいいや。と手で軽く空を払う。奏も目を細めて軽く舌を出した。

「でも。カナっちのオススメは外れないよな」

「でしょー?ま。ジュンのように何も感じない旧い地球人にはもういいわ」

そう言われても関せずの表情をするが

「ね?ヒカリン?」

とそれまでニコニコしていただけの光に奏が話を振ると流石に無視はできなかったようで顔付きが変わった。

「あのDVD凄く面白かったよー。カナちゃんありがと」

「いいのよヒカリン。ヒカリンはジャスティライダーが好きだって言うからあーゆーのが好きだって思ってね」

光と奏が 盛り上がっているのを蚊帳の外で口をパクパクさせながら見ていた。

愛弓はそんな潤を見てケケケと笑って肩に手を置いて

「ヒカリンも知らんところで成長してるんやでぇ」

うんうんと頷く。それを煙たそうに肩を揺らして手を鬱陶しそうに払った。愛弓の手を払った時に何気無く廊下の方を見ると眼を惹く少女が歩いていた。

先日、光を探してやって来た空き教室にその場にいた金糸の少女。そして潤の小学生時代の同級生。

「この間言ってたお店に行ってみたいな」

「じゃあ今度行きましょうか」

「やったー!!!ジュンちゃんも行くよね!?」

潤の耳には盛り上がっている三人の話は入っていなかった。彼の眼には彼女。秋瀬紗綾しか眼に入っていなかった。

「お、おう。悪ぃ。ちょっと外すわ」

潤は教室を出た。

「アイツどうしたのよ」

「さぁ。便所とちゃう?」

「ジュンちゃん……」



ざわざわするクラス。紗綾はまだこの空気になれない。今このクラスを騒がせているのは選択科目を何にするかだ。仲の良いもの同士であれにしよう。これにしよう。相談して決めることじゃないのに。自分で決められない軟弱者達。自分のことくらい自分で決めればいい。

自分は決めてある。人と関わりたくないから、なるべく選択する生徒が少ないであろう科目に決めた。

進学や就職に全然有利ではないけども別に良い。やりたいこともないし。静かにしたいし。

紗綾はざわざわするクラスの中、机に突っ伏して寝た振りをして過ごす。


放課後になってもそれは変わらなかった。直ぐに帰る者とそうでない者。そうでない者は部活に行く者と談笑している者であった。

紗綾も直ぐには帰らない。帰り道に余り人が多いのは好まなかったからだ。だから帰宅する生徒が少なくなったであろう時間までは図書室や空き教室等で過ごす。

しかし、この日に限って言えば、いつも使う空き教室は委員会で使われていたり、図書室は当然図書委員が使っていて空いていなかった。

余り気は進まないが、屋上に行くことにした。


この学校の屋上は基本的には解放はされていない。しかし、吹奏楽部員がそれぞれのパートの練習をする際に吹奏楽部員の責任で解放されることとなっていた。

それに甘えて部員でもない者が屋上を訪れるのはよくある光景でもあったが施錠する際には皆屋上を出るので特に問題視する事でもなかった。

紗綾は学校を散策する事が多かったので、五月半ばで常連とは言わないが目立つ容姿な事もあり、顔を知られるようにもなった。


ここで部員が演奏するのはトランペットやフルート、サックス等の三番四番である高音の楽器で紗綾は特に興味は無いが何となく心が落ち着くので嫌いではなかった。


そこでボーッとしていると、ドアが空いた。

吹奏楽部員だろうかと眼を向ければどうやら違った。

紗綾のよく知る男子生徒がそこに立っていた。

「よう。秋瀬」

「水無月くん」


潤は紗綾を追って屋上までやって来た。紗綾とは同じ小学校出身で高学年の頃はよく一緒に遊んでいたのだ。彼女は中学受験をし、私立の名門中学に入学した。それから三年間は全く会っていなかったのだが、高校で再開を果たした。

しかし、潤は彼女がこの高校にいることが腑に落ちなかった。

彼女が通った学校は大学まである大きな学園で、普通ならば高校もそのままであることが多い。しかし、彼女はここにいた。

不自然とは言えないが自然とも言えない。少なくとも今の彼女を見れば何かあったのかと思ってしまう潤であった。


「何か用?」

「あ。いや。その……たまたま屋上に行くのが見えたから……つーか、うちの学校屋上あがれたんだな」

「放課後、吹奏楽部の責任のもとね。私は練習を邪魔しない事と、吹奏楽部員が出る時間に一緒に出ることを条件に黙認されてるの」

「そうか……あ、あのさ!」

「ごめんなさい。私もう帰るわ。貴方もお友だちを待たせてるんじゃないの?」

「待て!」

「もう私に関わらないで。貴方の知る紗綾はもういないの」

紗綾は潤の横を顔を見る事なく通り過ぎていった。

三年間という時の流れが、潤と紗綾の間に眼に見える以上の、眼に見えぬ距離を作っていた。


「なんだってんだよ……」

「色々あんだよ。人にはな」

「!!!」

潤の頭上から不意に声が聞こえた。

潤は上を見上げた。しかし、見えなかった。

少し離れてもう一度上を見上げた。すると、入り口の屋根に一人男子生徒が寝そべっていた。潤は彼が誰だかわかった。

「健……なのか?」

健と呼ばれる生徒はフッと笑って立ち上がり、梯子を使って降りてきた。

「久し振りだな」

「そうだな。潤」

「色々あるって。さーちゃ……秋瀬の事、何か」

「知らねぇよ。ただな。生きてたら何かあるだろ。三年あれば、人は変わる。俺も、アイツも。お前だって」

潤はその言葉に肝を冷やした。何故ならそう言う彼、健の眼はとても冷たい色をしていたからだ。それに、潤にも心当たりがあった。

「俺は……」

違うとは言えなかった。言葉に詰まった潤を見て健は潤の肩に手を置いた。

「お前を責めるつもりはない。それに、お前は優しいからな。秋瀬を気遣ってるのもわかる。でもな。その優しさが痛い時だってあるんだ。だから、今は」

そっとしてやれ。と言葉を残してその場を後にした。

吹奏楽部員が奏でる音が、音楽など全く解らない潤でさえ美しくも何か寂しさを感じるものがあった。そう感じる程に、夕焼けも美しく、また感傷に浸っていた。




07

紗綾は屋上から出て図書室へ脚を向けた。もうそろそろ、委員会も終わっただろうし、借りたい本もあった。

図書室へ向かえば、そこには先客がいた。先客がいることに別段問題はない。ただ、その先客があの人達ということに問題があった。

「あれー!?あれあれあれあれ!?ヒカリン!カナっち!!秋瀬さん来たでー」

あの空き教室に立ち寄った時に出会った、潤と同じクラスの望月愛弓、矢切奏、そして光城光だ。

先程潤と別れたばかりだというのに、今日はどうも彼等に捕まってしまうと頭を押さえてしまう。何かと気に掛けてくる彼等がとても、紗綾には面倒な存在になっていた。

「なにかしら?」

「いつも通り秋瀬さんに会いに来ただけやでー」

彼女、望月愛弓は今年の春に関西から北神に引っ越してきたらしいく、

「秋瀬さんと話したいなと思っただけよ。だって秋瀬さんその髪とその眼。絶対秘めたる力を持ってるに違いないんだもん!!」

彼女、矢切奏は発言が支離滅裂で奇想天外、意味不明、四次元過ぎる言語の持ち主だ。

「言っておきますけど。私は一人でいるのが好きなの。貴女達のように馴れ合いは好きじゃない」

「そんなこと言わんでお話くらいええやん」

紗綾の周りで、愛弓と奏は自分の事ではしゃいでいる。それが紗綾の頭をたまらなく悩ませた。

しかし彼だけは相変わらず一歩下がって見ていた。真紅の眼を細めながら穏やかに笑っている。この空間に、いや、この世界に存在することが間違っていているような存在。神話やお伽噺が彼の棲む世界なのではないのかと、紗綾は思ってしまう。

「光城さんでしたね」

紗綾はそんな彼に興味が湧いた。自分と同じく肌の色は違う。髪の色も、そして眼の色だって。私と同じくただ一つの存在。

でも違うところが一つだけあった。

「うん。覚えててくれたんだね」

「貴方も異国の血が流れているの?」

「んー。どうだろ?父も母も日本人だけど。何処かで流れているのかもしれないね」

そう言って笑って見せた。相変わらず彼はその存在事態が異端だった。あまりにも浮き世離れしている。等と自分が言えた義理ではないのだけど。

「あんな秋瀬さん。ヒカリンはな───」

望月愛弓が何かを言おうとした時それは起きた。

「ちょっと!?ヒカリン!?大丈夫!?」

光城光はよろけてしまい、本棚に凭(もた)れ、そして座り込んでしまった。奏も愛弓も光を心配そうに駆け寄る。

「ごめんね」

「ええんよ。肩貸すな」

二人は光の腕を自分達の肩に回す。

「にしても潤の奴はどこ行ったのよ」

奏はポケットからスマホを取り出してここにいない、潤に連絡を取っているようだった。

「ほな秋瀬さん悪いけどまた今度なー」

「あ!!潤!?アンタ何してんのよ!!保健室に行くからアンタも来なさいよ!!」

光城光がよろけてからこの二人は先程までの空気と打って変わり、彼の身を案じていた。光城光はアハハと笑いながらも額に汗を浮かべていた。愛弓はハンカチを出して拭ってあげていた。それじゃと去る三人の後ろ姿を紗綾は眺めていた。



光城光は明らかに普通とは違う。紗綾と同じく違うのに、何故か彼の周りには人がいる。それも、親身になって心配してくれる人が。

紗綾は目の前の三人を見て、嘗ての自分達を重ねていた。

「フッ。私に羨む資格なんて無いわよね……」

先程、自分を心配してくれている嘗ての友人に非道い態度を取ってしまった事を思い出す。


「ごめんね。ジュンピ……」



一条医院。北神市に昔からある病院で北神市に住む人々はこの病院を知らない者はいない。特に大財閥である光城財閥の光城製薬とは強い繋がりを持つ。この病院の医の次期医院長夫妻の間に生まれたのが一条真奈美だった。

医者の娘と言うことで勉学は勿論の事、礼儀作法は厳しくさせられた。辛いことの方が圧倒的に多かった。でも辛いことのなかでもピアノやバイオリン等音楽の稽古は楽しかった。音楽がきっと好きだったんだと思う。小さい頃はコンクールに入賞だってした。そうすると真奈美の父はとても喜んでくれた。

母親は厳しかったけど、無理に医者になれとは決して言ってこなかった。しかし、中学に上がる頃には


「真奈美。音楽はもう辞めなさい」


と言われてしまった。理由は中学からは勉強の質を上げるから。

中学に上がる頃には既に高校の受験を視野に入れろと言われた。それと平行して音楽が出来るのならば、続けて良いと言われた。

この時真奈美は、あれこれ言わなかっただけで、母親は無言のプレッシャーを送り続けていたのだと気付く。それから真奈美は音楽は辞めた。

でも家に帰れば勉強。勉強。勉強……。特に言われたわけではないけど、そうせざるを得なかった。

中学を出るとき、高校へは偏差値の高い私立高校でなく、公立高校へ行こうとした。それがせめてもの反撃。

そうして高校に入ってから直ぐ、真奈美と同じく入試一位の生徒が同じクラスにいると聞いた。それが自分の前の席にいる彼女『秋瀬紗綾』。その容姿から純粋な日本人ではないことはわかった。

しかし、名前が日本名なのだから、両親のどちらかは日本国籍なのだろう。

かといって、あれほどにまで劣性遺伝子である金糸と蒼眼を遺伝しているのであれば東洋人、モンゴロイドの血は薄いのは明白だ。なんて事を思いながら真奈美は紗綾の事を見ていた。

しかし、美しい見た目の彼女の蒼眼は仄暗い色をしていた。

世の中を諦めて、自分なやりたいことなど無いといった眼だ。

その眼がなんとなく自分に似ている気がした。だから真奈美は彼女を気にかけていたのかもしれない。

『ごめんなさい!!』

あの日、差し出した手を彼女は掴んではくれなかった。それが真奈美は悔しくて、気に食わなかった。

でも彼女に対して陰口は言わなかった。だってそんなことすれば、“燕雀”と同じになってしまうのだから。


私は志の高い“鴻鶴”なのだから。


やりたいことを棄てなくてはならない境遇にあった自分が、再びやりたいことを見付けた。それは皮肉にも自分と同じ様な眼をした者への接触だった。


でも家に帰ればまた勉強。わかってる。やってる。言われなくても、いいや“無言の圧力”等出さなくたってわかってる。『やらなくてはいけないこと』が何なのかわかってるから。何故ならば自分は鴻鶴なのだから。

『やりたいこと』と『やらなくてはいけないこと』

その二つの重さが真奈美の中で後者が重かったのだ。

何故なら鴻鶴だから。

だから、『やりたいこと』はあくまでも片手間、時間潰しくらい。『やらなくてはいけないこと』へ影響があってはいけないから。

中間テストが終了して選択科目を決める時期に来た。どこにしてもやることは決まってる。故に、自分のやるべき事への支障がそれほど出ない科目にしようと真奈美は思った。

「あっ」

前の席の秋瀬紗綾が選択した科目が見えた。なるほど。受験や就職にほぼ影響がなくて、それを担当する教師は名前もそうだがかなりの変わり者。それを選択する生徒も少ない。目立つことを避けている彼女らしい選択だった。



ただの好奇心。そんなものが自分にもまだ残っているなんて。可笑しくて笑ってしまった。



真奈美は紗綾が選択した科目に○をした。



08

泗水樹。北神高校一年二組。この街でも有名な進学校に通っている。地味で特に得意な分野もない。いつもおどおどしているだけの少女だ。

いつもは特にやることもないので学校が終わればまっすぐ家に帰るのだが、この日は違った。

今週学校で使う辞典を買いに本屋へと向かっていた。

今は目的も済まして帰るところだ。ったのだが。

「お姉さん。俺と遊ばない?」

こうして見知らぬ若い男に言い寄られていた。

「いえ。私もう帰らないと……」

「いいだろ?な?」

あまりにしつこく誘うものだから少しくらいならいいかと思い、泗水樹は彼についていってしまった。

ゲームセンターで暫く遊んだ後、二人は人気のない路地にいた。

「あ、あの……私もう」

「は?なに?ここまで来ておいてそりゃないっしょ!?」

「で、でも。私」

「ガタガタ言ってねぇでついてこいよ。期待してたんだろ?」

男は樹を乱暴に迫っていた。

「やだ。離してください」

ばんっ!ドアが勢いよく開く音がした。二人がいた路地はある喫茶店の勝手口の側だったようで、中からは店員らしい少年が出て来た。

「るっせぇな。オタク等。痴話喧嘩なら他所でやってくれ」

店から出てきた少年を樹が見ると彼女の知る少年だった。

「天満くん?」

「?お前は……泗水か」

天満健は外にゴミを出しに来たところだった。健は二人に構わずゴミを出すと手をパンパンと鳴らして、左肩に右手をまして首を回した。

「で?泗水。何してんの?」

「あ。そのえーっと」

口ごもる泗水樹。その態度と隣にいる若い男を見ると何となく理解出来た。


「何だよてめぇは」

「何って?ただのバイトだよ。ここの」

「じゃあささっさと店に戻れや」

男は興奮気味に言うと、天馬健は

「そうだな。あんまり店の裏で妙な事すんなよ。営業妨害だ」

じゃ。と言って店に戻ろうとする。

「ちょっと待って!?天満くん……助けてくれないの?」

ドアノブを握ったまま天馬は泗水の方を見て

「あのさ。よく知らねぇけど、今お前が困ってるのって、お前のせいだろ?だったらお前が解決しろよ」

「そんな…このあいだクラスで」

「甘えんなよ!!あの時は俺にも関係のあることだったし、俺の責任の範囲内だった。自分の巻いた種を刈っただけだ」

自分の事くらい自分で解決しろよ。と笑ってドアを開けた。

「だってよ。あの兄ちゃんああは言ってたけどただの腰抜けだな」

男は泗水樹の手を掴んで更に路地を進もうとした。樹は最早抵抗する気はないらしい。男はニヤッと笑った。

「あ、お兄さんすいません一個聞きたかったんだけどさ」

「ンだよてめぇは」

「そのスカーフってどこで手に入れたの?」

店の裏口のドアを開けて顔だけ出して天馬が聞く。男は

「これか?イケてる証。これ持ってるだけで北神では良い顔出来るンだよ。最近ここいらで流行ってんだぜ」

と身に付けているスカーフをひけらかした。猛犬のような荒々しい犬のデザインが施されている。

「へぇ……」

わかったらもう引っ込めと男は言う。その数秒後。

「あん?っぐあっ!!!!」

健が男の肩を掴んでこちら側に顔を向けさせた。そしてその右頬目掛けて殴り掛かる。

「なにすんだてめぇ」

「なにって?てめぇの不始末を片付けてるだけだ」

「は?なにわけわかんねぇこと」

「わけわかんねぇのはお前だよ。それ。身に付けてたらどうなるか知らないのか?」

健は男のスカーフを握った。自然男との顔の距離が近くなる。男はかなり怯えた表情をしていた何故なら今目の前にいる喫茶店のアルバイトのその表情はどう見ても客商売をするような顔をしていなかった。

「で?お前はこれが何なのか、わかっているのか!!?」

「ひ、ひぃぃぃ」

そのままスカーフを奪い取り健は男を放り投げた。

「こいつは俺が捨てておく。またこんなもの持ってやがったらこれじゃすまないから」

わかったか?と冷たく言う健。しかし彼の放つ凄みは、今握っているスカーフのデザインと同じかそれ以上のものがあった。

男は健と樹を払いのけて走って行ってしまった。

「っち……なんでコレが……」

「あ、あの。どうして……助けて」

樹は制服のリボンをぎゅっと掴んで健に聞いた。

健は握っているスカーフを見詰めた。その眼には怒気が込められていた。

「自分の……巻いた種を刈っただけだ……」

健はスカーフをゴミ箱に捨てた。

「……一杯飲んでけよ。奢ってやるよ」

「え?あ。うん」

裏口から着いてくる樹にしかめっ面で入り口の方を指差す。樹は慌てて店内へ入った。

「いらっしゃい」

迎えたのは健では無く、店の店主であろう男性だった。

店内は落ち着いた雰囲気の純喫茶。流れている音楽は心地よいジャズ。樹にはジャズが何か解らなかったがさっきまでの出来事が洗い流されていく気がした。

「いつまで立ってる。ほら、さっさと座れよ」

健がカウンターの椅子を引いて座るように促した。

アイス?ホット?と注文を取る健。樹はアイスと注文する。

「天満くんは……ここでバイトしてるの?」

「まぁ。そうだな」

健はあまり学校へ来ていない。その理由を聞いてみたかったが辞めた。

樹は聞いてみたかったがデリケートな問題かもしれないし、これ以上踏み込んでしまってはいけないと思った。


樹は一杯飲んで帰ろうとも思ったが何となく居心地が良く、今日出された課題、それから今度始まる選択科目の希望用紙を出した。

「そういや俺もまだ出してないな。それ」

「天満くんはどんな教科が興味あるの?」

「…………」

「天満くん?」

「今バイト中だ。終わったら話してやるよ」

それから三十分ほど経って店を閉める準備をする。樹は静かに待っていた。

「それじゃすんません。お先に失礼します」

チリンチリン。健が入り口を控え目に開けるとベルも控え目に鳴った。

二人して並んで帰る。相変わらず無言が続く。その無言が苦しくて樹が何か喋ろうとした時

「泗水。家どこだ?」

と健が聞いてきた。

「え?」

「またさっきの奴みたいなのが来たらどうする?危ねぇだろ。どこだ?」

さっきみたいな奴。あの時健は一度見過ごそうとした。しかし、何かを聞いて戻って来て結果的に樹を助けた。

自分の巻いた種は自分で刈れ。自分の不始末を片付けに来た。確かそんなことを言っていた気が樹はした。この二つの言葉が意味するものって何なのだろうか。と考えていた。


こっちだよと樹は案内する。また無言が続く。樹は聞きたいことがあった。学校へあまり来ないこともそうだけど、先程形はどうあれ助けてもらった。しかし、彼はその前に自分の巻いた種は自分で刈れというようなことを言っていた。

半ば諦めていたのだが結局彼は助けてくれた。

「あの……天満くんはどの教科にするの?」

「ん?」

聞きたいことと違った事を口走ってしまった。慌ててバタバタと一人狼狽えていると、

「あんま成績に関係無さそうでテスト勉強しなくていいヤツにする。そうだな。例えば─」

用紙を鞄から取り出して

「これで良いんじゃねぇかと思っている」

ある科目を指差した。

「あ。これって……」

「これならサボったってあんま目立たねぇだろ?テストも無いらしいしな」


そのまま二人は樹の家の前までやって来た。

「じゃあな」

「あ、あの!」

「?」

「明日ちゃんと学校に来てね。委員長なんだから……」

樹のその言葉に返す言葉は無いようで、そのまま歩いて後ろ手を振って帰っていった。


「ただいま─」

樹が家に帰る。時刻は二十一時を回っている。十五歳の少女が連絡無しに家に帰れば当然両親は心配し叱りつけるのが一般的だろう。しかし、樹の家にはそういったことはなかった。というよりかはそういう存在はこの家にはいない。

「なんてね」

樹はこの広い家に、今は一人で住んでいた。彼女の両親は仕事の都合でこの家を空けている。

「はぁ……」

樹は部屋にある一枚の写真を見ていた。そしてそれをそっと倒した。

「…………」

樹は希望用紙を取り出して。ある科目に丸をつけた。



ここは海馬道場。北神市の名門の道場で多種多様の武芸を営んでいる。

その娘でもあり、門下生でもある海原凪沙は四つ上の兄と稽古中であった。

「はぁ…はぁ……はぁ……」

「どうした?薙沙?そんなものか?」

薙沙は片膝を付いて額の汗を拭う。

それを見下すように彼女の兄は眺めていた。

「はぁ…………はぁ……」

「ッチ。お前はそれでも海原の娘か?父さんや母さんが何も言わないからと甘ったれるな!!」

今日はもういい。と薙沙の兄は彼女の横を通り過ぎ、道場を出ていった。

「私だって……私だって…………」

薙沙はゆっくりと立ち上がる。その眼には涙が滲んでいた。

コンコン。道場の入り口をノックする音が聞こえたので薙沙はそちらを見ると

「掃除。手伝うよ」

北神高校一年一組の刀坂刄が立っていた。彼はこの海原道場の門下生である。

「じんくん……」

刄-ヤイバ-と読むのだが、彼は-じん-と呼ばれる事を嫌う。微妙な顔をする刄。

「僕は『じん』じゃない『やいば』だ」

「フフッ。じんくんはじんくんでしょ?」

「だから!はぁ……まぁいい。さっさと掃除してしまおう」

二人はモップを持って道場の掃除を始めた。

さっきまで自分が汗とほんの少しの涙を流して稽古していた場所を綺麗に掃除する。そうすることでさっきまでの弱い自分を無かったことに出来るような気が、薙沙にはしていた。

そんな気でいることを刄は知っているのか或いは気付いているのか、あまりにも丁寧に同じ箇所だけモップを掛ける薙沙の事を横目で何も言わず見ていた。

「じんくんは凄いね」

モップを片付けて道場の鍵を閉める。薙沙はふと呟いた。

その呟きに特に返事も返さないで視線だけ向けた。

刄が返事をしないのは薙沙もわかっていたのか、少し笑った。

「ねぇじんくん。今の友達と昔の友達ってどったが大切なのかな?」

「は?」

あまりにも突飛な質問に刄は思わず顔をしかめた。

薙沙は何でもないと撤回するが

「悩んでいるのか?」

刄は真面目に聞き返す。

「その問いを返すにはこちらからも少し質問がある。今の友が誰だかは解らないが、昔の友とは君のクラスにいる泗水樹の事か?」

薙沙はゆっくりと頷く。刄はそうか。と呟く。その後じっと何かを考える。漸く口を開けば

「残念だが、その質問に倒する答えを僕は持ち合わせてはいない」

と期待外れの言葉を言った。わかってはいたが、薙沙はそれがひどく残念だった。

「僕に友人が少ないことくらい知っているだろ?否。全く居ないと言っても過言では無い。だが……」

言葉を切って鞄を漁る。取り出したのは一枚のプリント。

「これって」

「そうだ。選択授業の希望用紙だ。もうじきに始まるわけだが。この科目であれば何か君の悩み事を晴らすヒントくらいは貰えるんじゃないか?最も入試や就職には、関係の無い教科だけど」

刄の言うとおりだ。何故この学校にこんや科目があるのかも謎だがいつも一定数は希望者が出るらしい。自分のように悩みのある人間や特に受けたい授業の無い者が集ったりする。

ようするに悩める思春期といい加減なガキの集う場所でもあったりする(海原道場門下生で北神高校の先輩や卒業生談)

そんな授業を選択するのは少し勇気のいることだった。

「期限はもうない。今晩中に決めるといい。それじゃ」

刄は胴着と竹刀を背負って門を潜る。振り返り一礼して帰っていった。薙沙は門を閉じて道場の敷地内にある自分の家へと戻った。

「私の悩みのヒント……」

薙沙は自分の中にある蟠(ワダカマ)りを解消したかった。

「………………」


『じんくんは凄いね』

刄は先程の薙沙の言葉を思い出す。

そんなわけないだろと胸中で呟いた。

刄は曲がったことが大嫌いなド真面目な少年で、自分の正義感に忠実だ。だが、その正義感だけでは真に救いたい者を救えないことを知っている。だから欲した。強さを。

自分が納得のいく成績を残すことだって出来た。しかし、それでも以前の自分から成長した気がまるでしなかった。

「あ……」

刄が何の気なしに歩いていると掲示板にひとつの貼ってあるポスターが目に入った。

それは警察官採用のポスターで後ろ姿の警察官の左半身が特撮ヒーローのように変わっているものだった。そのポスターには

─正義を貫き通すために

いざ、変身!!─

と書かれてある。

「変身…か。そんなものが出来れば僕だって……」

刄は恨めしそうにそのポスターを見てその場を後にした。



09

六月第二月曜日

全クラスがざわついていた。

ざわつく理由は今週から始まる選択授業についてだ。

大多数の生徒がクラスに馴染み始めた所だった。今度は他クラスとの交流が始まるのだ。確かに、体育は合同授業であるからとなりのクラスの生徒とは多少なりとも接点はある。

とはいえ今回は規模が違う。全クラスからの集まりだ。不安と期待が混沌とするのも当然と言える。

授業が開始するのは五限目。昼休憩後。となる。

昼休憩の終わりの鐘が鳴り、五限目を知らせる鐘が鳴る十分の間には着席していなくてはならない。



某教室。

秋瀬紗綾は誰よりも早く教室に入り、自分の席に座っていた。 席は左列の先頭。

昼休憩もここで過ごして机に突っ伏していた。

二人目は

「あら。秋瀬さん。貴女このクラスにしたのね意外だわ」

一条真奈美だった。

「貴女こそ。良いの?この科目あまり受験に関係無さそうですけど」

「いいのよ。ここで何を選ぼうと、何の障害にも、何の問題にもならないから。どうなろうと、進む道はもう決まってるのよ」

「そうですか」

ええ。そうよ。と言葉を返し紗綾の後ろの席、左列二番目に座る。

三人目は高校生にしては珍しい三つ編み眼鏡姿の一年二組の泗水樹。樹は控え目に入ってきて、目は伏せたままノートとペンケースを大事そうに胸元で抱えて自分の席である、中列三番目の席に座った。座る際に軽く二人に会釈をした。二人も樹に視線がいっていたのでつられるように頭を下げた。

少し前まで紗綾に話しかけていた真奈美も樹が入ってきた事で話すのをやめてしまい、窓の外を見ている。

更に三分ほど。昼休みの半ばが過ぎた頃に四人目の一年一組の学級委員である刀坂刄が入ってきた。

刀坂は無言で自分の席を探した。女性のように長い髪を一つに纏めた美しく真っ黒な髪を揺らして席に着く。

席に着く時に隣の席の女子が少し落ち着きが無いことに気付く。この時刄はもう一つ気が付いた。

「泗水、樹か?」

隣の席にいる樹の方を眼だけで見て聞いた。

樹はうんうんと首を縦に振った。

刄はそうかと言うだけだった。

樹は顔を上げて喜んだが、刄の素っ気ない対応にまた俯いてしまった。

「刀坂委員長。その子と知り合い?」

「ああ。僕の幼馴染の友人だ」

「にしてはよそよそしいのね」

「同じ学校だったわけでもないし、幼馴染を挟んだ知り合いだからな」

前の席の一条真奈美が後ろを向いて刄と話をしている。真奈美は本の少しの興味で聞いただけだったので、短い会話で終わってしまった。当然その会話は刄の隣の席にいた樹にも聞こえていたが樹は下を向いたままでいた。

静まり返った教室。紗綾は相変わらず突っ伏しており、真奈美と刄は窓を見ており、樹も紗綾にならって突っ伏してしまおうとも思ったが、アクションを起こすのがどういうわけか、怖くてじっと下を見たままだった。

廊下がガヤガヤと騒がしくなった。ガヤガヤと騒がしい複数の声の中でも際立って大きな声の主が二人いた。

「えーっとここね。コマイヌここよ」

「うぃーッス。ンじゃオイラ達ここなんでぇ。終わったら連絡するッスわ」

別れの挨拶をして、教室に入ってきた。

入ってきたのは男子一名女子二名。一年一組所属の花咲藍と一年二組所属犬吠埼駒。そして一年二組所属の海原薙沙。

「えーっとオイラの席は……げ!?一番前じゃないッスか!!勘弁して下さいっすよーなーんで毎回毎回出席順なんッスかー」

「アタシは四番目かぁ。ま。列的には一番後ろだしラッキーだわ」

「私は駒くんの後ろだね」

それぞれ自分の席を見つけて席に着く。

席に着く時に紗綾の横で止まる。紗綾は相変わらず突っ伏したまま。その後ろにいる真奈美は顔は窓の外に向いているが、眼だけは藍を捉えていた。

その視線に気が付いた藍。ハッと笑う。

「アンタ等もここに来たんだ。学年2トップがここ選ぶなんてね」

「どこにしたって差し支えないのよ私は」

「さっすが一条サン」

「貴女こそ。どうしてここにしたの?花咲サン」

「楽そうだから。それ以外無くない?」

「どうかしらね」

お互いの間にはピリピリとした空気が漂う。それを不安そうに見ている凪沙。その後ろの樹は気配を殺してずーっと俯いている。駒は二人を気にするフリをしてその実、自分達が入ってきた時から寝ていた紗綾に興味津々だった。

藍はフンッと鼻で最後に笑って席に着いた。その際に刄の存在に気付いたので肩を叩いて「よろしくね」と挨拶した。

刄は今更何をと言いたげだったが、腹の中に留めておいた。


犬吠埼駒がニヤニヤしながら隣の席で寝ている秋瀬紗綾に話し掛ける。しかし、紗綾は一向に起きる素振りをみせない。それでも駒の心は折れなかったが。

勢い良くガラッ!と引かれたドアに肩がビクつく。

そこには団子ヘアの女子生徒が立っており。ドアを引いた勢いと同じくらいの勢いで指をビシッ!と差して、ボリュームの大きな声で

「あー!!秋瀬さんやん!!カナちん、ジュンちゃん、ヒカリン!秋瀬さんがおる!!」

と叫んだ。当然クラス全員が彼女を見る。その中でも藍は舌打ちを鳴らして苛ついていた。当の名を呼ばれた紗綾も流石に驚いたようで起き上がってしまった。

その様子を駒は見ていた。あれだけ声を掛けたのに、この爆弾女(団子頭と大きな声の為、この瞬間駒の中でのアダ名が確定した)の一言で起きてしまった。

すると間髪いれずにもう一人勢い良く登場した。

「本当だ!秋瀬さんがいるわ!今日こそ貴女のそのミステリアスな美貌の下に隠されている秘密を明かせてもらうわ!!」

次の女子生徒は髪の毛は薄い茶色に染め緩いウェーブの掛かった小柄な女子。

ずかずかと二名の女子生徒は紗綾の元へやって来た。

「また貴女達は、毎回毎回なんなんですか」

紗綾は呆れた顔をしている。だが、そんな彼女の顔が少し笑っているようにも見える。二人の女子に完敗してしまった駒は開いた口が塞がらなかった。

無視をされ続けても折れなかった駒の心は二人の少女のインパクト大な登場によって折られてしまった。


「へぇ」

真奈美が紗綾を見て声を漏らした。紗綾はとても美しい外見をしている。しかし、その外見故か、クラスでも浮いてしまいがち。真奈美自身紗綾に興味が湧いてコンタクトを取ったが上手くいかなかった。隣の席にいる学年一軽い男と有名な犬吠埼駒も玉砕している。

しかし、今入ってきた二人とは口では嫌そうに言っておきながら、何処か楽しんでいるようにも思えた。


「おいっ!こら!お前ら騒がしくするな」

大柄な男子生徒が走りながら入ってきた。先程から紗綾のもとで騒いでいる二名の女子生徒の首根っこを掴んでいる。二人は放せとじたばたしている。矢切奏に至っては宙に浮いている。紗綾は相変わらず無表情だが、口許を手で隠しているあたり、実は笑っているのかもしれない。

「おーい。みんなー待ってよぉ」

ドタバタと次々に登場した面子を見て次はどんなお騒がせ者が来るのかと皆声の方を見れば、皆息を飲んでしまう、というよりかは息が止まってしまった。

皆、彼から眼が離せなかった。真っ白な肌に真っ白な髪。そして、真紅の眼。

それはどこか神話の中の登場人物のようだった。例えば天使。例えば悪魔。例えば異種。例えば神。兎に角。人間とは思えぬ程に妖しく、美しかった。

秋瀬紗綾も東洋人とは違う外見をしていたが、それとはまた違った異質の存在。

「ひょー。まさかねぇ」

駒が頬杖をつき、へへっと笑っている。

「彼が……」

刄が腕を組ながら器用に右眼だけ開けて見る。

「あの子が……」

樹が俯きながら上眼使いに光を見る。

「噂通り……」

薙沙が右手で口を押さえて言い

「白雪、王子…………」

藍は光のあだ名を呟き

「アルビノ?」

真奈美は先程まで外を見ていたが頬杖を外して眼を丸めた。


光は笑顔で紗綾の方に手を振る。皆は光に注目しているわけだから、自然次は紗綾の方に注目がいった。

紗綾もそれがわかりどうしていいか解らず、とりあえず

「…………」

ぺこりと頭を下げた。

潤が奏と愛弓を連れて自分達の席に座らせる。

クラス番号順なので右列が潤達の席になる。前から、光、潤、奏、愛弓となった。



もうそろそろチャイムが鳴る頃だと皆が認識した時にドアが開く。やって来たのは担当教師だった。

「えーっと。まだ一人来てないな。来てない奴は……」

教師が出席簿と座席表を確認する。空いている席は中列最後尾だった。

名前を見ると。

「成る程。あの問題児か……」

と無表情に無感情に放った。

─キーンコーンカーンコーン─

チャイムが鳴り始めた。教師は時計を確認する。眼鏡を掛け直す素振りをして、出席簿をつけ始めた。その時

「ん?ギリギリ……だな」

そこには一年二組所属の天満健。彼が特に慌てる様子も無く、荷物を持って入ってきた。片方の手には何やら小さな紙を持っていた。

「セーフですか?」

「いいや。アウトだな」

教師は嫌みな笑みを浮かべている。しかし、それに臆すること無く健は教卓まで進んで鞄とは逆の方の手に持っていた小さな紙を渡した。

「どちらにしろ、アウトだったのか」

「ええ」

天満健は今、この五限目にして漸く学校に来たのだ。既に遅刻者である。故に、ここで行間遅刻には成り得なかったのだ。

「だったらさっさと座れ。席は」

彼処だと中列四番目を指す。そこに行く前に健は光の事を見た。

「…………」

「あ、あの。久し振り。だね」

光が健に珍しく苦笑いを浮かべながら挨拶をした。久し振り。その言葉に少なからず反応した生徒が数名いた。

「ああ。そうだな」

それだけ言うと自分の席に向かった。



「それじゃあ改めて全員揃った事だし始めるか。俺はこの科目、“思想倫理”を担当する『鹿路黒』だ。先に言っておくが、お前達はマイノリティだ。紛うことなく少数派だ。この世で最も力を振るうのは数だ。多数決だ。幼いガキでも解る事だ。だが、正しいかどうかは別問題だ。お前達がこの教科を選択して、正しかったのかどうか、それを毎時間考えろ」

こうして、十二人は出会った。これからこの十二人での長く、けれども短い高校生活が、この六月にようやくスタートするのであった。

皆それぞれモノクロのセカイを抱え、色と光を取り戻す大事な三年間が始まる。



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モノクロセカイとヒカリのセカイ 大野城日向 @ohnojo-hyuuga

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